石破首相が辞任を表明した背景にあるもの、それは政治とカネ問題をめぐる国民の政治家への不信感だ。石破氏は68歳だが、次の首相は何歳か。
統計データ分析家の本川裕さんは「世界の中でも日本の政治家や企業経営者には高齢者が多い。周りの目から何歳まで現役と見なされるかを各国別に調べた結果を見ると、日本は、国のリーダー(政治家)も大企業トップも最も高年齢で、現役で働ける年数が長いお国柄だ」という――。
■政治も経済も「日本の長老支配は永久に不滅」と言える理由
どんな職業に就くか、あるいはどんな職業の人と結婚するかで人生は大きく左右されるため、また、どんな職業の人かでその人の性格や行動パターンも異なってくることから、職業に関する人々の関心は非常に高い。
職業について一番関心を引くのは、収入の多寡である。これについては、本年1月の記事で取り上げたので、今回は、その際にも触れた職業別の信頼度を日本と主要国の特徴にしぼって考察するとともに、後半では、年齢的に何歳まで現役で長く働けるかについて職業によってどの位の差があるかを、やはり、日本の状況と国際比較について見てみよう。
今回、取り上げるデータは、フランスの世界的な調査会社であるイプソス社の国際意識調査によっている。
イプソス社は、各国でどんな職業が信頼されているかについての国際意識調査を実施している。ここでは、32カ国、21の職業について調べられている結果から、主要国としてG7諸国と韓国を取り上げ、各国における職業別の信頼度の順位を図表1に示した。ここで作成した順位グラフは、「信用している」の回答率を「信用していない」の回答率で除した指標を計算し、この指標で順位付けした筆者のオリジナルである。
イプソス調査による職業別の信頼度の結果には、国ごとの共通性が高い特徴もあれば、国によって大きく異なる特徴もある。
まず、共通性の高い特徴から見て行こう。
医師や科学者への信頼度は概して高い
まず目につくのは、これは主要国だけでなく、途上国を含めた世界的傾向であるが、医師や科学者ヘの信頼度が他の職業に比べて非常に高い点である。
どちらかが信頼度1位となっている場合が多い。
医師の順位については、主要国の中で、米国と韓国が医師の順位が、それぞれ、4位、5位と異例に低くなっているのが、むしろ、目立っている。米国は医療費の高さで嫌われているのかもしれない。韓国の医師順位の低さについては、韓国歴史ドラマにおける宮廷での医師の身分的な低さを思い起こさせる。
政治家はSNSインフルエンサーと並び信頼度が最低
政治家全般が信頼度最低であり(世界32カ国では最低ランクの国が15カ国)、政治家が就くことの多い閣僚などを含め政治がらみでは信頼度が世界的に低い点が目立っている。政治家に指揮される公務員のほうはそれほど低くない。
日本では、近年の政治とカネの問題、政治家の不祥事などの頻出から、政治家への信頼は地に落ちた感があるが、これは、世界共通の現象だと理解しておく必要がある。
7日、石破茂首相が退陣を表明した。参議院選での敗北などが背景にあるが、首相官邸での緊急会見では旧安倍派などによる政治とカネの問題に関して「不信払拭はできていない。最大の心残り」と述べた。さらに下がった国民からの信頼を自民党はどのように回復させるのだろうか。
政治家と並んで信頼度の低い職業として目立つようになっているのが「SNSのインフルエンサー」である。
世界14カ国で最低ランクとなっている。ただし、評判が低いのは先進国であり、途上国ではそれほど低くないのも特徴である。主要国では米国と韓国が下から2番目であるのを除くとすべて最下位となっている。ネット社会の中で「SNSのインフルエンサー」の影響力は大きくなっているが、人々から信頼されているわけでもないことは念頭に置いておくべきだろう。
■日本:教師への信頼度低く、司法職への信頼度が高い
次に各国別に大きく順位が異なることから国ごとの特徴が目立っている例として以下を指摘することができる。
教師信頼度が目立って低い日本
教師は途上国で1位となるケースもあるなど概して信頼度が高いが、先進国ではせいぜい3位とそれほどでもない。儒教の国・韓国でも3位である。そうした中で、韓国と同じく儒教の影響が大きい(大きかった)国であるにもかかわらず日本の順位は12位と目立って低いのが目につく。
近年、学校の先生による児童を対象とした性的事件が相次ぎ報じられている。本年6月には、児童を盗撮した動画や画像を、複数の教員がSNSのグループチャットで共有していたとして、小学校の教員が逮捕され、文部科学省の初等中等教育局長も「耳を疑う、教育界を揺るがすような大変由々しき事態。危機的な状況」と訴えたという(朝日新聞2025年7月11日ほか)。こうした事例が日本における教師への信頼度の目立った低さを招いていると言わざるを得ない。

弁護士への信頼度が高い日本、低い米国
日本の職業別信頼度ランキングの3位、4位は、裁判官、弁護士である。主要国の中でこの2つの職業への信頼度が日本ほど高い国はない。
訴訟大国と呼ばれる米国では弁護士への信頼度が17位と主要国の中でも特に低くなっている。米国のテレビドラマでも弁護士が口八丁で悪の蔓延を手助けしている姿が繰り返しテーマとして取り上げられている。私的な感想であるが、弁護士の生態を描いたドラマとして「ベター・コール・ソウル」(ボブ・オデンカーク主演、2015~22年)は傑作だと思う。
韓国では、元検察官が大統領になるなど司法の影響力は日本より大きく、その分、裁判官にせよ、弁護士にせよ、日本の真逆といってよいほど信頼度が非常に低い点が目につく。
日本で司法職への信頼度が高いのは、裏を返せば、日本では生活面における司法の浸透レベルが低く、その結果、いわば馬脚が現れていないためという皮肉な見方もできよう。
レストランの給仕スタッフへの信頼が1位の英米
全体を通じてもっとも意外であるのは、店主、ウエーター、ウエートレスなど「レストランの給仕スタッフ」が米国と英国で、それぞれ、軍人、医師を上回る1位となっている点である。この2国では、個人情報をけっして漏らさず、顧客のニーズを満たしてくれるという信頼を得ている特別の職業なのだという文化的な背景がうかがわれる。また、米国、英国では、普通、信頼されるような職業に対する評価が全体的に低い裏返しという側面もあろう。ここで取り上げた主要国以外で同職業の順位が高い国はアイルランド、オランダ、コロンビアの2位である。
「レストランの給仕スタッフ」の職業倫理が特にないアジアでは、日本、韓国を含め、この職業への信頼度は高くない。
他の欧米主要国が4位以上であるのに対して、日本と韓国は、それぞれ、6位、7位と低くなっているのである。
銀行役員への信頼度が特に高い韓国
このほか、国別の特徴として目立っているのは韓国における銀行役員への信頼度の高さである(3位の教師を上回る2位)。寡聞にして特段の理由が思いつかない。東南アジアの途上国では概して銀行役員への信頼度が高いから、日本で言えば渋沢栄一のようなもともと信頼度の高い財界人が銀行役員に就任しているという事情なのかもしれない。
■政治家やビジネスパーソンがもっとも長く働ける日本
高齢化社会の進展とともに、職業についても、長く働くことができるかがひとつの関心事となっている。記事の後半では、職業によって何歳まで現役で働けるかについて探ってみよう。
イプソス社では上に掲げた調査とは別に、結婚適齢期や職業の上限・下限年齢などの年齢に関する調査を行っている。この調査の中で、職業別に、年寄り(too old)と見なされない現役としての上限年齢について聞いている設問がある。実際に何歳まで一線で働けるかというのではなく、周りの目から何歳まで現役と見なされるかを調べたデータである。
まず、日本の結果を図表2に掲げた。「何歳まで現役で働けるか」と題したが、正確には、「何歳まで現役で働けると見なされるか」である。
図には、何歳以上でないとその職務が果たせないかという下限年齢の回答結果も示した。
例えば、航空機の「パイロット」は下限年齢30歳以上、上限年齢58歳であり、その28年間が現役年齢と大方が見なしていると解されよう。「大企業トップ」(同37~64歳)、「国のリーダー」(同43~68歳)は、それぞれ、ビジネスマン、政治家が順調にキャリアを重ねた場合に最後に就く職務なので、それぞれの上限年齢はビジネスマン、政治家の上限年齢と解することが可能である。
図から分かる通り、年寄りと見なされずに現役で働ける上限年齢は、低いほうから、「自衛官」の55歳、「パイロット」の58歳、「外科医」の62歳、「ビジネスマン(大企業トップ)」の64歳、「政治家(国のリーダー)」の68歳となっており、政治家が一番年齢的に長く現役でいられる職業ということになる。
■日本の「大企業トップ」は長く現役でいられる職業
日本におけるこうした現役年齢の上限は、海外と比較して高いのか、低いのかを次に確認してみよう。図表3は、現役と見なされる上限年齢を、世界32カ国平均、および主要国の間で比較した結果を掲げた。
「軍人(自衛官)」「パイロット」「外科医」に関しても日本の上限年齢は高めであるが、そう目立ってもいない。ところが、「大企業トップ」と「国のリーダー」に関しては、前者は64歳、後者は68歳とそれぞれ2位の米国を上回って最高齢となっている。つまり、日本はビジネスマンや政治家がもっとも長く現役で働ける国なのである。
日本は少子高齢化が進み、労働力不足となっているので、年齢を重ねてもなるべく長く現役で働いてもらわないと社会が持たない状況となっている。この調査結果は、そうした日本の状況に合わせて国民の意識も形成されていると解することが可能であろう。
■国のリーダーの現役年齢の上限:主要世界32カ国で日本が最高
政治家の上限年齢については、話題となることも多いので、主要国だけでなく、参考のため、世界32カ国の結果を図表4に掲げた。
日本の上限年齢である68歳は、実は主要国だけでなく、世界32カ国の中でも最も高い結果になっている。
日本に次いで上限年齢が高いのは、米国、フランス、英国、オーストリア、ドイツの順であり、主要先進国ではいずれの国でも国のリーダーの現役年齢の上限は結構高いことが分かる。途上国と異なり、主要先進国では、チャレンジングなことに取り組む年齢的な若さより、ある程度キャリアを重ねることが重要とみなされている結果と見ることもできよう。そういう意味からは、韓国の56歳という上限年齢の低さはやや異例である。
オレンジの●印で、調査時の実際の国のリーダーの年齢についても表示している。結構、現役と見なされる上限年齢を超えている場合も多くなっているのは興味深い(例えば、米国では上限67歳に対してトランプ大統領は79歳)。
■68歳で辞任する石破氏、84歳で今なお暗躍する麻生氏
さて、9月7日、首相辞任することを発表した石破茂氏はくしくも、日本の政治家の上限ジャストである68歳だった。年齢的にも身を引くタイミングだと悟ったのだろうか。
次の自民党総裁の有力候補者の年齢を調べると……年齢の高い順に、茂木敏充氏(前幹事長)は69歳、高市早苗氏(前経済安全保障担当相)は64歳、林芳正氏(沖縄基地負担軽減担当大臣)は64歳、小林鷹之氏(元経済安保相)は50歳、小泉進次郎氏(農林水産相)は44歳だった。
ちなみに、野党はというと、立憲民主党の野田佳彦党首(68歳)、国民民主党の玉木雄一郎代表(56歳)、参政党の神谷宗幣代表(47歳)などとなっている。
国のリーダーの第一条件は、年齢(若さ)ではない。だが、今月20日で85歳を迎える後期高齢者でありながら、マフィアのボスのようなファッションを好む自民党の重鎮で最高顧問の麻生太郎氏が、石破おろしの“旗振り役”で次期総裁選レースでも「暗躍」していると聞くと、「ああ、長老支配・日本は永久に不滅」という感じで心底うんざりするのである。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)

統計探偵/統計データ分析家

東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(星海社新書)。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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