※本稿は、貴島通夫『今からでも遅くない!60代からの英語学び直し術』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■定年後に得られる自由時間は8万時間以上
定年前後の世代は、若い世代が喉から手が出るほど欲しい特権を持っています。
それは「時間」です。人間誰もが1日24時間を平等に与えられていますが、定年後はまるでそれ以上の時間が与えられたかのように感じられるかもしれません。実際、数字で見れば、その時間の「たっぷりさ」が手に取るようにわかります。
多くの企業では、定年後の60歳以降も再雇用制度を利用して引き続き働く方が多いことから、満65歳で会社を退職したという仮定で考えてみましょう。
睡眠8時間、料理・食事に3時間、入浴に1時間。もちろん、各活動に費やす時間は人それぞれなので、あくまでも目安です。定年後は、これらの時間を除いた12時間が1日に使える自由時間となります。
厚生労働省の簡易生命表によると、2023年における65歳のおおよその平均余命は、男性が20年、女性は25年です。つまり、定年後のおおよその自由時間は、男性で8万7600時間(12時間×365日×20年)、女性で10万9500時間(12時間×365日×25年)となります。
もちろん、この年数の間に病気になったり介助を受けたりすることになる可能性も排除できませんので、実際、ばりばりフリーに活動できる1日の自由時間は、どこかの時点で12時間より短くなることはあるでしょう。
しかし、健康寿命はこの20年で延びる傾向にあり、厚労省の調べによると、平均寿命から健康寿命を差し引いた「日常生活に制限がある不健康な期間」も縮小傾向にあります。
言うまでもありませんが、65歳より早く退職した場合、自由に時間が使える期間は男女ともにさらに長くなります。
■老後に待ち構えている時間は現役時代とほぼ同じ
今度はこの定年後に生まれる自由時間と、新卒から定年まで働いた総実労働時間とを比べてみましょう。
厚労省の資料によると、過去30年間の一般労働者(パートタイムを除く)の年間総実労働時間を見てみると、概ね2000時間あたりで推移しています。
新卒年齢は人によって異なりますが、22歳から65歳までの43年間働いたと仮定すれば、労働時間は8万6000時間(2000時間×43年間)にのぼります。60歳で定年を迎えて再雇用先や転職先などで働く人の場合、残りの5年間は定年前より労働時間が短くなる可能性はありますが、あくまでも目安として、私たちは社会に出てからこれだけの時間、働き続けてきたことになります。
つまり、男性ではこれまで働いてきた労働時間とほぼ同じくらいの時間が、女性ではそれ以上の時間が、定年後に「自由時間」として待ち構えているのです。
■日本語は世界で最も習得が難しい言語のひとつ
それでは、話を英語に戻しましょう。私たちが英語を習得するのにどのくらいの時間が必要なのでしょうか?
これについては、議論がかなり分かれます。英語を学び直したい人がどのくらいのレベルからスタートし、どの程度本気で英語を学習するかによって答えは違ってきます。言うまでもありませんが、目指す目標によっても、学び直しに要する時間が異なってきます。
ここで一つ参考になるデータがあります。
アメリカの国務省で外交官などに外国語研修を行っている機関FSI(Foreign Service Institute)では、英語を母国語とする人が外国語のスピーキングとリーディングを学習した場合の言語の難易度を3段階でランクづけしています。
この研究機関は、最も難易度が高い言語を、日常生活に支障が出ないレベルまで到達するには、総時間にして2200時間(88週)必要だとしています。そして、日本語は、中国語、韓国語、アラビア語とともに最も習得が難しい言語(Super-hard Languages)に分類されており、その中でも、とりわけ習得困難な言語だとFSIは指摘しています。
このFSIで研修を受けるのは、外交官を目指す、普段から英語以外の第二外国語に高い関心があり、最初からモチベーションが高い人たちです。授業のカリキュラムもタイトです。週25時間、クラスは最大6人の少人数制。さらに毎日3時間程度の自習も求められます。そういう勤勉な人たちにとっても、日本語はスーパーハードな言語なのです。
ここで忘れてはならないのは、FSIの生徒たちは、私たち日本人が中学校と高校で英語を学んできたように、中高では日本語を学んでいない点です。つまり、彼らは事実上ゼロからの日本語学習者なのです。
アルファベットすらまったく知らない日本人が、いきなり英検一級合格を目指すようなものです。
■英語の習得に最低必要な時間は4000時間
ミドル・シニア世代は、中学時代、英語(外国語)は名目上、選択科目でしたが、事実上しっかり学んできました。もちろん高校でもです。
中高6年間での英語学習の時間はおよそ800~900時間とされ、自習や塾での学習を加えれば、1500時間以上はいくのではないでしょうか。
ミドル・シニアの世代にとっては40~50年以上も前の話なので、中高で学んだ英語がどの程度定着しているかは人それぞれで、一概には言えません。
しかし、基礎英語を学んだということは事実です。このことが第二の人生でプラス材料になることは明らかです。
前述したFSIのデータを裏返してみれば、日本語が英語話者にとってスーパーハードな言語なら、英語も同じく日本人にとってスーパーハードな言語だとも解釈できます。とすれば、英語話者が日本語学習に必要な2200時間は、日本語話者が英語学習に必要な時間の目安になるかもしれません。
おまけに、スタートラインは断然、日本語話者のほうが有利な状況です。たとえば、3年間なら単純計算で毎日少なくとも2時間は英語を勉強するペースです。毎日というのは非現実的ですので、3年から4年のスパンで考えるのが妥当でしょう。
ただし、FSIの授業が少人数制で短期集中型だということを考えると、2200時間をそのままそっくり日本人の英語学習に当てはめるのは無理があるかもしれません。2200時間を最低でも3000時間から4000時間に引き上げるのが、より現実的でしょう。
前述したとおり、学習時間は、英語を学び直したい人がどのくらいのレベルからスタートし、どの程度本気で英語を学習するかによって左右されるので、一概に4000時間とは言えません。あくまでも「最低でも」です。
■現役世代はまとまった時間を捻出するのが難しい
「最低4000時間が必要」と聞くと、気が遠くなりそうですね。この話をミレニアルやZ世代の若者にすると、「そんな時間、とてもつくれません!」という言葉が必ず返ってきます。
そうなのです。今の若者や社会で活躍する現役世代には、英語を学び直す時間的余裕などないのです。
転職サイトを運営する「エン・ジャパン」が2022年にサイトを利用する35歳以上を対象に、リスキリングについて聞いたアンケート調査があります。
およそ1700人から回答があり、32%が「現在、リスキリングに取り組んでいる」と回答。リスキリングに取り組んでいる分野を聞いたところ、「語学」が最多。リスキリングに取り組む上で難しいと感じることについて、71%が「時間の確保」と答えています。
また、現在リスキリングに取り組んでいない人にその理由を聞いたところ、38%が「時間がない・忙しい」と回答しています。
ここで、冒頭で述べた、定年後にやってくる8万時間から10万時間におよぶ「自由時間」のことを思い出してください。
そうです。定年後には、それだけの時間があるのです。何も「8万時間すべてを英語学習にまるまる充てましょう」ということではありません。自由時間には、英語学習以外に、買い物やレジャー、旅行、他の趣味、あるいは自由時間と呼ぶのは不適切ですが、自身の通院や親の介護なども含まれます。
とは言っても、これまでの人生の中でかつてないほどのまとまった時間ができることは紛れもない事実です。
何歳で完全に仕事からリタイアするかは人それぞれですが、多くの方々は定年前と比べて、仕事に拘束される時間がかなり緩和され、それなりの自由時間が生まれるはずです。
さらに強調したいのは、定年前のミドル世代ならば、英語の学び直しは遅くとも50歳から始めるべきだということです。英語学習は継続が9割です。時間が長ければ長いほど、断然有利です。これは定年前のミドル世代に与えられた、いわば特権なのです。
■定年前後の学び直しは「完璧」を求めてはいけない
50代以降、多くのミドル世代は役職定年などを経て、以前より時間が生まれます。定年後の第二の人生を充実したものにするためにも、定年前の50代は人生の棚卸をして、職場の自分とは異なるか、仕事とはまったく関係のない「別の自分」を見つける時期でもあります。この「別の自分」を「英語を楽しむ自分」と位置づけてみてはいかがでしょうか。
ここで誤解のないようにしたいのは、定年前後の英語学び直しは、目標達成まで一心不乱に黙々と勉強することではありません。学び直しのプロセスそのものをエンジョイすることが何より大切なのです。
途中の段階で随時アウトプットしながら、次へと進む。完璧は一切求めない。これが鉄則です。その瞬間を楽しみながら、英語を積極的にアウトプットしてください。
前述したとおり、英語学習に必要な時間は、その人の現段階の英語レベル、やる気度、最終的に到達したいレベルによって、大きく異なってきます。
自分の英語レベルの現在地点をもう一度分析し、達成したい英語のレベルを設定した上で、定年前後の「英語学び直し計画」を、思う存分楽しみながら練ってみてください。旅行を計画するときのワクワク感と同じです。過程をエンジョイするのです!
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貴島 通夫(きじま・みちお)
NHK国際放送局 World News部 専任記者
2002年から10年間にわたり、NHK Worldのフラッグシップ英語ニュース番組「What’s On/Japan」「News Today ASIA」「ASIA 7 DAYS」、24時間ニュース「Newsline」で英語アンカーを務める。現在、NHK Worldでは編集責任者、経済デスクを担当。
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(NHK国際放送局 World News部 専任記者 貴島 通夫)