■政権交代のたびに起こる「回転ドア」現象
組織や会社において、上司が変われば、方針とマネジメントスタイルが変わり、働く環境も変わることはよくある。そうなった場合、新しい上司と方針について話し合い、変化した環境に自分をうまく合わせ、仕事を進め、新たな状況を受け入れる者もいれば、新しい方針、マネジメントスタイルに合わせられず、戸惑い、異動や退社を余儀なくされる者もいるかもしれない。
例えばあなたの上司がアメリカの大統領だったら、どうだろう。数年ごとに、大統領が変わり、働く環境が極端に変わったとしても、その状況を受け入れて仕事を進めていけるだろうか。方針が突然大きく変わるこのようなダイナミックな状況下でも、多くの連邦政府職員は働き続けている。
アメリカでは、政権交代が起きる度に、各省庁の重要ポストが交代し、いわゆる「回転ドア」現象がおきる。その規模は、数千人とも言われている。政権が変われば、上司や同僚が変わり、政策や方針が変わるので、当然の現象だ。一方で、各省庁で働く数多くの連邦政府職員は、政権交代後も、引き続き働き続けることとなる。各省庁で働くキャリア職員は200万人以上いると言われており、特に、大統領の交代で、突然の極端な方針変更に最も大きな影響を受けるのは、首都ワシントンDCの政府中枢機関で働くキャリア官僚たちである。
■スポーツ用語が飛び交ったオバマ政権
2017年1月20日、アメリカ合衆国大統領がバラク・オバマ氏からドナルド・トランプ氏に変わり、ホワイトハウスでの方針とマネジメントスタイルも大きく変わった。
オバマ氏のスポーツ好きは有名だ。高校時代はバスケットボールの選手だったこともあり、大統領就任後、ホワイトハウスの南庭にバスケットコートを作り、NBA選手を招いて試合をしたこともある。2012年大統領選挙当日の大統領再選が決まるかどうかの重要な日でも、日中、元NBA選手らとバスケットの試合をしたほど。
■時にはマニアックな例えも
仕事をスポーツに例える人々は多いが、オバマ氏もその1人だ。ブラウン氏によると、当時のオバマ大統領は、自身の大統領としての任期の終わりが近づいていたこともあり「第4クォーターの試合終了直前に、大きく試合の流れが変わることがある」などと発言し、自分の大統領としての任期が終わるまで手を抜かずに、最後まで政策実行を続ける姿勢を示していたという。
また、オバマ氏は、記者から、政権の外交政策の効果を疑問視する質問をされた際には、「ヒットをこつこつ打ち続けていれば、いつかホームランが出る」と、自身の外交政策の成果を、野球に例えて説明したこともあった。
オバマ政権では、大統領以外にも、仕事や政治をスポーツに例えた発言をする高官が多くいた。前述の「第4クォーター」発言が、政権任期の終盤をスポーツゲームの終盤に例えている意味はわかる。外交政策の効果を野球のヒットに例えているのもわかる。だが、特定のスポーツの熱狂的なファンにしかわからないスポーツの例えもある。
米メディアによると、オバマ氏は、テレビ討論会の準備中、側近から、「今はセントルイス・ラムズとテネシー・タイタンズのスーパーボウルの試合終了直前のような状況だ。違いは1ヤードかもしれない」と助言されたという。オバマ氏は発言の意味を理解し納得したようだが、この助言の意味は、アメリカ最大のスポーツイベントであるスーパーボウルの過去の特定の試合の具体的な場面の意味を知っている人にしかわからない。
上司やその周囲の人々が、スポーツ好きで、スポーツに例えて説明する発言が多い場合、スポーツにあまり興味や関心がない部下は、彼らの発言を理解しようと思ったら、まずそのスポーツを理解する必要があると思うかもしれない。オバマ政権にも、そのような人々がいただろう。
■トランプ大統領に合わせて「ディール」を多用
ブラウン氏は、オバマ氏が大統領を退任し、トランプ新大統領誕生後も、NSCに残り新政権下でしばらく働き続けた。元ビジネスマンで、ディール(取引)という言葉が大好きな新しい上司(トランプ大統領)の関心を引くために、トランプ新政権発足後のホワイトハウスに提出する政策提言書には、「これは良いディール」「あれは悪いディール」という表現を多用したという。ただトランプ大統領の掲げるアメリカ・ファースト(米国第一主義)という抽象的な概念をどう具体的な政策に変えていくかの指示はなかったという。政権発足直後で、まだ政権としての外交政策が明確ではなかったこともあるだろう。オバマ政権のように政策をスポーツに例える発言はなくなったが、新政権では、発言内容や方針が二転三転する状況が続き、政府高官の発言内容をトランプ大統領がSNSを通して否定することもあった。
決定していた方針を上司が鶴の一声で変えてしまう。そのような状況に、部下はどう対応するべきなのか。
■「即断即決」トランプから「慎重派」バイデンへ
そんなトランプ大統領の手法だが、別の米政府職員にとっては、違う印象があるという。
ちなみに今回、複数の大統領の下で働いたことがある米政府職員多数に取材を申し込んだが、なかなか応じてもらうことができなかった。理由は明白である。現在、トランプ政権は連邦政府職員の大幅削減策を進めており、米メディアの分析によると、少なくとも12万人の職員が解雇されたか、あるいは解雇の対象になっている。そのような状況下で、現役職員が政府の現状について話したがらないのも当然だろう。しかし、そんな中で、ある政府高官A氏が匿名を条件に取材に応じてくれた。
A氏は、トランプ政権1期目とその後のバイデン政権下で、働いた経験があるキャリア高官である。A氏にとって、トランプ大統領の印象は「即断即決」、バイデン大統領は「慎重派」だったという。
トランプ大統領は、とにかく決断が早い。まずはゴールを決めることから始める。そして、ゴールに向かって、すぐ行動し、部下にもすぐに指示を出し、結果を求める。そして、さらに次に進もうとする。
それまでの過程において、部下に様々な議論をさせ、時にそれが口論になっても構わない。だが、最終決定するのは自分自身である。時に、決断が早すぎたり、批判を浴びた後、その決断を変えることもある。このトランプ大統領の手法に、A氏が振り回されたり驚かされたりしたことは一度や二度ではなかったが、トランプ大統領の切り替えの早さにも何度も驚かされたという。歴史的な会談が終わった後も余韻に浸ることなく、すでに次のことを考えている。
このマネジメントスタイルをワンマンもしくはトップダウンと表現するかは、受け取り方次第だろうが、長すぎるミーティングなどもなく意思決定がなされ、政策にスピード感があるトランプ流は民衆にわかりやすく、元ビジネスマンらしいスタイルだ。
一方のバイデン大統領の手法はかなり慎重だ。自分の決断が世界を変え、方針によっては戦争が起こる可能性すらあるアメリカ合衆国大統領としての決断の重さを優先し、慎重に決断する。A氏によると、バイデン政権下では、まずは政権内で徹底的に議論を重ねる。現在おこっている問題への解決策はあるか、それぞれの解決策の長所短所を特定し、その中から最善の解決策を決定する。そして、それをいつどのように発表するべきかなど何度も何度も熟考を重ね、選択肢を狭めていく。スピード感よりも、その方針が正しいと大多数が納得するプロセスを重視する。
A氏は、極端に違う両大統領のスタイルを受け入れ、それに合わせて働き続けた。だが、違いを受け入れられない職員もいる。上司が変われば、方針やマネジメントスタイルも変わる。連邦政府職員にとっても、その違いに対応することは簡単ではない。
----------
阿部 貴晃(あべ・たかあき)
ジャーナリスト
2000年、米国首都ワシントンDCに所在する大学院、ジョージ・ワシントン大学エリオット国際関係大学院卒業。その後、日系メディアのワシントン支局にて20年以上、国際関係の報道に携わる。この間、ホワイトハウス・国務省・国防総省・米国議会などにおいて、日米関係を中心に取材し、6期連続アメリカ大統領選挙、ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデンという4人のアメリカ大統領の同行取材(計40回以上の海外訪問を含む)などを経験する。トランプ政権1期目、バイデン政権時においては、ホワイトハウスを取材する海外メディアグループの、日本人初かつ日本人で唯一の会長に選出され、米政府と海外メディアの取材交渉と調整を担当。2025年4月より、ワシントンDCを拠点とするフリージャーナリストに。
----------
(ジャーナリスト 阿部 貴晃)