生成AIがさらに進化し限りなく人間に近いAGIがもし実現したら、学校教育はどう変わるのか。サイエンス作家の竹内薫さんは「AI先生に任せる授業は増えると思われるが、それでも、AI先生が絶対にできない授業をする人間の先生がいる」という――。

※本稿は、竹内薫『スーパーAIが人間を超える日 汎用人工知能AGI時代の生き方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■学校から人間の先生が消える日
「AGIが実現したら、先生という仕事はなくなっちゃうの?」
学校などに講演に行くと、ときどき先生たちからこんな質問をされることがあります。そんなとき、私はこう答えるようにしています。
「たしかにこれから先、AI先生は確実に増えていくでしょう。でも、たとえどんなにAIが発達しようとも、生き残る先生がいるのもたしかです」
これがどのようなことか、ご説明しましょう。
従来の教育の中に、例えば生徒に漢字の書き取り、九九や計算ドリル、あるいは英単語の暗記をさせるといった授業があります。こうした授業はもはやAI先生で事足りてしまうでしょう。
では、AI先生やこの先AGI先生ができないことはなんでしょうか。そこに人間の先生たちが生き残るヒントが隠されています。
まず1つめは、「クリエイティブな先生」です。
例えば、数学の授業をすべてAI先生が担う。私はこれには反対です。
なぜなら、その先生でなければできないインパクトのある授業が教育現場には必要不可欠だからです。
例えば、授業で素数を生徒に教えるにしても、どう教えるかは、先生のクリエイティビティによって大きな差が出ます。「はい、これが1から100までの素数です。25個あります。覚えてください」と教えるだけであればAI先生で十分です。
そうではなく、「素数って何だろうな。なんで数学者は一生かけて素数を研究するんだろう」。
そこから、いろいろなエピソードを交えて、生徒たちの好奇心に火をつけられるような先生は、必ず生き残ることができるというわけです。
「インターネット上に暗号がたくさんあることはみんなも知っているよね。インターネットショッピングでもインターネットバンキングでもみんなが知らないうちに暗号を使っているんだよ。それがどうして使えるかというと、素数が関係しているんだよ。大きい素数の掛け算をすると、もっと大きい合成数になるんだ。
その掛け算は誰でもできるんだけど、逆はできないんだよ。
ある大きな数があったときに、それを素数に分解するってめちゃめちゃ大変なんだよ。なぜかというと、最初2で割れるかをやってみて、3で割れるかやってみて、5で割れるかやってみて、というように、1個1個試すしかないから時間がかかっちゃう。それを暗号システムに使っているから、暗号を解読するにはすごい時間がかかるんだよ」
こんな話ができるのは、クリエイティブな先生ならではです。
■人間力を向上させる教育はAIにはできない
そして2つめは、「生徒の人間力を向上させることができる先生」です。
先生という仕事は、ただ単に勉強を教えるだけではありません。生徒一人ひとりの人間力を向上させることも先生の大きな使命だといえます。
生徒たちと真正面から向き合い、個性を見つけてそれを伸ばしていく。こうした人間味のある仕事は、たとえAGIが実現しても代替えされることはないでしょう。
さらにいえば、子どもたちの心の成長を手助けできる先生も必要です。
心の成長というと、さまざまな教育が考えられますが、私が真っ先に挙げたいのが「やさしさ」です。やさしさとは、言い換えればそれは「いかに他の人のことを考えられるか」という能力です。

いつの時代においても、たとえAIがこの先どんなに進化しようとも、他人のことを考えられるやさしさというのは絶対に必要なものです。なぜなら、このやさしさだけは、たとえAGIが理解はしても、本当の意味で持つことはできない、人間だけが持てる特性だからです。
そして3つめは、「子どもの個性を見出せる」先生です。
私もこれまで多くの子どもたちと接してきましたが、子どもの個性というのは実に興味深いものです。例えば、何かのプロジェクト学習をやらせたりすると、それぞれの子どもの個性が浮かび上がってきたりします。
リーダー気質の子どもがいれば、リーダー的な子どもをちょっと後ろでフォローしている「ナンバー2」的な存在の子どももいる。あるいは、「これはこうしたほうがいいかもしれない」といった参謀的な子どもや、みんなが躊躇していることを思い切ってチャレンジする「最初のペンギン」的な子ども、とにかく目の前の作業にただただ熱中している子どもなどなど。こうした個性というのは、やはり教育現場にいる先生が見出してあげる必要があるのです。
というのも、子どもたち本人にとって、自分の個性というのは、なかなかわからないことが多いからです。本人は単に「これが好きだから」「やっていて楽しいから」という感覚しか持ち合わせていないのですから。
こうした子どもたちの個性の話を教育者にすると、ときどき「それって親御さんの役目では?」と疑問を投げかけてくる教育者がいます。でも、実は親御さんたちが子どもの個性を見逃してしまっていることのほうが圧倒的に多いのです。
その理由は明白です。
子どもたちは朝起きたら朝ご飯を食べて「行ってきまーす」と学校に行ってしまいます。「ただいま」と学校から帰ってきても友達と遊びに出かけてしまう。帰ってきてもお風呂に入ってご飯を食べて、宿題をしてテレビを見て寝てしまう。すると、実は子どもの個性が見えていない部分も多いのです。他の子どもたちと一緒に過ごしている時間も、見る機会は限られています。
一方、学校では違います。学校で先生というのは、大勢の子どもたちの比較の中でその子の尖った部分が見えやすいのです。まさに、一目瞭然なのです。
この子は芸術の才能がある。音楽の才能がある。パソコンすごいよ、やっぱり数学が得意だね、などとすべてわかる。
だからこそ、先生が子どもたちの個性を見出してあげて、尖った部分を育てるためのアドバイスをするというのが先生の重要な仕事になってくるわけです。
■必要なのは、子どもたちのレジリエンスを育んであげる先生
これまでは、みんながバランスよく全部のことが平均的にできるようになれば、会社にみんなで入ってみんなで働いて大量生産をしていればいい時代でした。
ところが、これからの時代はAIやAGI、ロボットなどが仕事をするようになれば、人間は何か尖った個性がなければ生きづらくなってしまいます。
子どもたちの尖った部分を見出すのはAI先生ではなく、人間の先生の重要な役割だと私は考えています。
そのときに大事なこと。それは、子どもたちを失敗から立ち直らせることができる先生の存在です。
AGIが実現すれば、AGIが一人ひとりの子どもにとっての強力なパートナーであり、アドバイザー的な存在となり得るでしょう。
「キミはこれが得意だからこうした仕事に進むべきだ」とか、「キミは運動能力が高いけどプロ野球選手になれる確率は20%だからおすすめしない」など、AIがその子の個性や能力に合わせた分析や判断をしてくれるようになるでしょう。
ところが、私たち人間の考えや行動は、すべて数式や科学的根拠だけで決まるものではありません。私たち人間は、時には「理屈じゃない」といって開き直るときがありますよね。「根拠がなくてもこれをやりたい」という時が誰にでもあるはずです。
そういった、いわば「人間臭い」部分というのがこれからの時代には必要で、合理的ではなくとも挑戦したい、そして、たとえ失敗をしても、失敗から立ち直る力を育てるのはやはり人間の先生だけが子どもたちにしてあげられるものなのです。

たくさん挑戦して、たくさん失敗をして、それによって心を強くしていく。次もまた新たな挑戦ができるように、粘り強く失敗から立ち直る力、いわゆるレジリエンスを育んであげてほしいのです。
いまの世の中で大人たちを見ていると、すごく才能があるのに挑戦しないという人が多いと感じます。それは、子どものうちにこのレジリエンスを育んでこなかったからです。
子どものうちに心が強くなっていくと、「あのときの失敗に比べれば、これはたいしたことじゃない」という考え方ができるようになります。それは学校で先生が子どもたちに体験させてあげるのがベストだと私は思っています。

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竹内 薫(たけうち・かおる)

サイエンス作家

1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学専攻)、東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻)。理学博士。大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に100冊あまりの著作物を発刊。物理、数学、脳、宇宙など、幅広いジャンルで発信を続け、執筆だけでなく、テレビやラジオ、講演など精力的に活動している。

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(サイエンス作家 竹内 薫 構成=神原博之)
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