健康を保つにはどんなことに気を付ければいいのか。心臓血管外科医の渡邊剛さんは「突然死を引き起こす『血管の老化』に注意してほしい。
血管の状態は普通の健康診断やリーズナブルな価格の人間ドックではわからないため、50歳を過ぎたら受けてほしい検査がある」という――。(第2回)
※本稿は、渡邊剛(著)、坂本昌也(監修)『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(あさ出版)の一部を再編集したものです。
■血管は鍛えられないし、若返らない
人間の体はもともと丈夫にできているため、健康血管のピークは19歳といっても、すぐにボロボロになるわけではありません。少しずつ硬くなり、中が狭くなっていきます。
ボロボロ血管は10年、20年かけてつくるあなたの作品といったのは、そういうことです。そして、あなたに覚えておいてほしいのは、ボロボロになった血管が元に戻ることはないということです。
ボロボロになった血管は、劣化した輪ゴムのような状態といってもいいでしょう。柔軟性が失われ、伸び縮みが緩慢になります。伸ばし過ぎると、プツリと切れることさえあります。また、血管の中は、サビついた土管のような状態です。いくら水を流しても、サビが取れることはありません。
「血管は鍛えると若返る」といっている人もいるようですが、血管が若返ることはありません。
動脈と静脈の中膜は「平滑筋(へいかつきん)」という筋肉で構成されているため、鍛えると強くなるイメージがあるかもしれません。筋肉はトレーニングすると強くなるのは事実ですが、果たして、どうやって平滑筋を鍛えるのでしょうか。
仮にトレーニングで太くなったとしたら、血管にどんないいことがあるのでしょうか。残念ながら、何ひとつエビデンスはありません。血管が若返ることなどない。そう理解してください。
下り坂でブレーキをかけなければ、下るスピードはどんどん加速するばかり。つまり、これまでの10年より、これからの10年のほうが、さらに劣化するスピードは速くなるということです。ボロボロ血管で生きていられるかどうかは運しだいです。
■定期健診では血管の状態はわからない
血栓ができても、たまたま溶けて流されれば詰まることはありませんし、こぶ(動脈瘤)ができても、必ず破裂するとは限りません。しかし、運悪く、心臓の冠動脈の左の1本が詰まったり、3本のうちの2本が詰まったりすれば、ほぼ助かることはありません。
ボロボロ血管になるととんでもないことが起きることはわかっていただけたと思いますが、現実的な話をすると、ボロボロになるまで放置している人はたくさんいます。
というのは、血管が少しくらい硬くなっても、狭くなっても、石灰化しても、自覚症状はほとんどないからです。
さらにいえば、一般的な健康診断や会社で実施している定期健診では、血管の状態はいっさいわからないからです。異常であることに気づかなければ、生活を改めようとか、気をつけようとか考えないのが普通でしょう。
心電図やレントゲン、超音波検査(エコー検査)でもわからないのですか? と聞かれることもありますが、血管の状態を正確に知ることはできません。極論すると、どの検査でも、血管が詰まる直前まで行ってもわからないのです。
心電図をとると、心臓が規則正しく動いているかどうかがわかります。心電図でわかるのは、心臓のリズム(脈拍)が乱れる「不整脈」です。不整脈は心筋梗塞や脳梗塞につながる可能性があるため軽視できませんが、突然死を起こしかねない血管なのかどうかまではわかりません。
■超音波検査で分かることは限られている
胸部レントゲンでは、心臓そのものが大きくなっているか、大動脈がふくらんでいるかどうかが、ある程度わかるというレベルです。心臓の血管の状態まではとてもわかりません。
超音波検査でも、やはり血管の状態はわかりません。超音波検査でわかるのは、心臓の動きが悪くなっていないかどうか、血液の逆流が起きていないかどうか、心臓近くの血管が太くなっていないかどうかなど。

心臓の病気のひとつである弁膜症(4つにわかれた心臓の部屋を区切る役割のある弁の異常)がわかることはありますが、血管がどれくらい狭くなっているのかを見ることはできません。超音波検査で唯一期待できるのは、心臓ではなく、脳の血管につながる頸動脈エコー(頸動脈の超音波検査)です。
首の動脈は人間の表面に出ている動脈でいちばん見やすく、プラークがどれくらいあるのか、石灰化がどれくらい進んでいるのかを確認することができます。頸動脈の動脈硬化が進んでいると全身の動脈硬化も進んでいるケースが多いため、血管の状態を推察するひとつの目安にはなります。
ただし、人間ドックではメニューに含まれていることもありますが、一般的な健康診断の検査項目にはありません。
■「血管年齢」は手軽に測定できるが…
「血管年齢」とは、血管の老化がどのくらい進んでいるのかをあらわすものとされています。
自分の血管の状態を把握するために血管年齢を参考にしている人もいるようですが、血管年齢の結果で血管の状態までわかるわけではありません。血管年齢でわかるのは、血管が硬くなっているかどうか、つまり動脈硬化が進んでいるかどうかです。
血管年齢が高くなると、(血管が老化することで)血流が悪くなり、腰痛や肩こりなどといった不調があらわれます。さらに深刻化すると、心筋梗塞や血管の病気のリスクが高まることもあります。つまり、血管年齢を確認し、改善させることによって、これらの病気の発症リスクを減少させることができるというわけです。
血管年齢を測る検査として代表的なのが、CAVI(キャビィ:心臓足首血管指数)とABI(エービーアイ:足関節上腕血圧比)です。
CAVIは血管の硬さをチェックし、ABIは血管の詰まり具合を検査し、その結果から評価します。検査そのものは簡単で、ベッドに横になり、腕と足に血圧計をつけるだけ。2つの検査を行っても、約5~10分で終了します。
循環器内科や健康診断を実施している医療機関なら、どこでも検査でき、費用は自由診療の場合だとCAVIとABIで約5000円です。医師の判断で保険適用の場合は、約500~1500円となります。希望すれば手軽にできるだけに、気になる人は検査してみてもいいと思います。
■“痛い検査”をすれば病気の予兆がわかる
検査の結果、血管年齢が実年齢より高かった人は、血管が硬くなってきているのは事実ですから、ボロボロ血管に近づいていることは自覚したほうがいいでしょう。そのままにしていると、取り返しがつかないことになるかもしれません。
ただ、くり返しますが、血管年齢で血管の状態がわかるわけではありません。ましてや、検査の結果が実際の年齢より若かったからといって、血管が若返っているわけでもありませんので、その数字に固執する必要はどこにもありません。
健康診断でも血管年齢でもわからないのが、血管の状態です。一般的な検査では、心筋梗塞や脳梗塞を予兆するのは極めて難しいというのが結論です。
それでは、血管がボロボロになっても気づかず、詰まるまで待つのかということになりますが、血管の状態がわかる検査が実はあります。それは、痛いことをする検査です。
一般的な検査は、血液を採取するときにチクッとするくらいで、ほとんど痛みはありません。しかし、これから紹介するのは痛みを伴うことがある検査です。その検査とは、「造影剤」を使った検査です。
■具体的な血管の状態が分かる
造影剤とは、体の内部をよりはっきり映すために使われる薬剤で、肘の静脈から注入します。注射針の痛みは一瞬ですが、造影剤を注入するため、痛みを伴うことがあります。
また、注入しているときに熱く感じたり、人によって注入した後に吐き気やのどに違和感を覚えたりすることもあります。やはり、体の中に異物を入れるというのは気持ちがいいものではないのでしょう。
心臓の場合は造影剤を入れてCT(コンピューター断層撮影)を撮って、脳の場合は造影剤を入れてMRI(磁気共鳴画像)を撮って、ようやくわかるのが血管の状態です。
どれくらい狭くなってきているのか、どれくらい石灰化が進んでいるのか、どこかふくらんでいるところはないか。動脈硬化の進行度がはっきりとわかります。
検査結果によっては、カテーテル治療、バイパス手術という判断が下されることもあります。
一般的な健康診断で造影剤を使った検査が行われないのは、造影剤へのアレルギー反応がごくわずかでも起きる可能性があるため、医師の立会いが必要とされるからです。また、造影剤を使った検査には、本人の同意書も必要になります。特別な検査のため費用も割高です。
■50歳を過ぎたら検査したほうがいい
人間ドックでもリーズナブルな価格のコースでは、造影剤を使った検査はメニューに含まれないことが多いと思います。もちろん、全額自己負担になりますが、自由診療の場合は循環器内科がある病院なら検査を受けられます。腎臓に負担がかかるため毎年というわけにはいきませんが、気になる人は5年に1回くらいは検査するのもいいでしょう。
また、50歳を過ぎたら、一度は造影剤を使った検査を受けることをおすすめします。ただし、腎機能が低下している人やアレルギー体質の人は受けられない場合があるので、事前に医師に相談するようにしてください。
くどいようですが、どれほど優れた心臓血管外科医でも、診るのは病気を発症した人です。そして、突然死を防ぐことはできても、ボロボロになった血管を元に戻せるわけではありません。そのためには、ボロボロになる前に手を打つことが大切です。

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渡邊 剛(わたなべ・ごう)

心臓血管外科医

1958年、東京都生まれ。心臓血管外科医、ロボット外科医(da Vinci Pilot)、医学博士。日本ロボット外科学会理事長、日伯研究者協会副会長。麻布学園高等学校卒業後、医師を志す。金沢大学医学部卒業後、金沢大学第一外科に入局する。海外で活躍する心臓外科医になりたいという夢を叶えるためドイツ学術交流会(DAAD)奨学生としてドイツHannover医科大学に留学。金沢大学心肺・総合外科教授、国際医療福祉大学三田病院客員教授などを経て、2014年にニューハート・ワタナベ国際病院を開院。著書に『医者になる人に知っておいてほしいこと』(PHP新書)『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(あさ出版)などがある。

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坂本 昌也(さかもと・まさや)

国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長

国際医療福祉大学 医学部教授。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科部長。東京都出身。東京慈恵会医科大学医学部卒。東京大学・千葉大学大学院時代より、糖尿病、心臓病、特に高血圧に関する基礎から臨床研究に渡るまで多くの研究論文を発表。日本糖尿病学会認定指導医・糖尿病専門医、日本内分泌学会認定指導医・内分泌代謝専門医、日本高血圧学会認定指導医・高血圧専門医、日本内科学会認定指導医・総合内科専門医、厚生労働省認定臨床研修指導医、日本医師会認定産業医、厚生労働省指定オンライン診療研修、臨床研究協議会プログラム責任者養成講習会を修了。現在も研究を続けながら若手医師や医学部生の指導も担当している。

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(心臓血管外科医 渡邊 剛、国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長 坂本 昌也)
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