※本稿は、須田慎一郎氏のYouTubeチャンネル「撮って出しニュース」を再編集したものです。
■都合よく使われている「税収の上振れ分」
来月行われる参議院選挙に向けて与党第一党である自民党が掲げる選挙公約が、ここに来て徐々に明らかになってきた。
その内容とは、「賃上げ」を中心に据えた成長戦略と言っていいだろう。具体的には2040年までに国内総生産(GDP)を1000兆円にまで引き上げることで、国民所得を1.5倍に増やすというものだ。この施策は、経済産業省が5月に作成したが公表されなかったレポートを基にしているとされており、本チャンネルでもすでに紹介済みである。
この政策は確かに目玉の一つであるが、すべての野党が消費税減税を掲げて選挙戦に臨もうとしているいま、有権者に対して「15年後に給与が1.5倍になる」と訴えても、共感を得るのは難しいであろう。有権者がそれだけで自民党に票を投じようと思わないことは誰の目にも明らかだ。
そうした状況の中で、あまりの不評ぶりに今春スクラップされた過去の政策を蒸し返して再導入が検討されているのが「1人2万円の給付金」だ。そもそも連立政権の一角を占める公明党は、消費税減税を選挙公約に盛り込むべく、自民党と交渉を重ねてきた。しかし、自民党の森山裕幹事長以下自民党執行部が頑としてこれに応じなかったため、最終的に公明党が折れることで事態の収束が図られることになった。
しかし、完全なゼロ回答では、公明党としても支持母体である創価学会に対して説明がつかない。その結果として、再び「給付金」の導入が俎上に載せられたのである。
とはいえこれは、4月上旬に自民党が選挙対策として打ち出した、「国民一人当たり3万~5万円の給付金」構想と同様のものである。当時、この案は世論から激しい反発を受けて撤回された。それにもかかわらず、再びこの政策を前面に出すというのは、いったいどのような神経なのか驚かされる。あくまで公明党の顔を立てる形で、給付金という案が再び表舞台に登場したのだろう。
問題はその財源である。
今回の給付金は、当初予想した税収よりも増加した分の税収、いわゆる「税収の上振れ」を財源とし、新たな国際発行は行わない方針だ。つまり、実際の税収が当初の見積もりよりも多かったことを受けて、それを国民に還元するというスタイルだ。この上振れ分を活用し、物価高対策の一環として給付金の支給を行うという説明である。
ここで筆者が感じるのは、「税収の上振れ」が極めて都合よく使われているという事実である。今回はこのことについて解説したい。
■税収の上振れはあからじめ予測されている
財政を運営する過程では、年度(4月から翌年3月)の途中、当初予想しなかったもののさまざまな形で歳出の必要性が生じて、補正予算が編成されるのが一般的だ。例えば、自然災害などがそれにあたる。このときに赤字国債の発行は避けて資金を捻出する財源として、しばしば用いられているのが「税収の上振れ」なのだ。
税収の上振れについては、「景気が好転したから一時的に税収が増えた」など、その都度、さまざまな理屈が提示される。だが、そもそもこの「税収の上振れ」は、財政年度の初月である4月時点からある程度予測されているものである。すなわち、上振れが発生することを前提に予算編成は行われているのが実情だ。事実、2020年度以降6年連続で「税収の上振れ」は発生している。
■経済成長が税収に与える影響を指標化した「税収弾性値」
国の予算編成は12月に決定される「税制改正大綱」が基準となって、翌年度の歳入(国の収入)のアウトラインが決まる。この大綱では、どの分野に課税を強化し、どの分野において税制を緩和するかといった方針が決定される。
この大綱が定まると、翌年度の税収見通しがある程度明らかになる。この見通しを基に、年明けの1月からは、税収を裏付けとした国家予算の審議が始まる。ここで考慮されるのが、経済成長の見込みである。
こうした経済成長の増減が税収に与える影響を数値化したものが、「税収弾性値(ぜいしゅうだんせいち)」と呼ばれている。
GDPが1%成長した際に税収がどれだけ増加するかを示す指標である。経済が拡大し、経済活動が活発化すれば、当然ながら所得税・法人税・消費税など各種税収は増加する。すなわち、経済成長によってどの程度の増税効果があるのかを示すのが、この税収弾性値というわけである。
■税収弾性値が意図的に低く見積もられている
日本政府はこの税収弾性値を「1.2」と見積もっていた。
しかし、この数値は過小評価であるとの指摘が根強い。筆者自身も複数のエコノミストに直接話を聞いたが、ほとんどの経済専門家は、現在の日本においては税収弾性値は「1.4~1.5」程度が妥当であると一致している。
したがって、政府が1.2という控えめな数値を前提に予算編成を行い、実際には1.4~1.5の水準で税収が上振れした場合、0.2~0.3ポイントの差分が「余剰」として生じることになる。この上振れ分が財源として活用されている。
つまり、政府は意図的に税収弾性値を低く見積もることで、税収の上振れを見込んだ財源を確保し、それを選挙対策など、政治的要求に応じるために利用しているという構図である。
■「給付金1人2万円」の根拠は食費ではない
今回の例で言えば、上振れによって約4兆円が捻出され、それがそのまま今回の給付金施策の原資として充てられているに過ぎない。
この「税収の上振れ」は、ある種、財務省にとっての“へそくり”のようなものなのだ。表向きには予定されていなかった財源でありながら、実際には想定内として、政治的対応のために巧みに運用されてきたのが近年の実態だ。
このような意図のもとに生じた「税収増」の使い道が財務省の一存、あるいは一部政治家の思惑だけで決められてよいのかという点については、極めて重大な問題を孕んでいる。財政民主主義の観点からすれば、このような財源の使途についても、通常の予算と同様に国会の厳格な審議と監視が必要である。
■税制弾性値を適切な水準に設定すべき
そもそもこれは「予算」であり、予算委員会できちんと議論がなされるべき性質のものだ。
本来であれば、税収弾性値をより現実的な水準に見積もった上で、予算案における税収の使い道について、国会における徹底的な議論が必要である。
しかし実際には、補正予算についてはほとんど形式的に決定されてしまう。野党側にもその責任の一端はあり、補正予算について十分な審議を行わず、深掘りする議論がなされていないのが現状である。
このような状況を逆手に取り、財務省は「税収の上振れ」を自由自在に運用している。これは、一部の政治家を「黙らせる」ための手段として利用されており、たとえば「今回は特別に対応しますから、その代わり財務省の方針に従ってください」といった形で、利害の取引材料となっている。
今回の給付金について言えば、財務省の「へそくり」である税収の上振れは、選挙対策として与党の要求に応える形で用いられる。
この「上振れ」は、もともと想定されていた範囲のものであり、「税収が上振れしたのは国民の努力の結果だ。それを国民に還元するのは当然だ」といった理屈にだまされないようにしていただきたい。
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須田 慎一郎(すだ・しんいちろう)
ジャーナリスト
1961年東京生まれ。日本大学経済学部を卒業後、金融専門紙、経済誌記者などを経てフリージャーナリストとなる。民主党、自民党、財務省、金融庁、日本銀行、メガバンク、法務検察、警察など政官財を網羅する豊富な人脈を駆使した取材活動を続けている。週刊誌、経済誌への寄稿の他、TV「サンデー!スクランブル」、「ワイド!スクランブル」、「たかじんのそこまで言って委員会」など、YouTubeチャンネル「別冊!ニューソク通信」「真相深入り! 虎ノ門ニュース」など、多方面に活躍。『ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む』(新潮文庫)、『内需衰退 百貨店、総合スーパー、ファミレスが日本から消え去る日』(扶桑社)、『サラ金殲滅』(宝島社)など著書多数。
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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)