■日本の株高に海外投資家から熱視線
次の首相をほぼ選ぶことになる自民党総裁選が始まって、日経平均株価が最高値を更新している。総裁選が告示された9月22日を控えた9月18日には終値で初めて4万5000円を突破、9月25日には4万5754円93銭を付けた。
立候補した5人の中で、誰が総裁になり首相になれば、この株高が続くのか。候補者たちが口にする経済政策に投資家たちは耳をそば立てている。
中でも今の日本の株高に熱い視線を送っているのは海外投資家である。ウクライナやパレスチナ、中東でも戦争など地政学的に不安定さが増していることに加え、欧州での極右政党の台頭や、トランプ関税など、世界経済は不透明さが一段と増している。そんな中で、日本は相対的に、政治も安定し、経済も回復余力があると見られているのだ。リスクが高い市場から引き上げた資金をどこに投資するか。日本がその投資先として俎上に載っているわけだ。
■個人消費を活性化させる政策を打ち出せるか
だからこそ、次の首相がどんなスタンスで政権運営に臨み、どんな経済政策を打ち出すかで、株式相場の先行きは大きく変わってくる。短期的には日本銀行による金利の引き上げがどうなるかで株式市場に影響を与えるが、中長期的に株価を上昇させるには、日本経済が強さを取り戻し、企業収益が大きく増加していかなければならない。経済成長の条件として輸出が注目されがちだが、日本のGDPの6割は個人消費である。個人消費の活性化につながる政策が打ち出せるかが最大のポイントになる。
日本経済新聞とテレビ東京が9月28日に発表した世論調査では、「次の首相にふさわしい人」として34%が高市早苗氏を挙げ、小泉進次郎氏の25%を上回った。
ちなみに3位は林芳正氏の14%、次いで茂木敏充氏の5%、小林鷹之氏の4%で、「いえない、わからない」が18%だった。世論調査は実施する新聞社によって、不思議と結果にカラーが出るが、まさに経済新聞らしい結果と言っていい。アベノミクスの継続を訴える高市氏の主張は、日本経済新聞の主張にも近い。
■改革色を封印している小泉氏
国民人気も高く、下馬評では最も可能性が高いとされる小泉氏を大きく引き離した。小泉氏はもともと安倍内閣を支えた菅義偉元首相に近く、アベノミクスの改革路線の継続を標榜していたが、今回の総裁選では改革色を封印している。父親が「痛みを伴う改革」を訴えて国民に受け入れられたのとは大きく異なり、今や国民に負担を許容する余力がなくなったという見方が強まっていることが背景にあるのだろうか。
もともと自民党の支持層は一定の資産を持っている人が多いと見られてきた。自民党総裁選は、党員と自民党議員による選挙で、一般の有権者が投票するわけではない。ひと昔前なら、株価が大きく下がると、苦情の電話が支持者から議員の事務所に入り、自民党議員が党本部で株価対策を求めることがしばしばあった。
株価が上昇して資産価値が増えれば、財布の紐が緩んで高級品などを消費する「資産効果」が言われたものだが、自民党の党員に株高政策が受けなくなったのだろうか。それとも、テレビの向こうの党員ではない有権者の批判を恐れて、より庶民を意識した政策を口にせざるを得なくなっているのか。
■「株高政策」が自民党員に響かなくなっているのか
国民の多くが「改革による経済成長」や「痛みを伴う改革」を受け入れる余力がなくなっているのは確かだ。
経済成長よりも、物価高に伴う目先の負担増の軽減を求めている傾向は一段と強まっている。果たして、自民党党員にまでこうした貧困化が進み、世界の投資家が求めるような、株高をもたらす経済成長につながる対策よりも、目先の痛みを和らげる所得減税や給付金などに関心が強まっているのだろうか。
確かに、多くの国民が、株高や不動産価格の上昇の恩恵を受けていない。もともと株式や不動産を保有している富裕層は、ここへきての価格上昇で資産価値が大きく膨らんだが、株式どころか預金すらない庶民は、株高をもたらす政策にはほとんど共感を示していないと言っていい。自民党員など自民党支持層も高齢化して、かならずしも株高政策が響かなくなっているのか。
■「誰」に向けてアピールするのか
今回の総裁選は誰に向けてアピールするのか、非常に難しい。総裁に選ばれるためには党員票と議員票をターゲットにすれば良いが、首相になることを考えれば、国民全体をターゲットにせざるを得ない。自民党員だけに通じる論理で総理になっても、少数与党の中で内閣支持率がボロボロになり、総選挙を戦えないどころか、政権維持さえおぼつかなくなる可能性がある。自民党員にだけアピールする政策を掲げれば、やはり自民党は国民の方を向いていない、と国民から批判されることになりかねない。いわゆる裏金問題など、長年、自民党が許してきた慣行に今や世間が拒否反応を示している。
こうした自民党批判の背景には国民の経済状況が二極化していることがあるのではないか。株高や資産価格の上昇の恩恵を大きく受けている比較的富裕な層と、物価の上昇で日々の生活にも困窮し、株高の恩恵はまったく受けない層が断絶している。
おそらく野党が政権を取って、困窮している庶民層にウケる政策を実施しても、今はまだ比較的余裕のある層の人々からはばら撒きだと批判を浴びて政権維持ができなくなるだろう。
■財政赤字が膨らみ、経済成長も見込めない「最悪のシナリオ」
自民党総裁が選ばれれば、国会で石破茂氏に代わる首班指名が行われる。自民党は少数与党なので、野党が結集すれば、野党が政権を握ることもできる。だが、野党が政権を握っても、前述のように国民の多数の支持を得る政権を作るのは難しく、早晩、内閣支持率の低下で政権運営ができなくなるだろう。
最悪のシナリオは、自民党新総裁が、安定政権を作ろうとして公明党以外の野党との大連立政権を組むために、政策的な妥協をすることだ。例えば、エネルギー価格の低減に向けてさらなる給付金を業者向けに出したり、低所得者への給付を増やせば、その段階では効果があったように見えても、財政赤字が膨らめば、円安が進み、再び輸入物価が上昇する悪循環に陥る。円安になれば、見た目の資産価格は上昇するが、一方で生活物価も上昇するため、当初、支援を強化しようとした貧困層は恩恵を受けず、富裕層や外国人にもっぱら恩恵がいくことになる。これでは経済成長しないので、海外投資家からも見放されることになる。
■首相として何がやりたいのか伝わってこない
野党が求めている消費税減税を実施することになった場合、食料品の税率を引き下げることや、消費減税を一定期間に限って行うことができれば良いが、全商品一律で税率を引き下げることになれば、高額品を消費する富裕層に恩恵が偏る可能性がある。また、低所得者の所得税を引き下げる場合、所得が少ない高齢者が恩恵を受けることになる。高齢者でも資産を保有しているなど、本当に困窮しているのか分からない人は少なくない。また、高齢者に減税や給付を厚くしても、それが消費に回る割合は小さく、貯蓄などに回ってしまう。

5人の総裁候補の会見を聞いていると、少しでも国民が支持しそうな話をすることに力を注ぎ、首相として何がやりたいのか、なかなか伝わってこない。高市氏が首相になった場合、もともと右寄りのスタンスのまま政策を打ち出せば、自民党内がまとまらず、分裂する可能性もありそうだ。一方で、小泉氏が首相になった場合、強いリーダーシップが発揮されることはなく、難題を突きつけてくるトランプ米大統領と渡り合っていけるのか、不安は大きい。林氏や茂木氏は政策実行能力は高いと大向こうには評価されているものの、国民的な人気が薄く、いずれ戦わなければならない総選挙の顔として自民党員が担ぐとは考えにくい。
誰が総裁そして首相になっても、思い切った政策が打ち出せなければ、世界の投資家の日本への期待は水泡に帰すことになるかもしれない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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