■AI時代を生きる子供たちに必要な能力
先日、小学生の息子さんがサッカーをしているという親御さんから、こんな相談を受けました。
「試合後、息子はコーチから試合の映像を見せられてはダメ出しされて、明らかに委縮しています。失敗を反省して次の試合に生かすことは大事だと思いますが、息子はまた失敗してしまうのではないかというプレッシャーから、むしろよいプレーができなくなっている気がします。どうしたらよいものでしょうか」
まず言いたいのは、このコーチは時代遅れ、早めに交代してもらったほうがいいということです。もちろん指導者が試合結果を分析して、次の試合のために戦略を練ることは必要ですが、ダメ出しのために子供に見せるのはいかがなものか。スポーツの世界で結果を出そうと思ったら、「反省」という言葉がいちばんダメなのです。
ひと昔前は、指導者たちは気合や根性で子供たちを鼓舞してきましたが、今はそんな時代ではない。AIが当たり前の情報化社会を生きる、子供たちに必要なのは「非認知能力」です。
非認知能力とは、やる気や忍耐力、協調性など、見えにくい抽象化されたものを高めたり、コントロールしたりする力。これらの根底に流れているのが、自己効力感や自己肯定感といった「自信」です。自信があれば、非認知能力は高くなるし、自信がなければ、非認知能力は低くなる。
■心=メンタルは「トレーニング」で強くできる
そもそもスポーツの世界におけるメンタルとは、忍耐力、闘争心、自己実現意欲、勝利意欲、自己コントロール能力、リラックス能力、集中力、自信、決断力、予測力、判断力、協調性といった12個の要素からできています。
そして、この12個の要素を高めるためのスキルは、(1)目的・目標設定、(2)イメージトレーニング、(3)プラス思考(ポジティブシンキング)、(4)セルフコントロール、リラクセーション、サイキングアップ、(5)集中力、(6)セルフトーク(自己対話)、(7)本番に対する心理的準備、(8)コミュニケーションの8個があります。
メンタルトレーニングのプロコーチは、12個の要素について高い、低いといったアセスメントをしながら、戦略的にそのチームの数字を上げていくために、8個のスキルを使いながら、選手自らが行うように指導しています。
大谷翔平選手は、目標設定シート、通称オープンウインドウ64、を実践したことで知られていますが、これ自体は自分の行動を書く一つの手段にすぎず、メンタルトレーニングではありません。実際に、大谷選手が花巻東高校の3年間、日本ハムファイターズの最初の4年間で学んだのは、こういったメンタルトレーニングの考え方を取り入れたセルフコーチングの手法だったと言えます。
■4観点で目標を描いてみる
この8個のスキルの中でも、もっとも重要なのは1番目のスキルである目的・目標設定、つまりゴールセッティングです。
ゴールの描き方は、図表2のように4観点で考えます。横軸は私と社会・他者、縦軸を有形と無形に分けて、それぞれ目的・目標を書き込みます。
例えば、大谷選手のような野球選手になりたい場合は、図表3のような4観点になるでしょう。
情報化社会以前の目標といえば、右上ばかりがフォーカスされていましたが、これからの時代は、この4観点で自分が目指していることを明確にして、特に「目的=なぜ目標を達成したいのか、という理由」を持つことが大切です。
ちなみに、今の大谷選手は「世界で一番愛される選手になる」という目的・目標を描いていると思います。
大事なことは、これら4観点で描いた目的・目標を、本当に達成できるのか、試練や挫折があったとしても、それを乗り越えてやれるのかということ。そのために必要なのが自信です。自信をセルフで供給していかなければならないのです。
■自己肯定感と自己効力感の違い
自信とは先に触れたように、自己肯定感と自己効力感の2種類があります。
自己肯定感とは、「私は価値のある人間だ」「私は幸せな人生を送ることができる」といった自分の価値に対する確信。一方、自己効力感は「自分はやれる」「次の試合で必ず勝てる」といった自分の能力への確信です。教育やビジネスでは自己肯定感を高める話ばかりですが、メンタルを鍛えるには、自己肯定感と自己効力感の両方を鍛えていかないと、目標を達成することはできません。
これらを高めるには、どうしたらよいか。その方法は「映像化」と「言語化」の2つあります。
(1)映像化
例えば、サッカーチームであれば、過去に優勝したとか、大逆転をしたとか、頑張ったプレーばかりを映像にし、さらに気持ちを盛り上げる音楽もつけます。この映像と音楽にいつも触れていると、プレイヤーは自己肯定感と自己効力感が高まり、よい未来が描けるようになります。
(2)言語化
まず先の4観点を文字でしっかり書き、毎日目にしたり、何度も更新したりします。この他、「自画自賛」も効果的です。毎日できたこと、よかったことを文字で書くと自己効力感が高まり、感謝を感じた行動、感謝が高まった行動を書くと、自己肯定感が高まります。この二つの貯金を貯めていくのが、自画自賛のやり方です。
子供の自己効力感を自画自賛で高めておくと、本番で結果が出るのは間違いありませんが、それだけでなく、とてつもなく大きな限界突破の未来を描くメンタルをつくることができます。そういう意味で大谷選手は、とんでもなく自己効力感の高い選手です。
大谷選手はメンタルトレーニングを土台に、高校1年生のときに「目標達成シート」を書きました。高校球児の目標といえば、たいてい「甲子園出場」や「甲子園優勝」ですが、大谷選手は、それを飛び越えて「ドラ1・8球団(8球団からドラフトで1位指名をもらうこと)」と書きました。こんなぶっとんだ未来を平気で描けるのは、大谷選手の自己効力感が非常に高かったからに他なりません。
また、監督の引き出し方が上手いことや、大きな夢を描いても誰も馬鹿にしない、よいチーム状態、安心感のある雰囲気があったのだとも思います。どちらも大切な要素です。
■子供が「辞めたい」と言い出したら
とはいえ目標設定しても、そこに行きつくまでに挫折はよくあること。
でも大谷選手も急に大リーグでMVPをとったわけではありません。中学校のときは鉛筆のような細い体で打たれまくり、高校時代もプレーで失敗して、文句を言って、監督に叱られまくったと聞いています。それがもともとの大谷選手の姿です。でもそこから少しずつ成長していった。つまり人間が成長していくには、段階を追っていかなければいけないわけです。
重要なのは、一つひとつ成功体験を積むこと。
親御さんは、子供がやる気をなくしたら、ぜひ日誌ノートを用意して「明日の目標を書いてごらん」と子供に目標を書かせてみてください。それをやれば、ワクワクする、生き生きする、楽しくなる、そういったことを一つでも二つでも書いて、できたら丸をつける。それで小成功。
そういった小さな成功をもとに、次の試合で勝つことを目指そうとか、点を入れられるように頑張ろうとか、次の目標に挑戦して、それをクリアしていく。
■「反省」させる代わりに…
その過程において非常に大事なのは、冒頭でもお伝えしたように「反省」をさせないことです。
よいのは、反省ではなく「もう一度、やり直せるとしたらどうする?」という言葉がけです。人はどうする? と言われたとたん、未来に気持ちが向いて、行動を改善しようとします。とにかく反省というのは、非常にナンセンス。もう死語にしなければいけないですよ。
こんな方法で、子供たちは自ら自信を供給しながら、小成功体験を積み上げていけば、メンタルがだんだん強くなり、やがて挫折を乗り越え、目標に向かって頑張れるようになるのです。
■プラスの記憶にはプラスの感情が一致する
それでもプレッシャーに弱くて、いざというときに結果が出せないということは、よくあります。なぜそうなるかというと、我々の記憶には感情が貼りついているからです。
例えば、東大に合格した、MVPをとったというプラスの記憶には、「うれしい」というプラスの感情が貼りついています。これはOKですが問題は、虐待を受けた、とんだ失敗をしたというマイナスの記憶に「やっちゃった」というマイナスの感情が貼りついている場合。
オギャーと生まれてから、今までの間に、成功によるプラスの感情が多いか、失敗によるマイナスの感情が多いかによって、人間はプラス思考になったり、マイナス思考になったりする。マイナス思考の人が、いくらよい未来を描こうと思っても、過去の失敗の記憶の感情が出てきて、よい未来を描くことは難しくなるのです。
だからこそまだ経験値の少ない子供たちには、プラスの記憶と感情をどんどん貼りつけてあげてほしい。これこそ周りの大人の重要な仕事です。
そのために親ができることは何か。それは環境を整えることです。子供が家で過ごすと元気が出る、と感じられるように変えていきましょう。
ポイントは、先述したように映像と言語を使うこと。リビングに賞状やトロフィーなど家族のビクトリーを飾り、みんなが常に見えるようにする。
■親がまず書いてみる
日々の日誌も大事ですが、子供がなかなか書かない場合は、親がまず書いてみる。親がやっている姿を見せると、子供は「何やっているの?」と必ず興味を寄せます。「これは○○ちゃんにはまだ早いかな?」なんて言えば、ますます関心を持つでしょう。そこで一緒にやる空気ができたら、夕食後10分は、この日誌をみんなが書くなど、家族ルーティンにする。これができたら勝ちですよ。
いまや国も非認知能力を高める教育方法を模索し始めています。ここで紹介した映像化や言語化は非認知能力を高めるための、簡単で誰でもできる方法です。
ぜひ大谷選手の話も交えながら、家族でトライしてみてください。
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原田 隆史(はらだ・たかし)
原田教育研究所社長
1960年、大阪府生まれ。奈良教育大学卒業後、大阪市内の公立中学校に20年間勤務。生活指導や陸上競技の指導経験から独自の目標達成メソッド「原田メソッド」を構築。世界中の企業やスポーツチームに導入されている。
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(原田教育研究所社長 原田 隆史)