コメ価格はいつ下がるのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「JA農協は25年産米の集荷率を上げるため、農家に対して前年度より3~4割ほど高い概算金を提示した。
これにより、26年産米が出回る来年秋までコメ価格は下がらないことが確定した」という――。
■備蓄米放出後も上がり続けるコメ価格
最近になって、またマスコミからコメの値段はどうなるのかという質問を受ける。備蓄米放出後もコメの値段が上昇しているからだ。
状況を説明しても、十分に理解しないで、ともかく「下がるのですか下がらないのですか」という質問を繰り返し受ける。結論だけを報道したいようだ。また、根拠も示さないで下がるとか下がらない等の結論しか言わない“専門家”が多いからかもしれない。不思議なのだが、私がコメ流通の専門家だと思う人はテレビに出てこない。
これまでもコメの値段について書いてきたが、私が指摘してきた備蓄米放出方法の問題点が政府や与党の幹部たちの間で共有されるようになったり、JA農協が今秋に農家に支払う仮渡金の水準が明らかになったりするなど、新しい状況も出てきた。ここでは、状況の変化を整理したうえで、根拠を示してコメの値段を予測するとともに、必要な政策を示すこととしたい。
まずは、昨夏以来の事態の推移を整理しよう。
昨年夏スーパーの棚からコメが消え、その後その値段は2倍に高騰した。JA農協や大手卸売業者の民間在庫は昨年の5月頃から今年の2月現在まで前年同月比で約40万トン減少している。

3年前から農水省とJA農協は減反を強化して米価を上げようとしていた。23年産米は作付け前から減反で対前年比10万トン減少していた。さらに、猛暑の影響を受け白濁米などの被害が生じ、合わせて40万トン程度不足した。このため、昨年の8月から9月にかけて、本来昨年の10月から今年の9月にかけて消費される24年産米を先食いしたので、昨年10月の期首の時点で40万トン不足し、これが今も続いている。
■「米価を下げたくない」農水省
昨年夏から農水省はウソと訂正を重ねてきた。その裏に一貫しているのは“コメ不足を認めたくない、備蓄米を放出して(も)米価を下げたくない”という態度である。
まず、減反強化と猛暑で23年産米の実供給量が減少していることは、23年秋の等級検査などで農水省は分かっていたはずなのに、「コメは不足していない」と言い張った。昨年夏のコメ不足を、「南海トラフ地震の臨時情報発表で家庭用の備蓄需要が急増したからだ」と農水省は説明した。しかし、それなら家庭への在庫増加で民間在庫量は減少するはずなのに、そうではなかった。また、家庭用で備蓄されたとするコメは、保存の利かない精米なので、その後のコメの購買量は減少して値段は下がるはずなのに、逆に上昇した。
農水省は、大阪府知事からの備蓄米放出要請を拒否し、「スーパーからコメがなくなったのは、卸売業者が在庫を放出しないからだ」として、責任を卸売業者に押し付けた。農水省は「9月になれば新米(24産米)が供給されるので、コメ不足は解消され、米価は低下する」と主張した。
だが、逆に価格が上昇すると、今度は「流通段階で誰かが投機目的でコメをため込んでいて流通させていないからだ」と主張した。この量はJA農協の在庫の減少分21万トンだと言った。
しかし、24年産米は生産が18万トン増えているので、卸売業者も含めた民間の在庫が44万トン減少したなら、62万トンが消えているはずである。消えたコメの存在を証明するため、農水省は今年に入りこれまで把握してなかった小規模事業者の在庫調査を行ったが、これら業者は在庫を増やすどころか、逆に前年比で5956トンも減少させていた。“消えたコメ”はなかったのである。
そもそもコメには流通履歴を記録するトレーサビリティ法があるので、コメが消えることはあり得なかった。農水省は、また19万トン在庫が増えているとしたが、生産増加の18万トンに比べ、在庫が1万トン増えたというだけで米価急騰の説明になっていなかった。農水省がウソを重ねてきたのは、備蓄米を放出して米価が下がることを恐れたからだ。
この一連の農水省のウソをそのまま伝えていたマスコミも専門家も失格である。
■コメの価格を決めるのはJA農協
「概算金(JA農協が農家に支払う仮払金)」とは、出来秋(収穫時)にJA農協が農家に払う年に一回の価格である。コメについては、生産したものが消費されるまで、1年以上の長い期間がかかるので、農協は出来秋にいったん農家に概算金を仮払いし、あとで清算するという方法を取っている。JA農協の実際の販売価格との違いが生じると差額が清算される。
実際の価格が上がると農家に追加払いされるが、下がるとその分を農家から徴収する。
農家から集荷したJA農協(かなりが全農へ再委託される)は、年間を通じて適時卸売業者へコメを販売する。その販売価格を「相対価格」と言う。コメについては、卸売市場のような公的な市場は現在存在しない。世界初の先物市場は大阪堂島のコメ市場だったが、戦時統制経済への移行により廃止された。コメ流通を統制していた食糧管理制度が廃止された後、その復活が度々要請されたが、コメの販売価格を操作したいJA農協の反対により実現していない。
このため、農水省が関与して2023年10月からコメの現物市場「みらい米市場」が開設されたが、利用は極めて低調であり、コメ需給全体を反映した価格形成を行っているとは到底言えない。相対価格は、あくまでJA農協(全農)と特定の卸売業者が個別に値決めした価格であり、青果物の中央卸売市場のように、全ての関係者が参加する市場全体の需給情報を反映したものではない。
■12、13年産米は豊作なのに価格が上昇
JA全農は自身の在庫を増減させ流通量を調整することにより、相対価格を操作することができる。過去には、豊作によって本来価格が下がるはずのときに価格が上昇したこともあった。先物取引にJA農協が反対するのは、価格を操作できなくなるからである。
例えば、2012年、13年産の米価は、コメの作柄が良かったので、下がるはずだったのに、逆に高くなった。

突然消費者がコメをたくさん食べるようになったわけではない。農家から集荷したJA農協が、市場への供給を抑えたので、米価が上がったのだ。しかし、生産が多いのに供給を少なくすれば、JA農協のコメ在庫が増える。いずれこの大量の在庫は放出される。2014年のコメの供給は、同年産のコメの生産量にこの在庫を加えたものなので、同年産の生産は前年より減少したにもかかわらず、同年産米価は下がった。
■だから「備蓄米放出」でもコメの値段は下がらない
備蓄米を21万トン放出しても、コメの値段は下がるどころか上昇した。全国のスーパーでのコメの平均価格は17週連続で値上がりし、4月27日5キロあたり税込みで4233円となっている。5月4日までの1週間に販売されたコメの平均価格は18週ぶりに19円値下がりしたが、わずか0.4%の減少である。1年前の2000円程度の水準から倍増である。とうとう石破総理の指示で、農水省は7月まで毎月10万トンずつ備蓄米の放出を行うことを決めた。
既に21万トン放出したのにコメの値段は逆に上昇している。備蓄米を追加放出してもコメの値段は下がりそうにない。
それは、農水省の備蓄米放出に米価を下げないカラクリが巧妙に用意されているからだ。
一つは、消費者に近い卸売業者や大手スーパーではなく、米価を低下させたくないJA農協に備蓄米を売り渡したことである。3月に放出したのに、4月中頃になっても2%しか消費者に届いていない。スーパー等に近い卸売業者ではなく、流通面ではその1段階前のJA農協に放出した以上、時間がかかるのは当然だろう。また、米価は需要と供給で決まる。より根源的な問題として、備蓄米を放出しても、その分JA農協が以前よりも卸売業者への販売を減らせば、市場への供給量は増えない。相対価格が下がらなければ、卸売業者の利益も確保する必要があるので、小売価格も下がらない。その相対価格は備蓄米の放出と関係なくJA農協によって操作される。
もう一つは、1年後に買い戻すという前代未聞の条件を設定したことである。放出して買い戻すのであれば、市場への供給量は増えない。これは、今秋以降1年間のコメの値段に影響する。備蓄米を放出しても、米価を下げないという農水省の意図が隠されている。

■25年産米の生産が増えても供給は増えない
米価が高騰したのを見て、農家は25年産米の生産を増やす。
他方で、政府は4月から6月まで10万トンずつ備蓄米を放出するとしているので、合計61万トンが放出される。農水省は、今年産は22万トン程度生産が増加すると予想しているが、仮にそれを上回る30万トンの生産増加であったとしても、61万トンも農水省が買い戻せば、供給量は逆に31万トン減少して、米価は今よりもさらに高くなる。
私の批判を考慮して、政府はこの条件を見直すとしている。しかし、4月までにJA農協に放出した備蓄米には31万トンには買い戻し条件がある。これを条件に備蓄米を落札しているので、今の段階で変更できない。30万トンの生産増があっても市場への供給は増えない。
■JA農協は集荷率を上げるため概算金を大幅値上げ
相対価格は、現在60キログラム当たり2万6000円まで高騰している。
もう一度詳しく説明すると、相対価格からJA農協の手数料を引いたものが生産者(農家)価格となる。農家は、まずJA農協から概算金という仮渡金を受け取り、JA農協から卸売業者への販売が終了した後(早くても9月)、実現した米価(相対価格)を踏まえて代金が調整される。相対価格が上昇した部分は、24年産米の取引終了後に追加払いされる。なお、法律的には農家はJA農協にコメを売り渡しているのではなく販売を委託しているだけなので、コメの所有権は農家から卸売業者に直接移転する。
通常年のJA農協の概算金は1万2000円程度である。コメ不足を反映して、JA農協は24年産米の概算金を前年から3割増加して1万6000円程度の水準とした。それでも他の集荷業者がこれを上回る価格を農家に提示したために、JA農協の集荷率は低下した。
このため、JA農協は集荷率を回復させるため、25年産の概算金について24年産からさらに3割から4割ほどの大幅アップを提示している。また、いつもなら夏から秋に提示している概算金を早い所では3月に農家に示している。
生産量日本一の新潟県ではJA全農新潟県本部が3月に概算金の目安を決め、「一般のコシヒカリ」は60キロ当たり2万3000円と、去年示した額から6000円、率にして35%引き上げる。しかも、これは最低保証価格だという。これ以下には下げない。下がっても農家から追加徴収しないということだろう。
■来年秋までコメ価格は下がらない
JA全農あきたも3月に「あきたこまち」は60キロ当たり2万4000円と去年示した額から7200円、率にして42%引き上げることを示した。JA福井県は「コシヒカリ」について、60キロ当たり少なくとも2万2000円と去年示した額から4800円、率にして28%引き上げる。
概算金が2万3000円だとすると、JA農協の手数料を加えて、相対価格は2万6000円程度となり、これは24年産の相対価格を維持することになる。概算金はあくまでも仮払金だが、相対価格を下げて農家から価格低下分を追加徴収すると、翌年農家はJA農協に出荷しなくなる。それでは何のために25年産の概算金を上げたのかということになる。つまり、JA農協は25年産米について相対価格を下げられない。
卸売業者は相対価格をベースに自らのマージンを加えてスーパーや小売店に販売する。相対価格が下がらなければ、小売価格も下がらない。相対価格を操作できるのはJA農協である。在庫量を調整(増や)して市場への流通量をコントロールする(減少させる)ことで、相対価格を高く維持できる。この結果、現在の小売価格、5キログラム4200円も26年秋まで継続することになる。
これから1年半、消費者は高いコメを買わされることになる。備蓄米の放出は米価を下げる効果を持たない。スポット的に、運の良い消費者が安く備蓄米を購入できるだけだ。全体のコメの値段の水準は相対価格で決められる。
政府による備蓄米の買い戻し条件は、JA農協の立場からすれば、市場への供給量を制限して、相対価格を維持するために効果的だった。しかし、買い戻し条件がなくなっても問題はない。本来やろうとしていたことを農水省が親切にもやると言ってくれていただけである。自ら市場への供給量をコントロールするだけだ。これは何度もやってきたことだ。
■農政に最も詳しい国会議員
ウソを重ねる農水省は面従腹背で、コメの値段を下げるつもりがないことは、国民のみんなに分かったのではないか? 今の国会議員で農業政策に最も詳しいのは石破茂である。氏は農水省の役人よりも農業や農政をよくわかっている。農水省の役人に振り付けられて、ウソをわかる発言を繰り返すようなことはしない。
フジテレビによれば、5月12日の衆院予算委員会で石破総理は次のように発言している。
「コメの生産が随分と落ちてきて、農家の数も減って、農地も減ってきた」と指摘し、「今回の色々な状況というのは、もちろん目詰まりを起こしているということもあるが、コメの生産がそもそも少なくなってしまったのではないかということを議論していかねばならないと思っている」と述べた。その上で「それによって仮に米価が下がることがあっても、農家の生活が困らないためにはどうすればよいのか。再生産(営農継続)を可能にするというのはキーワードだが、どなたの再生産を可能とするのか。農地を出した農家の方々の所得が増えるためにはどのような策を講ずるということであって、米の値段を下げることは一切許さんという議論はもう1回見直してみるべきだと思う」との認識を示した。
石破首相はさらに「所得補償はのべつまくなしに行うということではない。価格は市場によって決まる。しかし所得は政策によって確保していくことをどうやって両立させていくか」が重要だと指摘し、海外への販路拡大とマーケティングの推進を含め、「日本の米を守る、農業を守るために、新たな施策を展開をするための議論を賜りたい」と呼びかけた。
■「石破さん! あなたの出番だ」
今回のコメ騒動の根源に減反による高米価政策がある。しかし、減反を止めて米価を下げても主業農家に直接支払いをすれば、主業農家の所得は維持できる。零細兼業農家が退出してその農地が主業農家に集積すれば、主業農家の規模が拡大しコストが下がり収益が上がるので、これに農地を貸して地代収入を得る元零細兼業農家も利益を得る。兼業農家はサラリーマン収入で生活しているので直接支払いをする必要はない。
しかし、直接支払いが交付されない農協は利益を受けない。価格低下で販売手数料収入は減少するし、零細兼業農家が農業をやめて組合員でなくなれば、JAバンクの預金も減少する。構造改革とは選別政策である。規模拡大による構造改革をすれば農村は所得が向上するが、農家戸数が減少するので農協は政治的にも基盤を失う。こうしてJA農協は構造改革に反対してきた。
今国民の関心は農政に集まっている。JA農協が中心となった農政トライアングルから、食料・農業政策を解放するときが来た。
これ以上、農水省にコメ政策を担当させることは有害ですらある。同省はサイドラインに退かせ、同じく農政に詳しい林官房長官をコメ問題の特命担当として、総理直轄で問題処理に当たるべきではないだろうか? 石破さん! “勇気と真心を持って真実を語る”ときが来たのではないでしょうか?

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山下 一仁(やました・かずひと)

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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