年齢を重ねても健康な人は、何が違うのか。フィジカルトレーナーの清水忍さんは「健康な人は“歩き方”や“姿勢”が全く違う。
日常での体の使い方の差が、そこに表れるからだ。意識的に見直していけば、身体機能のパフォーマンスもあがっていくだろう」という――。
※本稿は、清水忍『60歳で最高の体調』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■「歩き方」にコンディションが表れる
フィジカルコーチとして多くの人の身体を見てきた私は、クライアントと初めて会うとき、最初に歩き方に注目します。なぜなら、歩き方を見れば、その人の運動習慣のあるなし、今現在の身体のコンディションがわかるからです。
それも本人が特に意識していない普段の歩き姿にこそ、本質が表れます。そして、中高年から老年期のクライアントの場合、歩き方のなかでも特に「歩幅」に目を向けます。というのも、歩幅はその人の体力を知る上で重要な指標となるからです。
ぜひ街で、駅の構内で、すれ違う人たちの歩き方を観察してみてください。人混みの中でもスタスタと自分のペースで歩いて行き、前方や横からスマホなどを見ながらぶつかってきそうになる人が現れても、さっとよけて、何事もなかったように進むことができる……。こういう人は運動マインドがあり、生活の中で適度に身体を動かしているから体力が維持できています。
一方、周囲に比べて歩くペースが遅く、追い越されてしまっている人。
周りの人とすれ違うとき、戸惑ったり、立ち止まったりしてしまう人。こうした人は、年齢に関係なく運動機能が落ちてきてしまっています。そして、歩き方は、その人が周囲に与える印象にも深く関係しています。
■老けて見える人は「膝下歩き」
年齢に関係なく周囲に若々しい印象を与える人と、50代なのに老け込んで見えてしまう人。そのイメージの差を分けているのは、歩き方です。年齢よりも老けている人に共通するのが、「膝下歩き」です。
これは、靴を引きずるような歩き方。足をほとんど上げず、膝下だけを動かして歩いていく。イメージとしては、膝上あたりをグルッとバンドで括って歩いている状態です。膝から下しか動かせないですよね。これが膝下歩きです。周囲が静かなら、靴と地面が擦(す)れる音も聞こえてくるはずです。

姿勢は猫背で、前屈かがみ。つま先から着地する傾向があり、歩幅は狭く、ずりずりと歩んでいきます。
なぜそういう歩き方と歩き姿勢になるかというと、それは「片足で立つ時間を極力短くしたい」「余計な力を使わず省エネで歩きたい」という本能的な防衛反応からです。
歩くという動作の本質は、前方への体重移動にあります。踏み込み、片足で身体を支えながら、次の一歩を踏み出し、前方へ体重を移動させ、前進する。その際、かかとから着地した足でぐっと地面を踏み込み、大股で歩くと、片足で体重を支える時間が長くなります。
■体力が低下すると歩幅が狭くなる
つまり、私たちが大股ですたすた歩くためには、次の2つの体力が必要になるのです。
①片足で立っているためのバランス感覚

②片足でしっかりと地面を踏み込める筋力
これらの体力が加齢と運動不足によって低下していくと、自然と歩幅は狭くなっていきます。バランスを崩すことへの不安から、常に両足を地面に近づけておきたいという無意識の働きが生まれ、結果として「膝下歩き」になってしまうのです。
事実、アシックススポーツ工学研究所が、3次元足形計測機や歩行姿勢測定システムなどで収集したデータによると、日本人は男女ともに50歳を境に歩く速度が落ち、歩幅が狭い歩き方に変化していく傾向があることがわかっています。
ただこれは統計のデータであって、50歳を過ぎた人全員が生物学的にそうなるわけではありません。活動的ではないことで、歩く速度が落ち、歩幅が狭い歩き方に変化していく傾向があるのです。

現在のあなたの歩き方はどうですか? じっくり自分の歩き方を意識したことがありますか?
■「大股歩き」がいい
では、年齢よりも若々しい印象を受ける人は、どんな歩き方をしているでしょうか。
ポイントは、しっかりとした「大股歩き」にあります。足が前方に大きく踏み出され、必ずかかとから着地。目線は前方を見ていて、背筋が伸び、身体ごと前に進んでいく印象を与えます。
こうした「大股歩き」ができている人は、股関節(こかんせつ)周りの筋肉を効果的に使い、スムーズに前方への体重移動を行なえている状態です。
そして、大股で歩くことにはもう一つ重要な意味があります。じつは股関節周りには、腰の腸腰筋(ちょうようきん)、もものハムストリングスなど、歩行だけでなく、姿勢を保つのに重要な筋肉が集まっています。大股で歩くと、これらの筋肉を鍛えることにもなり、筋力の強化やスタイルアップにもつながるのです。
つまり、若々しい印象を与える歩き方、歩き姿ができている人は、身体そのものも若々しく保てる傾向にあるわけです。
一方で、身体のどこかに不調がある人は自然と歩幅が狭くなります。
■改善するための5つのポイント
たとえば、膝や腰、足首、足の裏などに痛みがある場合、大股で歩くと痛めている部位への負担が大きくなるので、無意識のうちに歩幅を狭めてしまうのです。
これは年齢が上がったことによる不調ではなく、身体の状態の問題。
怪我をしているのなら、医療機関での治療が必要ですが、大きな怪我ではないのに歩くと痛いという人は、歩くという動作を見直すだけで改善する可能性があります。
改善のために次の5つのポイントを意識してみてください。
①目線はまっすぐ前に

②前に出す足に重心をのせるよう意識する

③腕を大きく前後に振る

④歩幅をできるだけ大きく

⑤腰を丸めず、反らさず、できるだけまっすぐを保つ
その際、注意点が1つあります。前に出す足に重心をのせるよう意識し、歩幅をできるだけ大きくしようとすると、後ろの足のつま先で地面を後方に蹴るようになってしまいがちです。でも、つま先で地面を後方に蹴るように歩くと、ふくらはぎの筋肉の負担が増して、結果として疲れやすい歩き方になってしまいます。
若々しく見える歩き方、歩き姿勢を身につけるコツは、前に出す足を大きく振り出し、かかとから着地。そこに体重をのせるイメージを持つこと。前方への体重移動がスムーズに繰り返されることで、大股でスタスタ進む歩き姿になります。歩き方には、あなたの現時点での身体機能が表れているのです。
■「運動する」より「姿勢を知る」
歩き方に続いて、意識的に自分の状態を確認していただきたいのが、2つ目のキーワードである「姿勢」についてです。私は個々のクライアントの方々に合ったパーソナルメニューを考える前に、フィジカルコーチとして必ずお伝えしているメッセージがあります。
それは「一生懸命、運動することよりも、もっと大切なことがあります。
それは適切な姿勢を知り、身体を動かすことです」というもの。
トレーニングの現場でクライアントの方々のお話を聞いていると、「自己流でジョギングや筋トレに取り組んでいるものの、なかなか痩せない、腰痛が改善されない……」といった悩みをよく耳にします。
努力しているのに成果が出ないと、モチベーションが下がりますよね。じつは運動をしても成果が出ない大きな原因が、その動作に適したいい姿勢が取れていないことにあります。
■“いい姿勢”で身体を動かすことが重要
日常生活の中に身体を動かす運動マインド、運動の習慣を取り入れていくと、私たちは何歳からでも「人生で一番かっこいい動ける身体」をつくっていくことができます。ただし、より確実に成果を出したいのなら、それぞれの動作に適切ないい姿勢で身体を動かすことが大切。
たとえば、いい姿勢は先ほどお話しした歩き方「大股歩き」にも通じます。同じ距離を歩いても、歩く際の悪い姿勢である「膝下歩き」と、いい姿勢である「大股歩き」では、運動効果が劇的に異なります。なにより、悪い姿勢で身体を動かすと筋肉や関節を痛めてしまう危険性もあるのです。身体を動かすなら、いい姿勢で。期待している成果が出ます。
本書でも触れましたが、バラク・オバマをはじめとする政治家たちが年齢よりも若々しく見えること。
その理由はすーっとしたいい姿勢での立ち姿にあります。これは偶然ではなく、ハリウッドスターも、日本の俳優陣も同じく、皆さんいい姿勢で立つトレーニングを積んでいるのです。
■「見た目」と「印象」に影響する
興味深い話があります。歌舞伎の世界では、1人の役者が若者から老人まで、複数の役を演じ分ける際、年齢による違いを表現するための伝統的な所作が引き継がれています。その所作とは、姿勢を変化させていく動きです。最大のポイントは「背中を丸めること」だといわれます。少し身体を前傾させ、姿勢を崩すだけで演じている役柄が老年期に入ったことが観客に伝わるのです。
これは実生活にも通じています。もし、政治家たちが悪い姿勢で壇上に立ち、演説していたら、その内容がどれだけエネルギッシュであったとしても聴衆は弱々しさを感じ、高齢への不安を感じるはずです。
このように姿勢は見た目と印象にも大きな影響を与えます。そして、それ以上に重要なことは、いい姿勢の立ち姿ができている人は、総じて健康状態もいい点です。
なぜそうなるかというと、いい姿勢を保てている人は身体をうまく動かせているから。すると、特別なトレーニングをしなくても姿勢を維持する体力(筋力や柔軟性)を保つことができるのです。では、本題に。「いい姿勢」とはどんな姿勢なのでしょうか?
■「気をつけ」はいい姿勢ではない
私たちは小さい頃から「姿勢を良くしましょう」と言われて育ちます。でも、改めて「いい姿勢」と聞かれたら、あなたはどんな姿をイメージしますか? まずは基本となる立ち姿から想像してみてください。
パッと浮かぶのはきっと、小学生の頃に身につけた「気をつけ!」の姿勢ではないでしょうか。「気をつけ!」「休め!」「礼!」。私も何度となくやりました。でも、じつは「気をつけ!」でビシッと立った姿勢は、力が入った緊張姿勢であり、いい姿勢ではありません。
胸を張りすぎ、肩に力が入り、腰が反り、ふくらはぎに緊張が走った状態。この緊張姿勢を長時間保つことは難しく、10分もするとほとんどの人が身体の揺れを感じるはずです。理想的な「いい姿勢」とは、「体重がかかっている点から引いた垂線(直線)上に、身体のパーツが集まっている状態」です。
立っているときなら足首から、座っているときなら座骨から垂直に線を引き、そこに頭や胸、腰などが並んでいれば、それが最も負担の少ない姿勢となります。そのカギを握っているのは主に骨盤と肩甲骨の動きです。
■“身体への負担”にも関係している
たとえば、骨盤が前傾すると自動的に腰が反ります。腰が反ると胸が上を向き、顔も上を向いてしまうので、顔を正面に向けるために頭を前方に突き出すような姿勢になります。
反対に、骨盤が後傾すると自動的に腰が丸まります。腰が丸まると胸が下を向き、顔も下を向いてしまうので顔を正面に向けるために顎を突き出すような姿勢になります。
また、肩甲骨の動きも姿勢に大きく影響します。肩甲骨を寄せると自動的に腰が反り、腰が反ると頭が前に突き出されます。肩甲骨が開くと自動的に腰が丸まり、腰が丸まると顎が突き出されます。
このように、骨盤、肩甲骨、首の角度はすべて連動しているのです。たとえば、座っているとき、座骨に体重がまっすぐかかっていれば、すなわち骨盤がまっすぐ立っていれば、鉛筆が1本立っているように安定します。しかし、少しでも骨盤が前傾や後傾すると、それを補正するための余計な力が必要になってきて、疲労感が増していくのです。
また、背もたれに寄りかかる習慣がついている人は、骨盤が後傾状態のため前を見るために無意識のうちに顎を前に出し、それが慢性的な首の筋肉の緊張を引き起こします。
このように姿勢の良し悪しは身体への負担とも密接に関係しているのです。
■“痛み”も引いていく
特に腰痛の多くは、姿勢の悪さに起因しています。背中が丸まっていると重心が前に行き、それを支えようと腰の筋肉が常に働き続けることになります。反対に反り腰の場合も、腰の筋肉は常に緊張状態に。
さらに、股関節周りの筋肉が硬くなると、本来は骨盤で行なうべき動きを腰で補おうとして、腰への負担が増大します。また、つま先に体重がかかる癖のある人は、ふくらはぎが常に緊張状態となり、それが自然と反り腰の姿勢を作り出してしまいます。その結果の筋肉の緊張の積み重ねが、腰の痛みとなって現れるのです。
こうした痛みとその対策については本書で詳しく解説していますが、手短に結論だけ明かしてしまうと「いい姿勢で動けると、筋肉の緊張もなくなり、痛みも引いていく」のです。
いい姿勢の人が、なぜ若々しく見えるのか。それはいい姿勢が単なる見た目の問題ではなく、身体の機能性の表われだからです。いい姿勢で動けると、身体機能のパフォーマンスが高まります。歩く、走る、跳ぶ、押す、引く、曲げる、伸ばす……どの動作も、いい姿勢と密接に結びついているのです。

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清水 忍(しみず・しのぶ)

フィジカルトレーナー

1967年、群馬県出身。INSTRUCTIONS代表。企業や大学のクラブなどでの指導のほか、プロ野球選手の専属トレーナーなども務める。

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(フィジカルトレーナー 清水 忍)
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