■定年で年収はどれくらい下がるのか
定年を境に収入水準はどの程度変動するのか。リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて、定年前後の賃金変化を分析したデータを確認していこう。
図表1は、2018年時点で56~60歳であった正規雇用者で、かつ2023年時点で現役時代と同じ会社で働き続けている人について、2023年の賃金水準がどのように変化したのかを分析している。
なお、すべての労働者の定年年齢が60歳であるわけではないため、このデータ分析の対象になった人は必ずしも5年後に定年を経験しているわけではないが、ここではわかりやすくするために2018年時点の年収を「定年前の年収」、2023年時点の年収を「定年後の年収」と表現する。
定年前に正規雇用者であった人の定年後の年収は、約21.1%減少となっている。全体としては定年後におよそ2割程度、年収が下がるというのが相場となっているようだ。
■大企業の平均は688万円→498万円
年収の減少幅は、企業規模に応じて変動する。中小企業では、定年後の年収の減少幅が約11.5%と比較的小さい。中堅企業では、定年前の年収が611万円と中小企業よりも高い水準にあるが、定年後は515万円に減少する。減少幅は約15.7%であり、中小企業よりも大きい。
大企業では定年前の年収が688万円と最も高くなっているが、定年後の年収は498万円に減少する。減少幅は約27.6%と最も大きくなる。
また、このデータは全職種を対象としているが、年収の変動幅はおそらく仕事の内容によっても変わるだろう。近年の傾向としては、ホワイトカラーで管理職として働いていた人は大きく収入が減少する一方で、建設作業者や医療専門職、生産ラインで働いている人など、現場に近い人手不足の職種で仕事をしている人は定年後もそれほど収入水準が変わらない傾向がある。
■定年後は年収400万円以下が急増する
続いて、定年前後で年収分布にはどのような変化が生じているかを見てみよう。図表2は、図表1と同じく2018年時点で56~60歳であった正規雇用者について、2018年時点の年収分布と2023年時点の年収分布の変化を図示している。
定年後の年収分布を見ると、200~399万円の層が大幅に増加している。定年前の26.9%から、定年後には40.6%に達している。また、最も低い年収帯(199万円未満)も定年前の3.7%から7.3%に増加している。
また、400~599万円の年収層は、定年前の27.0%から定年後には32.5%に上昇している。600~799万円の層は20.3%から11.8%に減少し、800万円以上の層も22.1%から7.8%に減少している。
これらのデータは、定年後に高年収層から中間層、さらには低年収層へと移行する人が多くいることを示唆している。
人によって、また企業によっても減少幅は異なるが、統計的には大体このくらい減っていくというのが実態のようである。
■定年前でも年収が下がることも
定年後の報酬は、個々人が勤めている企業の人事制度の報酬体系によって大きく異なることから、まずは自社の人事制度や報酬体系をしっかりと確認することが何より重要になる。定年後の報酬体系を積極的にオープンにしている企業ばかりではないが、人事に問い合わせをすれば何らかの回答は得られるはずだ。
年収が下がるのは、定年後とは限らない。定年前であっても、役職定年などによって役職手当が外されるなどすると給与水準が低くなる。役職定年とは、役職ごとに定年を設定し、その年齢に達したら役職から自動的に退く制度である。
また、役職定年制度を設けていなくても、ある程度の年齢になるとポストオフによって役職から外れるケースが多い。ポストオフによって、仕事が変わり、収入が変わり、自分はこれからどのように働いていくのか――選択を迫られるのが、ミドルシニア期の大きな課題のひとつである。
■「60歳をすぎても課長」はほぼいない
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から、10人以上の企業について部長相当職、課長相当職、係長相当職に就く人の年齢構成をとったものが図表3である。
このデータをみると、大方の予想通り、大半のミドルシニアが定年前後を境にして組織内における枢要な職位から降りていることがわかる。
50代後半でみると27.7%の人が部長職だが、60歳前半では8.6%まで下がっている。
一方で、課長職で60歳以降もその職に在籍し続ける人はもっと少ない。50代後半では18.2%の人が課長職についているが、60代前半では3.5%に減っている。
課長職に関しては、50代前半から50代後半にかけてほとんどの人がポストオフされ、60歳を過ぎても課長職で居続ける人はほぼいないのが現在の状況といえるだろう。
■「定年後も部長」は夢のまた夢
課長職はプレイングマネジャーが多いこともあり、早めに役職を解かれ、60歳の定年を迎える前に現場で価値を生み出す仕事に移行する。多くの企業の現場の実態を見ると、課長職でずっと現場で働き続けてきた人にとっては、マネジメントの負荷が減るので、気楽になると言う人も多い傾向がある。
一方、課長職とは違って部長職では、役職から降りたあとに一社員として現場で問題なく働ける人は多くない印象がある。部長職以上の人の多くは長く現場から離れているので、一般社員としてどのような仕事をすればよいのかイメージが湧かないのである。
人事はそういう心境もわかっているので、部長だった人に「役職から降りた後は現場で働いてください」とは言いにくい。このような人事の事情もあって、定年間際までポストオフのタイミングを見計らっていることが多いのだと思われる。
ずっと部長職をやりたいという人も一部にいるが、就業期間がどんどん長くなっている中、いつまでも部長で居続けられる時代ではなくなってきているということは覚悟しておかなければならない。
■仕事の負荷は増えたのに報酬は下がる
では、定年前後で仕事内容はどのように変わるのだろうか。図表4は、リクルートワークス研究所が60歳から64歳の人に「5年前と比べて、どのように仕事内容が変わりましたか」と質問して回答してもらったインターネット調査の結果である。
まずは「仕事全般の負荷が上昇した」と答えた人は28.4%、「低下した」と答えた人は34.3%、「変わらない」と答えた人が37.3%だった。比較すると低下したという人のほうが多いが、上昇したという人もいる。これらはあくまでも回答者の主観ではあるものの、この調査ではポストオフ後も仕事の負荷が必ずしも低下するわけではないという結果となっている。
「仕事の量」はどうだろうか。これに関しては4割弱の人が「低下した」と回答している。「責任」や「権限」も「低下した」と答えている人が多い。その一方で「仕事の難しさ」は「変わらない」と答えた人が最も多い。
突然現場の仕事を任されるようになって戸惑っているようなケースも含めて、定年になったからといって必ずしも仕事の内容が簡単になっているわけではないようだ。しかし、その一方で「報酬」は5割以上の人が「低下した」と答えており、「上昇した」と答えた人は1割程度しかいない。
■優しさが招いた給与激減の実態
これらの結果から「仕事内容は少しずつ小さくなっているが、それに比しても収入の減少幅があまりにも大きすぎる」という感覚を多くのミドルシニアが実感するのだと考えられる。定年後に多くの人がそう感じるのは、大きく2つの理由が考えられる。
ひとつは、定年前の給与が高すぎたことによるものである。日本企業の多くが、若い時期には実際のパフォーマンスよりも低い給与水準を設定する代わりに、ミドルシニアの時期にはパフォーマンスよりも高い給与水準にしている。これは子どもの教育費や住宅ローンなど、人生において最もお金のかかる時期の生活保障という意味合いが大きい。こうした報酬体系は日本企業の優しさとも捉えることができるが、定年後はそれらがなくなるので、一気に下がったように感じてしまうのである。
このため、仮に高齢期にパフォーマンスに見合った給与水準を設定したとしても、従業員側にとってみれば、仕事内容の変化はさほど大きくないにもかかわらず給与は大きく削減されていると感じてしまう。
これは定年後の処遇の問題であると同時に、現役時代の年功賃金との接続の問題であると考えられる。そのような背景を前提とすれば、高齢期に給与水準が大きく低下することだけをもって、それが不合理であるとみなすことは必ずしも適切とは言えないと考えられる。
ただ、もうひとつの問題として、定年後の報酬体系自体に問題があるというケースもあるだろう。
定年後の社員に対して、働きに見合った報酬を支払っていない企業もあるとみられるのである。採用力の高い一部の有名大企業においては、優秀な若手をいくらでも採用できるのだから、無理をしてミドルシニア社員を自社に留め置く必要はないと判断し、意図的に過度に低い報酬水準を設定している企業もある。
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坂本 貴志(さかもと・たかし)
リクルートワークス研究所研究員/アナリスト
1985年生まれ。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。著書に『統計で考える働き方の未来 高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)、『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)など。
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松雄 茂(まつお・しげる)
コンサルタント
1986年リクルート入社。88年、現リクルートマネジメントソリューションズにおいて人材育成・コンサルティングの営業を行う。東海地区において、自動車メーカー、自動車部品メーカー、インフラ系企業など数多くの大手企業を担当。93年から企業の役員向けコンサルティングなどを行うコミュニケーションエンジニアリング事業を経て、首都圏の3000人超の企業を担当する営業部長、そして営業組織全体を統括する営業統括部長へ。約160名の営業系従業員のトップとして経営会議メンバーとなる。2018年からはポストオフし、営業支援、トレーナのトレーニング品質向上支援、商品開発支援、お客様支援、難度の高いお客様のマネジメント課題に関するソリューションサポートを担う。トップマネジメント伴走支援、ミドルマネジメント育成支援、女性活躍支援、シニア社員活躍支援、事業成果支援、理念浸透など。現在、2025年より独立をし、リクルートマネジメントソリューションズのパートナーとして、企業研修設計、コンサルタントを行う。
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(リクルートワークス研究所研究員/アナリスト 坂本 貴志、コンサルタント 松雄 茂)