GAFAMの創業者の創業時点での平均年齢は23歳だ。独立研究者の山口周さんは「テクノロジーが激しく進歩する現代社会においては、若年層が優位性を持つ。
長く経験を積んだ人ほど優秀という価値観は崩れている」という――。(第3回)
※本稿は、山口周『コンテキスト・リーダーシップ』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■年長者の価値がどんどん落ちていく時代
インターネットが登場して以来の人口動態的なコンテキストを一言で表現すれば、それは「年長者の社会における相対的な価値の減少」として言い表せます。理由は明確で「テクノロジーの進化」というマクロ・コンテキストの影響です。
かつての社会であれば、人間が長年かけて蓄積するしかなかった技能や知性を、テクノロジーが代替するようになった結果、組織や社会やコミュニティにおける年長者・高齢者の価値が曖昧になっているのです。
例えば、野球の世界でここ20年のあいだに起きたことは典型的です。
ブラッド・ピットの主演によって映画にもなったマイケル・ルイスの著作『マネー・ボール』には、全米の大学野球の膨大な試合データがネット上でアクセス可能になり、さらにそれらをコンピューターで解析できるようになった結果、経験を積んだスカウトの眼力や監督の直感に頼るよりも、統計データとアルゴリズムに頼った方が、はるかに低コストで効果的なチーム組成が可能になった、という経緯が描かれています。データとコンピューターが、古参の経験豊富なスカウトを時代遅れの遺物にしてしまったのです。
このような変化は野球の世界だけにとどまりません。例えば、ワインのテイスティング、レントゲン画像の診断、さらには法的事案の判断といった領域においても、長年の経験を積んだエキスパートの能力を、AIが凌駕するケースが現れています。
■経験の長さよりも新しい技術への適応力
多様な分野でデータが可視化され、成果や効果を示す指標との統計的な相関が明らかになるにつれて、かつては豊富な経験を持つ専門家にしか成し得なかった判断や評価が、相対的に低いコストで、しかも容易に行えるようになってきているのです。
これまでの社会で年長者が優位を保てたのは、長い時間をかけて蓄積した経験・知識・スキルといった人的資本に希少性があったこと、そしてさらに、そのような人的資本を持った人々が徒党を組んで社会関係資本を独占的に保有していたからです。

しかし現代では、多くの知識やノウハウがデジタル化され、若者でも短期間でアクセスできるようになっています。さらに、変化のスピードが速い領域では、経験の長さよりも、新しいテクノロジーへの適応力、アップデートへの対応力、アンラーン(一度学習したことを棄却する)の能力がより重視されるようになりました。
■GAFAM創業者の平均年齢は23歳
価値創出の重心が若年にシフトしている、という現象が典型的に現れているのがスタートアップの世界です。あらためてGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の創業者の創業時点での年齢を確認すれば、それぞれ、
・Google 25歳

・Amazon 31歳

・Facebook 19歳

・Apple 21歳

・Microsoft 19歳
となっており、平均年齢をとれば23歳となります。
本書執筆時点の2026年初頭の株価で計算すると、これらの企業の時価総額は合計で約15兆ドル(約2400兆円)となります。平均年齢23歳の若者たちが立ち上げたプロジェクトが、2400兆円の価値をゼロから生み出したのです。
さて一方で、日本の社会で「23歳の若者」というのは、典型的には四大卒の新入社員ということになりますが、私たちがこの「新入社員」にどのようなイメージを抱いているかというと、率直に言って「まず使い物にならない」というのが正直なところではないでしょうか。
■日本における23歳の価値
日本企業のほとんどが採用している職能等級制度を確認すれば、それがよくわかります。
新入社員ということは、非管理職等級の一番下ということになりますが、では、この等級がどのように定義されているかというと「経験なし、スキルなし、知識なし」の「ナイナイ尽くし」であり、したがって担える責任の範囲は極めて限定的で、育成の目標も「イノベーションの実現」「社会的インパクトの創出」などでは当然なく、「業務の基礎を学び、組織のルールや仕事の進め方を身につける」こと、つまり「一人前の社会人になるための訓練」に置かれているのが実情です。
職能等級制度には、日本社会が抱いている「時間・経験の量は能力・成果と線形的に比例する」という世界観がよく表れています。そもそもからして、日本企業の多くが長らく依拠している年功型昇進というシステム自体が「経験年数に応じて能力や成果が上がる」という人間観をベースにしています。
しかし、現実の世界を見てみれば、いまや起業にチャレンジし、社会の変革をリードしているのは20代の後半から30代前半の人々なのです。

■「経験年数=デキる人」は時代遅れ
図表1を見てください。これは2021年末時点での世界のユニコーン企業の創業者の創業時の年齢をヒストグラムにしたものです。
先ほどのGAFAM創業者の平均年齢よりは若干上がりますが、ピーク年齢は20代の後半から30代の前半に来ており、やはり私たちが一般通念として持っている「経験年数とともに能力や成果は上がる」という人間観とは大きな齟齬があります。
このような世界において「20代はまだまだヒヨッコ」というイメージを持ち続け、年長者や経験者に優先的に「機会という資源」を回し続ければ、社会全体で巨大な機会費用を支払うことになるでしょう。
このデータについては、もしかすると「そもそも起業にチャレンジしているのが全般に若い人なのだから当たり前だろう」といった反論があるかもしれません。実際のところ、起業の成功率は若年者よりも、当該領域に一定の経験を持つ年長者の方が高いというデータもありますが、そもそも「起業にチャレンジする」というモチベーションの高さ自体が価値創出のための重要な資源なのですから、このような反論は的を外しています。
■価値の下がった高齢者をどう扱うか
もちろん、社会はスタートアップだけによって価値創出されているわけではありませんし、蓄積した経験がリニアにパフォーマンスに結びつく領域も多々あるわけですから、これだけのデータでもって「年長者や経験者の価値が毀損している」というつもりはありません。私が揺さぶりをかけたいのは、私たち日本人が無批判に抱いている「長く経験を積んだ人ほど優秀だ」という単純化された人間観・社会観・世界観なのです。
ここまでの指摘をまとめれば「アクセスできるデータが増え、テクノロジーが激しく進歩する社会においては、学習能力が高く、知識のアップデートが得意な若年層が優位性を持つ一方、年長者・経験者の価値は相対的に目減りする」ということです。端的に表現すれば、私たちは「年長者の価値が相対的に低下する社会」を生きているのです。
これを逆さまに言えば、私たちは、組織や社会における年長者の役割や貢献について、あらためて考え直さなければならない時期に来ているということです。
なぜなら人間は、社会的な役割や承認を失うと壊れてしまうからです。
「人数の重心は高齢化する一方で、価値の重心は若年化する」という人口動態の交差問題が年長者や高齢者にとって深刻なのは、経済問題以上に社会的承認の喪失を引き起こす、という点にあります。
■なぜ「キレる老人」が増えているのか
人はパンのみで生きているわけではありません。人生にはやりがいや生きがいが必要であり「自分は誰かの役に立っている、社会に必要とされている」という自己効用感なしには生きられません。もし年長者・高齢者が、量的には社会の重心をなしながら、価値創出の文脈においては周縁化されていけば、「数だけはやたらに多いが、社会的に意味を持たない存在」という危険な位置づけに追い込まれてしまうことになります。
すでに、そのような「危うさ」は表面化しているようにも思えます。昨今では、公共の場で暴力を振るったり、暴言を吐いたりする年長者・高齢者のニュースが相次いでいますが、これは「居場所と承認を奪われてしまった人たちの怨嗟」と捉えることもできるでしょう。
これらの事件は、現在の私たちの社会が、年長者や高齢者に「居場所」や「役割」を提供できていない、ということを示す痛烈なサインだと考えられます。

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山口 周(やまぐち・しゅう)

独立研究者・著述家/パブリックスピーカー

1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。


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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)
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