日本で起業する外国人の在留資格「経営・管理ビザ」の要件が厳格化される。どのような背景があるのか。
中国の事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんは「同ビザを取得した人の約半数が中国人だ。移民仲介のブローカーによる不正が相次いでいる」という――。
■抜け穴だらけの「経営・管理ビザ」
出入国在留管理庁は8月末、日本で起業する外国人が取得する在留資格「経営・管理ビザ」の取得要件を厳格化すると発表した。
現行では、資本金500万円以上、または2人以上の常勤職員を置くことに加え、事務所の設置という条件となっており、取得できる期間は3カ月~5年だ。改正後は資本金を6倍の3000万円以上とし、1人以上の常勤職員を置くことなどとする。
また、3年以上の経営・管理の経験を有すること、または経営・管理に関する修士相当以上の学位を持つこと、在留資格の決定時には、原則として公認会計士や中小企業診断士による新規事業計画の確認なども義務づけることになった。政府は10月中に省令の改正を見直す予定だ。
■中国人の取得は約10年で2.8倍に
なぜ、政府は同ビザについて、取得要件を厳しくすることにしたのだろうか。
背景にあるのは、一部の外国人によるビザの不正取得の疑いだ。国会などでも議論されたが、一部の外国人は日本で不動産を購入し、それを民泊などにしつつも、経営実態がないケースがあり、問題視されていた。同じ住所に多数の企業がペーパーカンパニーを置いたケースなども判明しており、本来の目的から外れたビザ取得なのではと指摘された。
具体的に、どんなひどい不正があったかは以下に書くが、こうした問題があったことから、政府は同ビザ取得の厳格化に踏み切ったのだ。
これに対し、SNSなどでは「遅すぎたが、やらないよりはまし」「もたもたしていると駆け込み申請があるのでは」と言った声が上がっている。
2024年末現在、外国人で同ビザを取得した人は約4万1000人。このうち中国人は約半数の2万人となっており、中国人の取得は2015年(約7300人)と比較して2.8倍に増加している。
同ビザは日本で貿易など事業を起こすためのビザだが、2014年までは「投資・経営ビザ」という名称だった。それが入国管理法の改正で「経営・管理ビザ」に名称が改められた。日本政府としては、外国人による起業を促進し、日本経済の活性化につなげようという目的だったが、ここ数年、中国人の取得目的は様変わりしていた。
■引き金は「ゼロコロナ政策」
背景にあるのは主に中国側の事情だ。従来、同ビザを取得するのは、中国の富裕層やプチ富裕層と呼ばれる経営者で、日本に投資・起業していたが、2020年に起きた新型コロナウイルスの影響で状況が変わった。
21年頃から強化されたゼロコロナ政策により、移動を極端に制限されたことによるストレスや社会への不満が中国人の間で噴出した。ほかに、不動産不況により経済が悪化したこと、病気や老後に対する不安が増大したこと、習近平思想や愛国主義教育の強化により、子どもを中国で教育させたくないといったことなど複合的な理由により「中国脱出」を図りたい人が増加したのだ。
とくに、2022年3~5月にかけて2カ月続いた大規模なロックダウンが行われたことが引き金となり、「潤(ルン)」(移住、移民の意味)という単語を検索する人が急増。「中国を脱出するためには、外国に移住するしかない」と考えるようになったのだ。
それは富裕層に限らず、中間層にまで拡大し、「上海市内に2戸所有するマンションのうち1戸を売り払って、その資金を元手にして移住したい」などという人が増え、移民仲介会社に問い合わせが殺到した。
■「移民仲介ブローカー」の手口
これに目をつけたのが移民仲介のブローカーだ。中国のSNS、小紅書(rednote)では、多数のブローカーが「うちに頼めば100%移住を保障」といった甘い言葉で誘っており、そうしたところになけなしの移住資金を巻き上げられた人もいる。
また、自力で行政書士などにたどり着き、手続きを進める人もいるが、同ビザを取得する裏の目的が「事業経営」ではなく「移住」であるため、筆者がある法律の専門家に聞いたところ「事業計画の作成にてこずる人も少なからずいる」とのことだった。そのため、ブローカーがダミー企業の登記簿を作り、架空の事業計画書を作成するというケースもあるそうだ。つまり、同ビザに必須の事業は行わないということだ。
「日本に移住して投資したい事業」がとくになくても、本来、何かしなければならない。そこで手っ取り早いと言われているのが民泊だ。移住の際、とりあえず日本に不動産を購入するため、その不動産を民泊用として使用するのだが、本人は日本に滞在せず、ビザを取得後はすぐに中国や第三国に行ってしまい、日本に住む知人などに丸投げしてしまうこともある。
同ビザは1年間のうち何日間、日本に居住し続けなければならない、といった規定はないのだが、これでは事業に真剣に取り組んでいるとは言い難いし、日本経済に貢献しているとは言えないだろう。
むろん、日本語を学んだり、日本に溶け込もうという意欲もない。彼らは中国が嫌で日本に移住したのにもかかわらず、ビザという安心材料を手に入れたあとは、再び母国に帰ったり、別の国に行ったりしてしまうことがよくあるようだ。
ビザを取得後、10年ほど経てば永住権を申請できるが、日本に腰を落ち着けているとはいえないだろう。
■「国保加入→滞納」という悪質ケースも
取材するなかで私が耳にした不正は、同ビザを取得後、民泊をやりつつ、家族を呼び寄せ、日本の国民健康保険に加入して病気治療を行うというケースだ。むろん、同ビザは家族の帯同を正式に認めており、日本で事業を行いつつ、家族が病気になれば、治療をするのは問題ない。しかし、中には、高額療養費制度で医療費を取り戻したあと、国民健康保険を滞納した人も少なくない。
また、「経営・管理ビザ」の不正取得とは少し異なる話だが、500万円の資本金さえ用意せず、日本に正式に滞在したいと考えて、知人の在日中国人が経営する企業の社員として雇用してもらう形態を取るという話も聞いた。
日本の大学に留学中の息子の身の回りの世話をするために、日本に住みたいが、そのためのビザはない。そこで、知人に頼んで、「技術・人文知識・国際業務ビザ」という、主にホワイトカラーの会社員向けのビザを取得するのだという。
■「厳格化」で本当に解決するのか
その場合、知人の企業から給料をもらうのではなく、逆に毎月一定額を「お礼」としてその企業に支払い、ビザを維持するのだが、働いているという実態がないため、これも不正のひとつだと言えるだろう。一括で500万円払う必要がなく、会社を起こす必要もない。
ほかに、同じく、留学中の子どもと一緒にいたいため、「留学ビザ」を取得して日本語学校で日本語を学びつつ、日本で暮らしているという中国人にも出会ったことがある。これは不正ではなく、実際に学校にもきちんと通っているケースだが、本来の目的は、ただ子どもと一緒にいたい、という理由であり、別に留学したかったわけではない。
このように、本来の在留資格とは別の目的で日本に移住したいと望む中国人が増えている。
10月からは従来より高いハードルが課されるため、中間層の会社員が単なる移住目的で「経営・管理ビザ」を取得し、日本に引っ越してくることは難しくなるかもしれない。
しかし、あの手この手で、さまざまなビザを取得しようとする人は減らないだろう。日本の経済活性化につながるような移住であればよいが、短なる「中国脱出」というだけでは、日本にとってのメリットは少ないどころか、不安要因になりかねない。今後、一時的に同ビザの申請者は減少するかもしれないが、別のビザ取得など裏技を駆使してくる可能性はおおいにあると言えるだろう。

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中島 恵(なかじま・けい)

フリージャーナリスト

山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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