なぜコメの値段が上がり続けているのか。経済評論家の加谷珪一さんは「そもそもの発端は、日本人の食生活が欧米化し、コメを消費しなくなったことにある。
値段を下げるなら2つの方法しかない」という――。
■再び5kg2000円台に戻ることはない
農林水産省が5月7日に発表した、スーパーで販売されるコメの平均価格。5kgあたり4233円と、17週連続で最高値を更新した。その後12日には19円下落し、5kgあたり4214円となったが、長い間コメの価格は上昇し続け、去年と同時期の2倍近い高水準だ。政府は3月に21万トンもの備蓄米を放出したものの、コメの価格高騰は収まる気配がない。
石破首相は党としてさらなる対策をまとめるよう指示したようだが、それで本当にコメの価格は下がるのだろうか。結論から申し上げると、再び2000円台に戻ることはない、と考えている。
「令和のコメ騒動」が起きた背景には、複雑に絡まったいくつもの問題が横たわっている。それを放置してきた過去30年分にわたる農業政策のツケが、今になって回ってきたのだ。
■コメの生産量が足りていない
農林水産省はこれまで、一部の業者が投機目的でコメを抱え込み、あるはずの21万トンが流通から“消えた”ことが価格高騰の原因だと説明してきた。
しかし、コメが“消えた”わけではない、というのが私の一貫した主張である。コメの価格がこれだけ高騰しているのは、単純に「コメの生産量が需要に足りていないから」だ。
そもそもの発端は、日本人の食生活が欧米化し、コメを消費しなくなったことにある。朝はコーヒーとパン、昼はパスタといった食生活が当たり前になり、国民一人当たりのコメの消費量は約50年前と比べるとほぼ半減、約20年前と比べても2割以上減っているのだ。
コメの市場は昭和の時代に比べて、極端に小さくなった。コメを生産しすぎれば当然、価格も下がってしまうため、コメ農家はこれまで生産量を減らして調整してきた。小さい市場になったことで、わずかな需給変動で価格が大きく上下してしまう状況ができあがった。
そこに大打撃を与えたのが、インバウンド需要の増加だ。コロナ後に訪日外国人客が増え、飲食店を中心にコメの消費が激増した。けれども、これまでギリギリの需給で生産してきたコメ農家は、急に生産量を増やせと言われても対応できない。休耕田を元の状態に戻すには2年ほどの月日がかかるため、結果として需要に対して供給が追いつかないのが現状なのである。
■備蓄米放出では下落は見込めない
政府は3月、コメの価格高騰を落ち着かせるため、“消えた”とされるコメと同量の備蓄米21万トンを放出した。しかしスーパーなどの店頭に届いたのは全体の約1.4%にとどまり、コメ不足感の解消と価格下落には至っていない。
私は各メディアで、備蓄米の放出をしたとしても一時的に価格が1割下がる程度で、劇的な価格下落は見込めないだろうと主張してきた。
コメ不足の根本的な解決とはならないからだ。農林水産省や政府関係者の一部に「備蓄米を放出すればコメの価格が下がる」と信じて疑わない人たちがいるようで、それが事態を悪化させているように思えてならない。
簡単な例で考えるとわかりやすいだろう。たとえばコメを集荷業者Aが3000円で買い付けたとする。それを卸業者Bは価格上昇に応じて3500円で買い取った。となれば、卸業者Bは3500円以上で売らなければ赤字になってしまう。なおかつ来年もコメ不足が続くとわかっている状況なのだから、仕入れ価格以下で販売しないのは当然の話だ。一部の専門家が「備蓄米が流通すればコメの価格が下がる」と大真面目に主張していたため、そう信じてしまうのは致し方ない話なのかもしれない。
■政府は下げるつもりがないのではないか
備蓄米を流通させてコメの価格を下げたいのであれば、市場が破壊されるほどの量を放出しなければダメ。そうすれば、投げ売りになって価格高騰は落ち着く。中途半端な量を放出しても、そう簡単にコメの価格を下げることはできないのである。
そもそも政府は、備蓄米の放出によって価格を下げるつもりはないのだろう。
政府は備蓄米入札の参加条件として「1年以内の買い戻し」を求めた。これを緩和する動きもあるが、入札した農協(JA)などの集荷業者は、原則1年以内に同じ量のコメを政府に返す必要があるということだ。
コメ不足の状況は今後も続くと予想される。入札したはいいものの来年はさらに高い価格でコメ農家から買い取り、政府に返さなくてはならなくなる。集荷業者としては損をしたくないので、卸業者への引渡しを控えているのだろう。
■卸業者は飲食店を優先する
また、飲食店の存在も大きい。「そうは問屋が卸さない」という言葉を聞いたことがあるだろう。「都合のいいことをいっても思い通りに問屋は卸してくれない」といった意味で、備蓄米が小売店に回らないのはこの言葉の典型ともいえる状況だ。
卸業者にとって一番の顧客は、飲食店である。飲食店がコメを切らすのは死活問題。小売店であれば「コメは売り切れです。ごめんなさい」で済むかもしれないが、飲食店の場合「コメがないので今日は定食を出せません」というわけにはいかない。

ビジネスにならないうえ信用問題に関わるため、飲食店が普段から米を多めに確保しようとするのは商売上やむを得ないこと。卸業者もそれを理解しているから、あらかじめコメを確保しておき、優先的に飲食店に卸すのだ。これはごくごく当たり前の商行為であり、「コメを投機目的で買い占めた」と悪いニュアンスで捉えるのは正しくない。
■「減反政策のせい」ではない
また、コメが不足しているのは減反政策のせいだという批判をよく聞く。しかし、これも正しくない。減反政策はコメの生産量を減らすことで価格を維持する政策で、50年にわたる実施を経て2018年に終了している。それによりコメ農家は自由に作付け計画を立てられるようになったが、コメの価格維持を名目に、政府はいまも一定量の減産を求めているのが実情だ。
全体の生産量が需要よりも増えると値崩れにつながってしまう。これはとくに規模の小さい農家にとっては、収入に直結する事態である。農家の平均年齢は約70歳と高齢化し、年収も多くない中で、コメを5kg2000円という価格帯で販売していてはとても生活が成り立たない。年金があるからなんとかなっているに過ぎない。そこで政府は、米から麦や大豆などへの転作を促すための補助金を交付し、コメの過剰供給による値崩れを防いでいるのだ。

「コメの価格が高いから減反をやめろ」といった声を聞くと、コメ農家の現状を知る者としてはずいぶん酷なことを言うものだと理解に苦しむ。こうした主張をする人の多くは、おそらくコメを食べていないのではないだろうか。
実際にコメを積極的に購入しているのは中間層から上層の人たちであろう。世帯収入が高く、品質がいいコメであれば、お金を出してでも買いたいという人たちだ。そうなれば農家が高級米の生産にシフトしていくのはいうまでもなく、ますますコメの価格は上がっていく。飲食店のように大量のコメを求める場合は輸入に頼ることになるため、一般的な小売店で流通するコメが値下がりする要素はあまりないのだ。
■自由市場であれば、価格は上下する
そもそもコメが足りないと国民が怒ったり、メディアが批判したりすること自体がおかしいと私は思う。
かつて日本には「食糧管理制度(以下、食管制度)」があった。これは、農家がかかったコストよりもできるだけ高い価格で政府がコメを買い入れ、消費者に対して安い価格で安定的に供給する仕組みだ。しかしながら日本人の食生活が豊かになり、米の消費量が減り始めた80年代ごろから「食管制度は農家を儲けさせているだけだ」「自民党の票田になっている」などと執拗に叩かれるようになった。
それを受け、政府は1995年に「食管制度の廃止」を決定。コメは自由市場に移行した。
自由市場となった以上は、需給がひっ迫したら価格が上がるのは当たり前のこと。国民的な議論を経て廃止したのだから、政府やコメ農家、農協からしてみると「食管制度をやめろと言ったのはそちらのほうだろう」という感覚なのである。日本は社会主義の国ではなく自由主義の国。したがってコメの価格について政府を批判すること自体が根本的に間違っているともいえる。
石破首相も林官房長官も、農林水産大臣を経験した“農水族”だ。抜本的な対策がないとわかっていながらも、コメの高騰対策を指示せざるを得ない状況なのだろう。
■「食管制度の復活」か「たくさん食べる」の二択
こうした背景を踏まえて、令和のコメ騒動を解決するには2つの方法しかない。
ひとつが、先ほど説明した食管制度の復活だ。国内でコメの供給を安定させたいのであれば、安全保障の観点からみても、最終的には国費を投入するしかない。ただしそれには数千億の予算が必要とみられ、すなわち国民がその分の税金を負担するということだ。国民はその痛みに耐える覚悟が求められる。
もうひとつの方法が、コメ市場の拡大である。何度も申し上げている通り、食生活の欧米化により、国内におけるコメの需要は毎年低下し続けている。日本の人口減少が止まらない状況を鑑みれば、5年後10年後コメの消費量がさらに減っているのは間違いない。
コメ農家としても、継続した消費量増加が見込めない中で、先行投資をしてまで休耕田を復活させようとは思わないはずだ。自動車業界に置き換えてみても同じ。今後も車がほとんど売れる見込みのない国で、わざわざ工場を増設するメーカーなどいないのである。
先述したように、市場が大きければ、需給バランスが崩れても大きな価格変動は起きない。コメ市場を拡大するには、国民がコメを食べて消費量を増やすことだ。コメの消費量が今後も増加していく見通しが立てば、コメ農家も増産に向けて本格的に舵を切ることができる。コメを安く買いたいのであれば、とにかく国民がコメをたくさん食べるしかない。
■「輸出推進」や「大規模化」でも安くはならなない
ほかに考えられる策として、農家に一定の所得保障をしたうえで輸出を進めるという意見もある。確かに海外市場でも販売すれば、全体の需要は高まり生産量も増えるだろうとは思っている。しかし、国内の流通や価格の問題を解決する方策にはなり得ない。
海外で栽培されているのは細長い長粒種で、日本の短粒種はあまりメジャーな品種ではなかった。しかし昨今の日本食ブームによって、日本のコメやコメを使った食品を提供する海外のレストランが増加。高級米の人気も高まっており、コメ農家は海外の輸出代行業者と提携して高級米の生産に力を入れ始めている。
政府が輸出を積極的に支援すれば、今よりもコメの生産量は間違いなく増える。しかし、よく考えてみてほしい。仮にまた今回と同様のコメ不足が発生したとき、農家は輸出用のコメをポンッと国内にまわしてくれるだろうか。やはり長年かけて信頼関係をつくりあげたお得意さんを優先するはずである。
また、日本の農業は小規模農家が多く、生産性が低いからコメ農家を大規模化するべきだという意見も多い。確かにコメ農家を大規模化できれば、国内向けの安い米をもう少し効率よく生産できる可能性はある。しかしそのためには、国が積極的に金銭的支援をしないと難しい。
コメ農家の大規模化を実行するとなれば、国内にある無数の土地を集約する必要がある。コメ農家が先祖代々受け継いできた土地であるため、生産の効率が悪いから手放せといわれても、そう簡単に手放せるものではないだろう。であれば多額の費用をかけて国が買い取り、意欲ある農家に長期の契約で貸し出すといった支援の強化が求められる。
いずれにせよコメの自由市場が続く限り、抜本的にコメの価格が大きく下がる可能性は限りなく低いといっていい。
■コメ価格は上昇する方向で進んでいく
自由市場で生産性を上げろと高らかに主張するのであれば、国民全体の生活や雇用環境を見直さないと説得力がないと私は思う。
そもそも今「コメ、コメ、コメ」と騒がれているのは、円安によるインフレで国民の生活が苦しくなっているのが原因だ。輸入小麦の価格は上がり、中でもパンメーカーはここ5年の間にすさまじい勢いで値上げを行っている。しかしコメだけは、ずっと値上げをしてこなかった。相対的にコメがとても安くなっているので、パン食だった人たちがコメを食べるようになり需要が殺到。突如として「コメ、コメ、コメ」と騒動が大きくなったのだと考えられる。
今はインバウンドの増加と相まって、コメの需要が殺到している状態だ。だからといって低収入でコメを生産している農家にとって、先行きが不透明な中で増産に転ずるのは得策ではない。やはり今後は、生産量は増やさず価格を引き上げる方向で進んでいくことになるだろう。
■「農協つぶせ」と言うのは簡単だ
コメ市場を改革するために、農協を今後どうしていくのかという議論もある。
農協がこれまでコメの流通をほぼすべて牛耳り、コメの価格を一方的にコントロールしてきたのは事実である。今回の問題でも「コメ市場の半分を農協が牛耳っているのはけしからん」と批判を集めているが、すでに食管制度は廃止され、コメ市場は縮小の一途をたどっている。需要がどんどん先細りしていくマーケットに農協以外の大手プレイヤーが参入してくるはずがなく、新規参入を促すのは到底無理な話なのだ。
コメが不足しているのは農協が出荷量を調整しているからだという見方についても、同じ。農協には組合員である農家を守る使命がある。コメが値崩れしたらアウトなのだから、コメの流通量をできるだけ絞りたいと考えるのも当然だろう。
「農協をつぶせ」と言うのは簡単だが、現実的にそうはいかない。全国の農家などから集めた資金はJAグループの中央機関である農林中央金庫に預けられ、運用で得られる収益で農協を支えている。さらに、農林中央金庫は日本の国債を買い支える機関投資家でもあり、日本の金融システムとも密接に関係している。
農協が崩壊すれば、農林中央金庫も崩壊する。「コメの流通に悪影響だから農協をつぶそう」というわけにはいかないのだと、よく理解しておく必要がある。
■30年放置したツケがまわってきた
今回の問題は、我々の主食であるコメや基幹産業である農業を今後どうしていくのか、その負担を誰が負うのかという議論を30年もの間放置してきたツケだと考えている。今まではたまたま需給のバランスが取れ、コメの価格が安定していたに過ぎないのである。
それがコロナ明けで一気に崩れ、コメ農家に負担を押しつける形になっている。しかし、農家は個人事業主が多い。自らリスクを負って田んぼを耕している人たちに、コメが足りないからもっと生産しろ、もうコメはいらないから離農しろというのは酷な話だと私は思う。
どちらかといえば農家は立場が弱く、保護すべき対象だ。にもかかわらず農家だけに無理難題をすべて押しつける形になっており、チグハグな図式になっていると言わざるを得ない。そうした問題を見て見ぬ振りをし続けてきたのだから、今回のような騒動が起きるのも当然の結果だ。
今後はトランプ関税もやってくる。日本人はそろそろ、ぬるま湯に浸かっている場合ではないと自覚するべき時期にきたのではないだろうか。

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加谷 珪一(かや・けいいち)

経済評論家

1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。

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(経済評論家 加谷 珪一 構成=山本 ヨウコ)
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