更年期障害に悩む男性が増えている。40代以降、男性ホルモンであるテストステロンの分泌量が減ることで勃起障害(ED)、集中力・記憶力低下、不眠やイライラなど心身に不調が起こる場合がある。
医師の谷本哲也さんは「テストステロンは年間約1%ずつという緩やかなペースで値が低下するので、不調の要因に気づかない人も多い」という――。
■見過ごされがちな男性更年期とテストステロン治療
「ああ、今朝もダル重だ……」
都内在住のビジネスパーソンAさんは53歳です。最近、睡眠は十分取っているのに、朝から疲労感に襲われることが多くなりました。日中も会議では集中力が続かず、以前なら簡単に処理できた業務に時間がかかるようになっています。健康診断では特に異常は見つからず、医師からは「ストレスでしょう」と言われました。
Aさんのような症状を持つ中高年男性は決して珍しくありません。原因の一つとして考えられるのが、加齢やストレスに伴う男性ホルモン、テストステロンの分泌量の低下です。
調査(※)では日本人男性の40歳代で約10%、50歳代で約20%、60歳代で約50%が何らかのテストステロン低下を経験していると推定されています。※https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1442-2042.2008.02203.x
テストステロン低下の影響で全身に起こる代表的な症状としては、Aさんの所見である倦怠(けんたい)感のほか、性欲・筋力の低下、勃起障害(ED)、早朝勃起の減少、集中力・記憶力低下、不眠やイライラ、やる気に喪失、さらに突然のほてりや発汗などがあり、加齢男性・性腺機能低下(late-onset hypogonadism:LOH)症候群として診断される人も増えています。
男性ホルモンということで、性欲やEDとの関連があり、LOH症候群の存在は軽視できません。日本内分泌学会のHPでは、LOH症候群に関する記述で下記のようなものがあります。
〈EDは、かつては気のもちようだとか、糖尿病などの生活習慣病が悪化して起こるとされてきましたが、近年“血管病”としてもとらえられています。
それは、勃起のメカニズムが、血管の機能と深く関係があり、血管の健康が失われる(動脈硬化が進み、血流が悪くなる)とEDが起こりやすくなるためです。陰茎の動脈は非常に細いため初期の動脈硬化でも影響が現れやすく、EDは“最初に自覚できる生活習慣病”だと考えられます。性欲のあるなしに関わらず、EDは男性の健康の“見張り役”になるわけです〉
最近は徐々にLOH症候群の認知度が上がり、泌尿器科を中心に専門的な治療を提供する施設が増えていますが、適切な治療を受けている人はまだまだ少ないのが現状です。
この背景には、男性は多少症状があったとしても、医療機関をわざわざ受診せず我慢してしまう傾向があるのに加え、男性ホルモンの変化の特殊性も関係しています。
女性の更年期の場合、女性ホルモン(エストロゲン)の急激な減少により、閉経を中心とした時期に、症状が現れる傾向があります。それに対して、男性更年期のテストステロン低下は40歳頃から始まって年間約1%ずつという緩やかなペースで進行するため、診察を受けるきっかけを逃してしまうケースも少なくありません。
また、テストステロン値の低下と臨床症状の出現には個人差があり、少し低下したからといってLOH症候群に必ずなるとは限りません。ただし、日本でLOH症候群の疫学的調査は限られているものの、「わりと身近なよくある病気」だと考えられています。実際、海外の調査を参考にすると、中高年男性の1~2割は当てはまるという見積もりもあります(※)。※body{font-family:Arial,sans-serif;font-size:10pt;}.cf0{font-family:Meiryo UI;font-size:9pt;}https://journals.lww.com/ajandrology/fulltext/2016/18050/identification_of_late_onset_hypogonadism_in.14.aspx
■全身に広がるテストステロンの影響
侮れないのは、テストステロンの低下は単純な性機能の問題を超えて、全身に連鎖的な影響を与えること。最も顕著な変化は体組成の変化です。テストステロンは筋肉の構築と体脂肪の減少を助ける重要な役割を果たしているため、値が低下すると筋肉量が減少する一方で、特に腹部周辺の内臓脂肪が増加し、いわゆる中年太りが目立ち始めます。

この内臓脂肪の蓄積は単なる見た目の問題ではありません。肥大化した脂肪細胞は血圧と血糖値を上昇させる炎症性物質を分泌し始め、悪循環を引き起こします。このプロセスがメタボリックシンドロームの基盤となり、テストステロンが低下した男性において、糖尿病、高血圧、その他の生活習慣病のリスクが高まる原因となっています。
さらに、体の筋肉や体力が落ちやすくなり、いわゆる「フレイル(虚弱)」や「サルコペニア(筋肉量の減少)」が進みやすくなることが分かっています。また、テストステロンが低下すると骨も弱くなり、骨密度が下がったり骨折しやすくなったりすることが報告されています。
■ストレス社会とテストステロンの密接な関係
では、テストステロン低下はなぜ起こるのでしょうか。原因として、必ず挙げられるのがストレスです。現代の日本人男性が直面している職場での仕事のプレッシャーや人間関係の悪さ、長時間労働、家族への責任、家庭内の不和などは、分泌量減少の一因となっています。
正常な状態では、脳の下垂体が黄体形成ホルモンを放出し、これが精巣にテストステロンの産生を指示します。ところが、男性が重大なストレスを経験すると、脳の視床下部が副腎皮質刺激ホルモン放出因子を放出し、これがきっかけとなりストレスホルモンの産生を増加させると同時に、黄体形成ホルモンの放出を抑制してしまうのです。そして、結果的にテストステロンの産生も低下してしまうのです。
これは人類が長い進化の過程で獲得した生存メカニズムです。
ストレスや危険を感じる時期には、身体は子孫を残すための生殖機能よりも、即座に自分の生存を優先するようにプログラムされています。
衣食住の生活習慣のあり方のほか、職場や自宅での環境におけるストレス度でテストステロン低下が起きやすい・起きにくいということがあるのです。テストステロンが効果的に産生されるためには、文字通り「心の平安」が必要なのです。
■適切な検査と診断
テストステロン低下によるLOH症候群を疑う症状がある場合、適切な血液検査による客観的な評価が不可欠です。関連する遊離テストステロンや黄体形成ホルモンなども測定し,総合的に病態を把握した上で、LOH症候群の治療を進めることになります。
また、診断を確実にするためには、類似症状を示す他の疾患を除外することも重要です。甲状腺機能低下症、うつ病、糖尿病、慢性腎臓病、肝疾患などは、LOH症候群と類似した症状を呈することがあります。
このため、初回の評価では前立腺がんなど他の病気の有無もチェックするため、基本的な血液検査、肝機能、腎機能、血糖値、甲状腺機能、前立腺特異抗原なども同時に確認することが一般的です。さらに、症状の客観的評価には質問票を使用する場合もあり、症状の程度も吟味しながら診療が進められます。
■ライフスタイル改善という最強の処方箋
検査により異常が認められた場合でも、最初に取り組むべきは包括的なライフスタイル改善です。運動は特に重要で、筋力トレーニングと中・強強度の有酸素運動の両方がテストステロン値を増加させます。
日常の歩行に階段昇りを組み込むだけでも、心血管運動と身体最大の筋肉群である大腿四頭筋の強化が同時に得られます。
重要なのは運動強度だけでなく継続性であり、年単位で日常習慣に取り入れた持続可能な運動習慣こそが最も価値があると言えるでしょう。
栄養面では、十分なタンパク質の摂取がテストステロン産生に不可欠です。日本人男性にとって特に重要なのは、現代の食事で一般的に不足しているビタミンDと亜鉛です。魚やキノコは優れたビタミンD源を提供し、貝類は豊富な亜鉛を供給します。
近年では、腸内環境とテストステロン産生の関連性も研究が進んでいます。味噌、納豆、キムチ、ヨーグルトなどの伝統的な発酵食品は有益な細菌を含んでいますし、野菜、果物、全粒穀物は、これらの微生物が繁栄するために必要な食物繊維のもとになります。
■テストステロン治療選択肢と効果の実際
ライフスタイルの改善が十分でない場合、段階的に薬物治療を行うことも選択肢となってきます。日本では伝統的に漢方薬も男性更年期治療に用いられます。
「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」は痩せた高齢の、または虚弱な個人に、「八味地黄丸(はちみじおうがん)」は頑丈な体格の男性に、「柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」はイライラを経験している男性に効果的とされています。
非常に低いテストステロン値が続く場合は、ホルモン補充療法も検討対象となります。海外の大規模研究により重要な知見が得られてお(body{font-family:Arial,sans-serif;font-size:10pt;}.cf0{font-family:Meiryo UI;font-size:9pt;}https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra2404637)、補充療法で性機能の改善が一貫した効果として確認され、低テストステロンの中高年男性で週あたりの性的活動が約40%増加したという報告もあります。また、貧血の改善に加え、気分や活力の改善もある程度期待できると言われています。

一方で、補充療法の身体機能への効果はわずかで、骨密度は改善するものの骨折リスクはむしろ増加し、糖尿病の予防効果は限定的、認知機能には効果がありませんでした。安全性については、従来懸念された心筋梗塞や脳卒中のリスク増加は認められませんでしたが、静脈血栓のリスクがやや上昇し、特に治療開始から6カ月以内に注意が必要です。
また、テストステロン治療を受けても、前立腺がんのリスクが高まることはなく、急におしっこが出なくなるような尿閉(にょうへい)の危険も増えません。排尿のしにくさなど下部尿路の症状が悪化することもありません。
LOH症候群に対するホルモン補充療法などの治療を積極的に行っているのは、大学病院や一部の泌尿器科など専門のクリニックに限られています。検査や治療も健康保険の適応が通らず自費診療となる場合も多く、治療は月1万~2万円以上の費用がかかることになります。
■男性更年期に対する家族のサポート
男性本人が自分で認識する前に、家族の方がテストステロン関連の変化に気づくこともあります。笑顔や喜びの表現が減少したり、ささいな問題に対して苛立ったり立腹したりが目立つ、以前楽しんでいた活動への参加が消極的になったり、といったことで気づかれます。また、特にお腹周りを中心に太って体重が増加したり、夜間の尿意が増えたりといったことを家族から指摘されることもあります。
これらの変化は、数カ月から数年にわたって徐々に進むことも多く、男性本人はあまり気にせず、正常な加齢現象として軽視してしまうことが少なくありません。しかし、早期に気付くことにより、症状が軽度で治療に反応しやすい時期で対応することが可能となります。
家族からのアプローチには、男性の自尊心への機微の理解も必要です。
男性更年期を直接指摘することは、プライドを傷つけ、かえって防御的な反応を引き起こし、逆効果になる可能性もあります。健康の観点から議論を組み立て、治療可能な医学的状態であることを筋道立てて強調することが中高年男性にとっては受け入れやすいでしょう。
■男性更年期を含む健康管理に向けて
テストステロン低下を疑う諸症状がある場合、まず受診を検討すべきは内科か泌尿器科です。近年では男性更年期外来や男性ヘルスクリニックなどの専門外来も増加しており、包括的な診療を受けることができます。
治療を開始した場合、通常は治療開始後1~3カ月で効果の評価を行い、その後は3~6カ月ごとに血液検査と症状の評価を継続します。治療中は前立腺の状態、血液成分、肝機能などの定期的なモニタリングが必要です。
男性ホルモンの健康に対する最も効果的なアプローチは、進行してから症状を治療するよりも、予防と早期介入を重視することです。年間の包括的な健康診断にテストステロン検査を含めることができれば、変化を早期に発見し、適切な対策を講じることが可能になるかもしれません。
対策は前述したように定期的な運動、バランスの取れた栄養、十分な睡眠、そしてストレス管理が基本です。瞑想(めいそう)、定期的な入浴習慣、ガーデニングなど趣味の時間もホルモン値に影響を与えることができます。
他者とのつながりはテストステロン産生にとって特に有益です。そのため、同窓会など友人との会合や親戚の集まりなど、何かとプレッシャーがかかる仕事と無関係な人との会合やコミュニティへの参加は、ホルモン値を向上させることが期待できます。
ボランティア活動もテストステロン増加が期待できるという説もあり、これは他者を助けることが深い心理的な満足感につながるためと考えられます。
正確な検査による客観的な評価、ライフスタイルの変更を基盤とし、必要に応じて医学的治療を検討することで、加齢のプロセスを通じて活力、健康、人生への満足を維持することができます。重要なのは、自然な変化と闘うことではなく、家族、医療提供者、そしてより広いコミュニティのサポートを得ながら、日本人男性の男性更年期を賢く管理するということです。
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谷本 哲也(たにもと・てつや)

内科医

鳥取県米子市出身。1997年九州大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会理事長・ナビタスクリニック川崎院長。日本内科学会認定内科専門医・日本血液学会認定血液専門医・指導医。2012年より医学論文などの勉強会を開催中、その成果を医学専門誌『ランセット』『NEJM(ニューイングランド医学誌)』や『JAMA(米国医師会雑誌)』等で発表している。

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(内科医 谷本 哲也)
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