学歴詐称疑惑をめぐり、静岡県伊東市の田久保真紀市長が議会を解散した。元東洋大学研究助手で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「『田久保劇場』とも評される田久保市長の振る舞いは、現実から目を逸らしているだけではないか」という――。

■市民を完全にナメている「田久保劇場」
静岡県伊東市の田久保真紀市長が、議会を解散した。9月1日に伊東市議会で、市長不信任案の全会一致での可決を受け、動向が注目されていたが、学歴詐称「疑惑」に端を発する「田久保劇場」は、どこに向かうのか。
そもそも田久保氏は、今年5月25日の伊東市長選挙で、1万4684票を得て、現職(当時)の小野達也氏を1782票差で抑えて初当選を果たした。投票率は49.65%と、前回を5.26ポイント上回り、市民の関心の高さをうかがわせた。
「伊豆高原メガソーラー訴訟を支援する会」の元代表、そして、伊東市議だった田久保氏は、新図書館建設の見直しなどを訴えて、多くの支持を獲得した。小野氏をはじめとする既存政治家に対抗する改革派の旗手、そんなイメージだった。
その選挙戦におけるマスコミ各社からのアンケートへの回答において、そして、当選直後に作った伊東市の広報誌「広報いとう」で「平成4年 東洋大学法学部卒業」と記していた。
■田久保市長は「改革派」なのか
しかし選挙後に、伊東市議会宛に匿名の投書が送られる。田久保市長が学歴を詐称しているとの内容だった。田久保氏は、みずからの公式サイトで「単なる噂話を元にした誹謗中傷に過ぎない」とした上で、「公式に発表している経歴に間違いはない」と弁明した(「6月11日新聞報道に関しまして私からのメッセージ」「田久保まき 伊東市長」)。
その後、6月28日に、東洋大学への田久保氏自身の照会により「卒業」ではなく「除籍」だと判明したにもかかわらず、「卒業証書」を持っているなどと主張しているため、市議会の百条委員会が設けられた。
このプロセスそのものが、「既存政治家vs.改革派」の図式に映っているのではないか。
少なくとも、田久保氏を支持する人たちにとっては、学歴詐称「疑惑」を追及する市議会こそ、選挙で敗れた小野・前市長も含め、守旧派の象徴に違いない。
田久保氏は、市議会百条委員会の審議がつづく8月16日に、Xに、次のように投稿している。
今回の騒動の全容がやっと見えてきました。事実関係に基づいてその目的を明らかにしてきます。

田久保まき・伊東市長 公式Xより)
この「全容」とは何か。推測するほかないのものの、4日後の20日、21日、24日、25日と断続的に、「伊豆高原メガソーラー」についてポストしているところからすると、田久保氏の言う「事実関係に基づい」ているのだろう。
■「疑惑」をスルーして、メガソーラー関連の投稿連発
とはいえ、こうした態度は、どこまで誠実と言えるのか。たとえ、伊東市議会議員が既存政治家や守旧派だったとしても、百条委員会での審議が進んでいる以上、田久保氏は、一刻も早く市議会に「卒業証書」を提出する以外の選択肢はなかったのではないか。
7月7日の記者会見で、田久保市長は、「きちんと捜査機関のほうにすべてお調べいただいて」と述べ、静岡地方検察庁に、自分の「卒業証書」を提出する、と述べていた。けれども、その3週間あまり後の31日には、「押収拒絶権」があるとして、提出しない方針を明らかにする。
市議会にも捜査機関にも渡さないのだから「卒業証書」の真偽は自分以外にはわからない、と田久保氏側は主張したいのかもしれない。あるいは、第三者がじっくりと確かめていないのだからニセモノとは断言できない、と言いたいのかもしれない。

ただ、「卒業証書」を明らかにしないまま、Xにメガソーラー関連の投稿を続けたり、伊東市の公式サイトの「市長日記」に日々の業務を綴ったりする、その振る舞い方は、現実から目を逸らしているだけではないか。
■市が抱える「本当の課題」とは
たしかに、メガソーラーにせよ、新図書館建設にせよ、伊東市の争点には変わりない。しかし、伊東市は、人口減少と高齢化という、それ以上に大きな懸案を抱えている。人口は、ピーク時から10年で約11%減少した6万3798人にとどまり、高齢化率は44.4%国全体の29.1%を大きく上回る。
たとえ、田久保市長が改革派であっても、いや、改革派であるならばなおさら、まずはこの人口減少と高齢化という現実に目を向けるべきではないか。就任式前日(5月28日)に、公式サイトへの投稿で「どんな荒波も乗り越えて、市民と行政が一緒にまちの未来を創っていく そんな未来を必ず実現していきます!」(「応援ありがとうございました‼@明日就任式」「田久保まき 伊東市長」)と啖呵を切ったのであれば、その「荒波」=現実を直視しなければならない。
それなのに、なぜ、田久保氏は、「卒業証書」を提出せずに市政を停滞させ、メガソーラーに関する発信ばかりに注力するのか。
■私は悲劇のヒロイン
有権者を舐めているからである。
市議会側や、前市長を支持する人たち、すなわち、自分に反対している人たちは、「19.2秒」見せたなどとする答弁で煙に巻いておけば済む、そう思っているのではないか。どうせもともと「大きな大きな組織票」(「応援ありがとうございました‼@明日就任式」「田久保まき 伊東市長」)のコマに過ぎないのだから、自分が何を言っても反対するに違いない、そう見切っているのではないか。
では、自分を支持している人たちは、どうか。この人たちについてもまた、高をくくっているのではないか。
メディアや市議会から追及されればされるほど、悲劇のヒロインに見えているに違いない、そう見切っているのではないか。
何より、市長選の投票率は前回を上回ったとはいえ、全体で49.65%と半分に満たない。有権者の半分は投票に行かなかったのである。今回、田久保市長が議会を解散した背景には、こうした中間派というか、無関心層の存在があるのではないか。
■本気で「勝てる」と思っている
今回の解散を受けた市議会議員選挙は、10月中旬と見込まれる。新議会では、3分の2以上が出席し、その過半数が賛成すれば、不信任案が再び可決され、市長は職を失い、50日以内に市長選挙が行われる。田久保氏は、たとえ、市長選挙になったとしても、投票率が大幅に伸びない限り、返り咲けるとふんでいるのではないか。
もとより、市議会議員選挙で田久保市長を支持する勢力が多数を占めれば、もはや不信任案をつきつけられる恐れは消える。先の市長選挙の投票率、そして、これまで報じられている伊東市の状況に鑑みれば、こちらの可能性、つまり、市議会で田久保市長支持派が増える可能性は、十分にある。そう、田久保氏は予測しているのではないか。
こうした田久保市長の考え方への推理は、私(だけ)の妄想ではない。
その進退をめぐる発言の移り変わりが証拠である。
7月7日には、辞任した上で、再選挙に出馬する意向を示していた。ところが、7月31日には一転して続投すると表明した。
■一転して続投表明…24日の間に起きた変化
この24日の間に、何が変わったのか。その理由を、次のように述べていた。
改革すべき事柄、それから実に多くの山積する問題、その改革への道はまだ本当に始まったばかりであるということを改めて市民の皆さまの声で思い出させていただきました。

(「なんで強気?辞職撤回の田久保真紀・伊東市長『改革者』アピール、議論すりかえ…兵庫の騒動とそっくりで」東京新聞2025年8月2日午前6時配信)
田久保氏の言う「事柄」や「問題」の筆頭は、メガソーラーと新図書館建設計画(の中止)とのことだが、「辞職する」と明らかにしてからの3週間と少しで、状況がどれほど動いたのか。
有権者だけではない。メディアは、もっと下に見ているに違いない。象徴するのが、8月29日の定例記者会見である。辞意を翻した7月31日から約1カ月を経た場で、田久保氏は、伊東市からの発表事項以外には、まったく答えなかったのである。
「これから審議される不信任案など決まっていないことの報道が走っている。フリーの質問については控えさせていただく」(「静岡・伊東市長、学歴詐称疑惑巡る質問に答えず 1カ月ぶり記者会見」毎日新聞2025年8月29日16時05分最終更新)として、報道に責任があると言わんばかりの理由で、回答を拒んだのである。

■なぜ記者会見なのに質問に答えないのか
ここにもまた、田久保氏によるメディアへの侮蔑がうかがえるのではないか。マスコミには何を答えようと納得してもらえない、それなら答えないで良い、そう侮っているように、私には見える。不信任案が可決された直後も、同じような対応だったからである。実際、「受け止めた」「本日はこれ以上のコメントはできないので、失礼します」とだけだったと産経新聞が報じている(「『通路はあけて…』『あけたら答えるのか!』不信任可決の伊東市・田久保市長に記者団殺到」)。
田久保氏に、どこまでの深謀遠慮があったのか。あるにしても、ないにしても、そこまでの深い考えも作戦もあるとは思えない。だからこそ、その底知れなさを想像させて止まない。いや、底は知れている。学歴詐称は、もはや「疑惑」ではない以上、いたずらに時間を稼ぎ、論点をすり替えているに過ぎないからである。
昨年の東京都知事選挙で石丸伸二氏が、現職の小池百合子氏に次ぐ2番目の票を集めたり、今年の参議院選挙で参政党が大きく議席を増やしたりするたびに、「既成政党」がいかに支持を失ったのかが騒がれた。昨年秋の兵庫県知事選挙では、「オールドメディア」もまた敗北したのだとする議論が起きた。
■「現実」に目を向けるべき
田久保市長は、こうした流れに乗っているつもりなのだろう。
既得権益にしがみつく「既成」の側に立ち向かう英雄のつもりなのかもしれない。そうした印象を維持するのに躍起になっているようにも見える。
たしかに、田久保氏が、この3カ月以上にわたって、のらりくらりとしている姿は、伊東市民の選択と言われても仕方がないかもしれない。石丸氏にせよ、参政党にせよ、政治家は、私たち有権者の鏡だからである。
しかし、彼女の意向がどうあれ、そして、メガソーラーや新図書館への反対という訴えが支持されているとしても、支持されているならなおさら、まず現実=人口減少と高齢化に向き合わなければならない。
「既成政党」が避けられたのは、そうした現実に対峙していない、と有権者に判断されたからである。田久保氏を支持した人たちは、目の前の現実を何とかしてほしいとの願いを込めて、1票を投じたのではないか。「すべては市民のために 市民のための市政の実現を!」と公式サイトで掲げているのだから、目を逸らさず、本当に「市民のため」を考える以外に、道はない。
だが、おそらく、田久保市長は、この程度のお説教は、百も承知だろう。その上であえて、ここまで騒動を長引かせているに違いない。それほどまでに、伊東市民もメディアも、そして、それ以外の関係する人たちさえ舐め切っていることの証左ではないか。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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