※本稿は、貴島通夫『今からでも遅くない!60代からの英語学び直し術』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■『ドラえもん』のひみつ道具が現実になった
小学生の頃、初めて『ドラえもん』を読んだときのことを覚えていますか? 小学館のてんとう虫コミックスの第1巻が発売されたのが1974年。定年前後の方なら、あのときの感動を覚えておられると思います。
当時の私は、新たに刊行される単行本を読んでは、その斬新なストーリーに驚かされるばかりでした。「こんな道具が本当にあればいいなぁ」と、のび太がうらやましくなったのを昨日のことのように覚えています。さらに夢は膨らみ、自分なりに「こういう道具があれば人生最高なのになぁ」と妄想する毎日でした。みなさんはどうでしたか?
「英語の現在完了や過去完了が苦手。英語が嫌いな生徒でもわかるように解説して」
「このテーマを英語で簡潔にレポートにしてみて」
「この英語の長文をわかりやすく日本語に訳してみて」
「来週アメリカ人の友達が日本に来るのだけど、英語で家族をどう紹介したらいい? 気の利いた英会話の表現を教えて」
こんな問いかけをすると、秒で答えを出してくれる。そんな道具があればなぁと思ったことはないですか?
■「どこでもAI」、生成AIの社会実装が進んでいる
あれから50年。もはや夢ではありません。「ChatGPT」「Claude」「Gemini」「Coopilot」「Perplexity AI」「Llama」などに代表される対話型生成AIは、日進月歩どころか、秒進分歩の勢いで進化し続けています。PCやスマホなど身近な機器に組み込まれ、「どこへ行ってもAI」という、AIの社会実装が当たり前の時代が近づきつつあるのです。
2024年5月、アメリカのオープンAIは「ChatGPT-4o」を公開し、再び世界を驚愕させました。4oの「o」とは、omni(オムニ)の頭文字で、「すべて、全方位」という意味です。従来型とは違って、「ChatGPT-4o」では、テキスト、音声、画像を組み合わせてリアルタイムで情報を処理することが可能となりました。
これはマルチモーダルと呼ばれ、生成AIの理解力のみならず、処理速度も大幅に向上し、生成AIがより自然に人間と会話ができるようになったことを示します。まさにゲームチェンジャーです。
AIからの返事も、人間同士並みの速さで返ってきます。情報処理の遅延で会話が途切れることもなくなりました。さらに、冗談を交えた打ち返し、感情を込めた受け応え、絶妙な“間”の取り方。もはや人間顔負けのコミュニケーション力です。
■「AGI(汎用人工知能)」と「ASI(人工超知能)」も夢ではない
AIの研究者には、究極の目標があります。それは、人間と同等あるいはそれ以上の処理能力で、ありとあらゆる作業を、人間からの指示なしで、自分の判断で自律的にやりこなす、いわゆる「汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)」の実現です。
2022年11月の「ChatGPT-3.5」の登場で火がついた生成AIブームは、AGIが実現する日を一気に近づけたと言われています。
ASIは、人間の頭脳を超え、人間では解決不可能なさまざまな難題を一気に解決してしまう知能を持ったAIです。世界中で開発が急速に進むヒューマノイドや四足歩行のスマートロボットなど、とりわけ日本が得意とするこの技術にASIを頭脳として搭載すれば、まさにドラえもんや映画『スター・ウォーズ』でお馴染みのC-3POやR2-D2などが存在する世界が現実のものとなるのです。
AGIやASIが実現すれば、人類初めての出来事です。どのような世界が私たちを待ち受けているのか、想像もつきません。AIの研究者でさえ、進化した生成AIが世の中に及ぼす影響すべてを予測することは極めて困難だと言っています。未知の部分が多いだけに、「AIの活用と規制の両立」といった課題は残ります。しかし、リスクを理解した上で安全対策に向けた議論を重ね、有益な部分を社会活動の中で有効活用していけば、生成AIが幅広い分野で革新的な結果を生み出すことは間違いありません。
生成AIの社会への影響は、産業革命やインターネット革命を超えるとも言われています。生産性や効率化を高めるだけでなく、「成長を持続可能にする」という意味でも、生成AIはもはやなくてはならない存在なのです。
■英語学習に生成AIはなぜ最適なのか
「成長を持続可能にする」。これはまさに英語の学び直しにとって朗報です。
英語の学び直しに前向きなミドル・シニアの方々にとっては、偶然のタイミングとしか言いようがありません。数年前までは考えられなかったことです。生成AIを英語の学び直しに取り込めば、一気に景色が変わります。
すでに「ChatGPT」などの生成AIを「使っている」あるいは「使ったことがある」という方もおられると思います。とはいっても、社会で生成AIの活用が広がる中、個人で利用する人たちは、日本ではまだまだ少数派です。
私自身も流行のテクノロジーに飛びつくタイプではありません。じっくり時間をかけて、周囲の様子を見ながら試すほうで、「日常生活に必要がない」と思えば、あえて手は出しません。
しかし、「ChatGPT」をいろいろとリサーチする中で、「これはもしかしたら英語学習に使えるのではないか」と気づき始めたのです。今風の言い方だと「これ、やばいかも」でしょうか。生成AIを使えば、日常的に英語で「聞く」「読む」「書く」「話す」のいわゆる4技能に触れる機会が皆無に近い日本で、何かが劇的に変わるのではないかと。
実際、そのとおりでした。もはや4技能ではなく、これに「考える」が加わり、5技能と言ってしまっても過言ではありません。
かつては一部の人しか使っていなかったインターネット、スマートフォン(スマホ)、グーグル、ユーチューブ、ツィッター(現X)、フェイスブックの黎明期を覚えていますか?
今では誰もが当たり前のように使っているこれらのサービスも、そうなるまでにある程度の年月がかかりました。今は生成AIが「日常化」するまでの黎明期だと言えます。そのうち、生成AIはスマホのような存在になるでしょう。その日が来るのを待つのではなく、英語の学び直しをきっかけに、今から少しでもいいから慣れておくのです。
■生成AIが可能にしてくれる英語の学び直し
英語の学び直しにおける生成AIの活用法は、少し想像力を働かせれば、次のように枚挙にいとまがありません。
・自分が英語で書いた文章などを添削してもらう
・ベターな英語の言い回しを使った例文を提示してもらう
・英文法を解説してもらう
・英文の穴埋め問題を作成してもらう
・単語や表現集をテキストと音声で作成してもらう
・書いた英語日記の感想をテキストと音声で教えてもらい、質問してもらう
・時間と場所を選ばず、英語で話す相手になってもらう
・英語力を気にしないでAIと討論する
・AIと英語で世間話をする
実用的な英語、カジュアルな英語、アカデミックな英語。AIはどんな注文にでも対応してくれます。
■英語は教養か実用かの議論は意味がなくなった
ここで思い出してしまうのが、教養か実用かで堂々巡りし続ける日本の英語教育です。生成AIを活用すれば、もはや教養も実用もへったくれもありません。生成AIで両方のいいとこ取りができるのです。
生成AIの翻訳能力はすでに驚異的なレベルに達しています。
進化し続ける生成AIと機械翻訳。将来、研究やビジネスの場では、日英・英日の翻訳・英文の作成は、今以上に生成AIや機械翻訳サービスが補助的な役目を果たしてくれることになるでしょう。
となると、当然「そもそも英語を学ぶ意味はあるの?」という疑問が湧いてきます。私自身は、生成AIがこの先いくら進化しても、英語教育はこれからも必要だと思います。しかし、英語を学ぶ意義については、発想を180度変えなくてはいけないでしょう。もはや「教養か実用か」などと言っている場合ではありません。
中学ではしっかりと英文法の基礎を固め、高校からはむしろ生成AIや機械翻訳には頼ることのできない異文化理解など、人と人とのコミュニケーションに不可欠な対話型、かつ実用性の高い「自分だからこそ、使える英語力」を身につけることが極めて重要になってくるでしょう。
このように生成AIの時代を逆手に取れば、学生たちも安心して実用英語の習得に専念することができます。将来、学生が大学を卒業して研究者になり、身についた実用性の高い英語を使って、学会などの場で外国人研究者の輪の中に積極的に飛び込んでいけることになるでしょう。英語で込み入った雑談ができれば、人脈も広がるはずです。情報交換や情報収集もできるようになります。
英語の学術論文の作成や推敲、さらに翻訳・要約については、必要に応じて臨機応変に生成AIに補完的な役割を担ってもらえばいいのです。それらの作業にこれまで費やしていた膨大な時間を、他のことに有効活用することができます。
ビジネスの場でも同じです。「生成AIには頼ることができない自分だからこそ使える英語力」で商談やコンサルティング業務などを円滑に進めやすくなるでしょう。逆に、これができなければ、大きなビジネスチャンスを逃すことにもなりかねません。
■生成AIは英語学習を楽しいものに変えてくれる
この現状を踏まえて私がここで何を言いたいのかというと、将来日本の英語教育に大きな変革をもたらすであろう生成AIを、ミドル・シニア世代が英語の学び直しで先取りして有効活用しないのは、「実にもったいない」ということです。
これほどいいタイミングはありません。教養であろうが実用であろうが、そのときの気分で、生成AIの助けを借りて柔軟に学ぶことができます。最高ではないでしょうか。これこそが、英語の学び直しの最大の醍醐味です。
長文読解、訳読、文法の穴埋め・並び替え、専門用語、定型表現、時事問題、日常英会話、俗語、ネットスラングなど、オールマイティーな生成AIがよきパートナーとして、とことん私たちの学びにつきあってくれます。
学ぶジャンルも、どの分野に話題を振っても話が尽きません。政治、経済、文化芸能、スポーツ、音楽、芸術、社会、歴史、それに医学、法律、経営、化学、工学、物理、プログラミング……。多岐にわたるどころか、無限です。今までの苦労は何だったのか。おそらく体験された方の多くが、そうため息をつくはずです。
相手はAIです。同じことを何度聞いても、同じ間違いを何度繰り返しても、「いい加減にしろ」なんて言われません。何一つ文句を言わず、24時間365日、つきあってくれます。むしろ喜んで問いかけに答えてくれます。逆にAIのほうが、間違いを指摘されたり回答に合う知識がなかった場合は、素直に「Sorry!」と謝ったりしてくれます。
英語学習者にとって、対話型生成AIの到来は「革命的な転換点」と言っても過言ではありません。近道ができたのです。「苦手だった英語」の学び直しが、かつてないほど楽しくなるはずです。
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貴島 通夫(きじま・みちお)
NHK国際放送局 World News部 専任記者
2002年から10年間にわたり、NHK Worldのフラッグシップ英語ニュース番組「What’s On/Japan」「News Today ASIA」「ASIA 7 DAYS」、24時間ニュース「Newsline」で英語アンカーを務める。現在、NHK Worldでは編集責任者、経済デスクを担当。
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(NHK国際放送局 World News部 専任記者 貴島 通夫)