※本稿は、大川内直子『世界のビジネスエリートが身につける教養 文化人類学』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■世界的デザインファームが招き入れた「専門家」
人間が言語化できていない潜在ニーズや、無意識の行動様式を明らかにするために、文化人類学の手法は極めて有効です。
その価値にいち早く気づいた企業の1つが、世界的なデザインファームであるIDEO(アイディオ)です。IDEOは、アップルの初代マウスをデザインしたことで知られる、アメリカのデザインコンサルティング会社です。製品デザインだけでなく、サービスデザイン、組織デザイン、戦略コンサルティングなど、幅広い領域で世界中の企業をサポートしています。「デザイン思考(Design Thinking)」という言葉を世界に広めた立役者でもあります。
IDEOは、「人間中心設計(Human-Centered Design)」を徹底しています。技術的に優れているだけでなく、使う人間にとって本当に意味のあるデザインを追求する。そのためには、ユーザーが置かれている「文化」そのものを理解しなければなりません。
デザイナーの思い込みや、表面的なユーザー調査だけでは、本当のユーザー理解には到達できません。そこでIDEOは、いち早く文化人類学者をチームに招き入れました。
■グーグル、インテル、マイクロソフト…
文化人類学者は、ユーザーの自宅や職場に入り込み、彼らの日常生活を観察します。
ビジネス人類学は1980年代から盛んに行われ、世界中のデザインファームやテクノロジー企業が、こぞって文化人類学者を採用するようになりました。グーグル、インテル、マイクロソフト、ゼロックス、ノキアなどなど。IDEOもそうした1980年代のビジネス人類学の広がりの中で、文化人類学の手法を効率的に取り入れることに成功した企業の1つです。
1990年頃には世界の名だたる企業が、文化人類学者を社内に抱えていたことがわかっています。この動きはIT企業だけでなく、ゼネラルモーターズ、ロレアル、フィナンシャル・タイムズなど幅広い業界に広がっています。
さまざまなビジネス課題に文化人類学者たちがどうアプローチしてきたかをまとめた、ジリアン・テットの『Anthro Vision』から2つの例を見てみましょう。
■インテルの文化人類学者たちの「発見」
① インテルの事例
半導体大手のインテルでは、文化人類学者のジュネヴィーブ・ベルが率いるチームが中国市場で興味深い発見をしました。
当時、中国ではあまり子どもにパソコンを使わせない傾向がありました。「なぜ中国の子どもはパソコンを使わないのだろう?」。インテルの文化人類学者たちは、中国の家庭に入り込んで観察を始めました。
すると、中国の親たちは「パソコンが子どもの宿題の邪魔になる」という考えを持っていることがわかりました。日本でも同じような考えの親御さんが多いことを考えれば、2005年頃のインテルの社員にとってそれが意外な事実だったということ自体もカルチャーの違いが感じられて興味深いですね。ゲームや動画にハマってしまうのではないか。そうした懸念から、パソコンを子どもに与えることに躊躇(ちゅうちょ)していたのです。
この発見から、インテルの文化人類学チームは逆転の発想を提案しました。
「子どもがコンピュータゲームで遊べないようにするロック機能」など制限機能を充実させることで、親が安心して子どもにパソコンを与えられるようになるのではないかと考えました。
■エンジニアたちはロック機能に反対
最初、エンジニアたちは「ロック機能をつけるなんて、パソコンの価値を下げることではないか」と反対しました。パソコンの機能を増やすことには熱心でも、わざわざ機能を制限することには抵抗があったのです。
ところが、実際にロック機能を導入したパソコンを発売してみると、中国の親たちは大喜びで購入し、子どもたちのパソコン利用率は大きく向上しました。機能を増やすのではなく制限することが、結果として市場拡大につながったのです。
この事例こそ、アンケートで「パソコンにどんな機能が欲しいですか?」と聞いても出てこないことを物語っています。「ロック機能が欲しい」と答える消費者はほとんどいないはずです。
■コカ・コーラのお茶が売れなかった理由
② コカ・コーラの事例
また、飲料メーカーのコカ・コーラが中国市場でボトル入りのお茶を販売しようとしましたが、失敗しました。なぜコカ・コーラのお茶が中国であまり売れないのかを解明するため、文化人類学的な調査が実施されました。
文化人類学をはじめとした人文系の知見を重視する、デンマークのコンサルティングファーム「レッド・アソシエイツ」が調査したところ、興味深い文化的な違いが浮かび上がりました。
中国人にとってのお茶は、余分な要素を削ぎ落とし、澄んだもの、純粋なものを楽しむもの。それがお茶の美学です。中国人にとって、お茶を飲むことは「引き算」の思考といえます。
一方、アメリカの飲料文化は「足し算」の思考です。ハンバーガーにはコーラ、砂糖も炭酸もカフェインも、おいしいものをどんどん加えていくのと同じで、お茶も砂糖やカフェインを追加していました。
ですから、「引き算」の文化で育った中国人からすると、コカ・コーラのお茶は「余分なものが入りすぎている」と感じてしまいます。この文化的なギャップが、コカ・コーラのお茶の中国市場での苦戦の一因でした。
そもそも「飲み物」というものを、足し算で捉えるのか、引き算で捉えるのか。
■「企業組織」も調査対象になる
調査の対象は「消費者やユーザー」だけではありません。最近では、「企業組織」そのものの調査も増えています。
「なぜ我が社では、新しいイノベーションが起きないのか」
「なぜ部署間の対立が消えないのか」
「なぜ変革の必要性を誰もが認識しているのに、何も変わらないのか」
経営者が頭を抱えるこうした問題も、文化人類学者が組織の中に入り込むことで、解決の糸口が見えてくることがあります。
私自身、あるメーカーで調査をしたことがあります。その会社は、BtoBで企業向けの機器を納入するビジネスをしており、業績は好調でした。しかし経営層は、このままでは10年先、20年先に通用しなくなると危機感を持ち、お客様との接点から新しいビジネスの種を見つけ、新規事業を生み出していこうという方向に変わろうとしていました。
会議に出席し、休憩時間に雑談し、彼らの仕事ぶりを観察する日々。そこで見えてきたのは、組織図やマニュアルには書かれていない、その会社特有の「掟」でした。
■経営層と現場の価値観が衝突
たとえば、施工部門の人々は「図面通りに、事故なく、納期通りに完成させる」ことを何よりの誇りとしていました。高速道路の料金所にETCの機械を設置する、防災無線を納入する。
一方で施工管理の仕事は、現場監督のようなものです。「この現場でETCの工事を1カ月以内にやらないといけない」という目標に対して、必要な物資を発注し、協力会社を探し、事故なく工事を完了させる。特に現代は事故に厳しい時代ですから、「安全第一、納期厳守」が何より重要です。
ところが、経営層が進めようとしていた「変革」は、「約束以上の価値を出せ」「新しい提案をしろ」という方向性でした。これは施工管理の現場の価値観と真っ向から衝突していました。
■ビジネスモデルと歴史の問題だった
現場が変革に後ろ向きだったのは、意欲が低いからでも、能力が足りないからでもありません。現場なりの合理的な理由があったのです。「言われた通りにやる」ことがこれまでずっと正しいとされてきたのに、突然「もっと創造的になれ」と言われても、戸惑うのは当然です。
当時、社内では「施工のやつらは頭が固い」「施工が動かないから変革が進まない」と言われていました。しかし調査を進めると、個人のマインドの問題ではなく、ビジネスモデルと会社の歴史が、そうした行動様式を生み出していたことがわかりました。
そうした「文化」を理解しないまま「変われ」と言っても、変わるはずがありません。
組織の中にも「儀礼」があります。朝礼、定例会議、年度末の打ち上げなど、一見すると形式的な行事に見えても、そこには組織のアイデンティティや価値観が凝縮されています。そうした「儀礼」は組織の内部にいる人にとっては日常的に行われており、特に「儀礼」と認識されているわけではありません。しかし、文化人類学者にとっては組織の特徴が色濃く表れる興味深い営為なのです。
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大川内 直子(おおかわち・なおこ)
文化人類学者/アイデアファンド代表取締役
東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。専門は文化人類学・科学技術社会論。大学院在籍時より文化人類学のビジネス応用に関心を持ち、海外リサーチ案件を請け負う。金融機関でコーポレート・ファイナンスに従事したのち、2018年に文化人類学に基づく専門サービスを提供する日本初の組織である株式会社アイデアファンドを設立、代表取締役に就任。アイデアファンドでは文化人類学の理論と手法を応用した調査を数多く手掛け、国内外の事業開発・組織開発に携わる。
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(文化人類学者/アイデアファンド代表取締役 大川内 直子)

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