※本稿は、グレッグ・マキューン『エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■「全部できる」は嘘
エッセンシャル思考は、より多くの仕事をこなすためのものではなく、やり方を変えるためのものである。そのためには、ものの見方を大きく変えることが必要になる。
ただし、それは簡単なことではない。慣れ親しんだやり方(そしてそれを当たり前と思う人びと)が、つねに私たちを引きずり戻そうとするからだ。
エッセンシャル思考になるためには、3つの思い込みを克服しなくてはならない。
「やらなくては」「どれも大事」「全部できる」――この3つのセリフが、まるで伝説の妖女のように、人を非エッセンシャル思考の罠へと巧みに誘う。
うっかり耳を傾けようものなら、不要なものごとの海におぼれることになる。
エッセンシャル思考を身につけるためには、これら3つの嘘を捨て、3つの真実に置き換えなくてはならない。
「やらなくては」ではなく「やると決める」。
「どれも大事」ではなく「大事なものはめったにない」。
「全部できる」ではなく「何でもできるが、全部はやらない」。
この3つの真実が、私たちを混乱から救い出してくれる。本当に大事なことを見極め、最高のパフォーマンスを発揮することが可能になる。
非エッセンシャル思考の罠から脱け出し、エッセンシャル思考のコアとなる考え方を身につけたとき、エッセンシャル思考のやり方は第二の本能のようにしっくりと体になじむことだろう。
■どの問題がいちばん重要か?
エッセンシャル思考の基本となる3つの考え方のひとつに、「トレードオフ」がある。
すべてを手に入れることはできない。何もかもやるなんて不可能だ。何かを選ぶことは、すなわち何かを捨てること。「どうやって全部終わらせようか」と考えるのをやめて、「どの問題がいちばん重要か?」と考えよう。
1972年にタイムスリップして、S&P500(アメリカの主要銘柄500種)の全社に1ドルずつ投資したとしよう。その後の30年間で、もっとも多くの収益をもたらしてくれるのはどの企業だろうか。
金融情報誌『マネー』によると、答えは意外な企業だった。格安航空会社のサウスウエスト航空だ。
利益を出すのが難しいと言われる航空業界にあって、サウスウエスト航空は毎年めざましい業績を上げつづけた。その秘密は、創業者ハーバート・ケレハーのエッセンシャル思考にあるようだ。
■サウスウエスト航空の決断
以前あるイベントで、ケレハーがビジネス戦略について語るのを聞く機会があった。私の胸を高鳴らせたのは、彼がいかにトレードオフを意識しているかという話だ。
大手航空会社がハブ空港を拠点に路線を拡大するなかで、サウスウエスト航空はあえて2都市間を単純につなぐ「ポイント・トゥ・ポイント」路線にこだわった。凝った機内食で高い料金をとるかわりに、機内食を出さないことを選んだ。座席指定も廃止して、好きな席に座れるようにした。至れり尽くせりのサービスで価格をつり上げるよりも、単純に乗り物として使ってもらうことにしたのだ。
これらのトレードオフは、コストダウンという戦略に沿って厳密に選ばれたものである。もちろん、捨てることにはリスクもあった。
■目的外のことを断った結果
ケレハーはさらに、こう語った。
「あらゆる選択肢を見たうえで、こう言わなくてはならない。『お断りします。うちのめざす目的に貢献しないことをいくらやっても意味がないんです』と」
はじめのうち、サウスウエスト航空は批評家や世間の人から酷評された。そんなやり方、うまくいくわけがないと思われていた。「いくら安いからって、行き先も少なく食事も出さないような飛行機に誰が乗るんだ?」
ところが2年もたつと、同社の経営は軌道に乗り、大きな利益を上げはじめた。ほかの航空会社はその成功に驚き、やり方を真似ようとした。
■競争力を失ったコンチネンタル航空
そんな競合企業のひとつが、コンチネンタル航空(訳者注:現在はユナイテッド航空に併合)だった。コンチネンタル航空はサウスウエスト航空を見習い、ポイント・トゥ・ポイント型の「コンチネンタル・ライト」というサービスを開始した。
コンチネンタル・ライトは運賃を抑え、機内食や手厚いサービスを廃止。サウスウエスト航空と同じように、1日の発着回数を多くした。ところが、従来の通常路線と並行しておこなっていたために(コンチネンタル・ライトは同社サービスのごく一部にすぎなかった)、思ったほどコストが削減できない。結局、厳しい価格競争のなかで、サービスの質がずるずると低下することになった。
サウスウエスト航空が意図的にトレードオフを選んだのに対し、コンチネンタル航空は場当たり的にあれこれ試しただけだった。著名な経営学者マイケル・ポーターはこうコメントしている。
「戦略的ポジションは、別のポジションとのトレードオフなしには維持できない」
要するにコンチネンタル航空は、2つの相容れない戦略を両立させようとしたせいで、競争力を失ってしまったのである。
この失敗は高くついた。
■何かを選ぶことは何かを捨てること
この教訓は企業だけでなく、個人にも当てはまる。あなたのまわりにも、つねに予定を詰め込みすぎる人がいるのではないだろうか。移動に10分かかる場所で10分後にミーティングが始まるのに、「一本だけ」と言ってだらだらメールを書いている人。大事なプロジェクトの締切と同じ日に、面倒な報告書の作成を引き受けてしまう人。親戚の誕生日パーティーに招かれて、映画の約束があるのに「行く」と言ってしまう人。
彼らにはトレードオフが見えていない。すべてを同時にできると思っている。だが現実には、メールを書いていればミーティングに遅れる。大きな締切が重なれば、少なくとも一方が遅れる(仮に両方終わらせたとしても、品質はボロボロだ)。
何かに「イエス」と言うことは、その他すべてに「ノー」と言うことなのだ。
何かを選ぶことは、何かを捨てること。この現実を受け入れられない人は、コンチネンタル航空と同じ運命をたどることになる。中途半端に片足ずつ突っ込んで、あれもこれも失うことになるのだ。
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グレッグ・マキューン(ぐれっぐ・まきゅーん)
THIS Inc. CEO
「少ない時間とエネルギーで最大の成果を出す」というエッセンシャル思考の生き方とリーダーシップを広めるべく、世界中で講演、執筆を行う。また、アップル、グーグル、フェイスブック、ツイッター、リンクトイン、セールスフォース・ドットコム、シマンテックなどの有名企業にコンサルタントとしてアドバイスを与えている。ハーバード・ビジネス・レビューおよびリンクトイン・インフルエンサーの人気ブロガーでもある。スタンフォード大学でDesigning Life, Essentiallyクラスを開講。著書の『エッセンシャル思考』(かんき出版)と共著書『メンバーの才能を開花させる技法』(海と月社)の原書は、ともに米国でベストセラー入りしている。
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(THIS Inc. CEO グレッグ・マキューン)