■発達障害の子供が急増している
現在、発達障害への理解は過渡期にあると筆者は感じています。
2005年に発達障害者支援法が施行され、この流れを汲んで学校教育法による「特別支援教育」が本格実施されるようになったのが2007年です。続いて2013年にはアメリカ精神医学会が発行する『精神疾患の診断・統計マニュアル』(通称「DSM」)が改訂されて、発達障害の診断基準が拡大されました。
これによって、多くの子ども(大人も含む)が注意欠如多動症(以下、ADHD)や自閉スペクトラム症(以下、ASD)に当てはまるようになりました。障害に該当する人の範囲が広がり、結果的に診断数の増加にもつながりました。“過剰診断”という指摘も出るようになっています。
こうした時代の変遷によって、特別支援教育(以下、特支)を受ける子どもが急激に増えてしまいました。文部科学省が公表している資料『令和5年度 特別支援教育体制整備状況調査結果』を見ると、冒頭で示した法改正と診断基準が緩和され出したあたりから、増加率が上昇しているのがわかります。もちろん、発達障害への理解が現場で浸透してきたという理由もあるでしょう。
例えば、2013年に約1万人だったADHDの子供は、2022年には4倍以上の4万3000人にまで増えています。場面緘黙(ばめんかんもく)などの情緒障害のある子供も8600人から2万4000人とほぼ3倍です。
註:「情緒障害」は、医学的な診断基準とは異なり、教育上の支援を目的として定められた区分。
■発達障害と見なされる子供たち
公認心理師である筆者は、公立学校に事例検討会の講師として招かれることがあります。その事例を精査すると、教育現場には発達障害ではないのに、誤って発達障害と見なされる子が相当数いることがわかります。大別するとパターンは以下の2通りあります。
①教員が特支につなげたい気持ちが強い場合
②親が子の反抗期に困ってしまっている場合
国によって発達障害への理解が推進される中、誤った理解が現場で広がっている問題を本稿では考えていきます。
■「あの子を特別学級に移したい」女性教諭の悩み
「正直、授業の妨げになるので、(情緒障害の)固定学級に移ってほしいです。修学旅行にも、連れていきたくないです。こちらの手が煩わされることが目に見えているので……」
事例検討会で、そう話すのは若手の女性教諭です。彼女は担任している中学3年生の男子生徒のことを相談しています。
まず、簡単に特支について触れていきましょう。特支は、その子の障害や程度にあわせて「特別支援学校」「特別支援学級」「通級による指導」に分かれています。
次いで特別支援学級ですが、これは通常の学校の中にあります。みんなと同じように通学しますが、クラスは通常学級とは別に設けられています。多くは少人数制のクラスになっていて、専門の教員が児童・生徒の障害に応じて対応しています。
最後の通級による指導ですが、ここに通う子たちは通常学級に在籍しながら週に数回、部分的に本人に合った授業を受けています。担任は通常学級の教員が担います。先ほど女性教諭が相談した生徒はこのケースでした。だから、ほかの子とくらべると「手が煩わされる」と感じ、女性教諭は担任から外れたい気持ちがあって「固定学級に移ってほしい」と話したのでしょう。
■教員の本音から見える「特支を勧める理由」
筆者は事例検討会で子どもの様子を細かく聞き取ることをしますが、同時に教員の気持ちを確認することもします。障害があるかないかの可能性をジャッジして適した支援につなぐのも筆者の大切な役割ですが、それ以上に、実は教員の気持ちを聞くことも軽視できません。
これをすると教員の本音が出てきて、子どもが真に発達障害があり、困りごとを抱えていそうだから特支を勧めたいのではなく、子への感情が判断に影響しているケースがあるのもわかってきます。
子どもに「手が煩わされる」から特支を勧めたいと感じてしまう教員は、生真面目で一生懸命な方が多いようです。授業を進行させたい気持ちが強いのが感じられます。
補足ですが、親に特支を勧めて思わぬ反発に遭った教員や、反対に教員から子の特支を勧められて嫌な思いをした親御さんがいらっしゃるでしょう。その場合、おそらくは教員から子への陰性感情が親に伝わってしまったのだろうと思います。
■親からは「障害児扱いするな」と言われ…
さて、事例検討会では女性教諭に私が質問します。
「先生は、この男子生徒の、どのようなところに困っているのですか?」
「気に食わないところがあると、教室を飛び出してしまいます。叱っても、その場では『はい、わかりました』と言うんですけど、反省はしていないようです。保護者に特支を勧めたんですけど、了解してもらえませんでした。お子さんを理解するためにも、病院へ受診して、それから教育センターなどで知能検査を受けることも提案したのですが……」
「そうしたら、親御さんはどうおっしゃいましたか?」
「うちの子を障害児扱いしないでほしいって」
この女性教諭の気持ちも親御さんの反応も、よくわかります。そのうえで「たいへんですよね」と教員に伝えます。
■背景にある「大人の余裕のなさ」
発達障害だと思われる子が増えていく一方で、それを受け入れる体制が追いついていないのが現状のようです。そこには、人手不足や教員の過重労働などの問題もあるでしょう。
実は、こうした「余裕のなさ」から、子どもが発達障害と見なされるケースは少なくないと筆者は感じています。それは教師だけでなく、親も同じです。
たとえば、子育てに毎日追われている親がいるとします。上の3歳の子はイヤイヤ期真っただ中で、下の子は生まれたばかりで手がかかります。そんなときに上の子が「いやだ! いやだ! ママじゃないといやだ! ぼくも(わたしも)抱っこして!」などと激しく訴えたら、「なんでこの状況をわかってくれないの? 大人しくしていられないの? こんなに通じないのはなにかの障害があるかも……」という発想になってしまうのは想像にたやすくありませんか。
特に現代では、ルールを守れない・言いつけを聞けないなどの理由を説明する材料として、真っ先に発達障害が挙がってしまうようです。
■「手がかかる子供=発達障害」ではない
大人側の心理状態が変わるだけで、異なる見方ができるようになるのは間違いありません。
ちなみに先の事例では、筆者とのやりとりの最中に「自分が、いっぱいいっぱいだった」と女性教諭は気付いたようです。授業の進行がうまくいかないと教員としての評価が下がってしまうことなども気にしていたようです。
発達障害かどうかを判断するには、実は長い時間と日頃からの丹念な経過観察が必要です。手がかかるから発達障害だと結び付けられるほど、簡単なものではないのです。
読者の方も、おそらく知能検査ですぐにわかると誤解していらっしゃるかもしれません。実は、この誤解は教育現場でも同じです。現場にいる支援者たちには、検査結果に依存し過ぎない柔軟な判断が求められます。
■子供の行動をラベリングしない
さて、女性教諭は自分の中の感情を理解して、少し焦燥感が取れました。後に、男子生徒への当たりも柔らかくなったので、これに反応されてトラブルを起こすことも減ったとの報告がありました。
もちろん、これだけで本当に男子生徒の発達障害の可能性を除外できたと言えるわけではないのですが、こうした大人側の心理的な事情によって発達障害と見なそうとするというのが、おわかりいただけたのではないでしょうか。
では、どうすれば見誤りを防ぎながら支援に繋げられるのでしょうか。それは冷静に子供と向き合っていくほかないでしょう。子供の行動をすぐにラベリングしない視点を持つことが、大切だと筆者は感じています。
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植原 亮太(うえはら・りょうた)
公認心理師、精神保健福祉士
1986年生まれ。汐見カウンセリングオフィス(東京都練馬区)所長。大内病院(東京都足立区・精神科)に入職し、うつ病や依存症などの治療に携わった後、教育委員会や福祉事務所などで公的事業に従事。
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(公認心理師、精神保健福祉士 植原 亮太)