※本稿は、渡邊剛(著)、坂本昌也(監修)『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(あさ出版)の一部を再編集したものです。
■「血管」はどこよりも早く老い始める
人間は血管から老いる、といわれます。しかし、血管の老化を自覚している人はほとんどいません。
髪に白いものが混じったり、顔のしわが目立ったり、近くのものが見えづらかったり、ちょっと体を動かすと疲れたり、人の名前を覚えられなかったりなどといった老化を実感させるサインが、血管にはないからです。それでも血管は、私たちの体のあらゆる器官や臓器がそうであるように、加齢とともに誰でも衰えます。
私の血管も60年以上使い続けてきたものですから、ピカピカの血管というわけではありません。あなたの血管も、年齢相応にへたってきていることでしょう。ただし、同じ60代でも、とても60代には見えないほど若々しい人もいれば、70代、80代に見える人もいるように、血管も年齢より元気な血管もあれば、年齢以上にボロボロな血管もあります。
私の病院に心臓の手術を受けに訪れる患者さんの多くは血管がかなりやられています。その違いはいったいどこにあるのでしょうか?
血管もアンチエイジングが可能なのでしょうか?
それを、これから詳しく話していくことにしましょう。
■「老化した血管」は突然死の原因になる
私たちに自覚はないものの、「人間は血管から老いる」といわれるのは、血管は、私たちの生命活動の重要な役割を担っている器官だからです。その役割とは、次のようなことです。
・体中のあらゆる細胞に酸素や栄養を届ける
・老廃物や二酸化炭素を回収し、排出する
・ホルモンや免疫細胞を運ぶ
・血管を拡張したり、収縮したりして体温や血圧を調整する
血管が老いると、こうした役割を十分に果たせなくなるということですから、体全体の老化が加速するのがよくわかります。しかし、血管が老化してきたからといって、すぐに日常生活に困るというわけではありません。
問題なのは、老化してきた血管を放っておくことです。そのままにしておくと、血管の劣化はどんどん進行します。そして、先ほどの役割を十分に果たせなくなるだけでなく、突然死に至る病を発症するリスクが跳ね上がってしまうのです。これがボロボロになった血管のとても怖いところです。
突然死とは病気を発症してから24時間以内に亡くなることで、決して珍しいものではなく、亡くなる人の10人に1人が突然死といわれます。その約6割が心筋梗塞、心臓性突然死、大動脈解離・大動脈瘤破裂などの心血管疾患、約2割がくも膜下出血、脳梗塞などの脳血管疾患です。
■時限爆弾を抱えながら生きているようなもの
ボロボロになった血管がどういう状態になっているかというと、血管の弾力が失われカチカチになり、もろくなっています。これが、「動脈硬化」です。
そして、動脈硬化になると血管は中が狭くなり(狭窄(きょうさく))、血管の一部がこぶのようにふくらむことがあります。動脈硬化になると、いつ血管が裂けても、こぶが破裂しても、血管が詰まっても不思議ではありません。
心臓の血管に異常が起きれば心血管疾患、脳の血管に異常が起きれば脳血管疾患。死に至るだけでなく、一命をとりとめたとしても、日常生活が不自由になる後遺症が残ることもあります。
ボロボロ血管でも、裂けたり、破裂したり、詰まったりしなければ平気で生活できます。しかし、それは時限爆弾を持ったまま生きているようなもの。誰かと楽しそうに話したり、おいしそうに飲んだり、食べたりできているのは、たまたま運がいいだけです。
時限爆弾のスイッチがいつ入ってもおかしくないと思ってください。
■「善玉血液」が健康を守る
そんなボロボロ血管になる前にブレーキをかけるのが、「善玉血液」です。
血管の老化は、加齢による血管そのものの老いよりも、血管の中を流れる血液が大きく影響します。きれいな水が流れる水道管と、汚水が流れる下水管をイメージしてみてください。どちらの管が長持ちするかは明らかだと思います。
私たちが健康に生きていくうえで重要な役割を担っている臓器は、生命活動のエンジンともいえる心臓と、司令塔である脳です。そのほかの臓器ももちろん大切ですが、この2つの臓器にトラブルが発生すると、たちまち命の危機を迎えることになります。そのため、心臓と脳にはほかの臓器とは異なる特徴があります。
それは、心臓と脳は、がんになりにくい臓器だということです。心臓の細胞(心筋細胞)はほとんど細胞分裂しないため、がん細胞が発生しても増殖することがありません。また、心臓はほかの臓器と比べると血流が豊富で高速なため、発がん性物質や老廃物がたまりにくく、仮に細胞ががん化しても豊富な血流に含まれる免疫細胞によって排除されると考えられています。
■脳と心臓はがんになりにくい臓器だが…
脳の神経細胞(ニューロン)も、心筋細胞のように基本的に分裂せず、一生ほぼ同じ細胞を使い続けます。また脳の血管には、発がん性物質やウイルスなどの有害物質が簡単に侵入できないように「血液脳関門(けつえきのうかんもん)」という防御システムがあります。
これは、私たちが海外へ旅行するときの入国審査のようなもので、審査をクリアした物質でなければ脳内には入れないということです。
神経細胞をサポートしているグリア細胞は分裂するため、がん化するリスクがありますし、ほかの臓器のがん細胞が血流に乗って運ばれる(転移する)こともありますので、注意は必要です。
このように、がんになりにくい心臓と脳ですが、反面、ボロボロ血管によるトラブルに弱いのがこの2つの臓器です。心臓には、「冠動脈」という、心臓そのものが動くために必要な酸素や栄養を届ける専用の血管があります。
冠動脈は左右2本にわかれ、左の冠動脈はさらに2本にわかれます(図表2参照)。この3本の血管は直径が約1~3ミリと細いためボロボロになるとトラブルが生じやすく、詰まったり、破れたりすれば、たちまち心臓の動きが悪化します。
■二大臓器を傷つける“ボロボロ血管”
一方で、脳には、ほかの臓器と比較にならないほど、細かい血管が縦横に張り巡らされています。というのは、脳内のあらゆる部位が活発に働くために、細部にわたって休むことなくエネルギーを届ける必要があるからです。脳の重さは体重の約2%程度ですが、エネルギー消費量は全体の約20%といわれています。
細い血管が多いため、動脈硬化が進行すると、詰まりやすくなったり、破れやすくなったりするのはいうまでもありません。
私たちの生命活動のエンジンである心臓と、司令塔である脳は、ほかの臓器以上に簡単には機能停止に陥らないようにつくられています。
ボロボロ血管の怖さがなんとなくイメージできたでしょうか。健康意識が高くて本稿を読んでいるあなたでも、おそらく実感できてはいないと思います。なぜなら、血管の劣化が進行していても、日常生活に問題がない人はたくさんいるからです。
しかし、はっきりと申し上げておきましょう。あなたの血管も、確実に劣化しています。
■血管は一度汚れたら掃除することはできない
私たちの血管の健康が最も良好なのは、20代から30代前半といわれています。一説には、19歳がピークともいいます。その後はどうなるか。
もちろん加齢とともにどんどん衰えます。ピーク時の血管をたとえるなら、新品のゴムホースです。
血管も同じです。加齢とともに劣化しても、血液がまったく流れなくなることはありません。流れなくなるのは、血管が破れたり、完全に詰まったりしたときです。血管とゴムホースの決定的な違いは、ゴムホースは道具を使えば内側を掃除することができますが、血管は掃除できないことです。
要するに、血管は汚れたら汚れっぱなし。それが、ボロボロ血管の最大の要因です。
そういう意味では、血管には、あなたの歴史が刻まれているといってもいいかもしれません。ボロボロ血管は、10年、20年という長い年月をかけてつくる、あなたの作品でもあるのです。
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渡邊 剛(わたなべ・ごう)
心臓血管外科医
1958年、東京都生まれ。心臓血管外科医、ロボット外科医(da Vinci Pilot)、医学博士。日本ロボット外科学会理事長、日伯研究者協会副会長。麻布学園高等学校卒業後、医師を志す。金沢大学医学部卒業後、金沢大学第一外科に入局する。海外で活躍する心臓外科医になりたいという夢を叶えるためドイツ学術交流会(DAAD)奨学生としてドイツHannover医科大学に留学。金沢大学心肺・総合外科教授、国際医療福祉大学三田病院客員教授などを経て、2014年にニューハート・ワタナベ国際病院を開院。著書に『医者になる人に知っておいてほしいこと』(PHP新書)『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(あさ出版)などがある。
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坂本 昌也(さかもと・まさや)
国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長
国際医療福祉大学 医学部教授。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科部長。東京都出身。東京慈恵会医科大学医学部卒。東京大学・千葉大学大学院時代より、糖尿病、心臓病、特に高血圧に関する基礎から臨床研究に渡るまで多くの研究論文を発表。日本糖尿病学会認定指導医・糖尿病専門医、日本内分泌学会認定指導医・内分泌代謝専門医、日本高血圧学会認定指導医・高血圧専門医、日本内科学会認定指導医・総合内科専門医、厚生労働省認定臨床研修指導医、日本医師会認定産業医、厚生労働省指定オンライン診療研修、臨床研究協議会プログラム責任者養成講習会を修了。現在も研究を続けながら若手医師や医学部生の指導も担当している。
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(心臓血管外科医 渡邊 剛、国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長 坂本 昌也)