60代からの資産運用で気をつけるべきことは何か。シデナム慶子さんは「若い人と比べて、高齢者の資産運用計画を立てるのは、長期運用がしづらいため難儀である。
10年後に困らないためには、年齢に合った運用計画を今すぐ立てよう」という――。
※本稿は、シデナム慶子『投資に必要なことはすべて海外投資家に学んだ』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■「運用計画」を立てよう
運用計画を立ててみましょう。計画というか、これから長い時間をかけて行なっていく資産運用の設計図を作るようなものです。
本書の第3章で触れている、アセット・オーナーの投資設計を活用します。「Who」「Why」「How long」です。
まずは最も大切な「Why」。なぜ、資産運用をするのかです。そしてその資産運用目的を考えるとおのずと「How long」である運用期間も見えてきます。
こちらは、年代によっても変わってくると思いますので、それぞれ説明します。
まず20代、30代という若い世代は、恐らく大きな資産を持っている人のほうが稀だと思います。どちらかというと、今ある資産を大きく増やすというよりは、月々の収入と支出を上手にバランスさせながら余裕資金を生み出して、それを定期的に積み立てていくという運用計画が、最も合理的でしょう。

また運用の時間軸を長く取れるので、リスクの高い資産での運用も可能です。仮に大きな損失が生じたとしても、回復するまでの時間が十分にありますし、仕事から得られる収入もあるので、多少、損失が生じたとしても、生活設計全般を大きく見直さなければならないような事態に陥ることは、ほとんどないと考えられます。
■20代~30代の投資のポイント
ただ、積立投資も効率的に増やすためには、ちょっとした工夫が必要です。たとえば毎月1万円ずつでも、何もしないよりはマシなのですが、ある程度の資産を築こうとするならば、年齢が上がるごとに少しずつ積立金額を増やすことをお勧めします。
たとえば毎月1万円ずつ30年積み立てたとしても、積み立てる元本は360万円です。これを年5%で運用したとしても、合計で832万円程度にしかなりません。恐らく老後資金には不足でしょう。
積立投資をスタートするときは毎月1万円でもよいのですが、たとえば35歳になったら3万円、40歳になったら5万円、というように、できる範囲で積み立てる金額を増やすのが、早めに資産を築くポイントです。
ところで、若いのだからどんなリスクをとってもよい、という論調を目にすることがありますが、「一発逆転」はギャンブルの発想で、資産運用ではありません。多くの方がSNSなどを信じて投資詐欺に巻き込まれている事実も含めて、再度強調しておきます。
■20代は「オルカン」1本もあり
本書の第2章で、「オルカン1本」というのは分散の観点でよくないとはお話ししていますが、今20代で限られた資金だが長く継続的に投資をすることが前提であれば、「オルカン1本」といった投資の仕方は、真理ではあると思います。
たとえば20代で積立だけで運用する場合で、上がっても下がっても、40歳までは黙って確実に毎月投資し続けると決めていれば、途中で大きなリスクが訪れても挽回はできます。

このアプローチは毎月同じ金額が引き落とされていく生命保険を買うのと似ていますね。ただし、株のマーケットは普通にしっかり落ちますので、そのときに慌てないということが大事です。
自分の条件も当てはめたうえで、20代の方が「40代にはまとまった資金で投資運用ができるように、まずは積立投資を余剰資金で20年継続する」というのは明確な投資目的になると考えます。
■50~60代の資産運用は難儀する
一方、若い人たちに比べて、これまでほとんど資産運用をした経験がない状態で50代、60代になった人たちの運用計画を立てるのは、なかなか難儀です。なぜなら長期運用がしにくいからです。
時折、「人生100年時代、60歳から投資を始めても遅くない」といった意見を耳にしますが、本当でしょうか。そもそも100歳になるまで健康で、現役時代と同じような生活を送れる人など、そうそういないはずです。
学術誌の「Nature Aging」に掲載された研究論文(*1)によると、1990年以降の平均寿命の延びは、わずかに6~12年であり、今世紀中に人間の寿命を大幅に延ばすのは、医療技術がどれだけ進歩しても実現不可能と言われています。
確かに日本人は世界的にも長寿ですが、実は平均寿命に対して、健康寿命は男性が約9年、女性が約12年も短いという調査結果もあります。つまり、60歳から投資をスタートさせたとしても、「人生100年時代だから」などと言われているほど、自分の判断能力で運用を続けられる時間はないということです。

*1 Olshansky, S.J., Willcox, B.J., Demetrius, L. et al. Implausibility of radical life extension in humans in the twenty-first century. Nat Aging4, 1635–1642 (2024).
■高齢者は低リスクの資産を選ぶこと
健康寿命を考えれば、たとえば60歳から資産運用を始めたとすると、せいぜい運用期間は10年くらいでしょう。しかも、高齢者になると仕事をしていないケースが多く、大半が年金暮らしになります。


そのような状態の人が退職金をハイリスク商品に投じた挙句、資産が半分に目減りしてしまったら、老後の生活設計そのものを大きく見直さざるをえなくなります。つまり高齢者は、できるだけ低リスクの資産を選んで、ポートフォリオを構築する必要があります。
ただ、低リスクの資産は、ほとんどリターンが期待できないというジレンマもあります。
そこで一つ、アイデアがあります。その時点である程度の資産を持っていることが前提条件になりますが、キャッシュフローをしっかり生み出すものでポートフォリオを組むことです。
たとえば毎月5万円の現金収入を得たいとするならば、年間60万円を稼げる資産で運用すればよいということになります。ちなみに年間60万円のキャッシュフローを、年5%の運用利回りで得ようとしたら、必要な元本は1200万円になります。これは年間の必要金額を、想定した運用利回りで割れば、簡単に計算できます。このケースの場合だと、
60万円÷5%=1200万円
というわけです。このように必要な金額と想定した運用利回りを決めたら、あとはその利回りで運用できる資産を探せばよいのです。元本と利回りが確定されてブレがないものは、本書の第2章でも触れましたが、債券現物買いです。
問題なのは、現時点で円建てで5%の利回りの債券はリスクをそれなりに取るもの(会社破綻があった際に返済順位の低い「劣後債」など)でないと見当たらないということです。

一方で金利が高めのドル建てであれば最も安全な資産である「米国債」が4.5%程度でもあります。この場合はドル円の為替なども考慮する必要がありますが、分散投資が可能であれば考えられると思います。
■「高配当銘柄」には気をつけよう
ところで、あくまでもこれも現時点での話ですが、たとえば不動産投資信託や、株式でも高配当銘柄を探すと、年5%程度で回せるものが見つかります。
しかし、これらの商品や銘柄は当然ながら市場にさらされており価格変動していますので、キャッシュフローはある程度想定できるかもしれませんが、そもそもの投資元本の評価が下がることも往々にしてあるということです。
「高配当銘柄」や「毎月分配」型が「年金代わりになりますよ」と勧められていることがあるようですが、とりわけ個別銘柄である「高配当銘柄」は「年金代わり」のつもりの投資が市場が下落すれば極端な話、半値になることだってありますので、十分にお気を付けください。
また、ちょっと前に話題になった「老後2000万円問題」は、高齢者夫婦無職世帯の平均的な家計収支を見ると、月の実収入が20万9198円であるのに対し、実支出が26万3718円なので毎月5万4520円が不足し、老後を30年と想定すると、合計で1962万7200円不足するから、貯蓄を取り崩して生活しましょう、という話でしたが、貯蓄の取り崩しは、高齢者にとって結構厳しい問題です。
若い頃に比べて体力や気力が衰え、働いてお金を稼ぐことが困難な状態で、自分の資産を取り崩していくわけですから、長生きをすればするほど、不安が募っていくでしょう。クオリティ・オブ・ライフがガタ落ちです。
■キャッシュフローが得られる資産を保有し続ける
この点、ある程度のキャッシュフローが得られる資産を保有し続けることで、毎月の不足分を埋めていくという戦略なら、安定的にキャッシュフローが発生する債券を持ち切りのみで運用するということも一つの戦略です。このように投資目的によって投資対象は変わってくるのです。
ちなみに、少し前に個人に多く売られて問題になった「仕組債(*2)」には注意が必要です。債という言葉が使われているので債券と同様のリスクと勘違いしている人もいますが、これは先にも触れた「オプション取引」を内包した非常にリスクの高いものです。

「高利回り」を作り出すためにデリバティブが組み込まれ、とりわけオプション取引は、市場にストレスが掛かり下落局面には大きな損失につながります。「高利回り」という言葉にひかれても、決して個人が手を出すべきものではありません。

(*2)一般的な債券にはみられないような特別な仕組み(オプションやスワップなどのデリバティブ)をもつ債券
■逆算の発想で運用計画を立てる
運用計画を立てるうえで重要なのは、逆算の発想です。
「今あるお金を何パーセントで運用すれば将来、このくらいのお金になるのではないか」を計算するのではなく、「一定期間後に必要な資金はいくらなのか」を考えたうえで、それに必要な資産を検討していくのです。それが運用計画を立案するための第一歩になります。
運用計画を立案するためには、収入だけでなく支出もしっかり把握しておく必要があります。いささかFP(ファイナンシャル・プランナー)的な物言いになってしまいますが、特に気にしておくべきは、大きな金額の支出です。
日常生活に必要な支出は、それほど大きくはブレません。たまの外食や旅行で少しお金を使い過ぎた、友人の結婚式や親族のお葬式といった交際費が発生した、といった類の小さなイベントによる支出はあっても、よほどのことがない限り、月々のほぼ決まった支出額から大幅に増えるようなことにはならないでしょう。
■まずはライフイベントを書き出してみよう
ただ、人生のなかには幾度か、大きな支出を伴うイベントがあります。特に結婚してからのイベントをざっと挙げると、「結婚式」「引越し費用」「出産」「育児・教育」「自宅購入」「双方の親の介護」といったあたりが主だったところだと思いますが、そのつど、相応の出費が発生します。
つまり、運用によって資産をコツコツ増やしていくなかで、この手の大きな出費によって、資産の一部取り崩しなども生じてくるのです。


したがって、月々の生活費に加え、こうした大きなイベントにかかる支出を含めて、自分の収入とのバランスを考えていく必要があります。
一つ参考になるのは、ライフプラン表の作成でしょう。「ライフプラン表」といったワードで検索すると、FPや金融機関などが作成しているライフプラン表が入手できるので、これをダウンロードして、遊びの気持ちで結構ですから、数字を入れてみてください。
収入に対する支出も、基本的な生活費の他、住居関連費や車両費、教育費、その他のライフイベントにおける必要経費など項目が分かれているので、そこに適当な数字を入れていくと、現在から20年後、あるいは30年後までに、どのくらいの支出が発生し、年間の収支がいくらで、最終的に資産形成に回せる金額がいくらになるのかを、計算してくれます。
まずは、毎月の生活費がいくら必要なのかを把握しなければなりませんので、本書で指摘するのもなんですが、家計簿をつけてみるとよいでしょう。半年くらい続けてみて、収入と支出の平均値を割り出すのです。
また、教育費が実際にどのくらいかかるのかわからないという場合もあると思いますが、これらの数字は様々な調査会社、金融機関などが調査レポートなどの形で出しており、それを発表している機関のサイトで見ることができるので、それらの数字を使えばよいでしょう。
■ライフイベントが減る高齢者ほどプランは立てやすい
もっとも、ライフプラン表を用いて割り出した数字が、確実にそうなるという保証はありません。
そもそも人生なんて一歩先はどうなるかわからないし、結婚を前提にしてプランを作成しても、結婚しなかったり、結婚しても数年後に離婚したなんてことだって、ありえるのです。
特に30代、40代の、人生の先がまだ長い人たちのライフプラン表は、誤差が大きくなりがちであることを、頭に入れておいてください。
逆に、60代を超えてくると、そもそも大きなライフイベント自体が少なくなってきますし、生活に大きな波風が立つこともなくなってきます。その意味では、月々の収入と支出を入れていくだけでキャッシュフローがおおまかに把握できますから、高齢者になるほど先々が読みやすいとも言えます。
完璧なライフプラン表を作成するのは難しいのですが、運用計画を立てるためには、いつどのくらいの支出があるのか、収入と比べて赤字になる恐れはないのか、毎月どのくらいの金額までなら積み立てていくことができるのかといった点を把握する必要があり、そのうえでライフプラン表は参考になります。少し面倒かもしれませんが、一度、遊び半分でもよいので、使ってみてください。

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シデナム 慶子(しでなむ・けいこ)

LUCAジャパン代表取締役CEO・共同創業者

2003年よりヘッジファンド投資に従事、その後2007年より米系運用会社日本拠点にてプライベートエクイティ、不動産、インフラ、プライベートクレジットなどのオルタナティブ投資ファンドの戦略説明、資金調達、機関投資家リレーションシップを統括。JPモルガン・アセット・マネジメントでのオルタナティブ投資戦略室長を務めた後、ブラックストーン・グループにおけるマネージングディレクターを経て、2021年オルタナティブ投資のデジタルプラットフォームを運営するLUCAジャパンを共同創業。米ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院修士。

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(LUCAジャパン代表取締役CEO・共同創業者 シデナム 慶子)
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