人生の伴侶を見極めるために必要なこととはなにか。主宰する結婚相談所でカウンセラーを務めている大屋優子さんは「ある日、営業成績が優秀だという36歳の男性が訪れた。
人当たりもよく、コミュニケーション力も抜群ですぐに結婚するかのように思えたが、序盤は苦戦が続いていた」という――。
※なお、本稿は個人が特定されないよう、相談者のエピソードには変更や修正を加えている。
■“恋愛相手を探す場所”ではない
マッチングアプリ花盛り。若者の既婚者のうち約50%がマッチングアプリを利用したことがあるという調査結果(こども家庭庁)もある。
友達と遊び半分でインストールしてみただけのかたから、ガチで恋愛や結婚を目指すかたなど、その利用スタイルはさまざまではあるが、とても身近に存在している。
実際にマッチングアプリからのご縁でたくさんの恋愛や結婚も生まれた。と同時に、詐欺や、既婚者の紛れ込みなども数多く報じられている。その理由は、すべてのアプリではないものの、「独身」や「年収や学歴」の証明なしに登録、利用できるからだと考えている。
近年は、「独身証明書」の提出の義務付けがされているところも増えてはいるが、アプリ上の出会いは2人の意思にまかされており、万が一のトラブルにも、アプリ側にはあずかり知らぬこととなることが多いとも聞いたことがある。
私は「結婚相談所」を運営しているが、このマッチングアプリと結婚相談所の違いは何かを考えると、公的な書類で証明された「安全性」と「結婚カウンセラーの存在」の2つかと思う。また、登録者の目的は、「結婚」であり、恋愛相手を探す場ではないということも大きい。
■入会するにもハードル、ルールも厳しい
結婚相談所では、婚活者たちを守るために「婚前交渉禁止」や「一度成立したお見合いをキャンセルする場合には違約金がかかる」などといったルールが徹底されている。

これ以外に、お見合い場所やお見合い時間などについても、マナーが徹底的に重視される。だからこそ、約束したお見合い場所に出向いたら相手がいなかった、などということはまずない。お茶代は男性側が2人分負担するのがお約束で、どちらがお財布を出すかと、余計な心配をすることもない。
また、お見合いから基本的には3カ月~半年間で結婚するか否かを判断しなくてはならないため、ダラダラと時間を無駄にすることがないのも、婚活者にはメリットである。必ず希望通りの相手とお見合いできるとは限らないが、会えるかどうかは、お見合いの成立により担保されている。
入会するにも、現在結婚していないことを証明する「独身証明書」をはじめ、住民票や年収証明、医師や弁護士などの資格を有する場合にはその資格証明が必要だ。大学以上の学歴を記載する場合には、卒業証明書も必要になる。そこまでの労力とお金をかけてでも、「結婚したい」と考えている人たちが登録しているのだ。
その決断をした36歳、会社員の男性(Aさん)が私の相談所を訪れた。
■“コミュ力”抜群の遊び人だった
Aさんは、GMARCHに含まれる大学を卒業し、IT系の営業マンとして、入社後からバリバリと活躍。インセンティブ部分が多くを占めるお給料は、年収換算すると900万円近くあるという。第一印象はとても明るく、さわやかな雰囲気にあふれていた。

聞けば、この数年間はマッチングアプリで出会いと別れを繰り返していたという。いや、正確に表現するなら、彼は“自信家で女好きの遊び人”というのが適切だ。“コミュ力”を武器にいろんな女性と出会い、遊び、真剣に付き合うことはほとんどない。たまに数回デートするような交際に発展しても、合コンなどで出会ったほかの女性に目移りしてしまい長くは続かなかったそうだ。
それでも、入会直前までは恋人と呼べる女性もいたらしい。そろそろ結婚してもいいかとなんとなく思っていたそうだが、Aくんって、仕事が恋人なのねと一方的に告げられて破局してしまったようだ。
恋人に振られ、ふと周りを見てみると、大学の同級生がわが子と楽しそうに遊んでいる。同級生、同世代の同僚たちの結婚ラッシュはとうに過ぎている。
気付けばアラフォーに差し掛かっていた。独身の自分は少数派。一体何をやっていたのかと急に焦りを覚え、そろそろ本気で相手を見つけなければいけないと考えるようになったそうだ。
■「30代半ば」「年収600万円以上」は人気
だが、何しろ彼は仕事に生き、とにかく多忙でもあった。
そのうえ、週末も趣味のフットサルの予定が毎週のように入ってくる。
となると、相手が本気かどうかもわからず、結婚できるかすらわからないマッチングアプリはもうやめて、いっそのこと「結婚」を目的とした「結婚相談所」で人生のパートナーを探すのが最短ルートであると思ったそうだ。
結婚相談所において、大卒で、首都圏在住の年収が600万円以上の30代半ば男性の需要はとても高い。
この理由は、女性たちが出産年齢を考えたときに30歳という現実に焦りを感じ、真剣な出会いを求めて結婚相談所に入会する一方で、男性が本気で結婚を焦りだすのは、アラフォー付近だからだ。つまり、彼は結婚相談所に登録している男性たちのなかでは、少しだけ若く、年齢の観点でアドバンテージがあった。
さらに、30代で年収が高い男性ともなると、さらに希少価値が高くなる。よって、年齢の近い男性と結婚したいというアラサー女性が圧倒的多数の中で、30代半ばで年収も高い彼は、結婚相談所においては人気の対象ということになるのだ。
■“入会バブル”で8人とお見合い
彼の婚活がスタートした。予想通り、入会直後の「入会バブル」とも呼ばれる、お見合いお申し込みラッシュも訪れた。入会したての男性の傾向として、相手のルックスを重視したがる。彼も、好みの女性からのお申し込みはほぼすべて受けた。
だが、身体は1つ。
あまりにもたくさんのお見合いを受けすぎると、調整が困難になるばかりか、1日にお見合いを3件とか4件しなくてはならなくなる。同日に初対面の何人もの人と会って、会話をするということは、相当な神経を使うし、誰とどんな話をしたかもわからなくなってしまう。
いくら彼は優秀な営業マンで、仕事では日々何人ものかたと面談をしているとはいえ、お見合いともなればさすがに事情が違う。こればかりは個人差があるのも事実だが、カウンセラーの立場としては、1日2人くらいまでのほうが、大事に相手を見極めることができるように思っている。
結局、入会バブルの時期に8人の女性とのお見合いが決まった。
■親しみを込めた“呼び方”が裏目に
結婚相談所では、入会時にお見合いのマナーやルールを会員に説明する。当然この彼にも話はしたが、何しろ彼は自分のコミュ力には絶対の自信を持っているから、私もあまりにも微に入り細に入り伝えることは控えた。きっと彼なら持ち前のコミュニケーション能力で、初対面の異性とも楽しく会話ができるはずだ。何しろ、コミュ力抜群、会話が続かないなどということはないだろうから。
……と思って送り出した1人目のお見合いで、彼はいきなり「お断り」の洗礼を受けた。なぜなのかわからなかった。相手女性のカウンセラーに、率直にお断り理由を尋ねてみた。

「良い方でお話も盛り上がったのですが、いきなり馴れ馴れしく下の名前で呼んできたそうで、うちの会員は引いてしまったんです」
確かに下の名前で呼んではいけない、とは伝えていなかった。結婚相談所のシステム上、お見合いが成立するとフルネームではなく、苗字のみが開示される。フルネーム開示は、仮交際が成立してからだが、彼は、相手に下の名前を聞いて、お見合い中に相手のことを下の名前で親しみを込めて呼んでいたそうだ。
相手の懐に入ろうとする意気込みは悪くない。おそらく彼もコミュ力に自信があるゆえの行動だったのだろうとは思うが、結婚相談所の婚活では拙速な行動だった。マッチングアプリでは通用したのだろうが、これが仇となり「軽い男」だと見られてしまったのだ。
■行動が空回りしていた
また、別のお見合い相手には、いきなり名刺を差し出したこともあったそうで、フルネームを開示してしまうのはルール違反。またある時には、お見合いの別れ際に「また会いましょう」と握手を求めたという。自信家ゆえの婚活が、明らかに空回りしていた。
やらかしと反省を繰り返した中で、そんな彼も交際希望が成立した相手が2人いた。そのうちの1人の女性からは積極的なアプローチをもらい、彼も前向きに交際していた。この時期ちょうど、年末年始という長期休みを控えていた。
デートの約束をとりつけるにあたって、またもや事件が起こった。
2人して行ってみたいと思っていた場所が、東京から少し離れた三重県の伊勢神宮。お伊勢参りに行ってみたい、という話で盛り上がっていたそうだが、彼はお泊まりありのデートを提案したのである。そんなことを私は知らず、突然先方のカウンセラーから私に連絡が入った。
「宿泊を伴う旅行デートにお誘いされたそうで、交際終了を考えております。ルールで、宿泊を伴うデートや旅行は禁止されています。厳しくご指導ください」
■謝罪するも、不信感を払拭できず
びっくり仰天した私は即座に彼をオフィスに呼び出し、これ以上のルール違反はあってはならないこと、今後違反行為があった場合には、結婚相談所を退会していただくと注意をした。
彼は悪気があったのではなく、彼女との結婚に前向きな気持ちでいたからこそ誘ったということであったが、だからお泊まりを伴うデートに誘ってよいわけなどない。「結婚相談所の婚前交渉禁止、宿泊を伴うデート禁止」に特例はない。いくら彼がこれで通用してきたといっても、結婚に本気ゆえの発言だとしても、安心して婚活が進められるよう設計された相談所では問答無用のルール違反である。
彼は誠心誠意のおわびをし、彼女もこの件を許してくれた。先方カウンセラーからも、もうしばらく2人の交際を見守りましょうとの連絡をいただいたが、その後2回デートしたものの、彼女から交際終了が来た。
「彼のルール違反をやっぱり忘れることができません。結婚後もこういった不誠実なことが起きる可能性があります」というのが、交際終了の理由に記載されていた。
■「相手に寄り添う必要がある」
彼は、自分に自信があった。彼女に誠意が伝わるはずだと思っていた。理解を得て、交際は継続できると信じて疑ってもいなかった。何しろ彼は、仕事の場面でも多くの客先から信頼を得て、成績優秀な営業マンとして社内表彰などもたくさんされている。コミュ力も抜群だから、気持ちが彼女にも伝わるはずだと思っていた。
だが、話を聞いていると、自信家ゆえのおごりがあるようにも見えてきた。確信に変わったのは「僕のような人と結婚すれば幸せにしてあげられると思うんですけどね……」という発言である。私は、彼に気づいてもらいたくて、少しキツい言葉を投げかけた。
「Aさんは仕事もできて、相手の懐に入るセンスも抜群です。話も上手で、モテてきたのでしょうけど、婚活というフィールドではすべてが裏目に出ています。ルールを守るというのもそうなんですが、もっと相手に寄り添う必要があると思います。Aさんは、寄り添う前に“俺ってすごいでしょ”という空気を出してしまっているように思うんです。相手にとっては“上から目線”や“自己中心的”に映ってしまうのではないですか」
恋愛は、営業のように数字で成果を出すものではない。どれだけ過去の恋愛経験が豊富であろうと、“将来にわたって一緒にいたい”と相手に思ってもらわなければ、一生の伴侶を見つけることにはつながらないと思う。
■自信を喪失してしまった
意気消沈した彼は、すっかり元気をなくし、婚活への意欲を失ってしまった。コミュニケーション能力に自信があった分、伝わらなかったことが残念でならなかった。しかも、私からは痛いところを突かれ、完全に自信を喪失してしまった。
その後も何人かのお見合いお申し込みをいただいたが、彼はしばらくお見合いを受けることがなかった。だが結婚につなげることが私の役割でもあるし、入会バブルのときに調子にのってしまうのは婚活あるあるでもある。何回か彼を呼び出して元気づけ、もう一度婚活に向き合っていきましょうと鼓舞をし続けた。
そんなことから1カ月後、彼の人生の伴侶となる女性から、お見合いのお申し込みをいただいた。彼女は34歳、離婚歴があるが、子供はいない。職業は看護師で、プロフィールからも明るく、聡明な印象を受けた。彼は再婚女性であってもお人柄重視で人生のパートナーを探したいと考えているので、この再婚女性のお見合いを受けて仮交際となった。
再婚ということは、一度は配偶者とともに暮らした経験があるということ。結婚相談所では不利になるのではないか? と不安を抱くかたも少なくないが、結局は相性である。
■相手女性の元夫は借金問題を抱えていた
自分が初婚で、離婚歴のある人とは結婚したくない、というかたもいるが、これは本人の考え方次第。初婚同士、再婚同士でもよいし、どちらかが初婚で、どちらかが再婚でも幸せになるカップルは多数いる。一度失敗しているからこそ、次の結婚生活を大事にしようと考えているかたも多い。
今回は、彼も過去の失敗を絶対に繰り返さないとの思いで再スタートを切っているため、彼とその再婚女性との交際は、順調に進んだ。
彼女は、過去の離婚経験から相手を思いやる気持ちにあふれていた。離婚理由についても誠実に伝えられたという。元夫にはギャンブル癖があり、多数の借金を抱えていた。消費者金融にも手を出し、昼夜問わず借金の返済督促に追われたそうだ。離婚以外に彼女が安心を手に入れる方法はなかった。納得できる理由だった。
その後も2人は毎週デートを重ね、加えて毎夜電話で今日あった出来事を話すようになった。毎日電話で話しても会話が途切れることはなかった。
彼女の仕事で起きた悩みや、彼の営業先での出来事など、ごく当たり前の会話が心地良かったようだ。「居心地が良い」という相手とは、出会えるようで実はなかなかいない。お互いが、一緒にいて、疲れない、飽きない、また会いたいと思える人と感じていたようである。
■「2人の関係」は2人で築いていく
彼はデートのたびにご馳走していた。自分のほうが収入が多いのだから、女性にお財布を開けさせたくないという思いからだったが、彼女は当たり前とは思っていなかった。むしろ、交互に奢りあうことを彼に提案したそうだ。
結婚相談所で婚活する以前にもお付き合いした女性はたくさんいたが、その時も、彼は全奢りだった。だから、彼女の申し出には、感謝と一種の驚きを覚えた。「女性に奢るのが当たり前」というのが、彼の常識だった。だが彼女との出会いによって、2人の関係は2人で築いていくものだという意識が芽生えたのだ。
その後も2人はデートを重ねていった。やがて1日中一緒に過ごすことも多くなり、ランチは彼女の奢り、ディナーは彼の奢りという暗黙のルールも出来ていったそうだ。
今は昭和ではなく令和の時代。共働きはごく普通になり、結婚後は家事、育児を夫婦で分担する。男は外で働き、女は家庭を守るという価値観は過去のものだ。2人で家計を支え、2人で家庭を築いていくのだ。毎週末の2人のデートのなかで、結婚後のイメージを思い描くようになっていった。
■2人の間に「上下」はない
彼が結婚を固く決意したのは、彼女が放ったこの一言だったそうだ。
「Aさんが、病気で働けなくなったら、私が働くから無理しすぎなくていいんだよ」
数字を追いかけ、連日仕事を頑張る彼に向けられたこの言葉に、「この人を一生大事にしていこう」と決意が生まれた。結婚したら男が家族を養うのが当たり前とどこかで思っていた彼。男は外でがむしゃらに働くものだとも思い込んでいた彼。自信満々で、どこか上から目線だった彼は、彼女との出会いで変わっていった。
結婚とは、2人で時間もお金も気持ちも共有していくことだと思う。どちらか一方が上とか、下とかはない。それに気づかせてくれたのが彼女だった。相手に寄り添うことを大事にしたら、相手からも寄り添ってくれたのである。
■“一方通行”では成り立たない
結婚生活が始まれば「病むときも、健やかなるときも」ともに暮らしていくことになる。どちらか一方だけが、与えられる結婚はない。もしも自分の配偶者がけがや病気で働けなくなったとしたら、努力して家族の暮らしを支える必要がでてくる。
恋愛結婚であろうが、お見合い結婚であろうが変わらないだろう。結婚相談所では、男性の稼ぎで安定した暮らしを求める女性も散見されるが、これは心身ともに健康で、今と変わらぬ暮らしがある前提の話。今後一生涯にわたって収入があるという保証はどこにもない。
今結婚を考えている相手がいるすべてのかたに、相手の稼ぎがなくなっても、自分がサポートし、家計を支える覚悟があるかを、この彼女の発言からぜひ考えてみてほしいと思う。
彼の結婚相談所での活動期間は7カ月。やり手営業マンぶりを婚活にも持ち込んで、こっぴどい失恋を経験し、時には自信を喪失しながらも、運命の相手との出会いにより、交際2カ月で成婚退会した。
今は子宝にも恵まれて、共働きしながら、幸せに満ちあふれた家庭を築いている。

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大屋 優子(おおや・ゆうこ)

結婚カウンセラー

1964年生まれ、株式会社ロックビレッジ取締役。ウエディングに特化した広告代理店を30年以上経営のかたわら、婚活サロンを主宰。世話好き結婚カウンセラーとして奔走。著書に『余計なお世話いたします 半年以内に結婚できる20のルール』(集英社)がある。

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(結婚カウンセラー 大屋 優子)
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