■その正体は「とても背の高いスリムな雲」
ゲリラ豪雨のゲリラとは、ベトナム戦争中に行われた奇襲作戦などの「ゲリラ戦」からとられた言葉。予期せぬ点や、予想が難しい点がゲリラ戦と似ていることから、“狭い範囲での豪雨”のことをゲリラ豪雨と呼ぶようになったそうです。戦争を思い起こさせるという理由で、使用を控えたほうがいいという声もあります。正式な気象用語ではなく、気象庁では使用していません。
突然のどしゃ降りの雨の表現で「婆おどし」(急に降り出した、おばあさんをびっくりさせるような強い雨という意)という言葉もありますが、テレビで言ってもほとんどの人はわからないでしょう。ですから僕は「局地的豪雨」という意味で「ゲリラ豪雨」を使ってもいいと思っています。多くの人に情報が伝わって命を守ることが大切です。
なぜ短時間に局地的な激しい雨が降ってしまうのでしょうか。
夏の積乱雲(鉛直方向へ発達した巨大な雲)は高さ15kmくらいに達するなど、とても背が高くなるのが特徴なのですが、横幅は数km程度とスリムな体型のことも多いです。そのため短時間に一部の地域だけ、激しく降るのですね。
■気象予報士の“ひとこと”に注目して
ですが前々からゲリラ豪雨を「いつ、どこで降るのか」を予想するのは非常に難しいのです。低気圧や台風など大きな雲の集団による雨と違い、ゲリラ豪雨は一個もしくは数個の積乱雲が引き起こす現象だからです。一つの積乱雲がもたらす現象は、30分~1時間程度で局地的な範囲に限られます。小さなものを目で見るのが難しいように、天気の現象も規模が小さく狭い範囲で起こる現象は予想しづらいのですね。でも3~6時間くらい前になってくると、だんだん予想が当たるようになってきます。
ゲリラ豪雨に遭わないためには、まず天気予報の気象予報士の声に耳を傾けてください。「大気の状態が不安定」「天気が急変する可能性」と言っていたら要注意。積乱雲が発達しやすく、強い雨、雷雨の可能性があるということです。プラス竜巻などの激しい突風や雷、ひょうなども起こり得ます。
気象予報士が「上空に寒気が流れ込み」「暖かな湿った空気が流れ込み」などと言う時も、積乱雲が発生しやすいことを意味しています。
■「白い雲は安全」は間違い
積乱雲は遠くにある時には白く見えているのですが、自分の真上にくると真っ黒い雲に変身して激しい雷雨になります。つまり同じ積乱雲でも白い時も黒い時もあるということ。時々「黒い雲は危険で、白い雲は安全」という人がいますが、それは間違い。雲は太陽の光の当たり方で白く見えたり黒く見えたりするのです。雲が黒く見えるのは太陽の光が届いていない、つまり厚い雲ということで、雨を降らせるパワーを蓄えていることが多いですね。ですから遠くにもくもくとした白い巨大な雲が現れている時でも、もしかしたらこちらにやってきて豪雨を降らせる可能性もあるのです。
一般の方が五感でわかるという観点では、空が暗くなった、雷の音が聞こえてきたというのが危ない兆候。でもこれは誰でも「危ない」と思いますよね。ほかには「冷たい風が吹いてきた」というのも、雷雲が近づいているサインです。なぜなら少し離れたところで強い雨がもう降り出していて、その雨とともに冷たい空気が空から降りてきているんです。
■雷注意報は竜巻やひょうの危険も含まれている
また「大気の状態が不安定」「天気が急変する可能性」という日は、雷も起こりやすいと述べましたが、逆に「雷注意報」が出ている日も「ゲリラ豪雨が起きるかもしれない」という心づもりはあったほうがいいでしょう。雷注意報は朝から出されていることもよくあります。そういう日は雷だけでなく、竜巻やひょうに対しての注意も含んでいます。
今年は4月に奈良県の学校のグラウンドで落雷が発生し、部活動中の中高生6人が搬送されました。それなら「雷注意報が出ている時は部活を中止にする」という案もありそうですが、夏は頻繁に雷注意報が出ていますから、部活ができなくなってしまいます。かといって「ゴロゴロと雷鳴が聞こえてから避難する」というような音だけで判断するのも危険です。雷雲が突然発生する、巨大化した雷雲によって遠くでゴロゴロと鳴ったと思った瞬間に直撃する可能性もゼロではありません。もちろん雷の音が聞こえたら、すぐに建物の中に避難してほしいのですが、そういった大気の状態が不安定な日はこまめに気象庁ホームページやお天気アプリなどで雨雲の様子を観察することが重要です。
これからの季節は、僕たちが大雨3点セットと呼ぶ「台風、前線、湿った空気」が揃いやすい時期。
■台風が過ぎたのに豪雨になるケースも
ちなみに台風については、過ぎ去ったら必ず「青空が広がる」わけではありません。確かに定番の台風は、太平洋高気圧の端っこに沿って右カーブをして日本に近づき、東海上へと駆け抜けていきます。台風や低気圧の風は反時計回りに渦を巻いていますから、台風が過ぎ去った後は日本列島では北風が吹いて涼しくカラッとした空気が流れ込み、「台風一過」(台風が通過した後の晴れ晴れとした天気)となるわけですね。ところが台風によっては、日本海方面に進む、日本列島を大回りするパターンもあります。
こうなると台風の周りで反時計回りの風が吹くのは変わらないので南風が流れ込みます。
暑くなる上、水蒸気たっぷりの湿った空気が流れ込み、台風が過ぎ去った後も急に雨雲がわいて、ゲリラ豪雨や雷雨になることもあるのです。台風の後に屋外レジャーの予定を立てていると台無しになってしまいますよね。
台風が過ぎ去る、イコール台風一過の青空が広がると思っている人が本当に多いので、今回はどのタイプの台風かということも、天気予報の解説では伝えるようにしています。
命を守る情報に加えて、テレビの天気予報を見てくださった方には“お得情報”、生活的なアドバイスも心がけています。例えば今日はどのような服装がいいのか、また大きい傘を持ったほうがいいか折り畳み傘でもいいのかなど。実際に「夕方以降の雷雨」を予報した日に、視聴者の方から「朝は晴れていたから大きい傘を持ち歩くのが恥ずかしかったけれど、夕方に土砂降りになったから助かりました」という声をいただいたこともありました。
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小林 正寿(こばやし・まさとし)
気象予報士
1988年生まれ。茨城県出身。2012年気象予報士となり、2013年よりウェザーマップに所属。24歳の頃から気象予報士・お天気キャスターとして各局の番組に出演。2019年より『ZIP!』(日本テレビ系)にお天気キャスターとして出演中。著書に『ふしぎなお天気のいろいろ』(リピックブック)、『しゃもじがあれば箸はいらない』(KADOKAWA)がある。いばらき大使、常陸大宮大使、水戸ホーリーホックオフィシャルウェザーサポーター。X(@wm_mkobayashi)では、天気予報をツイートしている。
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(気象予報士 小林 正寿 聞き手・構成=笹井恵里子)