熊本市教育委員会が、教室内に防犯カメラを設置することを検討している。いじめや体罰、盗撮の抑止策として有効なのか。
教育行政学者・福嶋尚子さんと公立中学校事務職員の栁澤靖明さんは、意外なリスクを指摘する――。
■教室にカメラ設置の是非
この春、非常に考えさせられるニュースが飛び込んできた。熊本市で、普通教室にカメラを設置することがモデル校で試験的に行われるというのである。
市の設置する審議会が、今年3月28日に教育長へ答申(※1)したものだが、これは、市の行ったワークショップの中で、いじめの被害を受けた経験のある子が「カメラで記録を残してほしい」という意見を出したことがきっかけになっているという。過去には、東京都内のいくつかの小学校で校舎内にカメラを設置したことがあるが、保護者の反発により撤去したことがある。
2001年の大阪教育大学附属池田小学校で起きた不審者による児童生徒の殺傷事件以降、多くの学校で昇降口などに防犯カメラを設置する取り組みが進んだ。文部科学省の調査によれば、2023年度に全国の学校(幼稚園~高校3万8171校)で校地の中に防犯カメラを設置しているのは64.6%に上る(※2)。
もちろん誰かが24時間カメラの前にいるわけではなく、防犯カメラを設置することにより、万が一の際における人物特定のために活用できるほか、いたずらや事件を抑止する試みといえる。しかしこれは校地の中とはいえ、あくまで校舎の外であって、大半を校舎の中で過ごす子どもたちや教職員にとって、ほとんど意識することはないだろうと思われる。
■いじめや体罰防止が目的
熊本市での試行はそれとは異なり、子どもたちが多くの時間を過ごす普通教室の中にカメラを置こう、というものである。この試行を決めた審議会の答申は、いじめや暴力行為、教員による体罰や不適切指導の抑止、保護者からの不当・不適切な要求に対応する際の根拠となるなどの効果が見込めるという。
確かに、今年5月8日に東京都立川市の小学校に暴漢が2人侵入した事件では、その背景に保護者と担任との相談がうまくいかなかったということがあった(※3)。
子ども、教職員、保護者など誰にとっても、自らのふるまいや発言が記録されていれば不適切な行為を控えることになるかもしれないし、誰が何を言ったのか、言わなかったのか、ということが記録されていること自体が、やり取りや相談を円滑に進める手段となるかもしれない。

※1 熊本市教育行政審議会答申「熊本市の教育行政の在り方について」2025年3月28日

※2 文部科学省「学校安全の推進に関する計画に係る取組状況調査結果(令和5年度実績)【概要】

※3 NHK「東京 立川 小学校で児童の母親の知人2人が暴れ教職員5人けが」2025年5月8日
■プライバシーや情報の流出リスクも
他方で、プライバシーや映像情報の流出リスクもあり、後に述べる通り、設置や運用上の課題も多い。そのために熊本市はモデル校での実施を通して、設置場所や運用の方法について検討するということだ。
こうした動きを受け、子どもと接する業務従事者の性犯罪歴を確認する日本版DBS制度の導入に向けて議論をしているこども家庭庁の有識者会議「こども性暴力防止法施行準備検討会」では、密室状態の回避という点での有効性を認めつつも、心理的圧迫や肖像権、設置コストなどの面から、懸念の声が相次いでいるという(※4)。
■本体よりも設置工事が高額
本件において、あまり論じられていないものとして費用面の論点がある。防犯カメラを設置するためには、防犯カメラ自体の購入やその設置工事といったイニシャルコストが必要である。さらに、消耗品費やメンテナンス費用としてランニングコストもかかる。
まず、撮影に必要なカメラであるが、安物なら数千円、高額なものになれば数万円という価格帯である。そして、屋外用のほうが屋内用のそれより高額である。教室に設置する場合、屋内用でじゅうぶんであるが、そうだとしてもその機能により価格帯はさまざまである。学校が導入する場合、近隣の電気屋へ発注することを考えれば、ネットショップよりもさらに割高となるだろう。すべての教室にある程度のスペックを備えたカメラを取りつけるとして、ロットが増えることを考慮しても1台1万円以上はかかりそうである。


じつは、大がかりな電器製品を導入するときもっとも費用がかかるのは工事である。学校は、家庭とちがい電気系統が複雑であり、校舎が古いとそのあたりも脆弱になっている。そのため、コンセントを増やせばよい──という気軽な対応だけではなく、キュービクル(配電の大元)と呼ばれる変電設備から電源をとらなくてはならない場合もある。そこから校舎内に配電するための工事がそれなりに大変で費用もかかるのだ(少しまえに、キュービクルから新設電源まで100メートルくらいある配電工事を発注したが30万円程度であった)。

※4 教育新聞「『教員の萎縮につながる』 SNS制限や防犯カメラ設置などに懸念」2025年7月22日
■“サブスク”の選択も
そこまでの工事ではなくとも、室内の配電盤から新たに配電するだけでもカメラ本体より高額な工事費用が必要だろう(エアコンがなかった部屋にエアコンを導入する場合、エアコン本体と同じくらい配電工事費がかかることはよくある)。もちろん、導入後に映像が配信されなくなったり、カメラ自体が壊れたりしたら修理費も必要である。
また、現代的な導入方法としてサブスクリプションの利用も考えられる。カメラの購入費や工事費、メンテナンスもパックになった月額5000円程度のプランも宣伝されている。イニシャルコストでも膨大にかかるため、ランニングコストも考慮したら“サブスク”が現実的なのかもしれない。
これはあくまでも導入する場合の試算であり、筆者が防犯カメラ導入に賛成ということではないし、推奨しているわけでもない。
■避けて通れない個人情報の問題
防犯カメラといえばプライバシーの侵害が語られる。しかし、それ以外にも学校側は考えなくてはならないリスクはある。


たとえば、個人情報の取得にかかる同意がある。2023(令和5)年、個人情報の保護に関する法律(以下、法)が改正され、自治体(学校含む)も同法が直接適用されることになった(以前は、自治体が制定する条例により保護されていた)。
法の定義によれば「生存する個人に関する情報」であり、「特定の個人を識別することができるもの」とされ、「電磁的記録」による情報も含まれる(第2条)。当然、防犯カメラで記録した映像情報も該当する。そして、法ではその情報にかかる「利用目的の特定」(第17条)その「制限」(第18条)、「不適正な利用の禁止」(第19条)が定められ、そのうえで「適正な取得」(第20条)とその「利用目的の通知」(第21条)が求められている。
詳細は述べないが、学校は以上の条文を頼りに個人情報取得の同意を得る必要がある。それは、個人情報を取得される子どもたちからもそうだが、判断能力に乏しい可能性も考えられるため、その保護者からも同意を得るべきだろう。
■録画された「個人情報」をどう管理するか
さらに、個人情報の管理という問題も生じる。その情報を保有するリスクも大きいだろう。
法は、安全管理措置として「個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない」(第23条)と定めている。セキュリティ万全のオンラインストレージにすべてのデータが保有され、専門業者が24時間管理しているのなら“安全”ともいえるかもしれないが、そこまでの対策を公立学校で打つことは可能なのだろうか。
指導要録などなら校長室や事務室の耐火書庫に保管しているが、家庭調査票などと呼ばれる本人や家族の情報は使用頻度も高く職員室のロッカー保管が多い(もちろん施錠はしている)。
学校行事で撮影した写真や動画は共用パソコンに保管されていくだけという場合もあるだろう。
防犯カメラで常時教室を撮影した個人情報はどのように扱われるだろうか。撮影頻度の低い行事などの動画とは比べものにならない個人情報が蓄積されていく──(上書きされていくとしても1週間で消したら設置する意味もない)プライバシー問題とあわせて、個人情報保管の問題も考慮する必要があるだろう。
■いじめや不適切指導「巧妙化」する可能性も
以上述べたような費用面、運用面のリスクを解消できたとして、普通教室へのカメラ設置で、本当にいじめや不適切指導という子どもの人権侵害がなくなると言えるだろうか。
もちろん、熊本市のワークショップでの発言通り、いじめや体罰・不適切指導の「記録が残る」という利点はあるだろう。また、カメラの存在を意識することで、派手ないじめや身体的な体罰・大声での恫喝はやめておこうと思うこともあるだろう。カメラによって救われる子どもが出てくることや、不適切な行為への抑止力があることは確かであると思う。
他方で、いじめや不適切指導がさらに巧妙化する可能性はないだろうか。例えば、無視や仲間外れ、いじりのようないじめ・不適切指導は、たとえカメラで捉えてもそれがいじめ・不適切指導であると判断できるかどうかは難しい。
カメラでは捉えられない場所、例えばネット空間や教室外にいじめや不適切指導が移動することもあり得る。廊下や、空き教室、校舎裏、部室、更衣室、トイレ――カメラを置けば「死角」が生まれ、いじめや不適切指導が「死角」に移動する。コストを費やして「死角」をしらみつぶしにつぶしていく選択をすること自体は理論上あり得るが、トイレや更衣室、ネット空間まではカメラを置くことは不可能だ。

■「教室の盗撮」防げるか
同様の問題として、愛知県などで教員らが子どもを盗撮し、SNSで画像を共有した事件(※5)など、学校内における盗撮をめぐる報道が絶えない。では、教室にカメラを置けば、こうした盗撮の抑止になるか。
一面では、なるだろう。盗撮のためにカメラやスマートフォン、タブレットなどを設置し、回収する動きが撮影されることは避けたいという心理が生まれることが想像できる。
さらに、これまでそうした盗撮が行われていたのは、公立学校では普通教室が体操着に着替えるための更衣室として運用されているところがまだまだあるという事情が大きい。しかし、カメラを普通教室に設置することになれば、普通教室を更衣室として使い続けることは難しくなる。そうすれば、盗撮をしにくくなるからだ。他方で、これまでも教室以外の場所で盗撮があったこともあるが、それは普通教室へのカメラ設置では抑止できない。
なお、普通教室が更衣室として運用されている状況は、カメラ導入において大きな障害となるだろう。着替えるときだけ撮影を中止するルールを作ることは可能だが、一体誰が撮影を止め、また着替えが終わったら撮影を開始するのか。それを担当する教職員には負担となる。その撮影停止・再開をうっかり忘れてしまった場合の責任問題も発生する。
さらに言えば、撮影を止めている間も「死角」になる。
■設置で生まれる問題は無視できない
このように、普通教室へのカメラ設置をめぐっては賛否両論あるものの、カメラ設置のメリットを重視する立場においても、かかるコスト、生じうる人権侵害や新たに生じる問題を無視してカメラ設置を拙速に進めるのは難しいだろう。
毎日新聞の47都道府県、20政令指定都市に対する調査では、普通教室へのカメラの設置については、「84%にあたる56教委が『検討していない』」と回答したという。阿部俊子文部科学大臣も、「日常活動が全て録画される是非を踏まえると、広く推奨することにはさまざまな議論がある」と積極的ではない(※6)。
カメラ設置を進めるところでは、設置の効果はもちろんだけれども、かかる数々の問題や負担をどのように克服するのか、あるいは克服は難しいのかを、広く説明することが求められる。

※5 小川たまか「小学校教師が児童を盗撮しSNSグループで共有 これまでの報道でわかっていること #エキスパートトピ」 Yahoo!ニュース、2025年6月27日

※6 47ニュース「【速報】教室の防犯カメラ設置『議論ある』と文科相」2025年7月1日

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福嶋 尚子(ふくしま・しょうこ)

千葉工業大学准教授、教育行政学者、「隠れ教育費」研究室 チーフアナリスト

新潟大学大学院教育学研究科修士課程を経て、2011年、東京大学大学院教育学研究科博士課程に進学。2015年より千葉工業大学の教職課程に助教として勤務し、教育行政学を担当(現在は准教授)。2016年12月博士号(教育学)取得。「子どもを排除しない学校」「学校の自治」「公教育の無償性」の実現、「教職員の専門職性」の確立を目指し、教材教具整備・財務に関わる学校基準政策、学校評価・開かれた学校づくり・チーム学校等の学校経営改革について、現代的視点と歴史的視点の両面から研究している。著書に『占領期日本における学校評価政策に関する研究』、共著に『公教育の無償性を実現する 教育財政法の再構築』、『隠れ教育費 公立小中学校でかかるお金を徹底検証』、『教師の自腹』など。

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栁澤 靖明(やなぎさわ・やすあき)

公立中学校事務職員、「隠れ教育費」研究室チーフディレクター

「事務職員の仕事を事務室の外へ開き、教育社会問題の解決に教育事務領域から寄与する」をモットーに、教職員・保護者・子ども・地域、そして社会へ情報を発信。研究関心は「教育の機会均等と無償性」「子どもの権利」「PTA活動」など。主な著書に『学校徴収金は絶対に減らせます。』(学事出版、2019年)、『本当の学校事務の話をしよう』(太郎次郎社エディタス、2016年)、『隠れ教育費』(太郎次郎社エディタス、2019年)、『学校財務がよくわかる本』(学事出版、2022年)、『教師の自腹』(東洋館出版社、2024年)、『学校安全がよくわかる本』(学事出版、2025年)など。

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(千葉工業大学准教授、教育行政学者、「隠れ教育費」研究室 チーフアナリスト 福嶋 尚子、公立中学校事務職員、「隠れ教育費」研究室チーフディレクター 栁澤 靖明)

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