健康的な筋トレを続けるためにはどんなことに気を付けたらいいのか。日本体育大学体育学部教授で、ボディビルダーとしても活動している岡田隆さんは「腸を無視した身体づくりは、栄養素の無駄であり、お金と健康をドブに捨てているのと同じだ。
筋トレをする前に腸内環境に目を向けてほしい」という――。(第2回)
※本稿は、岡田隆『筋トレ効果を最大化するタンパク質戦略 いつ、何で、どう摂るか』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
■栄養を摂っても、吸収できなければ意味がない
私は、タンパク質、脂質、炭水化物の三大栄養素に加え、ビタミン、ミネラルの摂取とトレーニング効果との関係について日々解説しています。
しかし、それらの栄養素をしっかり摂ったつもりでも、本当に身体に届いているか――この問いに真正面から向き合っているトレーニーは意外と少ないのではないか。重要なのは、食べた栄養素が「ちゃんと吸収されているかどうか」である。
どれだけ質の高いタンパク質を摂っても、吸収できなければ、それは“通過しているだけ”になってしまう。まさに、栄養素の無駄打ちである。それどころか、私自身、トレーニングに熱中していた若い頃、タンパク質やサプリメントの摂取量が多すぎて、日常的に下痢が続くことがあった。
また、タンパク質の摂りすぎで、ガスや便の臭いがきつい状態も頻発していた。当時は「それが当たり前」だと思っていたが、それはまったくの誤りであった。
いま、同じような状態に陥っている若いトレーニーを多く見かける。だからこそ、強く伝えたい。
腸を無視した身体づくりは、栄養素の無駄であり、お金と健康をドブに捨てている。これでは持続できない、ゆえに最終到達点が低くなってしまうのである。
■腸はただの消化器官ではない
腸について詳しく解説する前に、まず、読者のみなさんに、「腸が人間にとって、どれほど重要な臓器であるか」をしっかりイメージしてもらいたい。
腸は、口から肛門まで連なる1本の長い消化管のうちの「腸管」と呼ばれる部分で、食物の消化・吸収を担う主役だ。この腸管は、体内(血管や臓器の内部)への“入り口”にあたる。私たちはこの管を通じて栄養素を取り入れ、エネルギーを得て、進化してきた。
進化学・発生学の観点から考えると、腸管はきわめて古い起源を持つ臓器であることがわかる。たとえば、クラゲやヒドラといった腔腸(こうちょう)動物のような原始的な多細胞生物でさえ、口と消化腔(腸にあたる構造)を持ち、外から食物を取り込み、内側で消化する仕組みを備えている。
また、受精卵が発生する過程でも、最初にできるのは「原腸」と呼ばれるくぼみであり、これが後に腸管へと分化していく。脳や骨格よりも先に、“腸に相当する機能”は動物の進化上で出現していたのである。このように、腸管はあらゆる動物に共通する原初の臓器であり、それだけに多くの生命機能がこの器官に集中しているのも不思議ではない。
実際、腸はたんなる“消化のための器官”ではない。
免疫系の重要な拠点でもあり、有害物質や病原体の体内侵入を防ぐ関所のような働きもしている。さらに近年では、「腸は第二の脳」とも呼ばれる。これは、腸内で吸収された物質が血流に乗って脳に達し、神経系や心理状態にまで影響を及ぼすことがわかってきたためだ。
■まずは「便の観察」から始めるべき
私たちは、教育の中で脳や心臓の重要性については学ぶが、腸の働きについては意外なほど軽視されがちである。しかし、腸は生命活動の“最前線”を担う臓器であり、その重要性はもっと強調されるべきだ。
それゆえ、私自身、数年前から、大腸カメラや胃カメラによる検査を定期的に実施し、がんなどの病変をいち早く発見できるように努めている。
しかし、これは頻繁に実施するものではなく、大がかりな設備点検という位置付けだ。そこで、栄養素が吸収できたかどうかを知るための日常のチェックが、まずは大切になる。日常で腸の状態を簡単に知る方法は、便の観察である。
理想的な便とは、バナナ状で、黄色から黄褐色。軟らかすぎず、硬すぎず、スムーズに排出されるものである。便の状態を観察して腸のバロメーターとして活用することは“体調感度”を高める第一歩であり、トレーニーとして重要な成長である。
それらをチェックしたら、次にどうすれば腸の状態を改善することができるのか、である。
硬すぎる(便秘)、あるいは水っぽい(下痢)場合、腸内環境が崩れていると判断し、腸内環境調整手法を講じる。私の場合、食物繊維の過不足の是正、水分の過不足の是正、刺激物の摂取を控える、衛生状態の悪い食環境を回避するなどで、おおむね改善する。
さらに、強度の高い運動後は小腸の状態が悪化し、栄養素の吸収効率が低下している可能性があり、運動後の栄養摂取タイミングを遅らせることも有効かもしれない。
■腸内では「発酵」と「腐敗」が同時に起きている
本項では、腸内環境を整える方法の理解を深めるために、腸内細菌の観点からの腸内環境改善について述べる。
私たちの腸にはさまざまな細菌が共生しており(細菌叢)、お花畑のように見えることから腸内フローラ(植物叢)と呼ばれる。細菌は生物で、その生命維持には栄養が必要であり、栄養を摂取すれば代謝が行われ、代謝物が産生される。生み出される代謝物は人体にとって有益な場合とそうでない場合があり、前者を善玉菌(有用菌)による発酵、後者を悪玉菌(有害菌)による腐敗、と言う。
腸内細菌の観点からの腸内環境改善とは、具体的にはおもに大腸に共生する細菌の多様性を高め、そのバランスを是正することである。善玉菌が多ければ多いほど良いわけではないようだ。多くの代謝物による相互作用など、未知の部分があるのだろう。
現状では、善玉菌・悪玉菌・日和見(ひよりみ)菌(普段は善玉菌にも悪玉菌にも属さず、善玉菌・悪玉菌のどちらが優勢かを“日和見”している菌)の割合を2:1:7のバランスにするのが理想とされている。
この“菌のバランス”を整えるための方法が、プレバイオティクスとプロバイオティクスの摂取である。
■腸を整える「スーパー大麦」
まず、プレバイオティクスについて。
これは、腸内の善玉菌の“エサ”となって発酵される栄養素のことである。代表的なプレバイオティクスは水溶性食物繊維であり、大麦、アボカド、ゴボウ、寒天、納豆、海藻、モロヘイヤ、オクラなどに多く含まれ、我々の消化酵素では消化できず、大腸にまで到達できる物質である。
一部の不溶性食物繊維も発酵されるので、総称して発酵性食物繊維と呼ばれる。発酵によって短鎖脂肪酸などの有益な物質(ポストバイオティクス)が生み出されるだけでなく、豊富なエサは善玉菌の増殖を助けることになり、菌のバランスが改善される。また、オリゴ糖も同様に善玉菌の増殖を助ける働きがあり、積極的に取り入れたい成分である。
もう少し解像度を上げて考えてみよう。
腸は長い臓器であり、腸の奥まで発酵性食物繊維を届けられなければ、腸全域にわたって健康を保つことはできないことを見落としてはならない。実際に潰瘍性大腸炎は腸の奥に発生しやすく、また、潰瘍性大腸炎の患者は大腸の酪酸(らくさん)(短鎖脂肪酸の一つ)濃度も低いと言われている。
発酵性食物繊維の中でも腸の奥まで届くのがレジスタントスターチ(難消化性でんぷん)であり、スーパー大麦に多く含まれている(3g/100g)。酪酸が生成される量の多さも有益な点だ。

私が各所でスーパー大麦を推しているのはそのためだ。
■同じ食材でも消化できなければ腸にダメージを与える
スーパー大麦以外で食べやすい食材は、玄米、冷ました白米、大麦、芋類、豆類などだ。山芋には多く含まれており、とくに自然薯(じねんじょ)には非常に多い(16g/100g)。ただし、摂りすぎも腸の状態を悪化させる可能性があることは理解しておこう。
また、加熱や摺(す)り下ろすと山芋のレジスタントスターチは減ってしまうようなので、目的や体調を考えて調理すると良いだろう。
一方、同じエサでも、大量摂取によって消化できなかったタンパク質は大腸へ流入し、悪玉菌によって腐敗する。そして、インドールなど毒性のある物質が生み出され、高血圧などを引き起こす。当然のことながら、悪玉菌のエサが多ければ、悪玉菌の増殖につながり、菌のバランスが悪化する。
次に、プロバイオティクスとは、善玉菌そのものである。納豆、ぬか漬け、醤油、味噌、塩麹(しおこうじ)、酢、ヨーグルトなどの発酵食品はプロバイオティクスを含んでおり、納豆菌、乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸菌はその代表格である。これを食べることで直接的に腸内フローラを改善することができる。
プレバイオティクスとプロバイオティクスをダブルで摂る“シンバイオティクス”――これが、腸内環境を最適に保つための基本戦略である。

■定期的に大腸カメラ検査は受けたほうがいい
しかし、食べ物で摂った菌は胃酸で死滅し、たとえ生きて腸にたどり着いても定着しにくいともいわれている。
プロバイオティクスを過信せず、自身が有している腸内細菌にエサ(プレバイオティクス)を与え、腸内細菌の力で菌のバランスを是正することをまず基本とするのが良いだろう。腸の問題は、沈黙のまま、あるいはSOSサインが出ていても気がつかぬまま進行してしまうこともある。過敏性腸症候群から、潰瘍性大腸炎や大腸がんなど、放置すれば深刻な健康リスクにつながる。
年1回の健康診断で行う検便。これで検出される便潜血(べんせんけつ)で気づくこともできるが、大腸カメラでしっかり見ることをお勧めする。私は数年前から、大腸カメラによる検査を定期的に受けるようにしている。
これまで一度も便潜血が出たことはなかったが、初回の大腸カメラで二つのポリープが見つかり、切除した。その後も新たに一つ見つかり、対応した。幸い、いずれも悪性ではなく、検査のおかげで早期に対処できた。これは、腸の状態の可視化が、リスク管理上、非常に重要であることを理解する貴重な体験であった。
ぜひ、みなさんの健康管理に役立ててほしい。
私は知識不足ゆえ、腸を酷使してしまった。その過酷な状況に耐えていてくれた腸に感謝している。若いうちから腸内環境を意識することは、筋肉のためだけではなく、将来の自分の命を守るためでもある。
タンパク質の摂取量を増やそうとしているときだからこそ、腸によりいっそう注意を払い、守ること。それは、トレーニーとしての“基本姿勢”であり、結果を出し続けるための“下地”なのである。

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岡田 隆(おかだ・たかし)

日本体育大学 体育学部教授

1980年生まれ。都立西高校、日本体育大学卒業、同大学院体育科学研究科修了。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。トレーニング科学、スポーツ医学を専門的に学び、身体作りのスペシャリストとして活動。究極の実践研究としてボディビル競技を続けており、2023年にはWNBF世界選手権プロマスターズ部門で優勝を果たす。指導者としては、2012年から日本オリンピック委員会強化スタッフ(柔道)、柔道全日本男子チーム体力強化部門長を務め、2016年リオデジャネイロオリンピックでは、史上初となる柔道男子全7階級メダル制覇、2021年東京オリンピックでは史上最多5個の金メダル獲得などに貢献。これまで、文部科学省スポーツ功労者顕彰、日本オリンピック委員会奨励賞、讀賣新聞社日本スポーツ賞など受賞多数。

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(日本体育大学 体育学部教授 岡田 隆)
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