■超富裕層・富裕層は165.3万世帯に増加
米の価格に手が届かないと嘆く庶民を横目に、日本には富裕層が増えているらしい。
2025年2月に野村総合研究所が発表した2023年の数字では、純金融資産保有額1億円以上5億円未満の「富裕層」、5億円以上の「超富裕層」を合計すると165.3万世帯となり、2021年の調査時に比べて世帯数は約11%、資産総額は約29%増加した。
さらに細かく見ていくと、この調査を開始した2005年からの推移では、超富裕層・富裕層は約2倍、金融資産5000万円~1億円未満の準富裕層は1.4倍増えている。逆に3000万~5000万未満のアッパーマス層は減少、3000万円未満のマス層は微増だ。よく言われる「中間層」が減り、日本は「お金持ち」が増えているらしい。にわかにはぴんと来ないが……。
庶民としては、では富裕層以上の人々はどんな暮らしをしているのか気になってくる。東京都内に豪邸を構え、高級腕時計をして高級車に乗り、外資系ホテルの高級フレンチでグルメな食事を楽しみ……と想像するところだが、それはいわゆる「旧富裕層」のイメージらしい。
むろん、そういうお金持ちもいるのだろう。しかし、今注目されているのは「シン・富裕層」とも言うべき新しいお金持ちたちだというのだ。
■「タワマンに住んでいるが、賃貸でかまわない」
富裕層だけが持てるクレジットカード、いわゆるブラックカードというものがある。その一つである「セゾンダイヤモンド・アメリカン・エキスプレス・カード」は、完全招待制でサービス内容も非公開とされている。
この最上位カードの保有者とはどんな人たちなのか。当カードを発行するクレディセゾンは、1000人以上の富裕層たちと面談し、その価値観や消費思考を彼ら向けのサービスに生かしているという。
そのターゲットとしつつあるのは従来イメージの旧富裕層(オールドリッチ)ではなく、ニューリッチと呼ぶ新しい富裕層たち。クレディセゾンはプレス向けに、そのニューリッチを象徴するキーワードを公開した。新旧のお金持ち像を対比すると、以下のような違いがあるという。
旧富裕層(オールドリッチ)
・レストランはミシュラン系。接待は一流ホテル。高級車やラグジュアリーブランドを所有。住まいは豪邸を所有。軽井沢には別荘を持つ。
新富裕層(ニューリッチ)
・レストランは予約困難店、会員制、住所非公開を好む。フェラーリやロレックスを持っているが、投資的な価値を重視。
2者の嗜好の違いがなんとなくわかるだろうか。オールドリッチは、誰もが“お金持ち”だろうとイメージできる物質的なステイタスを求め、ニューリッチはもっと感覚的というか、従来の裕福さアピールにつながるものより、自分の価値観に沿うかの方に重きをおく。物質的な所有よりも、まだ誰もしたことがないような体験の方に惹かれる。
■買って終わりにしない
ちなみに、ダイヤモンドカードの会員向けに検討されている企画が、バルーン型宇宙船で成層圏まで上がっていく宇宙旅行だそうだ。宇宙といっても特別な訓練は不要で、地球を眺めながらシャンパンを楽しめるひと時を提供する予定だという。
他にも、アンコールワットを貸し切って、1日限りのレストランを設置して食事を楽しむなど、まさに特別な体験にこそ価値を感じるのが、シン富裕層であるニューリッチだというのだ。
とはいえ、お金がたっぷりなければそんな体験はできない。ダイヤモンドカードの年会費は24万2000円、年間のカード利用額は数千万円とも聞く。しかし、その消費傾向を聞いているうちに気づいた。彼らがお金を払うものは、買って終わりのものではない。
例えば、ニューリッチの人々は「貸し切り」の場を好むというが、理由はこうではないか。
その場に集うのは、同じダイヤモンドカード会員か、それに連なる人であり、同じような資産額、同じような価値観、同じような投資感覚を持つメンバーだろう。経営者が多いと推察されるニューリッチにとって、貸し切り体験だけでなく、同席した人々から得られる知見や人脈、斬新な視点こそが魅力なのではないか。
その場で培われた人間関係から、新たなビジネスや投資案件が産み出されるかもしれないのだから。彼らにとって「この消費と引き換えに何を得られるか?」こそ、揺るがぬ視点なのだろう。
■高級品を買うのはステイタスにあらず
高級時計やハイブランド品は、お金を出せば誰にでも買うチャンスはある。しかし、ニューリッチにとって、モノを所有することにそれほど興味はなさそうだ。とはいえ、高額品を買わないわけではない。買うとすれば、あくまで「投資財として、今後価値が上がっていくか」の見極めが肝心となる。
例えば現在価格が数千万円のヴィンテージカーでも、それがいずれ値上がりすると考えれば、資産として保有する。いずれ買った価格を超えて値上がりすれば、「タダで高級車を持てた」ということにもなるだろう。
「モノの保有よりも、特別な体験を好む」という部分も同じだろう。その消費は「社交ツール」になり、お金持ちコミュニティーにもつながる。お金を使うからこそ、「お金持ち同士のここぞの情報」が集まってくる。
お金持ちコミュニティーと言えば、ダイヤモンドカード会員向けの冊子に、海外のボーディングスクール(全寮制の寄宿学校)の記事があった。英国の王侯貴族の子弟が通ったことで有名な名門イートン・カレッジをはじめ、ハロウやラグビー、ウィンチェスターなど歴史小説にも出てくるこれらエリート校は、歴代の著名な政治家や実業家を輩出してきた。
こうした名門校に子どもを入学させられれば、この上なく貴重なグローバルネットワークを授けることができるだろう。贅沢な高級品を集めるよりも、そういう方面にお金を使う関心が向くのがニューリッチ思考だ。
■資産価値を考えたうえでモノを選ぶ
まるで遠い星の話をしているような気がしてきたが、彼らの消費に対する思考をまとめるなら、「今これに投資すれば、将来もっと価値は上がるか」「自分のビジネスにつながるか」「節税に役立つか」「ここでしか得られない情報料として」等が浮かぶ。
それに引き換え、我々庶民は「この色やスタイルが好きだから」「安いから買っておこう」「みんなが持っている」「人に自慢できそう」等の理由がほとんどではないか。その違いは、お金持ちは長期視点での消費をし、そうでない層は一時の欲望や気分だけで買ってしまう――ということになろうか。
ビジネスや節税につなげるのは無理としても、「投資としての価値を考える」「情報ツールとしての消費」くらいはマネできそうだ。
それ以外の手頃な品でも、買った時と売った時の価格差が小さいものを選ぶ。今後インフレになれば、ますますモノの価格は上がると言われており、資産価値を考えたうえでモノを選ぶのは生活防衛につながるはずだ。
■金額以上のものを得られるかどうか
また、我慢の節約ばかりが正解とも言えない。ある程度お金を使わないと、知る人ぞ知るとっておきの情報は回ってこないというのも事実だろう。
筆者はアンティークの歴史に興味を持ち、蚤の市などを回っているが、冷やかしだけでは客として信用されない。これぞという目的のものがあるなら、ましてそれが貴重なものなら、まめに店に通い、そして少額でも何かを買う。そして店主の話を聞かせていただくのだ。
目利きのプロのお話は勉強になるし、自分がモノを見る経験値も高まる。このように一定の時間とお金を使うことで、やっと相手が「この客になら売ってもいい」となる。それまで使ったお金は、消費ではなく投資の資金になるだろう。
今このお金を使うことで、自分に何が得られるのか。
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松崎 のり子(まつざき・のりこ)
消費経済ジャーナリスト
『レタスクラブ』『ESSE』など生活情報誌の編集者として20年以上、節約・マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析してきた経験から、「消費者にとって有意義で幸せなお金の使い方」をテーマに、各メディアで情報発信を行っている。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない 』(以上、講談社)ほか。
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(消費経済ジャーナリスト 松崎 のり子)