「晴れやすい日」「雨が降りやすい日」は存在するのか。気象学者で名古屋大学教授の坪木和久さんは「特定の天気になりやすい『特異日』がある。
9月17日、26日は台風が上陸しやすく、11月3日は晴れになりやすい」という――。
※本稿は、坪木和久『天気のからくり』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
■特定の日が毎年同じ天気になる確率
私はサイコロ遊びをしませんが、一つためしに次のようなことを考えてみましょう。
サイコロを毎日1回振って、出た目の数を記録しておきます。ある月の1日は3かもしれませんし、2日は5が出ることもあります。
さて、ある月のある日にたまたま6が出たとします。次の月の同じ日にも6が出ました。そのようなことが半年ほど続いたとします。
いかさまサイコロでない限り、それぞれの目が出る確率は6分の1なので、同じ数が同じ日に出ることが続くと、その日が何か特異な日なのではないかと思いたくなります。しかし、それは間違いで、サイコロの目の確率が6分の1というのは、無限回サイコロを振った場合のことで、たかだか半年ぐらい同じ日に同じ目が出ても、それはむしろ確率的に十分起こることなのです。
■同じ天気になりやすい「特異日」
サイコロの目の代わりに、晴れ、雨、雪、猛暑、台風などの天気を考えてみましょう。たとえば毎年のようにある特定の日が晴れたとすると、その日は「晴れの日」と思いたくなります。
このような日を「特異日」といいます。
広辞苑によると「例年、ある天気が高い確率で現れる特定の日」のことです。よく知られているのは11月3日で、晴れの特異日といわれています。
しかし、ある日が特定の天気となることに、特別のメカニズムはありません。気象の特異日は、たまたま何度かその日に同じ天気だったというだけで、その点でサイコロの例とよく似ています。
■なぜか台風が上陸しやすい9月17日、26日
とはいえ1年のなかで特定の天気が起こりやすい時期というのはあります。
たとえばスポーツの日は、以前、「体育の日」とよばれて10月10 日と決まっていました。この日は1964年の東京オリンピックの開会式が行われたことを記念した祝日で、晴れの特異日ということで開幕日に選ばれたそうです。秋は乾いた気団に覆われやすく、晴れの日が多いですから、そのような時期にたまたま毎年同じ日が晴れとなることは、確率的に十分起こることなのです。
台風については、9月17日と9月26日が、強い台風の襲来が多い特異日といわれています。1959年に5098人の死者・行方不明者を出した伊勢湾台風の上陸日は9月26日でした。この台風は暴風と高潮で多くの被害を出しました。
その前年、静岡県などで1269人の死者・行方不明者を出した狩野川台風も9月のおおよそ26日に上陸しています。この台風は雨台風で、大雨による洪水などで被害をもたらしました。
さらに4年前の1954年に洞爺丸などの青函連絡船をはじめとして、多くの船を遭難させた洞爺丸台風が上陸したのも9月26日でした。
■9月は強い台風がやって来やすい月
1951年から2023年の気象庁のデータをみると、台風の発生数は8月が最も多く、次いで9月が多いですが、各月の発生数に対する上陸数の割合では、9月は8月とほぼ同じになります。さらに9月は強い台風が多く、そのような台風が日本本土にやって来やすい月といえます。
このため台風の災害は9月に多いのです。そのなかでも26日に上陸して大きな災害をもたらした台風が人々の印象に残っているので、特異日とよばれるようになりました。
発生数が最も多い8月に上陸数が多いのは分かりますが、なぜ9月も台風の上陸が多いのでしょう。
■9月に強い台風が日本に来やすい理由
台風は静止した大気のなかでも少しは移動できますが、基本的にその移動は大きな大気の流れによって決まります。たとえていうならば、小川のなかにできた小さな渦が流されていくのに似て、台風は大気の大きな流れのなかにある小さな渦なのです。
この大きな流れは、太平洋を覆うほど巨大な時計回りの渦である太平洋高気圧が作り出します。多くの場合、台風はその縁付近の流れに乗って移動します。

このため日本を太平洋高気圧が覆っているとき、台風はその南側の東風に乗って大陸のほうに移動してしまいます。9月ごろになって太平洋高気圧が衰退し始めると、その西端が日本付近にかかるので、西側を回る大きな流れに乗って台風は日本にやってきます。
9月はそのような気圧配置になることが多く、南の海上で発生した台風は日本に接近・上陸しやすくなります。
■「強い台風が来やすい月」は事前対策を
ただ、実際の台風の移動は単純ではありません。大きな大気の流れが弱いときは、台風はどこに流されるか分からなくなり、日本の南の海上を迷走することになります。
また、上空に寒冷渦とよばれる反時計回りの冷たい低気圧があるときも、台風の迷走は起こります。2018年の台風12号は、本州の南海上にあった寒冷渦北側の西向きの風に流されて、日本の南岸を東から西に移動し、「逆走台風」とよばれました。
また、二つの台風が接近すると、お互いに反時計回りに移動するなどの複雑な動きをすることがあります。これは気象学者藤原咲平(1884~1950)の渦の研究に由来して「藤原の効果」とよばれます。台風の進路は必ずしも単純なメカニズムだけでは決まらないのです。
このように台風の進路はさまざまな要因で決まり、接近や上陸は特定の場所や日時を選びません。それでも台風の特異日ということに意味がないわけではなく、その日付近では、台風が日本に上陸するような大気の流れになりやすいのです。

つまり台風の特異日のある9月は、強い台風がやって来る確率が高いので、この時期は台風に十分注意して、事前の対策をとっておくことが重要です。

----------

坪木 和久(つぼき・かずひさ)

気象学者

1962年兵庫県生まれ。北海道大学理学部卒。日本学術振興会特別研究員(北海道大学低温科学研究所)、東京大学海洋研究所助手、名古屋大学大気水圏科学研究所助教授などを経て、2025年6月現在は名古屋大学宇宙地球環境研究所教授。2021年より横浜国立大学台風科学技術研究センター副センター長も務める。2017年、日本人として初めて、航空機によるスーパー台風の直接観測に成功した。著書に『激甚気象はなぜ起こる』(新潮選書)がある。

----------

(気象学者 坪木 和久)
編集部おすすめ