性犯罪は被害者だけでなく、加害者家族にも影を落とす。西川口榎本クリニック副院長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは「日本ではとくに性犯罪を白眼視する傾向があり、加害者家族にも厳しい目が向けられる。
中には、就職や結婚などが取り消されたり、職を追われたりするケースもある」という――。
※本稿は、斉藤章佳『』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■昨日までの日常生活が一気に崩壊する
事件が起こった日を境に、加害者家族の平穏な日常は一変します。加害者家族のなかには「生き地獄です」と語る方もいますが、本稿ではその「生き地獄」ともいえる現状を体系立てて追い、その背景にある社会全体の問題にも目を向けていきます。
事件の知らせを聞いたとき、加害者の家族は「これは何かの間違いではないか」という否認の反応を示すことが一般的です。それまで普通に暮らしてきた夫や息子が性犯罪の加害者になったという知らせは、まさに青天の霹靂(へきれき)。「そんなはずはない」「うちの夫に限って……」となかなか現実を受け入れられないことは想像に難くないでしょう。
やがて、「認めたくないけれど、これが現実なのか……」という混乱や絶望感、これからの生活への不安、そして加害行為をした当人への怒りなど、さまざまな感情が家族たちの胸中をかけめぐります。その間、抑うつ状態や食欲不振、不眠など心身の調子を崩し、日常生活に影響が出る人もいます。
このような感情面の変化だけでなく、加害者家族の日常生活にはさまざまな支障や困難が生じてきます。北九州市立大学教授の深谷裕(ひろい)氏は、これを「日常性の喪失」という言葉で表しています。
■逮捕の事実はひた隠し、近所の人に嘘をつく
加害者家族は、メディアの報道も含めて、周囲の目線を意識するようになります。
道でばったり会った近所の人に「息子さん元気?」と聞かれても、「実は息子は性犯罪で逮捕されまして……」とは当然ながら言えません。
そのつど「最近、仕事が忙しいみたいで」などとはぐらかしたり、事実と違う話を伝えたりしなくてはいけません。「嘘も方便」という言葉もありますが、この「嘘をつかなければならない状況」そのものが苦痛だと訴える加害者家族は少なくありません。
そしてひとたび嘘をつけば、今度はそれを隠すためにさらなる嘘が必要になってきます。話に整合性を持たせるために「この間はこう言ったかな?」「あれ、この話でよかっただろうか」と自分で振り返ったり立ち止まったりする行為は、非常にストレスが溜まります。
そのため、外出することや人に会うことに嫌悪感や抵抗感が生じ、ひきこもり状態になる人もいます。
もし警察から「お宅の息子さんが逮捕されました」と連絡を受けたら、家族はどう行動すればいいのでしょうか? その後の手続きについて詳細に知っている人は少ないでしょう。
■逮捕直後の3日間は家族でも面会不可
たとえば、不同意性交等罪で家族が逮捕された場合、一般的な刑事手続は次のようになります。
「逮捕」は短期的な身柄拘束、「勾留」は長期の身柄拘束のことです。逮捕された人は最長で72時間警察署に留置され、勾留された場合、最長で20日間警察署に留置されます。
もし「逮捕された」という連絡を受けても、逮捕直後の3日間(72時間)は家族でも面会できません。この間、面会できるのは弁護士だけです。

警察は被疑者を逮捕したあと48時間以内に、検察官に事件を送ります(送致)。そして送致を受けた検察官は、身体拘束を続ける必要があると考えた場合、24時間以内に裁判所に勾留請求をします。勾留されたあとは、接見禁止になっていなければ、家族も本人と面会することができます。
■家族は極度のパニック状態に陥ることが多い
警察署(留置場)での一般面会は時間が短いため、なかなか本人の口から「なぜ事件を起こしたのか」といった核心は聞けません。そのため加害者の家族たちはもどかしい思いを抱えることになります。
そして事件に対応してもらうために弁護士に依頼しようと思っても、多くの人にとってはじめての経験です。どの弁護士に依頼すればよいのか、私選と国選どちらがいいのか、私選であればどれくらいの経済的負担があるのか……疑問や不安が次から次へと襲ってきます。
勾留期間中や裁判までの期間、家族は極度のパニック状態に陥ることが多いとされます。そのため、弁護士事務所を比較検討している時間的・精神的余裕はなく、インターネットで検索して上位に表示される事務所に依頼したら、法外な弁護士費用を請求されてしまったという話も珍しくありません。
さらに時間の経過とともに、自分の精神状態とは無関係に公判期日が迫ってくるなど、加害者家族は刑事手続への対応にも困惑していきます。
■夫が痴漢で逮捕…子どもに何と伝えれば
もしも夫が痴漢や盗撮などで逮捕された場合、妻からすると「性加害者になった夫」という存在は受け入れがたいものです。しかし、そうであっても、子どもからすると「いいお父さん」であるケースが多いのも現実です。

クリニックのデータによれば、性犯罪の再犯防止プログラムを受講する人のうち、4割以上が既婚者でした。そのなかには子煩悩で、育児にも積極的に参加している人も多い印象を受けました。
自分に子どもがいるのなら、「被害者も誰かの娘だ」という想像力が犯罪の抑止力になりそうなものですが、性加害者の多くは「共感性の低さ」という課題を抱えています。そして、強い認知の歪みがあります。「もしあなたの娘が同じ被害に遭ったらどうしますか?」と問いかけると、瞬時に加害者への怒りを露わにする人もいました。
そのため妻は「自分の一存で、子どもたちから父親を奪っていいのか?」と深く苦悩します。もしくは離婚をして、子どもの名字を変えたほうがいいのか、転校をしたほうがいいのかなど、さまざまな選択肢も浮上してきます。残された親にとって、事件をどのように子どもに打ち明けるのかは、もっとも頭を悩ませる事案です。
■家族に重くのしかかるカネの問題
家族が逮捕されることで、加害者家族には経済的な問題が重くのしかかってきます。家計の担い手が加害者だった場合、生活費や住宅ローンの返済、子どもの学費など、さまざまな経済的負担への対処が必要となります。弁護士への相談も必要となり、保釈金の準備なども考慮しなければなりません。
事件の発覚を機にメディアが自宅に押しかけてくる、脅迫や嫌がらせの電話がかかってくる、職場に押しかけられる……など数々のハラスメント行為を受け、加害者家族は社会的にも排除され、孤立していきます。
そのため、転居を余儀なくされるケースでは、引っ越し費用や家賃なども生じます。
たとえ家族は事件に関与していなくても、会社から退職を促される、職場で噂が流れて居場所を失い、自ら職場を去るという選択をする方もいます。また裁判後には、裁判費用や被害弁済の負担が家族に重くのしかかるのです。
■家族にとってトラウマ級の「裁判」
刑事裁判では、加害者の親やパートナーが「情状証人」として出廷することは珍しくありません。情状証人とは、裁判で被告人の量刑を定めるにあたって酌(く)むべき事情を述べる証人のことです。
事件を起こしたことで加害当事者が家族から見放されるケースもありますが、弁護士との相談のうえ、家族が彼らの人となりや日常の様子を説明し、更生の可能性が高いことや、謝罪の意思や償いの姿勢を示すことも少なくありません。
家族が情状証人となる場合、事件を起こす前の彼らについて、「普段は非常に真面目で犯罪を起こすような人物ではない」「こういう経緯があって、今回の事件を起こしてしまった」など性格や事情を述べたり、同居している家族であれば「再犯防止のためにクリニックに通わせる」など判決後に社会に復帰した当事者をきちんと監視する旨を述べたりします。
また、執行猶予付き判決を得るために「刑務所に入ったら残された子どもに影響が出てしまう」など実刑判決による影響を述べることもあります。
ちなみに私自身、加害者側の情状証人として出廷することがあります。ときに「加害者をかばっているのではないか」と言われることがあるのですが、もちろんそうではありません。裁判官や裁判員が適切な量刑を決定できるように、加害者の更生の可能性や治療の道筋を専門家の立場から具体的に示すためです。
■裁判で加害者家族が大声で罵られる
多くの人にとって、裁判への出廷は非日常の出来事です。
情状証人となった場合、加害者の家族は出廷時の打ち合わせを重ねながら、日に日に緊張感が高まっていきます。裁判の日が近づくにつれて食欲がなくなり、不眠になる人もいます。
また裁判当日は、法廷で頭が真っ白になり、自分が何を話したかまったく覚えていないと語る加害者家族も多くいます。刑事裁判は、検察側と弁護側がそれぞれの主張を展開し、裁判官が判断を示す手続きです。そのため、検察は有罪判決を得るために、弁護側の情状証人となった家族に手厳しく問いかけることもあります。
親なら「育て方に問題があったのではないか」と問い詰められたり、妻なら「夫婦の性生活はあったのか」「セックスレスだったのではないか」などプライベートについて踏み込んだ質問をされたりすることもあります。情状証人となった加害者家族のなかには、法廷で思わず泣き出してしまうなど、裁判がトラウマ体験になるケースもとても多いです。
さらに、法廷では被害者側の家族と顔を合わせるケースもあり、加害者家族が大声で罵られることもあります。
たとえ情状証人として出廷しなくても、あるいは傍聴できなくても、家族にとって裁判の行方は非常に気がかりな事案で、その経験は相当な精神的負担になります。
■メディア報道に追い掛け回される地獄
メディアの執拗(しつよう)な取材や実名報道によって、加害者家族が社会から厳しく非難されるケースは非常に多いです。
逮捕直後は一時的で断片的な情報しか報道されないため、ときに事実とは異なる情報によって、さらなる偏見にさらされることもあります。有名ロックバンドの元メンバーが強制わいせつ未遂の容疑で逮捕された際、一部のメディアが彼と妻の住居の写真を掲載したこともありました。

取材する記者も仕事ですし、上司からの厳しい指示により加害者家族を追っているのかもしれません。しかし、メディアにもその影響力を考慮したガイドラインがあって然るべきでしょう。
また、新聞やテレビで取り上げられなくても、近年は加害者のSNSアカウントが即座に特定され、本人だけでなく家族の氏名や住所など個人情報がさらされるケースが散見されます。勝手に抜粋した画像や情報をもとに、本人や家族に関する「まとめサイト」がすぐに立ち上がり、フェイクニュースを含む情報がまたたく間に世界に拡散されていきます。
閲覧数を上げることで収入を得ることを目的とした「トレンドブログ」では、真偽不明の情報が飛び交います。「たとえ情報が誤っていても、アクセス数を稼げて収益が得られればそれでいい」と言わんばかりの無責任な情報が加害者家族を追い詰めていくのです。
ネット上のデジタルタトゥーが要因となり、加害者家族の就職や結婚などが取り消される、職場を追われる、加害者当人が判決後・出所後に復職できないといったケースも多々あります。
■犯罪者の家族も地獄に落とされる
ここまで述べてきたように、加害者家族の生活は事件発覚後に一変し、心理的・社会的・経済的な問題に一気に直面することになります。
あらゆる犯罪のなかでも、とくに性犯罪は白眼視されます。性に関する話題がタブー視されがちな日本ではなおさら、性犯罪では加害者と被害者のみならず、加害者家族も偏見にさらされます。性犯罪の加害者は、「教師と生徒」「上司と部下」など権力や信頼関係を利用して犯行に及ぶことが少なくありません。そのため、社会的な非難がいっそう強まります。
幼い子どもが被害に遭う小児性犯罪事件では、社会からの応報感情がより大きく、被害者と同じ年代の子どもを持つ近隣の親たちの不安感情が高まるため、性犯罪の加害者家族に対しても、より厳しい「世間の目」が向けられる傾向があります。

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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)

精神保健福祉士・社会福祉士

西川口榎本クリニック副院長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模と言われる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、長年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で現在まで3000名以上の性犯罪者の治療に関わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでいる。主な著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』、『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(ともに幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、監修に漫画『セックス依存症になりました。』(津島隆太・作、集英社)がある。

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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳)
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