※本稿は、デニス・ノルマーク、アナス・フォウ・イェンスン著、山田文訳『忙しいのに退化する人たち』(サンマーク出版)の一部を抜粋、再編集したものです。
■60歳、税務署員。職場のデスクで息絶えた
2004年1月16日、フィンランドの首都ヘルシンキの税務署で、年配職員が机で死んでいるのを同僚たちが見つけた。職場で人が死ねば当然心を乱されるだろうが、そこで過ごす時間の長さを考えると、オフィスでたまに死者が出るのは避けられない。だが、60歳のこの忠実な職員の死は普通でなかった。発見されたときには、すでに死後2日経っていたのだ。
職場で人が死んで誰も気づかないとは、普通ではありえないことのように思えるが、似たような話はインターネット上にたくさんある。みんなが机で死んでいるわけではないが、誰にも気づかれずにほかの手段で「退勤」している人の話がたくさん見つかる。
アメリカのIT企業がセキュリティチェックをおこなったところ、あるスタッフが仕事を中国に外注してYouTubeやeBayで時間をつぶしていることが判明した。給料のごく一部を、瀋陽の見知らぬ中国人プログラマーに送っていたのだ。
2012年に65歳で退職したドイツ人エンジニアは、1998年から仕事を一切していなかったことを経営陣と同僚に打ち明けている。
■なぜこんなことが起きるのか
その状態に誰も気づかなかったのは、そもそも彼が何をしているべきか誰もわかっていなかったからだ。14年間毎日出勤し、オフィスでのらくらして高収入を得ていた。ようやく正式に退職を迎えたが、キャリアにはずっと前に終止符が打たれていたといえるかもしれない。
こうした話を聞くと、オフィスの現状と向き合わざるをえない。週37時間なんの問題もなく働く人もいれば、何年も何もせずにいてお咎めなしの人もいる。これはいったいなぜだろう? 仕事の世界は、実際どれほどうまく機能しているのだろう? 人々が職場で感じていることを、どうすればうまく把握できるのか?
ギャラップ社の「世界の職場の現状」(State of the Global Workplace)は142カ国のあらゆる種類の企業を評価した報告書で、仕事の満足度を測る最善の手段の1つとして認められている。
近年の調査結果は、非常に気の滅入るものだ。単刀直入に言うと、仕事の満足度は世界中で最低レベルに落ち込んでいるようなのだ。あまりにも深刻なので、ギャラップはこの状態を地球規模の危機と表現している。
■「仕事を楽しんでいる人」は、たったの13%
ギャラップは、仕事への取り組みの態度(エンゲージメント)を3つのカテゴリーに分ける。
明るく元気に毎日出勤する人は「前向き(engaged)」だ。
西欧では、前向きな被雇用者はごく少数(13%)にすぎず、最大のグループ(63%)は「後ろ向き(not engaged)」、つまり仕事にまったく興味がなかったり、力を注いでいなかったりする人たちだ。
残りの24%は、「積極的に後ろ向き(actively disengaged)」。世界で3億4000万近くという計算になる。朝に布団から出て仕事に行くのがつらい人だけでなく、実際に仕事を嫌い、職場で多少なりとも積極的な抵抗勢力になっている人たちもこの24%に含まれる。不正行為に手を染めることも多く、可能なかぎり負担を減らそうと努める。
■7割が「企業理念」に興味がない
衝撃的なのは、仕事に満足している人の倍近くがこのカテゴリーに属していることだ。目を覚ましている時間のかなりを仕事に費やすにもかかわらず、前向きに楽しく取り組んでいる人は少数派にすぎないことになる。
ギャラップの調査結果には、明るい材料が驚くほど少ない。
たとえば21%の人が、いかなるかたちでも経営陣にやる気を引き出されることはないと答えている。
また、会社のミッション・ステートメントを理解している、あるいはそれに関心があると答えたのは3分の1ほどにすぎない。
これらの数字は、企業がしきりに喧伝する「会社全体の戦略およびミッションを熱心に支える」「モチベーションの高い社員」と明らかに矛盾する。
■みんな、思っているより働いていない
実際よりもたくさん働いていると思う人が多いのは、仕事がとても退屈だと感じているからかもしれない。皮肉なことに、楽しい時間は飛ぶように過ぎ、死ぬほど退屈な時間は這うようにしか進まない。その結果、多くの人が実際より長く働いていると勘ちがいしている。
デンマークのロックウール財団がおこなった調査のことを聞いたら、フレデリック・テイラーはよろこんだはずだ。同財団の研究者たちはストップウォッチを持ち、デンマークの労働者たちの動きを追った。その結果、デンマーク人は週に平均39.3時間働いていると思っているが、実際には33.2時間しか働いていないことがわかった。なぜだか6時間以上が消えてなくなっていたのだ。しかもこの誤差は年々増加していた。
理由は想像するしかない――おそらく39時間働いていると言うほうが、33.2時間という実際の数字を口にするより社会的地位が高くなるのではないか。
他国での調査も同じパターンを示している。
■コンサルタントは「仕事量が多い」のか
とりわけひどいのがコンサルタントだ。
ある調査では、アメリカの経営コンサルタントの35%が週に最大80時間働いていると主張していた。これは正しい数字ではないが、調査結果によるとこのグループは競争文化に支配されていて、仕事量を誇張するようそそのかされていることがわかった。
これらの調査は興味深い。ここからうかがえるのは、人々は実際の仕事量を把握していないのに、それを認めようとしないということだ。この結論は、思っているほどわれわれがものを生み出していないことにも反映されている。革新的な新しいブレイクスルーが生まれているとは言いがたく、欧米諸国の多くは2008年の金融危機以前の生産性水準をいまだに回復していない。
数字を見れば見るほど、仕事の世界のブラックホールは大きくなる。みんなどれだけ仕事をしているか(あるいはしていないか)わかっておらず、余暇と仕事をごちゃ混ぜにして、14年間もオフィスで何もせずに過ごし、誰にも気づかれずに机で死んでいるのだ。
みんな職場で丸一日、何をしているのだろう?
■「ポルノ」に就業時間の75%を費やした
2009年、スウェーデン民間航空局が7名の職員を解雇した。就業時間の最大75%をインターネットでのポルノ閲覧に費やしていたからだ――壁で区切られていない広いオープンプラン・オフィスの時代であるにもかかわらず、信じがたい数字だ。
これはスウェーデンだけの現象ではない。それどころかあまりにも広くはびこっているため、企業は従業員のオンライン活動を監視するようになっている。その際に用いられるツールに、スパイソフトウェアという会社が開発したものがある。
同社の計算によると、ポルノサイトへの全通信の70%が、月曜から金曜の午前9時から午後5時のあいだにおこなわれている。
ほかの企業によっても、このパターンは確認されている。明らかに個人で使用する商品の売買が勤務時間中に大幅に増え、夜や週末になると減るのだ。
プライスランナーというデンマーク企業もこの傾向を認めている。北欧の何百ものオンラインショップで大量の商品の価格を毎日チェックしている企業だ。同社のデンマークの責任者は、雑誌『小売人』(Detailfolk)にこう語っている。「月曜が群を抜いていちばんの日です。閲覧数の90%が、地元の勤務時間である午前8時から午後4時のものですね。つまり、ほとんどの注文が職場からにちがいありません」
■データは嘘をつかない
この事実は否定できない――インターネットは嘘をつかない。
匿名だと人々はこの種の行動をすすんで認める。アメリカ人の37%近くが、仕事となんの関係もないウェブサイトを閲覧してほぼ丸一日を過ごしていると告白している。ギャラップの調査で「積極的に後ろ向き」に分類された人も、当然ここに含まれているはずだ。
別のアメリカの調査によると、人々は週に平均8.3時間を仕事と無関係のサイトの閲覧に費やしているという。つまり、週に丸一日以上を働かずに過ごしていることになり、今から100年前のケインズの予想(「未来では人は自由時間を持て余している」)はあながち的はずれでなかったことになる――彼が予想していた空き時間の多くが、給料をもらって仕事をしているはずの勤務時間中に発生しているだけだ。
■「中身のない仕事」を研究している人がいる
当然、誰もがこのような状況にいるわけではない。勤務時間を仕事以外のことに使うなど夢にも考えられない――あるいは認めない――人もいる。
仕事の分配には世界中で比較的ばらつきがあることを示すエビデンスもある。
2001年に実施されたヨーロッパの調査では、回答者の30%が半分以上の時間かなり集中して働いていると答え、30%が特別集中して働くことは一切ないと答えていた。前者の集団ははるかに声が大きく、仕事に時間を取られすぎているとしきりに嘆く。
一方、職場でほとんど何もしていない人がメディアやオンラインで声をあげることはめったにない。働き者でないことは社会的タブーであることがそこからわかる。
いずれにせよ、スウェーデンの社会学者ローランド・ポールセンはそう考えている。なぜ、どのようにして、人々は心ここにあらずの状態で出勤し退勤しているのか。それを調べるのがポールセンの研究である。
ポールセンから話を聞こうと、私たちは車に飛び乗り、橋を渡ってスウェーデンへ向かった。直接彼に会うためだ。
■「何かをしているフリ」がうまい人たち
午後の早い時間に、ルンド大学のつつましやかな会議室で顔を合わせた。ポールセンは細身で髪が黒く、振る舞いはもの静かで落ち着いていた。ポールセンは長年、仕事文化に関心を持っていた。そして、「中身のない仕事(empty work)」について聴き取り調査に応じてくれる人を募集することにした。彼によると「中身のない仕事」とは、「雇用者がそのために賃金を支払っている活動とは認めがたい活動」のことだ。驚いたことに、職場でほとんどすることがないと認める人が(匿名とはいえ)たちまち殺到した。
この研究は驚きの発見の連続だった。みんな実際的な何かをしているふりが非常にうまいことをポールセンは知った。
私用にかまけたり怠けたりするのを取り繕う言葉をたくさん用意している人もいた。
「現状把握」「人脈づくり」「カスタマーサービス」「定期点検」「研究」「分析」「評価」。
その中身は何なのか、どれだけ時間がかかるのかは誰も知らない。重要なのは、自分1人でできるということだ。
■「中身のない仕事」には代償がついてくる
なかには見張り役になり、上司が来るぞと同僚に警告する役を務める人もいるとポールセンは著書で説明するが、たいていの場合、ごまかしは暗黙の了解によってなされる。
たとえば、ティーブレイクをいつも1時間以上取るといった具合だ。ようやくオフィスに戻ると、何もせずに長時間過ごしたことには誰も触れない。「一種の秘密協定ですね。“何もせずにいるのはすばらしい”なんて口に出して言う人はいません」
私たちはポールセンに言った。毎日出勤して自分の好きなことだけやっているのは、かなり魅力的に思えます。いやなことなんてありますか?
ポールセンはうなずいた。たしかに魅力的に思えると彼も認める。だが、中身のない仕事には代償がついてくる。損得勘定の面ではそれでいいかもしれないが、人間は長期間にわたって不条理な人生を送るのに耐えられないのだ。
----------
デニス・ノルマーク(デニス・ノルマーク)
著述家
1978年生まれ。デンマークの人類学者、講演家、著述家。オーフス大学で人類学の修士号を取得したのち、長年にわたってコンサルタントや企業の社外取締役として働き、現在はフリーの講演家およびコメンテーターとして国際的に活動している。英訳された『Cultural Intelligence for Stone-Age Brains』など、文化や文化の差異についての著書がある。
----------
----------
アナス・フォウ・イェンスン(アナス・フォウ・イェンスン)
著述家
1973年生まれ。フリーで活動するデンマークの哲学者、著述家、劇作家、講師。パリのソルボンヌ大学で哲学の修士号、コペンハーゲン大学で博士号を取得。英訳された『The Project Society』や『Brave New Normal: Learning from Epidemics』など10冊の著書があり、そのほとんどが現代社会と私たちの現状を論じたものである。
ウェブサイト:philosophers.net/filosoffen.dk
----------
(著述家 デニス・ノルマーク、著述家 アナス・フォウ・イェンスン)