なぜ阪神は圧倒的な強さでリーグ優勝できたのか。要因のひとつに、選手育成を重視した編成方針がある。
その象徴ともいえるのが、今年3月に開業したファーム施設「ゼロカーボンベースボールパーク」だ。新施設の意図とは。球団社長の粟井一夫さんに、ジャーナリストの春川正明さんが聞いた――。(第2回)
■今年オープンした阪神の「画期的な2軍球場」
阪神タイガースは今年3月、兵庫県尼崎市に新しいファーム(二軍)施設「ゼロカーボンベースボールパーク」をオープンさせた。
平日にもかかわらず、最寄り駅の阪神電鉄の大物(だいもつ)駅から球場へ向かう徒歩5分ほどの道は、タイガースのユニフォームを着た親子連れで賑わっていた。
「綺麗な球場やなあ」

「甲子園球場の(一軍の試合の)チケットがなかなか獲れないので、この球場に初めて来ました」
取材した日も球場はほぼ満員。タイガース・ファンの親子は、満足そうに試合を観戦していた。
元々は尼崎市の防災公園だったこの土地には、ファームのメイン球場である「日鉄鋼板SGLスタジアム尼崎」だけでなく、その周囲に室内練習場、虎風荘(選手寮兼クラブハウス)、サブグラウンドが新設された。
メイン球場は両翼95メートル、中堅118メートルと一軍の本拠地である阪神甲子園球場と全く同じサイズ。球場の向いている方角もグランドの形も同様に作られ、甲子園名物の海からの“浜風”も吹くという。黒土、天然芝のグラウンドは、甲子園の整備で有名な阪神園芸が担当している。
■球団社長による育成重視の方針
ファームの室内練習場は、甲子園に隣接する同施設の約1.5倍の広さと日本有数の広さを誇る。
打撃練習場やブルペンには最新鋭の分析機器が配備されている。選手寮のすぐ隣にあるので、選手たちが24時間練習に打ち込める環境を整えた。さらにメイン球場の隣にはナイター設備も備えた軟式野球場や、キッチンカーなどが出店する多目的広場もあり、ボールパーク化している。
なぜタイガースは、これだけ立派なファーム施設をつくったのか。それは、自前の選手育成に力を入れた編成方針で、時間を掛けてでも強いチームを作ろうとしたのだ。
その真意を阪神タイガース・粟井一夫球団社長に聞いた。
■「チームがいい状態」を継続させたい
粟井社長が経緯を説明する。
「地道にドラフトで選手を集めてきて育成する。その結果、この数年はチームがいい時期に入っていると思うんですね。これを続けるのはなかなか難しいんですけども、そういう意味でも、ファーム施設の充実というのも急がれる話だったのです。
(30年近くファーム施設だった)鳴尾浜はすごく手狭だったんですよ。室内練習場もほとんど無いに等しい。
だからまず最低限そういった施設があって、今度はそこにテクノロジーの動作解析なんかを他球団よりもできるだけ先駆けて入れました」(粟井氏、以下すべて同じ)
ゼロカーボンベースボールパークはファーム施設とは思えないほど、いや、ファーム施設だからこそファンサービスにも力を入れている。メイン球場のセンター後方には、黒土のサブグラウンドがあり、試合中もここで選手たちが練習をしている。
それを取り囲むような周遊ルートができており、練習の様子を間近に見ることができる。時には、選手たちからサインを貰うことも可能だ。メイン球場1階にはタイガース・ショップもあり、ファームオリジナルグッズも販売している。
この施設はとにかく選手たちとファンの距離感が近いと筆者は感じた。粟井社長によれば、ファンとの距離の近さを意識してファーム施設を造ったと強調する。
■とにかく選手との距離が近い
「どちらかというとキャンプ地ってそうじゃないですか。普段、例えば甲子園に4万人お客さんに来ていただいてもなかなか選手と触れ合えない。キャンプ地だとわりと近くにいるじゃないですか。日常的に選手と地域の方、ファンの方と触れ合えたらいいなというつくり方をさせていただいています」
選手のサイン色紙を手にした少年に球場の感想を聞いてみた。彼は、このファーム施設がお気に入りのようだった。

「試合はあまり観に来ないけど、ここには選手のサインを貰うために何度も来ている」
以前の鳴尾浜球場はナイター設備もなく、観客席は約500席で入場料は無料だった。しかし、新球場は内野スタンド(約3600席)に臨時外野席を含めると最大約4400名収容可能だ。チケット代は、内野指定席が2000円、ネット裏指定席が3000円(どちらも一般料金、税込)となっている。ちなみに9月3日時点での、新球場での今年の観客動員数は17万2062人で、一日平均では3186人となっている。
ところで、アメリカのメジャーリーグでは、それぞれのメジャー球団の傘下に、日本でいうところのファーム(二軍)にあたるマイナー・チームが、AAA級、AA級、A級、ルーキー級というレベルごとに数多く組織されている。
マイナー球団は、独立採算制をとっている。選手や監督、コーチの給与は、選手育成契約を結ぶことでメジャー球団に負担してもらっているが、独立会計なので、球場でのイベントやファンサービスに力を入れている。チーム名もメジャー球団とは別に独自のチーム名を名乗っているチームも多いのだ。
■プロ野球で2軍球場の移転が相次ぐワケ
現在、日本のプロ野球各球団では、ファーム施設の移転、新設が相次いでいる。選手育成の強化や施設の老朽化などが理由だ。
これまではファームでの選手育成は球団経営の「コスト」で、ビジネスとしてお金を稼ぐという発想が乏しかった。そんなファームの施設を充実させて、一軍と同じように収益化も図るという思惑がある。
つまりは、アメリカのマイナーと同じ動きにあるのだ。
福岡ソフトバンクホークスは2016年に福岡県築後市にファーム施設を移転し、メイン球場、第二球場、屋内練習場、選手寮、クラブハウスを備える「HAWKSベースボールパーク筑後」をオープンした。また読売ジャイアンツは今年3月に、以前の球場の近くに新たな球場とサブ球場などを備える「TOKYO GIANTS TOWN」をつくった。再来年には水族館や飲食施設もオープンさせる予定だ。
東京ヤクルトスワローズは現在の埼玉県戸田市から2027年3月から茨城県守谷市に、千葉ロッテマリーンズも2030年にはさいたま市から千葉県君津市にそれぞれファーム施設を移転させ新球場などを新設する予定だ。北海道日本ハムファイターズも千葉県鎌ケ谷市にあるファーム施設を、2030年を目途に北海道内に移転させる意向と発表している。
日本のプロ野球において、ファームの組織でお金を稼ぐことは現実的なのか。
■人件費を除けばファームは黒字にできる
粟井球団社長は、「稼ぎたいですけども、やっぱりなかなか難しいとは思っています。コストセンターからの脱却というのは目標にはありますけども、なかなか興行としてというのは非常に厳しいとは思っています。ただ、ファームのチームだけでの黒字化は選手の人件費を除けばもう間違いなくできます。可能です」と話す。
このファーム施設のもう一つの特徴は、脱炭素や循環型社会を目指した環境に優しい施設という点だ。
太陽光発電や蓄電池が導入され、スタジアムで1年間に使う電力の80%以上を発電している。また貯まった雨水をグラウンドへの放水やトイレの洗浄などに使用し、球場内で使用する製品にはバイオマス素材やリサイクル素材が活用されている。
野球施設としては初めて「ZEB Oriented」(延べ面積10000m2以上の建物で、従来の建物に必要なエネルギー消費量から40%または30%以上のエネルギー消費量削減に適合した建築物)認証を得ている。
大気汚染など公害対策に長年取り組んできた尼崎市が誘致した施設とあって、「未来をずっと青空にする球場、尼崎から。」というキャッチコピーがつけられている。
なにより最大の特徴は便利な立地だ。プロ野球各球団のファーム施設は、本拠地球場から遠い場所にあることが多い。ところがこのタイガースの新施設は大阪・梅田と甲子園球場の間のほぼ真ん中に位置し、どちらからも電車で約10分という絶好の立地だ。
■尼崎の市民として地域を活性化させる
粟井球団社長は「ファームと一軍は近ければ近い方がいい」と言う。
「ファームというのは基本的には一軍に選手を送り込むための鍛錬の場、育成の場所です。一軍と二軍の選手の入れ替えが簡単にできて、両方の首脳陣が『ちょっと寄ってくるわ』という感じで選手を直接見られて、というのを考えると甲子園の近くがいい。いろいろ絶対条件を設定して土地を探していったところ、尼崎市から『この公園を使いませんか?』というお話をいただいた。
尼崎市さんの都市公園に、われわれが、市民の方が使えるさまざまな公園施設を建設、整備させていただく。
その代わりに、メイン球場などは専用で使わせていただく。あの場所にタイガースが思いっきり練習できる場所をつくらせていただいたと。
ギブ・アンド・テイクで今回本当に良かったと思います。この形だからこそ、地域の活性化にも十分寄与できるし、我々のためにもなるなと感じています。
選手寮は二軍球場横にあるので、選手たちは尼崎の住民なんですね。市民の皆さんと一緒に住むということは、もうその地域のコミュニティの一部に溶け込まないとやっぱりダメだと思っています。
そういう意味でいうと、ファームの行き先というのは“地域と共に”というような場所であるべきで、それが尼崎でよかったなと思っています。これからもっと市民の皆さんに受け入れていただけるように、一緒にいろんなことをやっていきたいです」

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春川 正明(はるかわ・まさあき)

ジャーナリスト・関西大学客員教授

関西大学野球部で外野手として関西学生野球6大学リーグ戦で活躍。大阪生まれ、1985年読売テレビ入社。報道局撮影編集部を経て、「ベルリンの壁崩壊」取材をきっかけに報道記者に。神戸支局長、司法キャップ、大阪府警キャップを歴任し「甲山事件」「西成暴動」など数々の事件、事故、裁判などを取材。阪神大震災発生時の泊りデスク。1997~2001年NNNロサンゼルス支局長。「ペルーの日本大使公邸人質事件」「スペースシャトル打ち上げ」「イチローのメジャーキャンプ」「コロンバイン高校銃乱射事件」「ガラパゴス諸島タンカー油漏れ事故」「ハワイ潜水艦とえひめ丸衝突事故」などを取材。帰国後はチーフプロデューサー、報道部長、執行役員待遇解説委員長を歴任。2007~19年「情報ライブ ミヤネ屋」でニュース解説としてレギュラー出演。米大統領選挙(4回)、米同時多発テロ、米朝首脳会談、東日本大震災など国内外で現場取材。読売巨人軍・編成本部次長兼国際部長を経て2022月からフリーで活動。ジャーナリストとしてテレビ・ラジオ出演、執筆、講演など幅広く活動。関西大学客員教授。現在の出演番組はRSK山陽放送テレビ「イブニングニュース」、東京MXテレビ「堀潤Live Junction」、RSK山陽放送ラジオ「春川正明のニュース直球解説」など。「LINEジャーナリズム賞 24年5月~7月期」受賞。著書『「ミヤネ屋」の秘密 ~大阪発の報道番組が全国人気になった理由~』(講談社+α新書)趣味はメジャーリーグ観戦と宝塚歌劇鑑賞。

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粟井 一夫(あわい・かずお)

阪神タイガース 代表取締役・社長

1964年堺市生まれ。金沢大卒業後、88年阪神電気鉄道入社。甲子園球場の大規模リニューアル工事に関わり、2009年から球場長も務めた。17年から阪神電鉄本社執行役員、22年球団副社長となり、24年1月から現職。

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(ジャーナリスト・関西大学客員教授 春川 正明、阪神タイガース 代表取締役・社長 粟井 一夫)
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