※本稿は、菅原道仁『働きすぎで休むのが下手な人のための 休息する技術』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■“自律神経の暴走”で脳が疲れる
心身がアクティブだったり、緊張したりしているときに優位に働く交感神経と、リラックスしたり、穏やかな気持ちでいたりするときに優位に働く副交感神経。両者のバランスがとれている状態が望ましいことは前述したとおりですが、つねにフィフティフィフティの関係であることがベストというわけではありません。
仕事やスポーツに集中して取り組んでいるときは交感神経が活発であるべきですし、入浴中や就寝中は副交感神経が主導権を握ってくれていないと困ります。
問題があるのは、いずれか一方が優位な状態になったままだったり、どちらの働きも極端に弱くなった状態が続いたり、本来であれば一方が優位であるべき状況にもかかわらず、もう一方が逆に活発になってしまっていたりすることです。
自律神経の暴走――そのように表現してもいいでしょう。自律神経が暴走してしまうと、脳の疲労は加速度的に増していきます。脳が自律神経の乱れを整え、正常な状態に戻そうとして、多くの労力を費やすことになるからです。
ここで、2つの自律神経の特徴を把握しておきましょう。交感神経は、自動車に例えるならアクセルの役割で、おもに日中に優位になり、体を活動的にします。また時間帯を問わず、ストレスや緊張などによって、働きが活発になることもあります。
■「副交感神経が優位な状態」が続くと無気力になる
交感神経が優位になると、血圧や心拍数が上がり、瞳孔(どうこう)が開きます。この状態が続くこと、すなわち交感神経が暴走した状態を想像してみてください。「心身ともに疲れてしまう」のを、ありありとイメージできるはずです。
一方の副交感神経は、自動車に例えるならブレーキの役割で、おもに夜間に優位になり、体を休ませてくれます。また夜間に限らず、静かな環境で休憩したりするときに、働きが高まりやすくなります。副交感神経が優位になると、血圧や心拍数が下がり、瞳孔が閉じます。
この情報だけを知ると、「体にとって良い」「心身ともに休息できる」という印象を抱くでしょう。確かにそういう面はあるのですが、ずっとこの状態が続くと無気力につながり、仕事や勉強、スポーツなどで、いざというときに最高のパフォーマンスを発揮できなくなってしまいます。副交感神経の暴走もまた、人間にとっては困りものなのです。
脳の疲労を軽減し、心身の休息を図るためには、自律神経を暴走させないようにしなくてはなりません。また、すでに暴走してしまっている場合は、それを食いとめなければなりません。
■自由にコントロールできない
ただし、自律神経の乱れは、ほとんど自覚なしに発生します。
「今は交感神経が優位だから、副交感神経の働きを高めてあげて、血圧や心拍数を下げよう」
これは不可能なのです。しかし、意図的にコントロールできなくても、乱れた自律神経が整いやすくなるように、働きかけることならできます。その近道となるのが、本稿でこのあと紹介する自律神経の疲れをリセットする技術です。ふだんから実践していれば、自律神経の暴走を効率よく抑えることができるでしょう。
それ以前に大前提として意識していただきたいのは、毎日規則正しい生活を送ることです。人間の体には、朝起きて、日中に活動し、夜眠るという24時間サイクルの動きを求める、サーカディアンリズムという体内時計が備わっています。朝になると目を覚まし、夜になると眠くなるのは、これがあるためです。
夜勤のある人や、深夜営業の店にお勤めの人などを除けば、できるだけこのリズムを崩さないことが望ましいといえます。なぜなら、サーカディアンリズムに反するような生活を送ると、たちまち自律神経が乱れてしまうからです。
■「1食あたりの食べる量」を調整する
十分な睡眠時間を確保し、朝になったら起床し、1日3食、バランスのとれた食事をし、できれば適度な運動も挟み、入浴によって心身をリラックスさせ、深夜帯にならないうちに寝る。これが理想的な1日の流れです。
ここで、自律神経の疲れをリセットするのに有効な「回復法」を2つほどご紹介しましょう。
まずは食べる量です。1日3食、みなさんは毎回、満腹感を得る量を食べているでしょうか。もしそうであれば、大半の人はおそらく食べすぎです。現代人は昔に比べて運動量が格段に減ってきているので、食べたものをスピーディーに消化できません。糖質過多の食生活であれば、確実に太ってしまいます。
明治以前の日本は1日2食が基本だったようで、3食がスタンダードになったのは近代以降のこと。2食だから困るということはありませんでした。それゆえに、3食が主流になった今は、1食あたりの分量に余計気を配らなければならないのです。
■食事は“腹六分”でいい
満腹感を得ず、軽めに済ませたとしても、人間は普通に生きていくことができますし、健康寿命を縮めることもありません。いつも満腹になるまで食事をさせたマウスと、腹八分目で済ませていたマウスを比較した実験で、後者の寿命が約1.6倍になったという報告もありますが、ほとんど運動をしない現代人は、もっとセーブしてもいいと個人的には考えています。
理想的なのは、腹八分目ならぬ腹六分目ではないでしょうか。食べ終わったあと、「同じくらいの分量の食事をもう1食くらいいけそう」と感じる程度で十分。仕事がデスクワーク中心の人であれば、3食のうちの1食を、スープやジュースに置き換えても問題ないと思っています。
食べすぎは肥満をまねき、肥満は自律神経の乱れを誘発し、自律神経の乱れは脳を疲弊させます。いいことは、何ひとつとしてありません。
疲れたと感じたときに甘いお菓子を口にしたり、スタミナをつけることを名目にボリューミーな丼物や麺類を食べたりする人がいますが、高カロリーかつ糖質過多ゆえにかえって脳を疲れさせます。疲れを取るためには、食事の量を増やすことよりも減らすことのほうが、はるかに効果的なのです。
■睡眠は“長く寝ればいい”わけではない
就寝中は自律神経も脳も活動しています。どれだけ寝ても、疲労感が抜けないこともあります。「眠れば疲れは取れる」は、必ずしも唯一無二の正解ではありません。しかしながら、睡眠が疲労回復に不可欠な要素であることは事実です。
私たちの体は、「ファティーグ・ファクター(以下、FF)」と呼ばれる疲労因子が蓄積することによって、疲れを感じます。
つまり、眠れば疲れが100%取れるわけではないものの、眠るに越したことはないということです。能動的に体を動かすことのない睡眠は、究極のパッシブレストの方法といってもいいでしょう。当然、ないがしろにしていいわけがありません。
重要なのは、睡眠の質です。ただただ長い時間眠ればいいのではなく、自分に適した睡眠時間を知ることが大切になります。
一般的に、1日7~8時間が理想的な睡眠の長さとされていますが、それよりも短くても健康上まったく問題のないショートスリーパーもいれば、平均よりも長い睡眠時間のほうが健康をキープできるロングスリーパーもいます。人によっては、理想的とされる時間に無理に合わせようとすると、自律神経を整えるどころか、暴走を助長してしまいかねないのです。
■「昼間の眠気」「休日の寝坊」は睡眠不足のサイン
自分にとってベストの睡眠時間は、昼間にもよおす眠気の有無で容易に把握することができます。
昼間に強い眠気を感じたら、それは睡眠不足なので、睡眠時間を徐々に延ばしていきましょう。調節していって眠くならなくなったら、それが理想的な睡眠時間であると結論づけられます。
また、休日の朝に目覚まし時計をセットせずにいつもと同じ時間に起きられれば問題ありませんが、通常よりも遅くに目が覚めるようであれば、それは睡眠時間が不足している証明になります。
自分にとってベストの睡眠時間がわかったら、次はいかに良質な睡眠をとるかに意識を向けることが重要。攻めの姿勢で、眠ることに集中するのです。眠ることに集中、といっても、布団にもぐって目を瞑り、「早く寝よう。早く寝よう」と気持ちを高めることを推奨しているわけではありません。かえって緊張して寝つけないという、逆効果になってしまう可能性もあるでしょう。
私がお伝えしたいのは、眠りやすい環境および体調を整えるということです。
■「寝酒」「寝る前スマホ」は絶対NG
まずは、寝具にこだわりましょう。人生の3分の1から4分の1の時間を睡眠に費やすわけですから、多少の出費はいとわず質の高い寝具を揃えるのは、決して贅沢なことではありません。寝具にはある程度お金をかけていい、というより、お金をかけるべきなのです。
マットレス、掛け布団、そして枕。調べれば、良質なものはいくらでもあります。体型や体質によってジャストフィットする寝具は変わってくるので、購入の際は専門家である寝具メーカーの販売員に相談するといいでしょう。
ほかでは、起床後に朝日を浴びるのも効果的です。体内時計がリセットされ、「睡眠ホルモン」といわれるメラトニンの分泌が止まります。そしてちょうど就寝の態勢に入るころの14~16時間後に再びメラトニンの分泌が始まり、眠気を感じるようになるのです。
就寝の約1時間半前に、ぬるめのお湯に15分ほど浸かる方法も推奨できます。眠ろうとするタイミングで深部体温がちょうどよく下がり、眠気をもよおすからです。
また、禁止事項として「寝酒」と「寝る前スマホ」が挙げられます。寝酒はアルコールの一過性の催眠作用によって寝つきはよくなるかもしれませんが、アルコールの利尿作用によってトイレが近くなる(夜中に起きてしまう)うえに、睡眠の後半でレム睡眠が増えるなど、眠りが浅くなります。
■昼寝は15分程度ならいい
寝る前スマホは、画面から発せられるブルーライトが太陽光に近いため、体が昼間と勘違いしてメラトニンの分泌を抑制してしまいます。いずれも良質な睡眠を奪う行為なので、絶対にやめましょう。
どうしても、夜の睡眠時間を確保するのが難しい人は、できるだけ昼寝をするようにしてください。時間が長すぎると夜に眠れなくなるので、15分程度でOKです。短時間の昼寝が、疲労回復のみならず、やる気や集中力アップ、判断力や理解力の向上など、さまざまなプラス効果をもたらしてくれます。
----------
菅原 道仁(すがわら・みちひと)
日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター
脳神経外科医。菅原脳神経外科クリニック(東京都八王子市)、菅原クリニック東京脳ドック(港区赤坂)院長。杏林大学医学部卒業。「人生目標から考える医療」のスタイルを確立し、心や生き方までをサポートする医療を行う。著書に『すぐやる脳』(サンマーク出版)など。
----------
(日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター 菅原 道仁)