食産業のグローバル化が急激に進む中、日本はどのような戦略を考えるべきか。フードテック事業に携わる田中宏隆さんと岡田亜希子さんは「世界で注目されている日本の伝統食文化が、英語発信力が弱いためにアピールできていない」という――。

※本稿は、田中宏隆・岡田亜希子『フードテックで変わる食の未来』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■惣菜や弁当をおいしいまま輸出できる鮮度保持技術
これまで日本では、一般消費者が声を挙げて何か強いムーブメントを起こすことはあまりなかった。一方、かつて「日の丸半導体」が躍進したように、国が主導して産業をつくることがあったが、最近の国の動きは正直どこに向かっているのかわからず、動きが遅くて世界から取り残されている感すらある。
となると、産業界が起点となり、生活者の声を聞き、あるべき産業のあり方を提示し、国家としての政策に落とし込んでいくという方法が求められるのではないか。本稿では特に、日本の食産業が現状よりももっと多様なグローバル化を実現する可能性に注目したい。
レストランで調理された食事、デパ地下で売られているお惣菜、ターミナル駅で売られている数々の駅弁、もしこれがおいしいまま保存できて、さらに海外へ輸出することができたら? 実は、最先端の冷凍技術を活用することにより、今まで輸出が不可能であったデリカ品を海外に輸出することが可能である。
鮮度保持技術のZEROCOは、ありとあらゆる食材や食品を、そのおいしさを損なうことなく保存することが可能である。加工でも瞬間冷凍でもない手法だ。例えば、日本のシェフが作った惣菜を、保存料などの添加物を入れることなく、ZEROCOで長期保存したり、さらにそれを冷凍して輸送したりすることが可能となる。レストランやスーパーのデリカ品が輸出できる可能性がある。
アメリカのホールフーズ・マーケットが毎年出している「10大トレンド」というものがある。その中には頻繁に日本の食材(そば粉、ゆずなど)が挙げられている。

そうした世界的に需要が高まっているものについては、日本企業が個別に売り込むのではなく、日本国内にフードテクノロジーセンター的なものを業界横断で作り、日本から組織的に大規模に世界展開する、あるいは世界から習得に来てもらうような開発支援機関を作ってしまうことも有効であると考える。
■日本のお家芸「発酵文化」が蚊帳の外に置かれている
そうすることで、そのセンターで作られた次世代食品にはライセンスフィーを織り込み、世界中で売れれば売れるほど日本に利益が落ちる構造にできる可能性がある。輸出は製品を出すだけでなく、ライセンスという形でも展開できるのだ。
日本発のグローバルムーブメントと聞いて、何を思い浮かべられるだろうか。和食自体は広く世界に知れ渡っているものの、各レストランや食品メーカーが孤軍奮闘で戦っている印象がある。また、英語での発信が弱いために、日本のお家芸と言われる分野が蚊帳の外に置かれたまま盛り上がる傾向も見られる。その代表例が発酵だ。
先祖代々伝わる醤油の技術を携えて米国に進出したサンジェイインターナショナル(San-J)の佐藤隆氏によると、米国の書店では発酵関連の本が多く並んでいる。一般の方も「発酵」に対する関心がある。
ハーバード大学やスタンフォード大学といった名門大学でも発酵に関する講座が設けられるようになり、コーネル大学が2024年11月に行った「フードハッカソン(食をテーマに事業アイデアを競う)」のテーマが発酵だったという。
そして、そこで「日本の発酵文化」が語られることはあまりない。フードテックエバンジェリストの外村仁氏は、「発酵食品がたくさんあり、発酵の本も山ほどある日本からは、英語での情報は全くといっていいほど発信されていない」と問題点を語る。
アジアの発酵食品として連想されるのは韓国のキムチ、というのが現実だ。
■「K-Pop」と一緒に「Kフード」を売り出す韓国
こうしたムーブメント化が上手いと感じるのは、地中海式ダイエットや韓国のK-Foodだ。地中海式ダイエットは世界遺産に認定され、地中海を囲む7カ国が、オリーブオイルを核としたヘルシーライフスタイルそのものを押し出している。
一方、韓国は国と文化と食をパッケージ化している。「Kフード」の輸出が絶好調だ。発酵食品やラーメンと言えば日本のお家芸と思われるところかもしれないが、実際に世界でラーメンなどの輸出を伸ばしているのは韓国である。
韓国はドラマや映画、アイドルグループなどがグローバルで人気を博している。Global Japan Songs Excl.Japanによると、米国ビルボードの2023年のデータでは、ランクインする25万曲のうちK-Popが占める割合は4%で、日本は0.4%。そうしたコンテンツとともに、韓国の食品や化粧品などが輸出されている。
日本でラーメンを堪能して帰国する海外旅行者も、自国に帰れば、スーパーで韓国のラーメンを購入している可能性が高い。筆者が米国で食品スーパーを訪れた時も、日本の食材よりも、韓国や台湾などの加工食品の方が棚面積も広く、知名度も高いように感じられた。
日本の食が好きな外国人は多いが、なかなか加工食品ブランドとは紐づけられておらず、日本の食品メーカーの知名度も低い。
韓国の場合、企業グループであるCJグループがエンタメ事業と食品事業の両方を手がけており、相乗効果が出ているようだ。
■世界のフードイノベーターが集まる国・日本に
日本が「フードイノベーションの目的地」となる。これが筆者らが考える「グローバル化3・0」で最終的に目指すべきことだ。日本食を観光として楽しむだけではなく、食の未来について学びたい、食の進化のモデルを学びたいという世界のフードイノベーターが集まる場所として、日本が位置付けられる。
食の未来ビジョンや、その実現に必要な国際的なルール、人材教育や産業構築のあり方などを各国のイノベーターと協議していくことによって、日本の技術や人財が世界の食のさまざまな課題解決に貢献していくことができるだろう。
農業の最先端といえばオランダのフードバレー(食品関連企業と大学などの研究機関が集積したクラスター)、料理の最先端といえばバスク地方といった具合に、フードイノベーションといえば日本、と想起されるような打ち出し方が必要ではないか。長い食の歴史と文化、地理的多様性のある日本だからこそ、多元的価値と創造的価値という、これからの価値軸でのイノベーションをドライブしていくことができるのではないか。
■日本の衰退産業が世界の成長産業に変貌している
現在世界で起きているユニークな動きの1つが、日本では作り手が減少したり人気がなくなって食べられなくなったりして衰退したとされている産業が、世界の成長産業になっているということである。
例えば大豆市場。日本では古来より大豆食文化であり、大豆加工品を作る老舗・零細企業の数も多い。しかし売価が上がらず、人口も増えないなか、経営を続けることができず、各地方に残っていた企業が消えていく状況にある。
国民食である豆腐などにしても、大豆を輸入品に頼りギリギリまで売価を下げざるを得ない状況となっている。
一方で世界を見てみると、代替プロテイン市場が伸びていく中、Plant Based Food(植物性プロテイン)の原料として大豆などの豆類が多く使われているほか、豆そのものの価値にも注目が集まっている。
2022年頃から、そもそも代替肉など作らなくても豆類を食べればいいのではないかという取り組み「Beans Is How」を訴求するプレイヤーが出てきた。2028年までに豆類の消費を2倍にしようという動きを仕掛けているのだ。
日本で大豆加工品が伸び悩む一方で、世界では豆を肉にしたり、豆加工食品を食べようと呼びかけている。こうした動きは本来日本から仕掛けるべきものでもあり、まさに日本の大豆加工技術が世界で求められている時代である。
■世界でポテンシャルが見込める海藻とウニ
また、日本は古来より海藻食文化を持つ国であるが、海外では海藻が新食材として注目されている。海藻の新しい食べ方について研究・提案しているシーベジタブルによれば、日本には1500種類の海藻がそもそもあり、さらにほとんどの海藻には毒素がなく、問題なく食べることができる。かつ栄養素も豊富であり、タンパク質の含有量が多く、奇跡的な食材である。しかし、日本では海藻の消費がこの50年ぐらいで急激に減っている。
日本では、次のような理由で海藻食文化消滅の危機に瀕している。潜り手が減ってきており、例えば昆布事業者は事業継承の課題に直面していること。気候変動の影響を受けて、藻場が北上することで取れなくなってきていること。
またウニの増殖やアイゴが餌場を求めて移動することなどにより、磯焼けが急速に起こっていることだ。
一方世界に目を転じると、海藻はあたかも新しく見つけられた未知の食材のような扱いをされている。だが、筆者も海外で昆布などを使った料理を食べさせてもらったが、正直なところ、調理方法についても味についてもかなりがっかりなものが多い。
海藻やウニの最高の食べ方など、日本の技術や技、そして文化を発信していけば、磯焼けという地球レベルの課題を解決するだけでなく、世界をよりよくすることができるのではないか。

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田中 宏隆(たなか・ひろたか)

UnlocX代表取締役CEO

パナソニックを経て、McKinsey & Companyにてハイテク・通信業界を中心に8年間に渡り成長戦略立案・実行、M&A、新事業開発、ベンチャー協業などに従事。2017年シグマクシスに参画しグローバルフードテックサミット「SKS JAPAN」を立ち上げる。食に関わる事業開発伴走、コミュニティづくりに取り組む中で、食のエコシステムづくりを目指し2023年UnlocXを創設。共著書に『フードテック革命』(日経BP/2020年)。

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岡田 亜希子(おかだ・あきこ)

UnlocX Insight Specialist

McKinsey & Companyにて10年間リサーチスペシャリストとして従事。フードテックを社会実装していくためのインサイト構築に取り組む。ビジネス戦略、テクノロジー、人文知や哲学の視点を重ね合わせ、人類の未来に意義のあるフードテックの本質探究に挑む。2017年シグマクシスに参画し、グローバルフードテックサミット「SKS JAPAN」創設に携わる。
2024年より現職。共著書に『フードテック革命』(日経BP/2020年)。

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(UnlocX代表取締役CEO 田中 宏隆、UnlocX Insight Specialist 岡田 亜希子)
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