■調査以来「初めての結果」が公表された
新入社員をはじめとするフレッシュな若者は、自分の能力を遺憾なく発揮したいという野心をもち、だから結果で評価される成果主義を望んでいる。従来、そういったイメージを若者に抱く人も多いだろう。ところが先日、この言説を覆すようなニュースが流れた。
「新入社員の会社生活調査」は、産業能率大学総合研究所が1990年度から毎年実施し、2025年で36回を数える調査である。この調査の定番の質問として「年功序列的な人事制度と成果主義的な人事制度のどちらを望むか」があり、回答者は4段階で答える(2022年度までは二択)。
この回答が「年功序列」(14.6%)、「どちらかといえば年功序列」(41.7%)を合わせて56.3%となり、成果主義の43.6%を超えたのである。研究所曰く、年功序列を選ぶ傾向は2022年度から高まっており、調査を始めて36回目で初めて年功序列が成果主義を上回ったそうだ。
年功序列といえば日本の旧弊のように語られることも多く、日本を代表する大企業が年功序列を廃止する例も見受けられる。たとえばNTTは2022年に実力主義の徹底を謳って人事制度を変革し、「20代でも課長級」というフレーズが躍った。1990年代には富士通が成果主義を先駆的に採用して話題になった。
20代のうちに課長級の評価を受けるというのは、報酬の額にしても任せられる仕事の価値にしても、若いうちにめったに巡ってこない機会ではある。若者にとってはチャンスの到来にもみえる成果主義が、なぜここにきて不人気化しているのだろうか。
■安定を求める若者たち
近年のさまざまな調査結果は「若者こそ、挑戦的で野心的である」というイメージを必ずしも支持していない。
就活生を対象にしたマイナビの調査によると、「企業選択のポイント」は6年連続で「安定した会社」が1位になったそうだ。各調査をみる限り、また若者と接する肌感覚の限り、近頃の若者はリスク回避傾向が強いように思われる。
とはいえ、一歩引いて考えるべきは、「安定していること」を否定的に捉える人はそういないのに対して、「安定していないこと」を評価する人はいないだろう、という点だ。
たとえばベンチャー企業は成長性が不確実で、だからこそやりがいがあると考える人も当然いるものの、「大企業とベンチャー」を二択で就活生に選ばせると、昔からベンチャーは分が悪い。入社数年は十分な収入がないというケースすらざらにあるし、親御さんが反対するという話もよく聞く。刺激を求めてベンチャーを選ぶ就活生も、報酬や福利厚生で安定していることは当然肯定的に受容するだろう。
若者がリスク回避的というより、「安定」が「無難な選択肢」だから選ばれやすいという可能性は無視できない。
■年功序列と成果主義って何?
ここで、基本的な用語の意味を確認するために、いくつか「そもそも論」を紹介しておこう。
年功序列とは、一般的には勤続年数が昇進や昇給の基準となることを指す。実年齢ではなく勤続年数である点がポイントだ。
加えてやや細かいポイントではあるものの、「昇進」と「昇給」は異なることにも注意が必要だ。伝統的な日本企業では、報酬の大きな変動は年功ベースの昇給よりも昇進によって起きるともいわれている。観測時期や企業規模によって濃淡はあるものの、概ね日本企業は年功序列と終身雇用とよばれる制度をセットで採用してきたといえる。
一方の成果主義は、実は多義的な用語で、一概に何を指しているか不明瞭なケースもある。最大公約数としての成果主義の定義は三つあり、能力やポテンシャルではなく結果としての成果を重視すること、長期よりも短期の成果を重視すること、成果によって「より大きな差」をつけること、を含む。
■成果主義で困るのは若者である
ここで確認しておきたいのは、このような定義に則ると、成果主義は若者に不利な制度だという点である。新入社員の初任給の平均は約23万7000円(2024年)で、かつ2024年から初任給を一気に引き上げる動きがみられる。オークションのように各社がこぞって賃上げを発表し、30万円という額を提示する企業も出現した。
この昇給が自社への採用希望を拡大させるための誘引であるのは明白で、若手社員が突然活躍しだしたから昇給せざるを得なくなったのではない。その点で、近年起きている若手に対する待遇の変化も、はっきり言って成果主義とは無関係である。
そして、純粋な成果主義を若手社員に適用したとしよう。ポテンシャルは一切考慮されない。短期の結果だけで判断する。「成果」の定義に同僚への支援が含まれない限りは、先輩も助けてくれないかもしれない。成果だけで測られるという状況で、はたして平均的な新入社員が月に20数万円も稼ぐことができるだろうか。
実は成果主義は、若者に優しくない制度なのだ。
■生存者の待遇は良い「ふるい落とし選抜型」
業界や企業によっては、若手にも積極的に成果主義的な仕組みを課すところもある。入社すぐから高い負荷をかける「ふるい落とし選抜型」とよばれる業界が代表格で、広告やマスコミ、コンサルティングファームなどだ。こうした業界は早期離職率が高く、若者がどんどん辞めていく。
脱落者が多いことを承知でふるいにかけ、精鋭が生き残っていき、生存者は好待遇を受けられる、という仕組みなのだ。一つのあり方としては理にかなっているものの、すべての会社で同様の仕組みを採用できるわけでもない。
こうした背景を鑑みると、若者がより年功序列を支持するようになるのも理解できる。
かつて、会社の安定とは個人の安定であった。ところが昨今、会社が安定するために従業員の雇用を不安定化させる、という裏腹な現象が起き始めている。終身雇用を維持し続けている企業はおしなべて業績が良いという(悲しい)データもある。企業が安定するために従業員の雇用が不安定化していると言わざるを得ない現状、企業目線でみれば、雇用が不安定化する状況だからこそ、一見古めかしい制度である年功序列と終身雇用を前面に出せば、若年層を惹きつけ得るという状況ですらあるといえる。
■会社にぶら下がりたいという考えは甘い?
以上に述べたように、若者が年功序列を選ぼうとするのはそれなりに合理的で、おかしな話ではないと感じられる。
ただ、もし、若者側が「年功序列の会社に入って、そのまま会社にぶら下がって生きるのが楽でいいよね」みたいに思っているとしたら、それは「舐めプ」かもしれない。
既存の日本企業は概ね年功序列を採用してきたと言ったが、これは厳密ではない。まず、現実の報酬制度は純然たる成果主義/年功序列に区分可能なわけではなく、そうした「要素」を加味して設計される。成果主義である/ないではなく、強い/弱い、なのである。
そうした前提に基づくと、実は日本企業はそもそも年功序列を採用してきたわけではなく、特に昇進に関しては成果主義的だったとすらいえうる。
今与えられた仕事を頑張って結果を出せば、「次に」より良い仕事が与えられる。会社にとって重要で、やりがいがあって、昇進に考慮されるような仕事、という意味の良い仕事だ。そして、昇進の昇給幅が大きいことで、結果的には「次の仕事を任せたい人材」が昇進し、報酬としても得するようになっている。これが日本企業の根幹的な仕組みだというのだ。
先述の成果主義の定義のうち「短期的」等には当てはまらない部分もあるものの、結局は仕事の成果で差がついてしまうのだから「成果主義」だともいえる。かつこのシステムにおいて、ただぶら下がっているだけの社員はそんなに得をしない。同期との差も明確になる。すぐ隣をみてしまう若者にとってはつらい将来ではないだろうか。
■「ふつうの待遇」は案外ハードルが高い
また、若者側に「甘え」がないわけでもないだろう。「別に多くを望んでないので、ふつうでいいです」といった感じで年功序列を選ぶ若者もいそうだ。
経営学者の金間大介氏は、著作の中でそうした若者を叱咤する。
働き始めた若者の一部からよく聞くのは「自分がこれほど仕事ができないと思わなかった」というセリフである。当たり前である。若者にとって不可避の、良い経験だ。どれだけ潜在的な能力を有していたとしても、それを顕在的に示すためには時間がかかる。その猶予を与えてあげて成長を見守るという側面からすれば、年功序列は悪い制度ではない。当たり前の経験を積んで成長してくれれば、いずれ会社に報いる働きはできるようになる。
年功序列と終身雇用、美味しいですわぁ、と宣ってみても、10年20年と時が過ぎると、周りとの差は明確に広がっていく。昇進できないと、思ったようには昇給しない。定年まで逃げ切ったるわ(笑)、と余裕をかましてみせても、50代になって「あと10年も続くのか、この日々が……」とか思わない保証はどこにもない。そんな折に早期退職の募集が出たりしたら、思わず飛びついてしまうこともあろう。
そのつらい時間を耐えきれる精神力があるなら、間違いなく仕事に使って頑張ったほうがいい。そっちのほうが報酬も高くなるだろうしやりがいもある。
年功序列なるものを過信して「舐めプ」しないよう、重々気をつけていただきたい。
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舟津 昌平(ふなつ・しょうへい)
経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師
1989年、奈良県生まれ。京都大学法学部卒業、京都大学大学院経営管理教育部修了、専門職修士(経営学)。2019年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。京都産業大学経営学部准教授などを経て、2023年10月より現職。著書に『経営学の技法』(日経BP社)、『Z世代化する社会』(東洋経済新報社)、『制度複雑性のマネジメント』(白桃書房/2023年度日本ベンチャー学会清成忠男賞書籍部門、2024年度企業家研究フォーラム賞著書の部受賞)、『組織変革論』(中央経済社)、『若者恐怖症 職場のあらたな病理』(祥伝社)など。
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(経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師 舟津 昌平)