※本稿は、菅原道仁『働きすぎで休むのが下手な人のための 休息する技術』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■やる気が出ないのは「ストレスで心が疲れている状態」
肉体的疲労を感じていなくても、気持ちが上向かず、なんとなく疲労感があってやる気が出ないときは誰にでもあると思います。人間関係に悩んでいたり、将来に対する漠然とした不安を抱いていたり、生活環境に嫌気がさしていたり、などといった原因が背景にあり、ストレスを感じて心が疲れている状態です。
私たちがふだん使用しているストレスという言葉は、もともと機械工学の用語で、「物体がゆがんだ状態」を意味します。そして、このゆがんだ状態をつくりだす要因を「ストレッサー」と呼びます。
膨らんだ風船を指で押して表面が凹んでいる状態をイメージしてみてください。風船を押している指がストレッサー、押されて風船の表面が凹んでいる状態がストレス、ということになります。よって、「ストレスの多い生活環境」という表現は間違いで、正確には「ストレッサーの多い生活環境」となるわけです。
ストレッサーが原因、ストレスがそれに対する反応――そう考えるとわかりやすいでしょう。つまり、心の疲れの元となるストレスをなくすためには、その原因となるストレッサーを取り除く必要があるということです。
本稿では、その代表的な方法=リセットする技術(回復法)を紹介していきます。
■“ストレッサー”が重なるほど回復も遅れる
回復法を効果的に実践するために、まずはストレッサーに対する理解を深めていきましょう。ストレッサーには、外部環境や社会環境が要因となる「外的ストレッサー」と、個人的な感覚や生理的状況の変化が要因となる「内的ストレッサー」の2種類が存在します。
そしてさらに、外的ストレッサーは「物理的ストレッサー」と「社会的ストレッサー」に、内的ストレッサーは「心理的・情緒的ストレッサー」と「生理的・身体的ストレッサー」に、それぞれ分けることができます。
そのおもな要因の具体例を挙げていきましょう。
●物理的ストレッサー
騒音、振動、悪臭、寒暖差、混雑など
●社会的ストレッサー
人間関係、会社の部署異動、経済状況の変化など
●心理的・情緒的ストレッサー
不安、緊張、焦り、怒り、さみしさ、悲しみ、絶望など
●生理的・身体的ストレッサー
睡眠不足、体調不良、疲労、空腹、アレルギー(花粉)など
脳はこれらのストレッサーに敏感に反応します。全力で対処しようとして、大量のエネルギーを消費し、疲弊します。複数のストレッサーが重なれば重なるほど、心の疲労は増していき、回復しづらくなっていくのです。
■“排除”ではなくマインドを変える
現代社会は広範囲にわたってストレッサーが存在し、私たちを取り囲んでいます。これらを徹底的に取り除くことは容易ではありません。どんなに心にゆとりのある人でも、ゼロにするのは不可能といってもいいでしょう。
でも、ご安心ください。
ストレッサーが糧(かて)や反骨心となり、自分の成長につながることもあります。上司の発言にイラッとしたとき、ただそれをストレスとしてためこむのではなく、次は評価してもらえるように新たなアプローチを考えてみる、というあんばいです。
ストレッサーを徹底的に排除するのではなく、そのメカニズムを理解して、ストレスを感じないマインドを持つように意識を変えてみてはいかがでしょうか。それが巡り巡って、心の疲れを感じにくい状態をつくっていくはずです。
心の疲れの元となるストレス、その原因となるストレッサーについて理解したら、次からは疲れをリセットする実践的な方法をいくつかご紹介しましょう。
■情報過多で、脳に負担がかかっている
インターネットならびに、それを活用するデジタルデバイスが普及したことによって、現代社会は多種多様の情報であふれ返るようになりました。
興味のあることを調べようと思えばいくらでも深掘りできますし、あまり関心のないことでも、SNSやニュースサイトを通じて次から次へと新情報が目に飛び込んできます。すべてに目を向けていたら、時間がどれだけあっても足りないでしょう。
脳の処理スピードも、追いついていきません。
このように、頭の中で入れ替わり立ち替わり思考や雑念が現れて、脳がフル稼働している状態のことを「モンキーマインド」といいます。猿が木の枝から枝へと飛びまわる様子に例えた言葉で、仏教用語の「心猿(しんえん)」に由来するという説が有力です。
モンキーマインドの状態が続くと、脳疲労が蓄積し、脳に大きな負担がかかります。これを鎮めないと、疲れを取ることができません。
■“雑念”に名前をつけるといい
ここで大事になってくるのが、頭の中で動き回る猿を「自分自身とは別の存在」と認識すること、そして猿たちと同じ目線に立たず、距離をおいて俯瞰することです。
例えば、仕事に集中したいときに、同じ部署で働くライバルの同期の存在が目に入り、どうしても気になってしまう場合は、その雑念(=猿)に名前をつけるのです。
仮にAさんとして、職場では似たような猿たちが頭の中にしょっちゅう現れることに気づいたとすれば、「自分はAさんのことばかり気にしている」と自覚できます。それにより、自分の余計な思考や雑念の傾向がわかり、「Aさんのことを気にしても自分の仕事の成果が上がるわけではない」と、冷静に分析できるようになるでしょう。頭の中の猿を飼いならす――これがモンキーマインドを鎮める方法なのです。
■「ネガティブ思考」はむしろ評価できる
ポジティブ思考はよくて、ネガティブ思考はよくない。
楽観的すぎたり、失敗や問題点などに向き合わないまま次に進もうとしたりするポジティブ思考は、容認できません。一方、失敗やリスクを想定したり、慎重に慎重を重ねたりするネガティブ思考は、むしろ評価することができます。
短期的なスパンで見ればポジティブ思考のほうが前に進めるでしょうし、成功しているように見えるかもしれませんが、長期的にはネガティブ思考が功を奏し、「物事を円滑に進められるケースが増える」と私は考えます。
私たち医療従事者はネガティブシンカーの集まりです。「この手術は何があっても成功する」とは考えません。「もしかしたら、こんな事態が発生するかもしれない」と、万が一のときに備え、万全の態勢を整えます。
パナソニック創業者の松下幸之助氏が「社長は心配するのが仕事だ」という言葉を残したのは有名な話です。心配性は、決して悪いことはではありません。
■行動に移さないと心が疲れてしまう
重要なのは、ネガティブ思考ののちに行動に移すことです。
リスクを想定し、うまくいかなかった場合の対策を立てたら、失敗を恐れずに前に進みましょう。これは私の造語ですが、目指すスタンスは「ネガティブ・アグレッシブ」。ネガティブ思考のあと、ただちにアグレッシブ行動に移行するのです。
焦る必要はありません。仮に失敗してもすぐにアジャストし、リカバリーできるように、十分に準備を整えてから次の一歩を踏みだしましょう。
「お酒を飲むとリラックスできて、ストレス解消にもなる」と主張する人をよくお見かけします。お酒が好きな人が多いことも、よく理解しています。しかし残念ながら、医学的にこれは正解とはいえません。
確かに、お酒を飲むと頭がふんわりとして気持ちが軽くなりますが、これはリラックスしているのではなく、脳から「快楽ホルモン」といわれるドーパミンという神経伝達物質が分泌され、気分が高揚しているだけです。
■飲酒はストレス解消にならない
ドーパミンには、脳を活性化して興奮させる作用があるため、リラックスするどころか、逆に忙しく働く状態に導いてしまいます。アルコールで脳が麻痺することによって気分がよくなっているだけなので、ストレスも解消されません。
また、酔うと眠りやすく感じるのもまた、脳の一時的な麻痺に起因するもので、体はストレスを抱えて緊張状態が続いています。たとえ寝つきがよくなったとしても、アルコールが体内にあると睡眠の質の低下をまねいてしまいます。
それゆえに、寝酒は論外です。どうしても眠れないなら、アルコールではなく、医師に睡眠薬を処方してもらいましょう。薬嫌いの人は多いですが、寝酒を飲むよりも体にかかる負担ははるかに軽いです。
お酒を飲んだところで脳がリラックスするわけでも、疲れが取れるわけでもないので積極的に推奨はできませんが、さすがに「今日を限りに、一滴も口にしてはいけない」とは言いません。
家族や友人と楽しいひと時を過ごしているときに、適量の範囲内で飲むのであれば、大きな問題にはならないからです。楽しい気分で飲むお酒には、自律神経を整える効果があります。適量には個人差がありますが、休肝日を週に2~3日設け、ほろ酔いになる程度に楽しみましょう。
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菅原 道仁(すがわら・みちひと)
日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター
脳神経外科医。菅原脳神経外科クリニック(東京都八王子市)、菅原クリニック東京脳ドック(港区赤坂)院長。杏林大学医学部卒業。「人生目標から考える医療」のスタイルを確立し、心や生き方までをサポートする医療を行う。著書に『すぐやる脳』(サンマーク出版)など。
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(日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター 菅原 道仁)