「えっ⁉ 新聞の号外って本人が否定しても“首相周辺”から聞いた話だけで出せちゃうんだ、じゃあ“首相周辺”が実は裏切り者で、記者に対してテキトーな情報を流したら、簡単に政局がつくれちゃうんじゃ……」
そんな風に衝撃を受けた人も多いのではないか。さる7月23日、読売新聞が「石破首相退陣へ」という号外を出して「誤報」となった経緯を検証した記事のことである。
「首相『辞める』明言、読売『退陣』報道を検証…石破氏が翻意の可能性」(25年9月3日)の解説によれば、あの号外をうったのは、7月22日夜から石破首相が“周辺”に対して「辞める」と明言していたということを読売新聞記者がキャッチをしていたからだという。
読売新聞としては「首相が繰り返し発した『辞める』との言葉は重いと判断した」(同上)として号外ということで広く社会に伝えたというのである。しかし、そこで想定外の事態が起きた。読売新聞が“首相周辺”から聞いたところによれば、「石破首相退陣へ」という読売報道を見て、石破首相が急に心変わりをしたというのである。
■石破首相は「もう辞めないぞ」
実際、23日の午後、石破首相は記者団に対して、「私はそのような発言をしたことは一度もございません」と完全否定している。ただ、これまた読売新聞が“首相周辺”に聞いたところでは、首相は「こういう記事を書かれると俺も燃える。もう辞めないぞ。しばらくは『誤報だ』と言い続ける」と開き直っていたというのだ。
「やっぱり石破首相はロクなもんじゃないな」と怒りに震える方もいらっしゃるだろうが、聡明な読者諸氏の中にはこの「読売の言い訳」の違和感にも気づいているはずだ。
実は読売新聞側が「石破首相が退陣する」と判断したのは、すべて「首相周辺」という謎の匿名情報に基づいているのだ。
■「政治報道」というより「情報操作」?
解説記事をもう一度しっかり読み直していただければわかるが、石破首相自身が読売新聞記者の直撃取材などで「辞める」「辞めたい」などと回答したような事実は皆無だ。それどころか、石破首相は読売側の確認取材でも「全否定」していた。
実はこの号外が出た後、官邸関係者と会って話を聞くことができたが、読売だけではなくマスコミ全般の「取材」に対する不満をぶちまけていた。
「マスコミの“裏取り”ってなんなんですか? 首相本人が“退陣しません”と明確に否定しているのに“退陣へ”なんて号外を出すってもうなんでもアリじゃないですか」
つまり、読売新聞は内閣総理大臣という日本のトップからの説明を無視して、「首相周辺」なる謎の匿名情報だけで号外まで持っていったということだ。これは「中立公正」をうたうジャーナリズムとしてはかなり「異常」な動きである。
個人的には、これはもはや「政治報道」という範疇を超えた、「スピン・コントロール」(情報操作)ではないかとさえ思っている。
■混乱を招いてきた「首相周辺」の発言
ここまで言ったらもっとハッキリ言ってしまおう。今回の読売新聞・毎日新聞の2社による「首相退陣へ」という報道は、「首相周辺」の中で石破首相に退陣をしてもらいたい人物が「石破おろし」という政局を生み出すため、意図的に読売・毎日にそっちへ誘導した可能性が高い。
なぜ筆者がそう考えているのかというと、これまでも石破政権の「首相周辺」は、とても本人が言いそうもないことをマスコミ記者に「代弁」することで、政権運営に混乱を招いてきたという動かし難い事実があるからだ。そのわかりやすい例が、「消費税減税」である。
石破首相はもともと「消費税減税」については消極的な姿勢だ。昨年10月、首相就任後に衆院選前に開かれたNHKの番組での与野党9党首で消費税についてはこのように述べている。
「(税率を)引き下げることは考えていない。当面、上げることも考えていない」
今年4月の記者会見で、食料品に限定した消費税減税の可能性を問われ「税率の引き下げは適当ではない」と答えている。
このように会見、議会などのオフィシャルな場で発した発言では、石破首相の消費税に対する姿勢はまったくブレていない。しかし、多くの国民はあまりそういうイメージを抱いていないはずだ。
■減税に前向きという話を流した結果…
なぜかというと、石破首相が消費税の引き下げをしないというのは表向きの話であって、実は裏ではかなり迷っているのだ、という話をマスコミが盛んに報道したからだ。勘のいい方はおわかりだろう。そう、これはすべて「首相周辺」がせっせとマスコミ記者らに吹き込んだ話である。
今年4月、日本テレビの政治部官邸キャップが、ニュース番組でこんな風に解説している。
「石破首相は当時、周辺に『低所得者支援として食料品の消費税8%を5%にする可能性はある』と言及していました。さらに、政権幹部も『石破首相は消費税減税に理解を示している』と述べていたんです」(日テレNEWS 2025年5月12日)
このような報道を聞いた、素直な国民は「ああ、石破さんは消費税減税してくれるかも」と淡い期待を抱く。しかし、先ほどから述べているように現実の石破首相にはそういうつもりはまったくない。すると、次に国民にどういう感情が芽生えるのかというと「憎悪」である。
「減税すると言ってたくせに嘘つきやがって」という感じで裏切られた失望がそのまま憎しみに変わる。
■大事なのは今の政権より「次の政権」
では、なぜ石破首相を支える立場である「首相周辺」や「政権幹部」が、石破首相のオフィシャルの発言を全否定して、信用を貶めるような情報を政治記者たちに流すようなことをしてしまうのか。
理由はシンプルで「ホントのところ、支えていない」からだ。
今、石破首相の周辺にいる閣僚、政府のメンバーの中で心の底から石破首相と志を同じくして、政策や政治理念を実現しようと奮闘をしている人はそれほど多くない。むしろ、表向きは「首相をお支えします」と言いながらも、裏では「次の政権」を見据えて、首相と敵対している大物政治家や派閥とも接近しているような人のほうが多い。
これは石破首相の人望どうこうという話以前に、政治家というのはそういうものだ。
政治家は当選しないとただの無職なので、自分の地元で票を集めてくれる地方議員・支援団体には逆らえない。それは「首相周辺」にいる政治家も同じだ。地元から「石破政権では次の選挙危ないぞ」と脅されたら簡単に「反石破」に転ぶ。では、そのような「裏切った首相周辺」はどのような動きをするかというと、「情報漏洩」である。
石破首相の評価を貶めるような発言・行動を、密かに政治記者たちへリークするのだ。
■読売新聞のもう一つの「大誤報」
たとえそれがガセでも盛った話でも、政治記者からすれば「信頼できる筋からのリーク」なので全て鵜呑みにしてしまう。だから、石破首相側がいくら否定しても「首相のほうが嘘をついている」と相手にされないのだ。
このような話を聞くと、一般の国民は「いやいや、いくらなんでも鵜呑みってことはないだろ。記者なんだから聞いた話をいろんな方面から裏取りするでしょ」と思うかもしれない。
だが、残念ながら現実はそうなっていない。それがよくわかるのが最近あったもうひとつの「読売の大誤報」である。
読売新聞は8月27日付朝刊一面で「公設秘書給与 不正受給か 維新衆院議員 東京地検捜査」と大きく報じた。記事によれば、日本維新の会の池下卓衆院議員の公設秘書2人が、勤務実態がないのに国から秘書給与を不正に受給していた疑いがあるとして東京地検特捜部が捜査しているという「スクープ」である。
しかし、実はこれはまったくデタラメだった。
東京地検特捜部が捜査をしていたのは、同じ維新議員でも石井章参院議員の秘書給与不正疑惑だったのだ。読売新聞も「誤報」と認めて謝罪、永田町では両議員の頭文字が「I」であることから、イニシャルトークで勘違いをしたのではないかなどの憶測が飛んでいた。
■読売記者が確認した「関係者」とは
では、なぜこんなとんでもない大失態が起きたのかというと、どう聞いても「怪しい情報」であるにもかかわらず、「信頼できる筋からのリーク」なので全てを鵜呑みにしてしまったからだ。
この誤報について検証した「マイナス情報を軽視、チェック機能働かず…東京地検捜査巡る誤報検証」(25年8月30日)によれば、記者は記事が掲載される前日まで「関係者」に対して、捜査対象者の確認をしたという。
白々しくぼやかしているが、この世界の常識としてこの「関係者」というのは、特捜部の人間。つまり、「夜討ち朝駆け」といった勤務時間外でのアプローチによって捜査情報を聞き出そうとしていたのだ。ただ、世間の一般常識に照らし合わせれば、そこで得られたのは「怪しい情報」以外の何物でもない。
■池下議員は全否定したのに、突っ走った
《その方法は、記者から「(捜査対象となっているのは)池下議員か」と質問をして相手の反応をうかがうというもので、最初は「たぶん」と言われた。確信を持てなかった記者は、別の機会にも関係者に質問をしたところ、肯定的な回答をしたと受け止め、捜査対象者は池下議員に間違いないと思い込んだ。》(同上)
「裏取りってそんな雑なの?」と衝撃を受けるだろうが、さらに驚くのは記者の「思い込み」を全否定するような情報もキャッチしていたことだ。実は報道前、読売新聞は池下議員本人に直当たりをして、これが「ガセ」だと全否定をされているのだ。
《池下議員へ電話取材をすると疑惑を否定し、捜査機関からの捜査は受けていないと説明された。》(検証記事より)
にもかかわらず、読売は「池下議員が嘘をついている」と判断して、スクープをデカデカと報じた。“疑惑の政治家”本人の説明より、東京地検特捜部という「信頼できる筋からのリーク」を信頼して、胡散臭さしかない話を鵜呑みにしてしまったのである。
石破首相がどんなに否定している怪しい話なのに、「首相周辺」という「信頼できる筋からのリーク」ということで鵜呑みにしている構図とそのまま同じだ。
■欧米で「邪道」とされる手法が「王道」に
さて、そこで次に気になるのは、なぜ読売新聞はこんなにも「信頼できる筋からのリーク」を妄信してしまうのかということだろう。これは実は、国際社会で長く批判されてきた「記者クラブ制度」がもたらした「アクセスジャーナリズム」という弊害のせいだ。
アクセスジャーナリズムとは、記者が権力側にすり寄って気に入られることで機密情報のおこぼれをいただくという取材手法で、欧米では「邪道」とされている。冷静に考えれば当たり前だ。政治家や官僚が「これはあなたにだけにお渡しする内部情報ですのでトップ記事でドカンと報じてくださいね」という感じで、権力側が仕掛ける「情報操作の温床」となるからだ。
しかし、わが国ではこの「アクセスジャーナリズム」こそが「記者の鑑」とされている。なぜ「邪道が王道」という異常なことが起きたのかというと、世界的に悪名高い「記者クラブ」のせいだ。
ジャーナリストしての活動実態があれば、誰でも加盟できるプレスクラブと違って、記者クラブはマスコミなど一部の組織に属する記者だけで編成される。そういう閉鎖的なムラ社会のなかで、週刊誌、ネットメディア、フリーランスなどに邪魔をされることなく、政府の高官や官僚、警察、検察などの国家公務員たちと心ゆくまで親交を深められるるので、気がつけばある種の「共生関係」になる。つまり、「ズブズブ」になってしまうのだ。
■法的リスクを背負ってまでリークする理由
「そうやって取材対象者に肉薄することが調査報道なのだ!」とかなんとか言い訳をする人もいるだろうが、そんなお花畑的なことを考えているのは記者側だけで権力側は「これだからマスコミはチョロい」くらいにしか思っていない。
筆者は報道対策アドバイザーという仕事柄、政治家や高級官僚たちの情報発信の相談に乗ったことが何度もあるが、彼らに共通していたのは記者への「リーク」というのは、「自分に都合のいい話をマスコミに報じさせるためのもの」という認識ということだ。
これは政府内部の話や捜査情報を“漏洩する側”になればすぐわかることだ。例えば、国家公務員が職務上知り得た情報を漏らすことは国家公務員法違反に当たり、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処せられる。
では、なぜそういうリスクを負ってまで記者に政府内部の機密情報や捜査情報をリークするのかというと自分にも「メリット」があるからだ。
リークをすることで「政敵」を潰すことができる。あるいはその逆で「特ダネ」として政策や捜査が国民の注目が集まれば、それに関わっている人々の組織内評価を上げることができる。また、首相の迷走ぶりをリークすれば「政権批判」という世論が盛り上がって、政局をつくることができる。
特に大臣や大臣政務官・補佐官など一部の「国家公務員特別職」の場合、情報漏洩をしたところで罰則が定められていないので、リークし放題という現実もある。
つまり、日本の「記者クラブ」というのは、賢い権力側にとって効率的かつ安全に世論誘導できる極めて便利な情報操作システムなのだ。
■記者クラブは報道の「質」を下げるだけ
もちろん、記者クラブに属している記者たちも日々、抜いた、抜かれたという競争に明け暮れながら、「もしかしてオレたちって利用されてる?」と薄々勘付いている。
だから、この醜悪な現実に辟易として優秀な若手がどんどん辞めて、異業種へ転職している。ジャーナリズムを志してテレビ局や新聞社に入った者ほど、「権力側にリークで操られる御用聞き」みたいな仕事は耐え難いのである。
そんな人材流出を防ぐためにも、「記者クラブ」を廃止すべきだ。
さまざまなメディアやジャーナリストが出入りするオープンなプレスクラブなら、権力側が「この特ダネは○○新聞さんだけですよ」なんて情報操作はやりにくい。たとえどこかの記者がネタを食わされておかしな記事を書いても、多くの同業者の目があるので、チェック機能が働く。記者クラブという閉鎖的なムラ社会では機能不全になっていた「権力の監視」が可能になる。
これ以上みっともない「誤報」を繰り返さないためにも、読売新聞が音頭をとって本格的にマスコミの構造改革を進めるべきではないのか。
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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)、『潜入旧統一教会 「解散命令請求」取材NG最深部の全貌』(徳間書店)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)