乳がん検診を2年に1回、欠かさず受けていた63歳の女性が、ステージ4の乳がんと告知を受け、3年後に亡くなった。なぜ検診で見落とされたのか。
日本人女性の70~80%は「高濃度乳房」といい、マンモグラフィでは発見しにくいタイプだという。医療ジャーナリストの木原洋美さんが、“検診の盲点”を取材した――。
■「どうしていきなりステージ4なんですか」
「この頃だるいな。食欲もないし、疲れやすい。手足もむくんでる。悪い病気かも」
ナオミさん(仮名・当時63歳)は不安になり、かかりつけの内科に相談した。医師は細かく問診し、血液検査に尿検査、心電図・胸部レントゲンなど、全身をチェックしてくれた後、難しい顔で言った。
「血液検査の結果を見ると、体のどこかで炎症が起きているみたいです。それに貧血もある。だるさはそのせいかもしれませんが、むくみの原因はよくわかりません。念のため、もっと大きな病院で検査を受けてみましょう」
すぐに地域で一番大きな病院を紹介してくれた。精密検査を受けると「乳がん・ステージ4」。
既にリンパ節など全身に転移しており、もはやできるのは対症療法だけ。手術はできない。がんの進行を止める根本的な治療法はないと言う。
納得が行かなかった。
10代の頃に大病を患い、長期の入院生活を経験したナオミさんは、健康には人一倍気を付けており、乳がんの検診も2年に一回必ず受けてきたからだ。
「前回の検診でも異状なしでした。胸だって痛くないんですよ。どうしていきなりステージIVなんですか。早期(0期またはI期)じゃなきゃおかしいじゃないですか」
訴えると、医師は気の毒そうに教えてくれた。
「いきなりステージIVというのは、稀なケースです。かかさず検診を受けている方なら、進んでいてもステージIIぐらいで発見できるんですけどね。しいて言うなら住民健診で受けられる検査はマンモグラフィですよね。
あなたの乳房は高濃度乳房(デンスブレスト)と言って、マンモグラフィではがんを発見しにくいタイプなんですよ。早期発見するには、超音波(エコー)検査も受けるべきでした」
■乳がんを100%見つける検査はない
高濃度乳房とは乳腺濃度が高い乳房のこと。乳房内の脂肪が少なく乳腺の比率が高いやせ型の人や若い人、日本人を含むアジア人に多いといわれている。
乳がんが見つかりにくく、乳がんになるリスクも高いと考えられており、近年、世界的に認識が広がっている。乳房には高濃度乳房と、乳腺濃度が10%未満の脂肪性乳房などがあり、世界で使われている定量的ソフトで測ると、日本人の約70~80%は高濃度乳房と判定される。一方欧米人、たとえばノルウェー人の場合、高濃度乳房の割合は約28%にとどまる。

高濃度乳房の多い日本人女性にはマンモグラフィとエコーの「公正」な乳がん検診を!」がんサポート QLife
「高濃度乳房はマンモグラフィでは全体が白く写るので、同じように白く写るがんは“雪原で白ウサギを探す”ように見つけづらいのです。逆に脂肪性乳房等、高濃度乳房以外の乳房は、マンモグラフィによる乳がん発見が比較的容易です。
今のところ乳がんを100%見つけることはできる検査はありませんが、マンモグラフィでは約70%の乳がんを見つけることができると言われています。超音波検査では、乳腺の量にかかわらず乳がんを見つけることが可能であり、マンモグラフィと超音波検査併用の場合、約90%の乳がんを発見することができます。そのため日本人では超音波検査との併用あるいは交互に受けることをお勧めします」
東京女子医科大学の明石定子教授はそう説明する。
かつて会社勤めだった頃にはナオミさんも、超音波による乳がん検診を受けたことがあったが、独立起業してからは住民健診でのマンモ一辺倒。

乳房を、タコせんべいみたいに押しつぶされることに驚いたものだった(が、実際薄くした方が被曝量も減り、画質も向上し、細かなところまで見やすくなるらしい)。
「日本人のおっぱいに、マンモグラフィは向いてないなんて……。超音波と併用したほうがいいなんて、聞いてないよ」
ナオミさんは唇をかみしめた。
■米国では乳房タイプの告知が義務化
高濃度乳房の割合がそれだけ多いのなら、検診の際に自分の乳房タイプを告知し、マンモグラフィと超音波のどちらかを選べるようにしてもらえたら、「聞いてないよー」と困惑するケースを減らせるのではないだろうか。
実際アメリカでは、2024年から、マンモグラフィ受診者に高濃度乳房かそうでないかを通知することが義務づけられた。それも、単に濃度を伝えるだけでなく、「デンスブレストである」「デンスブレストではない」と区別した上で、その違いの重要性も明記。自分の状況や乳がんのリスクについて、かかりつけ医とよく話し合うようすすめる文言も加えることなった。
「乳房タイプを通知するべきではないかという議論は日本でも、10年ほど前から行われてきました。でも、超音波検査の精度はオペレータの技術によってバラツキがあるため、全国で導入するには技術認定や研修・資格制度の整備が必要です。また、税金を使う公的がん検診では、がんの早期発見ではなく死亡者を減らすことが目的なので、死亡率減少の確固たる裏付けが不足している超音波検査の導入は時期尚早との理由から、結論が出ないまま今に至っています」(明石教授 以下同)
要するに、高濃度乳房であることを伝えたとしても、その先の検査の質の担保に問題があるため、導入は見送られてきたわけだ。
■マンモと超音波検査で発見率が向上する研究も
ただ、7万人もの40代の日本人女性を対象とした国家的プロジェクトである「J-START(ジェイ・スタート)」試験では、超音波検査を併用する検診と併用しない検診(マンモグラフィのみ)の比較試験を実施し、超音波検査の有効性の検証を15年前から進めている。
去る2月には世界的に権威のあるイギリスの医学雑誌The Lancetに、「超音波検査を上乗せしたグループでは、マンモグラフィのみのグループに比べて、進行乳がんが見つかる割合が約17%低くなっていることがわかった。
これにより、乳がん検診でマンモグラフィに加えて超音波検査を行うことは進行乳がんの発生(累積罹患)を減らす可能性があることがわかった」とする論文が掲載された。
だがこの結果は、ストレートに死亡率減少効果を証明するものではないので、引き続きの調査が必要ということになっている。
また、超音波検査のオペレータごとのバラツキをなくし、信頼できる技師/医師を増やすために、日本乳がん検診精度管理中央機構では超音波技術講習や試験を行ったり、明石教授が理事長を務める「日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)」においても「乳房超音波スタートアップ講習会」を開催している。
「日本でも超音波検査の死亡率減少効果の研究と精度の向上を図る対策は進んでいるので、公的検診が40歳代女性に対してマンモグラフィと超音波の2大検査体制になる日は近いのではないでしょうか」
■早期発見なら10年後の生存率は90%以上
とはいえ、日本の場合は、乳房タイプの告知や検査法の選択以前に、検診受診率の低さが問題視されている。
「欧米の7~8割に比べ、日本における乳がん検診の受診率は47.4%(2022年)。乳がんの患者数は年々増えていて、今は9人に1人がかかるといわれています。最新のデータ(※編註)では10万3424人(2023年)が罹患し、1万5869人(2024年)が亡くなりました」
※編註 罹患者数=国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)、死者数=同「がん統計」(厚生労働省人口動態統計)
もう1点、明石教授が心配しているのが、閉経後の患者の増加だ。
「患者は近年、すべての年代で増えていますが、特に伸びているのは。60代、70代の患者さんです。従来、日本人では40代後半が一番の乳がん好発年齢でしたが、最近そこを追い越してしまいました。原因の一つは、閉経後の肥満と考えられています」
実は、乳がん検診受診率は60歳代以降一気に低下している。最もリスクが高く、気を付けるべき人たちが検診していないのは、なんとももどかしい。

「もう絶対、早期発見の方が治る確率は高いです。日本の乳がんの8割は、ステージIIまでで発見されており、早期発見・早期治療による、10年後の相対生存率は90%以上です。早期発見するのに越したことはありません。
それに早期発見だと、治療費も安価で済みます。昨今は、新しい薬がどんどんできていて、素晴らしい効果が期待できますが、それらは総じて高額で、中には年間1000万円以上もするものもあります。患者さん本人の負担も大きいですし、医療財政への圧迫も大変なものがあります。
早期発見なら、体への負担も少ない治療で済む可能性も大きいです」
■乳がんから自分や家族の生命を守るために
昨今は、検診の受診とともに「ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)」と呼ばれるセルフチェックも推奨されている。これは、自分でがんを発見するためというよりは、自分の胸の小さな変化に気付き、異変を感じたら自己判断せず、ただちに医療機関での検査へとつなげるための啓蒙活動だ。
「これまでの自己触診のように自分で乳がんを見つけてと言われても発見は難しいのではないでしょうか。だって皆さん、がんに触ったことがないのですから。ブレスト・アウェアネスは、自分の胸に関心をもって変化に気づくための生活習慣です。たとえば入浴やシャワーの時や着替えの時など、ちょっとした機会に自分の乳房を見て、触って、感じてみましょう。
入浴の際に、石鹸を付けて撫で洗いするのもいいですね。毎月変化がないかをチェックし、変化があれば受診してください」
明石定子(あかし・さだこ)

東京女子医科大学 外科学講座 乳腺外科学分野 教授・基幹分野長

1990年東京大学医学部医学科卒業、国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科 外来病棟院長などを経て、2022年9月より現職。日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)理事長。日本女性外科医会(JAWS)事務局、日本オンコプラスティックサージャリー学会理事。

----------

木原 洋美(きはら・ひろみ)

医療ジャーナリスト/コピーライター

コピーライターとして、ファッション、流通、環境保全から医療まで、幅広い分野のPRに関わった後、医療に軸足を移す。ダイヤモンド社、講談社、プレジデント社などの雑誌やWEBサイトに記事を執筆。近年は医療系のホームページ、動画の企画・制作も手掛けている。著書に『「がん」が生活習慣病になる日 遺伝子から線虫まで 早期発見時代はもう始まっている』(ダイヤモンド社)などがある。

----------

(医療ジャーナリスト/コピーライター 木原 洋美)
編集部おすすめ