学生の就職先として、どのような企業が人気なのか。学歴研究家の伊藤滉一郎さんは「26年卒の就職人気ランキングでは、文系はニトリが1位となった。
ニトリの採用大学を見れば、その特徴がよくわかる」という――。
■3年連続、文系就職の人気No.1企業
「ニトリ」「デコホーム」という2ブランドの店舗を運営し、手頃に買える家具を提供し続けるニトリ。家具小売業界としては国内でも頭一つ抜けており、国内2位の良品計画と比べても、売上高でも2倍近い差をつけている。国内のみならず、グローバルでも注目される家具業界の有力企業と言って差し支えないだろう。
そんなニトリが「就職人気企業」としても注目を集めている。日本経済新聞社と就職情報サイトのマイナビが、2026年3月卒業・修了予定の大学生・大学院生対象の就職希望企業の調査を行った。それによると、文系はニトリが3年連続首位。10年前は同様のランキングで30位程度であり、大躍進そのものだ。
ユニクロを運営するファーストリテイリングのほか、イオンやセブン&アイなど、規模で勝る小売業界のトップティア企業に対しても、文系就活市場で確かな存在感を示しつつある。まずはニトリが就職先として人気を集める背景を探りたい。
■北海道ローカルチェーン発祥、今では1兆円企業も目前
ニトリは1967年、現会長の似鳥昭雄氏が札幌市で開業した個人商店「似鳥家具店」が始まりだ。1980年代までは北海道内のローカルチェーン家具店であり、1990年代のバブル崩壊後から全国展開し、今ではグループ店舗として日本全国で822店舗、海外にも179店舗(2024年3月現在)を抱える大所帯となっている。

さらに、売り上げは過去10年で2.3倍に成長し、売り上げ1兆円企業も目前である。同業界2位の良品計画も同期間で2.5倍増であり、小売家具業界自体に勢いがあることは確かだ。しかし、その中でも追随を許さず、業界全体の成長を牽引し、最も勢いを実感できる企業といえる。
新卒採用者数も過去10年間で2.4倍となった。2024年卒の総合職入社は1013人であり、2025卒もこれより多い水準になりそうだ。2023年以前の400~600人程度から大幅に採用増となり、事業拡大のさらなる加速が予想される。
■小売業界は「ブラック」と言われるが…
小売産業は「低賃金・長時間労働の代名詞」とされ、顧客対応プレッシャーも高いと言われる。実際に、離職率が高く、3年以内離職率も30~50%という高水準も珍しくない。しかしニトリでは、10年以上にわたり10%台半ばであり、業界内でも群を抜いて低い水準だ。
また、2024年入社における東京配属者の大卒初任給は27万円であり、全産業平均(同24.8万円)と比較しても競争力の高い水準だ。2025年入社ではここから2万円増の29万円であり、優秀層の学生も納得できる給与額だといえそうだ。
さらに休暇日数も増加傾向だ。
年間休日は過去10年間で5日増えて120日となり、大手企業平均(従業員1000人以上)である117.1日を超える水準だ。有給休暇の付与日数(ニトリ20日、大手企業平均16.9日)、平均有給消化日数(ニトリ12.2日、大手企業平均10.1日)も大手企業の一般的水準を上回り、人手不足が叫ばれる中で総合職求人倍率が30倍を超えているのも頷ける。
■「出身大学データ」から見るニトリ就職層
こうした背景や人気ランキングの結果とは裏腹に、新卒採用におけるいわゆる「高学歴比率」は低い。2024卒の総合職採用1013人のうち、東京一科はたったの1%未満、地方旧帝と早慶上理まで合わせても12%にすぎない。逆に言えば、こうした大学出身者は貴重なので、企業内で重要ポジションを狙いやすい可能性がある。なお、北大の採用人数が突出して多いが、これは北海道発祥の企業ならではのトレンドといえそうだ。
ボリュームゾーンはMARCH・関関同立(マーカン)で、合わせて21%を占める。特に立命館大は就職者数1位である年も多く、この傾向は10年以上大きく変わらない。
2024年度の採用実績を見てみると、関関同立4校の合計採用者数がおよそ120人に上っており、MARCH5校の合計(80人弱)を大きく上回っている。
その背景は、ニトリの店舗網の全国展開から読み取れそうだ。2021年時点で日本国内に693店舗もの店舗網を持つが、2020年期には関西地方に9店舗もの新規出店を行うなど西日本エリアでの事業拡大に積極的なことがうかがえる。こうした流れもあり、首都圏の「早慶MARCH」に匹敵しうる人数を関関同立の4校から採用しているのではないか。

■いわゆる「有名大」からの採用は3割程度
首都圏の有名私大を見ると、早稲田大からの採用の多さが目立つ。
これは2010年にニトリが同大で開講した「寄附講座」の影響が大きいといわれている。寄附講座を開講した翌年(2011年)には東大2人、京大5人、慶應大6人と並ぶなか、早稲田大だけは23人就職と突出した結果となった。開講から15年が経過するが、今でも同大からの就職者は多い。
他方で、東京一科・地方旧帝・早慶上理・マーカンは新卒採用者の3割程度にとどまり、日東駒専と産近甲龍まで含めても半数に満たない。残りの半数は、ここに挙げていない地方の有力大学からの採用も多い。
また、入学偏差値30台のいわゆる「BF(ボーダーフリー)大学」からも広く採用しており、複数人採用実績のある大学も少なくない。幅広い客層に愛されるBtoCビジネスということもあり、難関大学に限らず広く門戸が開かれている“ドリーム企業”でもあるのだ。つまり、建前としての「学歴不問」を掲げるのではなく、実績として大学名にこだわらない懐の深さを備えた企業だといえよう。文系就活生の中で広く支持されているには、相応の理由が存在するといえる。
■「体で覚える」ガテン系の育成スタイル
ニトリの面白い点は、採用後の育成スタイルだ。総合職だけでなく理系IT職ですらも、物流部門や店舗での現場研修が1年半にわたり課されている。
「20代は体で作業をマスターする時期」という企業哲学のあらわれの一つであり、現場の泥臭いオペレーションを理解してこそ、真の経営感覚が身につくと考えている。
こうした長期にわたる現場配属は、意識だけが高い学生には受け入れられないケースも多く、幅広い学校歴人材を採用する理由の一つと言えそうだ。
新卒採用だけでなく、キャリア採用でも「ルールを守るお利口さん」より「挑戦し続ける野武士」が好まれる。ルールを守るのは当然であるが、その上で型破りな発想・行動力で抜本的なオペレーション変革が強く期待されているのだろう。
■国内重視の「安定志向層」から好まれている可能性
さらに、最近の大手企業に多いグローバル志向とは逆行して、ニトリは今なお国内比率が高いことも支持を広げている大きな要因であろう。同業の2番手である良品計画の海外売り上げ比率55%、海外店舗比率68%と比較し、ニトリの海外売り上げ比率は6%、店舗比率でも17%にとどまる。過去10年間で海外店舗比率は3倍になったとはいえ、国内事業で必要な人員数も相当なものだ。
昨今、世間一般における新入社員のグローバル意識は低迷しており、海外で働きたくない人は6割に上るとされる。国内事業のボリュームが大きいニトリにとって、大手企業入社と国内配属確約の両立を約束することで囲い込むことができる。多数派である安定志向層から好まれる要素が揃っているというわけだ。
さらに、2023年からは、4年目以上の社員を対象に、東京・大阪の本部通勤を希望できる「マイエリア制度」も導入された。本部通勤による不利益はなく、転勤者に対しての手当が拡充される。
限られた地域内でワークライフバランスを取りながら過ごしたい、グローバル化を推進する大手企業で働きたい、こうした「二律背反」を両立する魅力的な制度と言える。
■グローバル志向にとっても好都合の制度
一方で、こうした実情や地域固定での勤務希望制度の恩恵を受けるのは安定志向層だけではない。社員の多くがグローバル志向である場合、グローバル化を加速している企業であっても、人事上の都合で望まない国内事業に配属される不幸な人が大量に生まれてしまう。しかし、国内勤務を望む人が一定数確保されていれば、グローバルで活躍できる可能性も高まるというものだ。
このように「転勤せずキャリアを積みたい」派にも、「海外駐在・全国転勤でバリバリ働きたい」派にも、柔軟な選択肢が用意されている。ニトリには、こうしたキャリアの多様性が認められ、事業ニーズと入社希望者の志向バランスが備わっている。こうした要因が就活生からの人気を得ている秘訣なのかもしれない。

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伊藤 滉一郎(いとう・こういちろう)

受験・学歴研究家、じゅそうけん代表

1996年愛知県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、メガバンクに就職。2022年じゅそうけん合同会社を立ち上げ、X(旧Twitter)、InstagramなどのSNSコンサルティングサービスを展開する。高学歴1000人以上への受験に関するインタビューや独自のリサーチで得た情報を、XやYouTube、Webメディアなどで発信している。著書に『中学受験 子どもの人生を本気で考えた受験校選び戦略』(KADOKAWA)、『中学受験はやめなさい 高校受験のすすめ』(実業之日本社)がある。


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(受験・学歴研究家、じゅそうけん代表 伊藤 滉一郎)
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