※本稿は、松生恒夫『あなたの腸で長生きできますか?』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■腸内細菌が老化の要因にもなる
腸の免疫機構は「腸内細菌」として、主に大腸に生息しています。腸内細菌は微生物の一種です。
こういうと、「微生物がお腹の中にいるなんて!」と驚く人も多いのですが、目に見えないだけで、私たちの体は肌や口、鼻の中などあらゆるところに細菌がすんでいます。
細菌には、病原体の防御など、体を守る働きをする菌と、害をおよぼす菌があります。すべての細菌が見つかっているわけではありませんが、一般的には前者を「善玉菌」、後者を「悪玉菌」と呼んでいます。
腸の中は、人間の体でもっとも細菌の多い場所で、種類は500~1000とも約3万ともいわれています。概数についても大腸40兆・小腸1兆、100兆、1000兆と諸説あり、総重量は1.5~2kgと推計されています。
こうしたさまざまな細菌が集まった状態を「腸内フローラ(腸内細菌叢(そう))」といいますが、これはその名のとおり、ミクロレベルで見ると、その様子がお花畑のように見えるからです。
ただし、大腸と小腸とでは、生息する細菌の種類や数が異なります(図表1のグラフ参照)。
また、腸内細菌などに詳しい京都府立医科大学大学院の内藤裕二教授(生体免疫栄養学)によれば、動物実験では、腸内細菌がいない無菌マウスは、落ち着きがなく精神的に不安定だったり、また脂肪が吸収できなかったりと、さまざまな不具合が生じることが報告されています。
最近では老齢マウスに、若いマウスの腸内細菌を移植したら、若返ったという報告もあります。こうした背景から2022年、世界的な学会で、老化の要因に腸内細菌が加えられました。
腸内細菌がよいバランスを保つことで免疫機能が維持され、有害な菌の増殖を妨げると同時に炎症の発生を抑制することもわかってきています。
■腸内環境を決める三つの要素
近年、「腸内環境」という言葉がいわれるようになりましたが、腸内環境は、①腸内細菌叢(腸内フローラ)、②腸管機能(胃・結腸反射・直腸反射等)、③食事という三つの要素で構成されています。
①腸内細菌叢(腸内フローラ)は先ほどお話ししたとおりです。
②腸管機能とは「蠕動運動」(腸が伸びたり縮んだりを繰り返して、消化した食べ物を移動させ、体外に排出する)、「胃・結腸反射」(食べ物が胃に入ってふくらむと、胃から大腸が反射的に収縮し、便を直腸に送り出そうとする)、「直腸反射」(消化されたものが直腸に届くと、脳に刺激が送られて便意を感じる)が相当します。
つまり、腸内環境を整えるためには、「腸内細菌叢(腸内フローラ)のバランスを整える」だけではなく、腸管機能がきちんと働くようにすることが大事であり、「乳酸菌をひたすらとればいい」いった考え方は、正しくありません。
一方、腸内環境は何を食べるかによって大きく左右されることがわかっています。それだけに、③食事がとても重要なのです。この点については詳しく紹介していきます。
■パーキンソン病の原因物質が腸内に集積
なんらかの理由で腸内細菌の総数が急激に減ったり、善玉菌が減少したり、あるいは逆に有害な菌が異常増殖したりといった、腸内細菌叢(腸内フローラ)のバランスが乱れた状態を「ディスバイオシス」といいます。
このバランスが乱れた状態が進むと、腸管を保護する粘液が薄まってバリア機能が低下し、炎症が起こります。
また、ディスバイオシスにより腸のバリア機能が低下することが、肥満や糖尿病などの代謝性疾患、喘息やアレルギーなどの自己免疫疾患、うつ病やアルツハイマー病などにつながるという報告も出てきています。
このバランスの乱れを治療することで、病気の患者さんを治そうという取り組みも進んでいます。健康な人の腸内細菌を移植する、「糞便微生物移植」(Fecal Microbiota Transplantation:FMT)がその一つです。
クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患等に対して欧米を中心に最近行なわれている治療で、日本でも大学病院を中心に臨床研究がはじまっています。
また、順天堂大学は2024年10月、パーキンソン病に対し、腸内細菌叢を移植する治療(腸内細菌叢移植療法)の安全性や治療効果を検討する研究をスタートさせることを発表しました。
パーキンソン病は中脳にある黒質の神経細胞の中に、「α-シヌクレイン」という物質が蓄積され、ドーパミンが減少することによって起こる指定難病で、根治の手段がありません。高齢になるほど発症率が高くなり、日本でも患者数が増えています。
同大医学部神経学講座の服部信孝主任教授によれば、パーキンソン病の原因物質である「α-シヌクレイン」は腸内細菌叢でまず発生し、患者の腸内に集積していることがわかっています。
■脳が不快になると、腸がこれを敏感にキャッチ
この物質が腸粘膜の障害など、なんらかの原因により、中脳までたどりついていることも示されています。
このためパーキンソン病は脳だけの疾患でなく、「全身疾患」あるいは「腸の疾患」であるともいえるもので、今回の研究が治療法の開発に向けた大きな一歩になると期待されています(※1)。
脳と腸は離れた場所でありながら、自律神経やホルモン、細胞からつくられる産生物質などを介して深く関連していることが知られており、これは専門的には「腸脳相関(ちょうのうそうかん)」といわれています。
腸脳相関の具体例としては、「脳が不快になると、腸がこれを敏感にキャッチ」し、逆に「腸の中で病原菌が増えると、脳が不快になる」という現象が報告されています。
このことは、経験的、感覚的にわかる人も多いと思います。しかし、その不快な気分がうつ病に至ってしまうと深刻です。
じつは便秘の人はうつ傾向や不安感などが、便秘のない人に比べ高いということが複数の論文で報告されており、これを腸脳相関の影響と指摘する声が多いのです。
■死亡リスクを高める「排便時のいきみ」
以前から便秘があると心筋梗塞や狭心症といった冠動脈疾患になりやすいこと、脳梗塞や脳出血などの脳卒中、さらに腎臓病とも関連しているなどといった研究報告がたくさん出ています。
一例を挙げてみましょう。
日本国内の45地区に住む約7万2000人を19年以上にわたって追跡した大規模コホート研究(2016年発表)があります。
この研究では、便秘薬を使用しているグループは使用しないグループに比べて、冠動脈疾患や脳卒中で死亡するリスクが高いことが明らかになっています(※2)。
また、便秘が循環器の病気の死亡リスクを高くする原因として、「排便時のいきみ」が指摘されています。便秘で便が腸内に滞留すると、水分が吸収され、便が硬くなります。このような硬い便を出そうとすると、いきむため、血圧が急上昇するというわけです(※3)。
日本大腸肛門病学会のホームページの記事「たかが便秘に要注意!」には、若い人ではそれほど血圧が上昇しないものの、高齢者では動脈硬化が起こっている人が多いため、ちょっとしたいきみで血圧が上がりやすいと記載されています。
便秘の人は排便時に収縮期血圧(上の血圧)が一時的に「280mmHg程度」になるともいわれています。
これは高血圧の中でも特に重症に相当するIII度(上の血圧が180以上、下が110以上)をはるかに超える数値です。
この急激な血圧上昇が、脳卒中や、くも膜下出血を引き起こしたり、心筋梗塞、動脈瘤の破裂・乖離(かいり)などのきっかけになったりしうるのです。
高齢者は寒暖差で血圧の上昇を起こしやすく、「入浴中や脱衣場は要注意」とよくいわれますが、「排便時(トイレ)」も十分に気をつけるべきでしょう。
※1 https://www.juntendo.ac.jp/news/20552.html〈順天堂大学HP〉
※2 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26725286/〈Kubota Y, et al. “Bowel Movement Frequency, Laxative Use, and Mortality From Coronary Heart Disease and Stroke Among Japanese Men and Women: The Japan Collaborative Cohort (JACC) Study” J Epidemiol. 26: 242-248, 2016.〉
※3 https://www.coloproctology.gr.jp/modules/citizen/index.php?content_id=19〈日本大腸肛門病学会HP〉
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松生 恒夫(まついけ・つねお)
松生クリニック院長
1955年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業後、同大学第三病院、松島病院大腸肛門病センターなどを経て開業。医学博士。便秘外来を設け、5万件以上の大腸内視鏡検査をおこなってきた第一人者。著書に『血糖値は「腸」で下がる』(青春新書インテリジェンス)、『「腸寿」で老いを防ぐ』(平凡社新書)など多数。
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(松生クリニック院長 松生 恒夫)