ビジネスを成長させるにはどうすればいいのか。人事コンサルタントの村上亮さんは「人事制度の構築でつまずいている企業は多い。
流行や評判に流されず、その会社に合った制度を導入することが大切だ」という――。
本稿は、村上亮『ベンチャー人事のすごい仕組み』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■F社の悩み:ゼロイチを生み出せる人材がいない
F社は、2000年代に創業した、消耗品を製造・販売している会社です。
この消耗品は品質面では大手メーカーにかなわないものの、中国産の安価な製品よりは質が良い、というちょうどいいポジショニングを確保したことで、リピート客を獲得し、安定した収益を上げていました。楽天市場やAmazonなどの外部プラットフォームだけでなく、自社サイトで販売することで、より高い利益率を確保しています。
そんなF社が抱えていた課題は、「優秀な人材が採用できない」「採用しても定着しない」ことでした。
F社では消耗品事業に続く第2の事業の柱をつくりたいと考え、いくつかの新たな事業にチャレンジしてきました。
しかし、いずれもうまくいっていません。
事業がうまくいかない理由として、社長が考えていたのは、ゼロからイチをつくるのが得意な人材が不足していることでした。他社にない新規事業のアイデアを考えたり、新規事業を先頭に立って仕切り、軌道に乗せられるような人材です。
消耗品の事業は地道に商品をつくって確実に発送することが肝なので、そうしたゼロイチ(0→1)が得意な人材を必要としません。
そこで新規事業を生み出すために採用していたのですが、20人強の中小企業にはなかなかそういう人材はきてくれません。
ゼロイチが得意そうな高学歴の人材が入社したときもありましたが、馴染めずに社内で対立が生じてしまい、すぐに辞めてしまいました。
また、ゼロイチ人材だけでなく、消耗品事業の運営を行なっているスタッフの離職率も高い状況にありました。
どうすれば優秀な人材が採用でき、定着してくれるのか。そんな悩みを解決するために、2017年から私がコンサルティングを行なうようになりました。
■離職率が高い「本当の理由」
社長や現場従業員にヒアリングし、私は一つの疑問を持ちました。それは、
「そもそも、ゼロイチができるような人材を採用する必要が本当にあるのか」
ということです。
繰り返しになりますが、当時のF社はまだ20人程度しか従業員がおらず、社長も、会社を急速に拡大するつもりはないようでした。
また、第1の柱である消耗品の事業も好調ではあるものの、まだまだ成長の余地はありそうですし、オペレーションもまだ安定しているとはいえない状況でした。
こうしたことを総合すると、現時点では新規事業に力を入れるよりも、第1の柱をまずはしっかり固めたほうがいいのではないか。それを踏まえると、現時点で採用すべき人材はゼロイチ人材ではなく、安定的な事業運営に貢献できる人材ではないか。そう考えたのです。
「成長が止まる病」でいえば、F社は人事制度がビジネスモデルとかみ合っていない「制度ミスマッチ」症候群に陥っていたことになります。

そうしたことを社長に話してみると、私の提案を受け入れてくださり、採用戦略を大きく方向転換することになりました。
また、現場従業員にヒアリングするなかで見えてきたのは、従業員の多くが「この会社で働く意義」を見出せていないことでした。
お金がもらえれば別にこの会社である必要はない。単に給与のために働く場所という認識しかなく、会社との心理的なつながりが形成されていませんでした。離職率が高い原因は、そこにあったのです。
■従業員の「性格」を調査してわかったこと
ソーシャルスタイル診断でみると、F社の従業員はエミアブルタイプの人ばかりでした。エミアブルは、意見を言うよりは聞くことを優先し、感情を表に出す「温和型」タイプ。集団のなかでは、みんなをサポートするような役割を果たすことが多い人です。
チームでワイワイと仕事をしたり、人にほめられたりするのが好きな一方で、結果重視のギスギスした雰囲気を嫌います。心理的に安全な環境を求めるタイプといってもよいでしょう。
ある会社のモチベーション調査ツールも導入して、仕事に対する従業員の考え方も調べたところ、こちらでも、「支援」や「環境」に関する意識が高く、「変革」に関する意識が低いという調査結果が出ました。
つまり、F社は「カリスマ暴走」症候群にも陥っていたのです。

安定的な事業運営をするには、エミアブルタイプの人をさらに増やしていき、かつこのタイプの人が会社に対するロイヤリティを高めるような「安心・安全に、和やかに働ける環境」づくりをすることが大切。これが社長と私の結論でした。
そうした環境に魅力を感じた従業員が長く働いてくれれば、安定的な事業運営ができるようになります。新しい方針のもと、人事評価制度や福利厚生などもガラリと変えていきました。
■「クラスの隅っこで小説を読んでいるような人」を採用
まず、採用戦略に関して打ち出したのは、難関私立大学のいわゆるGMARCH以上の高学歴者を採用しないことです。大卒者の場合はレベルが中堅より下でも構わないとし、大卒にこだわらず専門学校卒業者も採用するようにしました。
理由は、新規事業をしたがるようなドライビングタイプやエクスプレッシブタイプの人を避け、既存事業をコツコツと手がけるエミアブルタイプの人を採用するためです。
キャラクターとしては、「クラスの中心になる人物ではなく、クラスの隅っこで小説を読んでいるような人」をイメージして採用を進めました。
もう一つ特徴的なのは、新卒採用に力を入れたことです。従業員20人程度の会社の場合は、即戦力として中途採用をすることが多いのですが、中途の人材は会社の色に染まりにくい面があります。
社風に合った人材に育てるために、あえて新卒を採用しました。そうして今では、会社全体の約半数を新卒者で構成するほどです。

働く環境については、エミアブルタイプが好むような「安心・安全に、和やかに働ける環境」をつくることを意識して、さまざまな制度や仕組みを導入してきました。人事制度マッピングでいえば、「B枠」や「C枠」の施策を増やしていったのです。
評価制度は大きく見直し、評価基準の8割を結果重視の定量的な評価ではなく、定性的な評価にしました。
具体的には会社の理念を体現しているかどうかを重視し、「従業員の和をつくるうえで、どう動いたか」「誰かの手伝いをしたか」といった協調性や貢献度を中心に評価するようにしたのです。成果を求めてギスギスした雰囲気になるのが苦手なエミアブルタイプにとっては働きやすい環境といえるでしょう。
■部活動・季節イベントを立ち上げたワケ
また、安心して働けるよう、福利厚生は徹底的に充実させました。例えば、フレックスタイムや1時間単位で取得できる有給休暇制度の導入、週3日勤務のような変則勤務体系の導入、年間125日の休日設定などです。
従業員同士のコミュニケーションを促進する施策も積極的に行ないました。
部活動はゴルフ部、テニス部、将棋部、クラフト部などを創設し、会社から補助金も出して活動を支援しました。
また、七夕やひな祭り、節分などの季節イベントも増やしました。例えば節分には豆まきを行ない、チーム対抗で豆を箸で運ぶ競争を企画するなど、従業員の一体感を醸成する工夫をこらしていったのです。
ちなみに、これらの部活動やイベントは誰かが動かないと始まらないので、私が先頭に立って企画して参加し、盛り上げることに一役買いました。
ゴルフに一緒に参加するのはもちろん、節分イベントは私が買い出しにいくなど、思いつくことは全部実践していきました。
■年収は低いが、離職率は大きく改善
このような組織改革を行なった結果、F社は「安心」「安全」「温かさ」を重視した組織文化が形成されました。それによって、従業員の離職率も大きく改善されました。
実は、給与テーブルは上限を低く設定していて、役員クラスでも最高800万円程度、平均年収は400万円前半に抑えています。それでも離職率が下がったのは、「お金よりも環境が大事」という従業員の心をつかめたからでしょう。
離職率が下がることで、安定した運営体制を構築できるようになりました。すると、ビジネスモデルの強みを最大限に活かせるようになり、売上が安定するようになりました。すると、従業員は「会社が傾くことはなさそうだ」と感じ、離職率がまた下がります。すると……というように、良いスパイラルに入っていきました。
現在は従業員が60人を超え、今では100人の壁が見えてきました。この壁を越えるために今度は、新規事業を育てていく必要があるでしょう。次のフェーズに入ったと判断し、現在では次の制度改革を検討しています。

◎F社の事例のポイント
F社の事例からいえるのは、会社で働いている人に加えて、会社のビジネスモデルも考慮しないと、的確な施策は見つけ出せないということです。
F社のビジネスは質の高い製品をユーザーに確実にお届けすることが肝であり、そのためには確実に貢献していける従業員を確保することが生命線です。そうやって必要な従業員像が見えてくると、必要な人事制度も見えてきます。
人事コンサルタントなのに、経営戦略やビジネスモデルまで口を出すのか、と違和感を覚える方もいるかもしれませんが、人事は経営戦略と連動しているもの。それを無視しては、的確な人事コンサルティングはできないものなのです。
このように、F社の事例では、極端な戦略を打ち出しているわけですが、これができるのは従業員数が少ないからです。最近はダイバーシティの重要性がよくいわれますが、私の経験則では、従業員数が50人以下のころは「多様な人材がいる集団よりも同質性の高い集団のほうが成果が出せる」と実感しています。同じような人がたくさんいたほうが、自社の特徴を強化でき、小さな会社にとっては強みとなるからです。
これが50人、100人と従業員が増えてきて、組織が大きくなってくると、同質性の高い集団よりも多様なキャラクターがいたほうが、会社が強くなります。その見極めが重要だといえるでしょう。

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村上 亮(むらかみ・りょう)

人事コンサルタント

kokonotsu代表取締役/社会保険労務士・潜水士。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。人事・労務・組織開発の専門家として、これまで300社を超える企業で社外取締役・非常勤監査役・人事顧問・CHROなどを歴任。特に成長フェーズのベンチャー支援を得意とし、支援先14社が連続でIPOを達成。日本人材サポート協会代表理事、Latte代表取締役も務める。

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(人事コンサルタント 村上 亮)
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