性加害報道をめぐるネットでの「炎上」はなぜ起きるのか。精神保健福祉士の斉藤章佳さんは「加害者や加害者家族へのネットでの誹謗中傷は深刻な問題だが、その大本となるニュースはテレビや新聞、雑誌などいわゆるオールドメディアで報じられていることがほとんどだ」という――。

※本稿は、斉藤章佳『』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■「発信者情報開示請求」の増加
インターネット上の匿名での誹謗中傷が深刻な社会問題化する近年、被害を受けた芸能人が、個人の権利回復や被害を訴えるために開示請求をする、というニュースを目にする機会が増えています。
ここでいう開示請求とは、正式には発信者情報開示請求といい、誹謗中傷をした人(投稿者)を特定するために、インターネットプロバイダに対して情報の開示を求める手続きです。
誹謗中傷を受けた人が加害者に法的な責任を追及するためには、まずは「誰が誹謗中傷をしたか」を特定しなくてはならないからです。
開示請求の手続きとして、これまではX(旧Twitter)などのSNS事業者とプロバイダに対して、それぞれ別個に裁判を行う必要がありました。しかし、2022年10月にはプロバイダ責任制限法(現・情報流通プラットフォーム対処法)が改正されたことから、一体の手続きで済ませることが可能になりました。
■1万5000円から1000円へ手数料減額
これまでは半年~1年半ほどかかっていた期間が、数カ月から半年間に短縮され、手数料も一請求あたり従来の1万5000円から1000円と安価になり、かなり手軽になったように思えます。しかし、依然として弁護士費用や裁判費用はかかります。
なお近年の動きとしては、誹謗中傷や他人の権利を侵害する投稿に対して、大手プラットフォーマーの果たすべき役割を明確にした情報流通プラットフォーム対処法が2025年4月に施行されました。大手プラットフォーマーとは、X、Meta、グーグルやLINEヤフーなどが想定されています。
この法律では大手プラットフォーマーに対して、削除申請を受け付ける窓口の整備、受付方法の公表、受付後は一定期間内に判断して申請者へ通知すること、削除基準を公表し、その理由を発信者に通知するなどの体制整備を課しています。
■デジタルタトゥーの困難な完全消去
インターネットの誹謗中傷や真偽不明の情報などは、いわゆる「デジタルタトゥー」になってしまい、完全に消し去ることは非常に難しいでしょう。

一度公開された情報は、スクリーンショット、引用、転載などによって瞬く間に拡散するため、もとの投稿を削除しても完全に消し去ることは難しく、キャッシュ(検索エンジンの一時保存データ)やウェブアーカイブサイトによって削除後も閲覧できることがあるからです。
過去の逮捕歴やニュース記事、掲示板などの情報の削除や、ネガティブな記事が検索されたときに上部に表示されないようにする「逆SEO対策」を得意とする弁護士事務所も存在します。しかし、ひとつの投稿を削除するのに5万円以上かかるなど、非常に高額な費用負担が生じます。
EU諸国では、インターネット上に残る逮捕歴などプライバシーに関わる情報の削除は「忘れられる権利」として確立し、法制化されています。
■地裁と高裁で判決が分かれた「忘れられる権利」
日本では2017年に「忘れられる権利」をめぐって、最高裁が初の判断を下しました。過去に児童買春などの疑いで逮捕歴のある男性が、グーグルの検索結果から自身の逮捕に関する情報の削除を求め、裁判所に仮処分を申し立てました。
さいたま地裁は男性の申し立てを認め、グーグルに削除を命じましたが、その後、東京高裁は地裁の決定を取り消し、削除の要求を認めず「忘れられる権利」に「法律上の根拠なし」と判断しました。「忘れられる権利」をめぐって、地裁と高裁の判断が分かれたのです。
その後、最高裁の最終決定では高裁の決定を支持し、最高裁はこの事件の性質上、「社会的に強い非難の対象」と指摘し、公共性の観点から削除できないとしました(*1)。
一方、SNSプラットフォーマー側に削除命令が下された判決もあります。
2024年には、過去に未成年に性暴力を行った容疑で逮捕された元自治体職員の男性が、事件をXに投稿されたままなのはプライバシーの侵害だとして裁判を起こし、その結果、Xに削除命令が下されました。
逮捕当時、男性の実名や年齢、逮捕されたことなどがブログ記事のリンクつきで投稿されていましたが、男性が不起訴処分となり、「10年を経て公訴時効も過ぎていること」や「すでにツイートのリンク先が消えていること」などを踏まえての判決だと報じられています(*2)。

公共の利益とプライバシー、表現の自由、忘れられる権利をめぐる議論は非常に複雑ですが、ひとたびインターネットの海に放り出された情報をすべて「なかったこと」にするのはとても難しいことに変わりはありません。
■情報源となっているオールドメディア
インターネットでの炎上や「私刑」、誹謗中傷は深刻な問題ですが、大本となるニュースがどこで報じられるのかといえば、テレビや新聞、雑誌などいわゆるオールドメディアであることがほとんどです。そのため被害者や加害者家族をはじめとした事件に関わる人々のプライバシーを守り、偏見や誤解を強めないためにも「報道のあり方」を定めたガイドラインの必要性を強く感じます。
もちろん、メディアも無策ではありません。神戸児童連続殺傷事件や和歌山毒物カレー事件でメディアスクラムへの批判が集まったことを受け、主な新聞社やNHK、民法各局が集まって構成される日本新聞協会は2001年12月に「集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解」を発表しています。
そこでは、以下が明示されています。
1.いやがる当事者や関係者を集団で強引に包囲した状態での取材は行うべきではない。相手が小学生や幼児の場合は、取材方法に特段の配慮を要する。
2.通夜葬儀、遺体搬送などを取材する場合、遺族や関係者の心情を踏みにじらないよう十分配慮するとともに、服装や態度などにも留意する。
3.住宅街や学校、病院など、静穏が求められる場所における取材では、取材車の駐車方法も含め、近隣の交通や静穏を阻害しないよう留意する。(*3)

しかし、メディアスクラムについては、座間9人殺害事件や京都アニメーション放火殺人事件など、重大事件のあとにもたびたび問題が指摘され続けています。
■メディアに対する「薬物報道ガイドライン」
少し話は逸れますが、薬物依存報道の場合、メディアがどのような報道をするべきか/するべきでないかを詳細に提言した「薬物報道ガイドライン」があります。

過去に有名芸能人が違法薬物を使用して逮捕された際には、自宅にレポーターが殺到し、タクシー内のドライブレコーダー映像まで放映されるなどのプライバシー侵害が起きました。また、テレビの情報バラエティ番組では依存症の知識を持たないコメンテーターが逮捕された人物の人格を否定し、事件の経緯をスキャンダラスに暴く発言もしばしば見受けられました。
このような報道が続くと、依存症への誤解や偏見を助長するばかりか、せっかく回復を始めた人の意欲を削ぐことにもつながります。また、薬物依存の問題を抱えた当人をサポートしている家族も社会的な制裁を受け、プライバシーを侵される不安に苛まれてしまいます。
さらには「注射器」や「白い粉」といった怪しげで危険なイメージがテレビで繰り返し映し出されることで、かえって若い世代が薬物への関心を高めてしまうきっかけにもなりかねません。
■何を報道し、何を報道しないべきか
このような状況に危機感を抱いた評論家の荻上チキ氏と国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師が中心となり、依存症関連の市民団体「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」の関係者らとともに報道ガイドラインを練り上げていったといいます。
このガイドラインでは「注射器」や「白い粉」といったイメージカットを用いないことや、薬物への興味を煽(あお)る結果になるような報道を行わないこと、薬物使用者の人格を否定するような表現は用いないことなどが明確に示されています。
また、単なる禁止事項を列挙するにとどまらず、依存症当事者の回復のためにも、「依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること」「相談窓口を紹介し、警察や病院以外の『出口』が複数あることを伝えること」「依存症の背景には貧困・いじめ・虐待・孤立など、社会的な問題が根深く関わっていることを広く伝えること」など、依存症にまつわる正しい知識を啓蒙(けいもう)している点はとても意義深いと思います(*4)。

*1 中島美香「犯罪者の逮捕歴をネットから削除すべきか?」東洋経済オンライン、2017年2月26日 

*2 「10年前の逮捕ツイート、『X』運営会社に削除命令 福岡地裁判決」朝日新聞、2024年11月26日

*3 「集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解」日本新聞協会、2001年12月6日

*4 「改訂版 薬物報道ガイドライン」特定非営利活動法人ASK、2024年11月20日

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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)

精神保健福祉士・社会福祉士

西川口榎本クリニック副院長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模と言われる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、長年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で現在まで3000名以上の性犯罪者の治療に関わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでいる。

主な著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』、『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(ともに幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、監修に漫画『セックス依存症になりました。』(津島隆太・作、集英社)がある。

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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳)
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