プレゼンやスピーチを成功させるにはどうすればいいのか。解説のわかりやすさに定評がある朝の情報番組『ZIP!』(日本テレビ系)のお天気キャスターを務める小林正寿さんは、事前練習もしなければ、トーク原稿も用意しないという。
話す上で大切にしているという「たったひとつのこと」を聞いた――。(第2回/第3回)
■心の病を経験しながら、なぜ自然体でいられるのか
前回は平日朝の情報番組『ZIP!』(日本テレビ系)のお天気コーナーに出演する気象予報士、小林正寿さんが心の病から回復していく道のりをお伝えした。今回は、小林さんの“伝えるテクニック”を盗みたい。私はさまざまな天気予報を見聞きしているが、『ZIP!』の小林さんの解説が抜群にわかりやすく、聞きやすいと感じている。それは日頃から発声の練習をしている、アナウンサーのような滑らかな話し方とはまた違う。例えば小林さんは話す時に噛んでしまう時もあるが、「失敗した」という顔をしない。良い意味で仕事っぽさがないのだ。どうしたらそんなふうに人前で自然体でいられるのだろう。
「僕はテレビでも視聴者の方と会話しているつもりでいるんです」
と、小林さんが言う。
「日常会話でまったく噛まないことってないじゃないですか。同様に、人前で言い間違えても気にする必要はないと思います」
■その日の天気を“物語”のように話す
そう言われても、人前で話すことを忘れてしまったり、また練習通りに進行できないと、普通は慌てふためく。
「そうですね……。
練習はしないかもしれません。実は本番でも原稿を読んでいないのです。気象予報士の中には原稿を読んだり、文章を丸暗記して本番に臨むタイプの方もいらっしゃいますが、僕には合わなくて。そうすると『型』ができてしまい、生放送の中で臨機応変に対応できなくなってしまう気がするんです。天気予報の『持ち時間』は本番の直前まで決まらず、また本番の最中も前のコーナーが押して変わってしまうことが多々あります」
CM中に「天気、×秒ね」と急に時間が決まったり、30秒あると思っていた尺が急遽15秒になってしまったり、話している最中に「残り30秒」が2回(=「伸ばして」の意)出たり。
「だから僕は頭の中でその日の天気を物語のようにしてまとめているんです。あらかじめ思い描いていたお天気物語を、与えられた尺(持ち時間)で短編物語にするか、長編物語にするか、瞬時に判断して話している感じですね」
スピーチする内容を物語風に思い描いて覚え、その場の雰囲気や、与えられた時間に合わせて話す――そんな芸当は私にはできない。
「いやいや、みんなできますよ。難しく考えすぎなのだと思います」と、小林さんが笑いながらも真剣な口調で話す。
「誰かと会話する時に文章を暗記して話す人、いないですよね。大切なことは、相手のことを考えて“どう伝えるか”です」
■天気がいい日、荒れ模様の日で前髪を変える
小林流伝え方をまとめると、「見た目」「順番」「ひと呼吸」の3つに分けられる。
まず見た目。

気持ちのいい青空が広がる日――小林さんは全開の笑顔になる。それも「晴れた日が好き」なのではなく、天気を体感し、表現しているのだとか。
「反対に災害が起きてしまう可能性がある天気の時には、厳しい表情でいると思います。気象予報士にとって一番大切なことは“命を守る”こと。いざという時に耳を傾けてもらう信頼を得るためにも、普段から確かで役立つ情報を届けることと、表情など見た目の雰囲気にギャップをもたせるように意識しています」
髪型も、その日の天気を前髪のあげ下げで表現しているという。周囲から前髪をあげるとキリッと堅くなり、下げると優しく穏やかな印象になると言われ、そういった意見を参考に毎日ヘアスタイルを決めているそうだ(取材後、私はテレビに映る小林さんの髪型にやけに目がいくようになってしまった。そして爽やかな気候と感じたある朝、小林さんの前髪もさらさらと風で揺れているのを発見し、思わず笑ってしまう)。
■コツは「結論、共感、解決、お得情報」
さて次に、話す時の「伝える順番」だ。朝の忙しい時間帯に天気を伝える小林さんが一番意識していることは、相手の耳に“いかに残すか”。
「僕が参考にしたのは、家電量販店や大型雑貨店で行う店頭実演販売です。なぜ人が集まるのか、店頭実演販売を見かけるとメモをとりながら真剣に話を聞きました。それでうっかり買わされそうになったこともあるのですが……(笑)」
確かにメモをとりながら聞いてくれる熱心な客がいたら、商品を売りたくなる。

「それで自分なりに分析した結果、店頭実演販売は『結論』『共感』『解決』『お得情報』の4つの要素に分けられていることが多いと気づきました。エアコンの実演販売を例に挙げると『このエアコンを使えば、快適になります』という結論、最も強調したいことを最初に話しています。次に『最近、暑い日が続いていますよね』と言われれば、そうそう本当に暑かったと、聴いている人は共感しますね。
そこで、『こちらは従来のエアコンに比べて省エネで運転できるし、人感センサーもついているから、快適と感じる室温を維持できます』などと暑さに対する解決法を示す。最後に『20万円のところを、今なら10万円』というようなお得感をもってくる。こういった構成で話を進めると、聴く人の耳に残りやすいことがわかりました」
■スマホではわからないことをテレビで伝える
この構成を天気に置き換えて教えてもらった。例えば結論が「猛烈な暑さ、収まる!」だとしたら、次にくる言葉は「最近、猛暑が続いていましたよね」という共感。すると視聴者はテレビの前でうなずき、同時に「その暑さがどうして収まるの?」という疑問が出てくる。
「そこで『暑さをもたらす高気圧が弱まるからです』という解決のタイミングや理由を説明し、最後に僕ならではの付加価値(お得情報)を伝えます。例えば『高気圧が弱まるということは雨雲の発生を抑える力が弱まるということです。急な雷雨が起こりやすくなりますから、外のレジャーは注意が必要です』といった具合ですね」
実際に猛暑が収まればお出かけのチャンスと考える人が多いのだから、雷雨への注意喚起は重要だ。
「現代ではスマホで1時間後の天気まで詳細にわかる。
そういう環境でわざわざテレビのお天気解説を見てもらうのですから、コンピューターでは得られない役立つ情報を発信したいと思っています」
天気予報で「今日は×度になる」と言われても、その天気でその気温なら何を持っていけばいいのか、何を着ればいいのかが普通はわからない。だから小林さんの解説では、それらを常に意識しているのが伝わってくる。雨予報では大きな傘を持つべきか、それとも折り畳み傘でもよいのか。外に洗濯を干してもいいのか。「風が強い」とは具体的にどれほどの風なのか――私もそういった情報が知りたくて、毎朝小林さんの天気予報を見ている。
■スピーチでも効果的な「あえて間を置く」
小林流伝え方3つめは「ひと呼吸」だ。
「新人の気象予報士でありがちなのは、伝える時に情報を詰め込みすぎて早口になってしまうこと。テレビの場合はあまりにも間を置くと放送事故になってしまいますが、講演などでは大事なことを話す前に間を置くと、下を向いていた人が『どうした?』と顔を上げることもあるんですよ。もちろんプレゼンやスピーチなどでも有効です。先に述べた4つのパートでは、最初の『結論』か、最後の『お得情報』の前にひと呼吸置くといいのではないでしょうか」
頭ではわかっていても、緊張のあまり余裕のある話し方ができない時もある。私は週刊誌の記者をしていた時代、編集部内の会議で企画を発表するだけでも、早口になって資料を読み上げるだけになってしまった。
「緊張してしまうのは、自分に意識が向きすぎているかもしれないですね」と、小林さん。

「『××になったらどうしよう』と不安になったりするのも、自分のことですよね。そうではなく、相手のことを考えるんです。僕の場合は、どうしたら視聴者の方に今日の天気をわかりやすく伝えられるか。その一点に集中しています。この情報を加えたほうがいいだろうかなど、放送直前まで天気図を読み解いて考えています」
■「10のうち3だけ話す」ほうが結果的に伝わる
ギリギリまで考え尽くし調べても、そのすべてを伝えるのではなく、「調べた10のうち3を話すイメージを持つといい」という。
「せっかく調べたので言いたい気持ちはわかります。でも限られた時間に早口で10を話したとしても、伝わるのはゼロに近いです。耳に残りません」
わかるような気がする。原稿を書いている時も、思い入れのある取材先ほど伝えたいことがありすぎて要素を盛り込みすぎ、結局よくわからない原稿になりやすい。「ひと呼吸」というのは、ビジネスにおける行動すべてに必要なことだ。
それが「伝える相手のことを考える」ということでもあるのだろう。
取材の最後、小林さんが「天気に対して“えこひいき”はしたくない」と、語っていたことが印象的だった。

「災害が起こる天気は嫌ですが、好きな天気、好きな季節はありません。どの天気、どの季節にも良さはありますよね。また誰かにとって『晴れ』が嬉しくても、ある人は切実に『雨』を望んでいるかもしれません。天気図を読む中で、その画面の向こうにいる人たちが、この天気ならどんな生活を送るのかなといつも思い描いています」
伝える相手と、伝えるもの――天気への愛情があるから、この人の解説が聞きたいと思えるのかもしれない。(つづく。次回第3回は6月26日7:00に公開予定)

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小林 正寿(こばやし・まさとし)

気象予報士

1988年生まれ。茨城県出身。2012年気象予報士となり、2013年よりウェザーマップに所属。24歳の頃から気象予報士・お天気キャスターとして各局の番組に出演。2019年より『ZIP!』(日本テレビ系)にお天気キャスターとして出演中。著書に『ふしぎなお天気のいろいろ』(リピックブック)、『しゃもじがあれば箸はいらない』(KADOKAWA)がある。いばらき大使、常陸大宮大使、水戸ホーリーホックオフィシャルウェザーサポーター。X(@wm_mkobayashi)では、天気予報をツイートしている。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)

ジャーナリスト

1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。

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(気象予報士 小林 正寿、ジャーナリスト 笹井 恵里子 聞き手・構成=笹井恵里子)
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