※本稿は、斉藤章佳『』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■あなたが「加害者家族」になる日
日常生活のなかで私たちは、子どもに「あやしい人に声をかけられても、ついていったらダメだよ」と伝えたり、高齢の親に「オレオレ詐欺に引っかからないようにね!」と注意を呼びかけたり、何かと犯罪の被害者にならないことを意識する機会は多いと思います。
それもそのはず、日本全体で見ると、20年前と比べて窃盗、暴行、傷害、詐欺、殺人などを含む広義の刑法犯の認知件数は減少傾向にありますが、特殊詐欺の増加などの影響で「体感治安(主観的に感じる治安の良し悪し)」が悪化しています。
この記事を読む方のなかにも、「うちは大丈夫だろうか……いつか被害に遭わないか心配だな」と感じている方も少なくないでしょう。また、車を運転する際には安全運転を心がけて、自分が交通事故の加害者にならないように気をつけている方も多いでしょう。
そうしたことと比べると、自分の家族が罪を犯す可能性、つまり自分が加害者家族になることに思いを馳せる機会は少ないのではないでしょうか。
■家族の暴走は誰も止めることができない
「そんな物騒なことは考えたくない」「うちの家族に限ってそんなことはありえない」「うちの家族は大丈夫」――そう思ってしまうのも人情です。しかし、決して脅かすわけではありませんが、私たちが加害者家族となる可能性は確実に存在しています。
たとえば、家族が運転中に交通事故を起こして誰かを死なせてしまったら、その瞬間から私たちは加害者家族になります。また、同居している家族や親戚がなんらかの事件を起こしてしまった場合も同様です。どんなに自分が安全運転に気をつけていても、家族が事故や事件を起こさないことには結びつきません。
ここからは、実際に私が関わってきた加害者とその家族についてのエピソードをご紹介します。
ケース:妊娠中に夫が盗撮で逮捕された若妻
病院の待合室で携帯電話の着信を確認したA子は、見知らぬ番号に一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。
当時、A子は妊娠8カ月。その日は定期健診の予定が入っていた。不安を感じながら電話に出ると、警察署からだった。「お宅のご主人が盗撮行為で現行犯逮捕されました」。その瞬間から、看護師としても充実した日々を送っていたA子の日常は一変した。
A子の夫は医師だった。ふたりは同じ大学病院で出会い、結婚。それぞれ異なる病院に勤務しながら、第一子を授かり、順調な生活を送っていた。このまま普通の幸せな家庭が築けると思っていた矢先の逮捕だった。
逮捕後、医師による盗撮事件として、メディアにも多数取り上げられた。夫の病院には報道関係者が押しかけ、A子の勤務先にも取材の電話が相次いだ。
夫は示談が成立し不起訴となったが、勤めていた病院は解雇。医師としての再就職も困難を極めたが、経済的にはA子の収入でなんとか生活できる状況だったという。医療関係者の間で噂は広がり、夫婦で地域を離れることを決意した。
A子は離婚を考えなかったわけではないが、生まれてくる子どものことを考えると決断できなかった。夫の両親からは、妻を非難する声も上がった。「あなたがもっとあの子のことを理解していれば」という言葉に、A子は何度も深く傷ついた。
■「盗撮さえしなければ、いい夫なんです」
盗撮犯というと「モテなさそうな独身男性」というイメージがあるかもしれませんが、既婚者も少なくありません。クリニックの統計によれば、盗撮加害者521人のうち、結婚歴のある人が6割程度でした。
ある日突然、夫が性犯罪で逮捕された妻の苦しみは、父親や母親とは別次元のものです。性犯罪者の妻は「なぜ夫はそんなことをしたのか?」という疑問、同じ女性として被害者への罪悪感、夫への生理的な嫌悪感や怒りが湧き上がり、引き裂かれます。
このA子さんも妻として、新たに生まれてくる子どもの母親として、そしてひとりの女性として、二重三重の苦しみに挟まれています。このような状況を加害者家族における「ダブルバインド現象」と呼んでいます。
このケースのように「それでも別れない」選択をする妻もいます。経済的理由、世間体、子どもとの関係……理由はさまざまですが、クリニックが加害者家族を支援する「妻の会」の参加者の女性の大半は婚姻関係を維持しています。「盗撮さえしなければ、いい夫なんです……」という言葉もよく聞かれます。
■「夫の性欲を」妊娠妻に浴びせられる心無い声
また性犯罪者とはいえ、家庭内では子煩悩で「イクメン」、子育てにも積極的に関わっている人もいます。実際、「子どもにとってはいい父親。私の一存で子どもたちから『パパ』を奪っていいものか……」と葛藤する人も大勢います。
「自分の娘は可愛がるのに、なぜ他人の子どもには卑劣な性加害をするのか!」と憤る方も多いと思いますが、性犯罪者の頭の中には「それとこれとは別」という認知の歪みが存在している。それも性犯罪者の実態です。
A子さんのケースも「子どものために別れない」という選択をした家族の例です。新しい家族を迎え入れようとしているタイミングで夫が性犯罪に走るとは、A子さんのストレスは凄まじいものです。
さらに彼女は、「妊娠していて夫の性欲を受け止めきれなかったから、夫が盗撮行為を犯したんだ」という世間からの視線にもさらされました。しかし、この言説は的外れなものです。
■逮捕後も夫は盗撮を繰り返していた
A子さんは定期的に「妻の会」に通い、夫もクリニックの治療プログラムにしばらく通い続けました。
実は、後日談があります。
ふたりの努力の甲斐もあり、A子さん夫婦の関係は表面的には改善し、事件から3年ほど経った頃、彼女は再び妊娠しました。「これで新しい生活をスタートできる」と希望を抱いたA子さんでしたが、その希望はあえなく打ち砕かれてしまいました。
出産を間近に控えたある日、彼女の携帯には、再び見覚えのない電話番号から着信がありました。なんと夫は、再び盗撮の容疑で逮捕されたのです。失意のどん底に落とされたA子さんは、やがて夫が一度目の逮捕後も盗撮を繰り返していたことを知りました。
夫の2度目の逮捕後、A子さんは家族会で「夫はどう考えても病気です。医療従事者である私から見てもそうとしか思えません。そしてこの問題を抱えながら、これからも生きていく人です。
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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士
西川口榎本クリニック副院長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模と言われる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、長年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で現在まで3000名以上の性犯罪者の治療に関わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでいる。主な著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』、『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(ともに幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、監修に漫画『セックス依存症になりました。』(津島隆太・作、集英社)がある。
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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳)