「パビリオンより予約が取れない」と満席が続く、くら寿司大阪・関西万博店。本格的な味わいの世界の料理70種類を各300~320円で提供している。
同社商品開発部の中村重男さんは「実は最初は161カ国の料理を3つずつ、合計483メニューという企画だった」という――。
■「世界の料理が食べられる」と来店1カ月前に予約が埋まる
大阪・関西万博に、注目パビリオンに負けず劣らず予約が取れない店がある。くら寿司の大阪・関西万博店だ。パビリオンが集中する大屋根リング内ではなく、西ゲートの奥のフューチャーライフゾーンにあるにもかかわらず、朝10時の開店直後から続々と予約客が押し寄せてすぐ満席に。予約なしでも入店は可能だが、早い日は開店前から並んでいる人だけで当日枠が埋まってしまうという。
にぎわう店内を見て気になったことが一つある。客のほとんどが日本人客なのだ。大阪の街を歩けばインバウンド客が目立つ。ましてここは万博である。もっと外国人客が多いと予想していたが、店内で飛び交うのは日本語ばかりだった。くら寿司広報部は国内からの客が多い理由をこう語る。
「予約はアプリなら30日前から可能です。
ただ、現状では枠がオープンする夜中0時を過ぎると数分で埋まってしまいます。アプリは日本語なので、海外のゲストにも使いやすいようにメールアドレスで予約できる仕組みも用意しているのですが、そちらは7日前から。そのあたりは今後の課題です」
■創業社長が万博出店を決断、スシローとの差別化は?
国内客がほとんどを占める理由は他にもある。万博店では通常メニューの他、「ハンズ・ハンズⓇPROJECT」特別メニューとして世界70の国と地域の料理を提供している。アメリカ「ハンバーガー」、ベトナム「生春巻き」のような誰もが知っているメニューもあれば、トリニダード・トバゴ「ダブルス」、中央アフリカ共和国「フライドティラピア」など、一般の日本人には馴染みのないメニューもある。いつもの回転寿司よりも、未知の食体験を求めて多くの日本人客がつめかけている。
人気が過熱するあまり、アプリで取った予約が転売されるという問題も起きた。くら寿司は5月16日に、順番待ちチケットや予約チケットの転売・譲渡・購入は予約サービスの規約違反であり、違反が判明した場合は、「予約取り消しやアカウントの削除」といった処置を行うことを発表している。
また5月30日からはテイクアウトで「世界の料理バラエティーセット」などの販売も始めた(こちらも事前予約がベター)。
くら寿司が万博への出店を検討し始めたのは2022年だった。本社は大阪府堺市。そもそも70年大阪万博のとき、元禄寿司が会場を周回していたモノレールの西口駅前に店舗を構え、大盛況となって「廻る寿司」をメジャーにした。
そんな歴史がある回転寿司をふたたび万博で世界の人に味わってもらいたい――。創業者社長の田中邦彦氏がそう発案し、くら寿司が手を挙げるのは自然な流れだった。
ただ、日本発であることを強調するなら、インバウンド客への訴求力が高い日本食をアピールする企画がまず思い浮かぶだろう。現に、同じ万博会場内にあるスシローは「サーモン アボカドロール」など海外で人気の寿司を出している。なぜ、くら寿司は逆に世界の名物料理を持ってきたのか。
■最初の企画はあくまで「世界料理をシャリに乗せる」だった
70年万博を知る岡本浩之取締役はこう話す。
「今、世界ではさまざまな地域で紛争が起きています。万博の理念は世界平和。それを考えると、回転ベルトの上を各国の料理が仲良く流れてきたほうが合っている気がしました。今回のキャッチフレーズ『回転ベルトは、世界を一つに。』には、そうした思いを込めています。スシローさんについては、準備期間でこちらのコンセプトが決まったのがかなり早かったので、企画の差別化などは意識しませんでした」(岡本氏)
出店コンセプトの方向性は固まったものの、実は今の企画になるまでには紆余曲折(うよきょくせつ)があった。
23年、メニュー開発を担当する商品開発部に最初に下りてきたのは、現在提供されている「世界の料理」ではなく、「世界の料理を寿司にしろ」という指令だったのだ。
担当したのは、当時入社8年目の商品開発部・中村重男氏だ。中村氏はシャリの代わりに大根などを使った「糖質オフシリーズ」を開発した若手のホープで、万博特別メニューの開発担当者に抜擢された。くら寿司には「イベリコ豚の大とろ」「あぶりチーズサーモン」など、ユニークなオリジナルメニューも多く、世界の料理を寿司化することに抵抗はなかった。苦労したのはリサーチだという。
「社長が打ち出したのは『(万博に出展予定だった)161カ国につき3メニューずつ、計483品』というコンセプト。そもそも知らない国ばかりで、世界中の国と名物料理をリスト化するところから始めなければなりませんでした。もちろん情報だけがあってもメニュー開発はできません。実際に各国の料理店に行ったり、レシピを調べて自分でつくったりしながら味を調査。開発部の他のメンバーからもアイデアを募りながら開発していきました」(中村氏)
■メニュー開発担当者が483品を考案した後、企画が白紙に
メニュー開発時には必ず経営陣に試食してもらって最終的な承認を得る。ただ、483皿はさすがに一度にまとめて試食できない。試食会は8回に分けて実施。
どれも自信作で、試食した経営陣からの評価は高かった。ところが、最後の最後で企画自体にNGが出た。
「各地の料理は個性的なのですが、それをシャリの上に乗せて寿司の形にすると違いがわかりづらく、『これさっき食べなかった?』となってしまう。味付けも南アジアの地域はカレー味が多く、違いを出しづらかった。それらを指摘されて、寿司にアレンジすること自体が取りやめになりました。自分ではやり切ったつもりでいたので、仕切り直しを告げられたときはショックでしたね。その夜は記憶なくなるまで飲みました(笑)」(中村氏)
■わずか3カ月で世界の料理70メニューを完成させるミッション
落ち込む間もなく中村氏のもとに新たな指令が届く。「寿司にアレンジしないでいい。世界の料理を70品開発しろ」。161カ国3品ずつと比べれば、70カ国1品ずつはハードルが低い。しかし、新たな指令には別の困難があった。時間との闘いだ。
企画を練り直したのは24年春。メニュー決定後にはオペレーションをつくりこむプロセスがある。万博開幕の25年4月から逆算すると、開発に充てられる時間は約3カ月しかなかった。
「最初はメニュー選定に苦労しました。万博であることを考えると特定地域に偏らずに選ばなくてはいけないし、地域内でも肉料理や魚料理、デザートなど広くカバーする必要がありました。いろいろと制約がある中で、バランスを取るのはたいへんでした」(中村氏)
制約は地域バランスだけではない。大きかったのは価格だ。くら寿司は世界の料理を一皿300円(回転レーンから取った場合。注文は320円)で提供。大阪・関西万博は各国パビリオンにあるレストランの飲食代金が高価であることが注目を集めているが、それに比べるとずいぶん良心的だ。ただ、利用客にはありがたい低価格も、開発側には原価の制約条件としてのしかかる。
後編〉に続く
大阪・関西万博店長の飯田尚美さん:新メニューとして70もの世界の料理を出すと聞いたときは、店のオペレーションがちゃんとできるか、正直、不安もありましたが、練習期間は十分あり、大きなトラブルもなく運営できています。


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村上 敬(むらかみ・けい)

ジャーナリスト

ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。

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(ジャーナリスト 村上 敬)
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