理想の人材を採用するのは難しい。妥協してもいいポイントはあるのか。
経営層のヘッドハンティングに従事してきたグロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクターの小野壮彦さんは「意外かもしれないが、カルチャーフィットは妥協してもいい」という――。
※本稿は、小野壮彦『世界標準の採用』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■企業カルチャーに合う人材を採用したい気持ちはわかるが…
もう一つ、採用のジャッジにおいて妥協してもよいと考えられる要素として、意外かもしれませんが「カルチャーフィット」が挙げられます。前著『人を選ぶ技術』でも、私は「カルチャー」をジャッジの基準とすることに対して警鐘を鳴らしました。
しかし、この点においては一部で賛同を得られなかった面もあったように感じます。それだけ、自社のカルチャーに強くこだわる方は多いのでしょう。そこで、本書では、このテーマについてもう少し丁寧に説明を加えたいと思います。
企業カルチャーに合う人材を採用したいという気持ちや、その重要性は十分に理解できます。実際、多くの企業でカルチャーフィットが重視されているのは、企業カルチャーに合わない人材を採用することで、組織の一体感や心理的安全性が損なわれるリスクがあるからです。当然ながら、企業カルチャーが深く強く根づいている組織ほど、そのリスクがより大きくなる傾向があります。
また、スタートアップの初期段階においてカルチャーフィットが特に重要視されるのも自然なことでしょう。スタートアップにとって、企業カルチャーの形成はコミュニケーションの良化を助け、中長期的な成功を左右する鍵となるからです。

■採用のジャッジ基準として使うことには反対
米カリフォルニアのベンチャーキャピタル、コースラ・ベンチャーズのマネージング・ディレクター、キース・ラボイスは、企業カルチャーをコンクリートに例えています。初期は柔らかくて可変ですが、いったん固まると変えることが難しく、軌道修正には、まるで電動削岩機で破壊するかのようなコストと痛みを伴うというのです 。
採用の文脈で捉えるなら、初期段階でカルチャーに合わない人材を取り込んでしまうと、異分子を含んだままコンクリートが固まってしまうというわけです。その修正に様々なリソースが奪われるという警告も納得できます。
ただし、本書のテーマは組織開発ではなく、あくまで「採用」です。私が企業にアドバイスをする際には、一貫して「企業カルチャーを育むことは重要。しかし、カルチャーフィットを採用のジャッジ基準として使うことには反対」という立場を取っています。
なぜかというと、面接で果たしてカルチャーフィットを正確に見極められるのだろうか? という疑問がどうしても拭えないからです。ここだけの話、現場での体感として、これほどジャッジミスを招きやすい評価軸はなかなか他に見当たらないのではないかとすら考えています。
■候補者は「合わせにくる」に決まっている
もう少し掘り下げます。採用面接の評価項目に「カルチャーフィット」を入れている企業は少なくありません。その多くは前提として、自分たちは「良い会社」だと思っていらっしゃるはずです。
独自の企業カルチャーを強く持ち、その中で働く人たちは「私たちは素晴らしい文化を持つ企業で働いている」という自負を持っています。だからこそ、新しく入社する人にもその文化への適合を期待し、「私が大好きなこのカルチャー、あなたも好きだよね?」と確認したくなるのです。
しかし、これをどうやって確認するのか、が問題です。
「うちはこうだけど、あなたはどう?」という形式の質問では、候補者は「合わせにくる」に決まっています。
一方で「うちはこういうカルチャーなんだけど」と内心で思いながらも、口には出さず、「そういう話にどこかで触れてくれないかな?」と様子をうかがう作戦は、どうでしょう。これは偶発性に「ジャッジ」を委ねるようなものです。たまたまそのときの話の流れで期待されている話題やキーワードに触れなかった候補者は、それだけでアウトになってしまいます。
■カルチャーフィットを見抜く「問い」を立てるのが難しい
お分かりでしょうか。カルチャーフィットを見抜くための問いをうまく立てることは、やたらと難しいのです。
「最後はフィーリングで判断する」という作戦も、創業者や社長ならば許されるかもしれませんが、それが企業として採用力を向上させ、その機能をシステマティックに拡張させていく方法として適切かといわれると疑問が残ります。
そもそも、面接という非日常な空間で候補者の「素の姿」が見えてくることは、なかなかありません。そのような場において面接官が「なんとなくの肌感覚」でカルチャーフィットを評価することは、ちょっと落ち着いて考えたらなかなか危険なアプローチではないかと思いませんか。

■スターバックス日本上陸1号店での経験
私自身の経験ですが、若い頃に「スターバックスコーヒー」でアルバイトをしていたことがあります。1996年に東京・銀座の松屋裏にオープンした、日本上陸1号店のオープニングスタッフでした。
1号店のオープンを目前に控えたある日、大詰めの事前準備として、オープニングスタッフを対象とした研修が行われることになりました。アルバイトである私もその一員として、東京・表参道のオフィスに招集されたのです。
そこでは、スターバックスの歴史や商品知識、そして企業カルチャーについて徹底的な仕込みが行われました。
研修リーダーは、日本人なのにノリは完全にアメリカンな、本社から派遣されたお姉さんです。トレーニング用の映像には日本語字幕がつけられ、それが次々と流されていきます。
「クルーのベッキーが、大きなタンクに入ったモーニングドリップコーヒーを運ぼうとしてつまずき、コーヒーをぶちまけてしまいます。そこで、同僚のジョーはベッキーにどんな声をかけるべきでしょうか?」
1.「気をつけろ!」

2.「僕もやったことがある。問題ないさ!」
■「予定調和の弁論大会」になってしまう
すかさず、隣の真面目そうな子が手を挙げて「はい。2番です。大丈夫だよって声をかけるべきです」と、驚くことに真顔で答えたのです。

間髪を入れず、研修リーダーは盛大に彼女を褒めます。
「そうよ! アメージング! あなたはうちのカルチャーにぴったりよ!」
さて、この話が何と関係があるのかと思われるかもしれませんが、企業の採用面接でも実はこれと同じようなレベルの滑稽なやりとりが頻繁に起きているのです。
この問題をさらにタチが悪いものにしているのは、仕事が欲しい候補者であればあるほど、ガンガンに合わせにくる。という構造的なイシューです。
面接官は自社の企業カルチャーを守りたいあまり、「この候補者は我が社のカルチャーに合っているか?」と確認しようとします。
一方、就職を決めたくて必死な候補者ほど、その企業に入りたいがために事前調査をしますし、「こう答えれば好印象を持たれるだろう」と答えを準備して共感が伝わるよう努力します。
そう、それはまるで予定調和の弁論大会。「カルチャーフィット・ゲーム」が、カルチャーを大切にする真面目な会社の面接官と、ちゃんとしなきゃ! と頑張る候補者の間で、延々と繰り広げられているのです。
■優秀なのに見送ってしまう残念な事態も起きる
その一方で、転職に積極的ではないパッシブな候補者や、引く手あまたなトップクラスの人材はどうでしょうか、必ずしも「我が社」に合わせた「予習」をしてきてくれるとは限りません。
結果として、優秀な候補者の方が少しズレた答えをするかもしれないですし、その微妙なズレが理由で「この人はうちの文化に合わない」と判断して、優秀なのに見送ってしまうという残念なことが起きてしまう。
これを茶番といわず、なんと呼ぶのでしょうか。
■バイアスがもたらす「悲劇」
さらにこの問題を厄介なものとする、ある要素について触れておく必要があります。

それは、バイアスです。
企業カルチャーが強ければ強いほど、面接官は期待に反する言動や反応を示す候補者に対して、過剰に反応してしまいがちです。つまり、カルチャーフィットという一つの評価項目に対して、過度に重みを置いてしまう傾向があるということです。
たとえ他の評価項目が優れていても、カルチャーフィットでわずかな引っかかりを感じた場合、それだけでNGの判断が下されるケースを何度も目にしてきました。
これは、政治的あるいは宗教的な信条が絡む問題において人が排他的になりやすい傾向と、同じ根を持つ問題といえるでしょう。
私がかつて同席した面接で実際に起きた、排他的な判断の例をご紹介します。
ある採用面接で「ミスをした部下にどう対応しますか?」という質問が投げかけられました。候補者は、その「ミス」を「ケアレスミス」と捉え、「そうですね。気のゆるみを戒め、厳しく指導しますね」と答えました。しかし、面接官が意図していたのは、「挑戦の結果としてのミス」だったのです。
その結果、面接官は「この人は挑戦を重んじる私たちの企業カルチャーに合わない」と判断し、その候補者を不合格にしてしまいました。
これは単純な例ですが、似たようなレベルでの思い込みのすれ違いが起こす悲劇(もはや喜劇かもしれません)は、本当によく見られます。


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小野 壮彦(おの・たけひこ)

グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター

大学卒業後、戦略コンサルタント、ベンチャー創業、プロ経営者などのキャリアを経験した後、グローバル展開するエグゼクティブ・サーチ・ファームに入社。経営層に特化したヘッドハンティング・人材鑑定業務に10年間従事する。現在は日本最大級のベンチャーキャピタルであるグロービス・キャピタル・パートナーズのバリューアップ・チーム「GCPX」のリーダーとして急成長企業のリーダーシップ開発、及び組織構築支援を多数手掛ける。早稲田大学商学部卒業、SDAボッコーニ経営大学院MBA。

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(グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 小野 壮彦)
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