上司に迷惑をかけてはいけない、失敗はキャリアの傷になる。そんな思い込みこそが、若手の成長を妨げていると語るのは、“伝説の経営者”中野善壽さん。
中野さんが若い頃に繰り返した“危ない経験”とは――。
■自分なりに成果は出せたがその過程は失敗だらけだった
――伊勢丹や鈴屋で海外事業などをチームメンバーと共にスタートした後に、台湾に渡り、財閥系企業の要職を歴任。寺田倉庫のCEOとして天王洲エリアのリバイバルやニューアカオの創生を経て、後進を育成する私塾も盛況だという中野さんの経歴は、「成功の連続」に見えます。ご自身としては何が奏功したと感じますか?
逆です。それぞれの場所で私なりの成果は結果的に出ましたが、それまでの過程は失敗だらけでした。そもそも、私は自分のことを「仕事ができる人間」だなんて、最初から思っていなかったんです。大学時代は野球しかやっていなくて、寮の近くの花屋のおばさんが職を心配して紹介してくれたのが急成長する前の伊勢丹。配属されたのはマミーナという子会社で、アパレル事業の立ち上げメンバーの一人としてキャリアをスタートしました。
後に「アナスイ」や「ケイタマルヤマ」を展開することになる婦人・子供服専門店も、最初は手探りだらけでした。新入社員のくせに若い頃から空気を読まずに思ったことを意見するタイプだったので、先輩とケンカもしょっちゅうでした。しかし未経験ゆえに発想は自由にできる。例えば「同じ素材でカラー展開は3色のみ。
その代わりサイズを豊富にそろえよう」というチームのアイディアが当たって、成功しました。
その後、たまたまの“人事”で伊勢丹の香港店の立ち上げに携わり現地に行ったときには、会社が決めていた土地がピンと来なくて、代わりに自分で街を歩いて見つけた場所を進めようとして「勝手なことをするな!」と怒られました。その後、役職がついてからは自分で「これだ」と発想して携わった事業であっても、やってみて「違うな」と思ったら迷わず撤退する。その都度のベストを躊躇なく選択してきたので、方向転換はしょっちゅうです。
たしか鈴屋に私が入ったときは売り上げ30億円くらいでした。出るころには870億円くらいになっていましたけれど、チームでやれたことなので私だけの成果ではないし、あくまでもそれは結果。そこまでは紆余曲折の連続で、失敗のダメージを被った部門の人たちからするとひどい話です。
■個人資産6000万円をかけて事業を立ち上げたが…
鈴屋を辞めて台湾に渡った後も、私の個人資産6000万円をかけて日本で立ち上げた小売りビジネスを7カ月で撤退。日本の責任者に任せた私の怠慢が原因です。しばらく負債の返済に追われましたが、きちんと説明を尽くしたことで、当時迷惑をかけた同僚や銀行・商社の方々とは今でもお付き合いがあります。
でも、世の中の成功ストーリーというのは、全部そのようなものなんじゃないかと思います。少なくとも私は、「いつか成功する」という気持ちで朝令暮改も臆せず、試行錯誤をします。
大きな流れでとらえる目を持てばよく、失敗を過剰に恐れる必要はない。むしろ、サラリーマンは失敗しても許される特権? があるのだから、思い切り失敗したほうがいいのではないかと思います。
■日本のサラリーマンは世界一チャレンジできる環境がある
――サラリーマンの立場なら「上司や会社に迷惑をかけられない」となおさら躊躇する人もいるかもしれません。
上司に迷惑? いやいや、上司と部下の関係というのは組織の中の役割分担であって、本来は「お互いに迷惑をかけ合うのがあたりまえ」の関係性であるはずです。
むしろ、自ら勇んで無茶なチャレンジをやってくれる社員がいるほうが、会社にとってはありがたいと思っています。調整役になる中間管理職は苦労するかもしれませんが、会社の将来を考えれば、社内のリソースでトライ&エラーを繰り返すほうが開発力は高まるはずです。本当に迷惑をかけたら「もう辞めてくれ」と言われますから、それまでは思い切り暴れたらいい。といっても、日本の労働基準法はかなり規制が厳しいので実質的に解雇は難しい。つまり、日本のサラリーマンは世界一チャレンジできる環境の中にいるということ。このメリットを活用しない手はないと思います。
■AI時代にますます力の差がつく分野とは
――「失敗はキャリアに傷をつける」という先入観は捨てていいのですね。
そうです。
失敗はキャリアに傷をつけるどころか、キャリアを伸ばす力になる。なぜなら、失敗すればするほど「実行力」が養われるからです。
これからの時代、経験やデータのみに基づいた机上のアイディア出しや企画力の大半はAIが担う可能性があります。しかしながら、手足を動かして物事を進める力はAIには代替されないでしょう。つまり、これからは「オペレーションのノウハウと作業能力」が強みになる時代。「知る」だけでは不十分で、実際にやってみる力。行動した者にしか得られない学びによって、力の差は拡大していくはずです。
実行の経験を積むにはそれなりに時間がかかる。だから、早く実行したほうがいい。トライ&エラーにより長く時間を使える若い人ほど有利だということです。だから、私は言うのです。「若いときはどんどん失敗したほうがいい」と。

■初めて訪問する会社の売り上げを当てられるか
――長く社会に貢献し、「一生食べていける人材」になるために、若いうちに身につけておくといい力とは何でしょうか?
まず、「数字感覚」です。私もこう見えて、若い頃にちゃんと勉強して簿記1級を取りました。会計の仕組みを理解した上で、それを使えるようになるためには、ものごとを数値化して考える癖をつけたほうがいい。
たとえば、目の前にあるテーブルを触ったときに、「いい素材だな。板の厚さはだいたい3センチくらいで、縦横の比率は1:3くらいかな」とすべて数値に変えて考える癖をつけておくと、頭の中に数字が残って、ふとした対話や議論の場でパッと出てくるんですね。
初めて訪問する会社でも“数字”が浮かんできます。「こういう商材で、営業担当は○人くらいいそうだから、売り上げはだいたい○円だろう」と予想すると9割当たります。売り上げを人数で割れば、一人当たりの生産性も数値化できる。数字感覚はどんな仕事にも共通する基礎力でしょう。
もう一つ、大事なのは「愛され力」です。
■「目を見て挨拶」という簡単なことができない人が多すぎる
――愛され力とは?
シンプルに、人から好かれて、可愛がられるための振る舞いを身につけて、そうなるように努力するべきです。周りの人をサポーターにできるかできないかで、チャンスの広がり方はまるで変わってくる。

愛嬌に外見は関係ありませんよ。初めて会った人の目を見て元気に挨拶。「そんな簡単なこと?」と思われるかもしれませんが、その“簡単なこと”ができる人がどれだけ少ないか。特に最初の5分が肝心です。しっかり目を開いて、相手に関心のアンテナを100%向けるんです。それだけで相手の心もビビビと反応します。これはいつも私の仕事を手伝ってくれている若い同僚から学んだ作法です。
■若い頃は何度も危ない目に遭った
――この5年ほどで急速に、社会全体の意識がハラスメント防止に向くようになり、上司が部下に対して指導しづらい時代とも言われています。
良いところも悪いところも上司から学ぶという意味でも、ちゃんと関わったほうがいいと思います。
なんでもかんでもハラスメント認定して過剰になるのは、ナンセンスです。恋愛も友情もビジネスにおいても、すべからく人間関係というものは、ギリギリのところでせめぎあいながら育つものです。
もちろん相手の人格を傷つけるような暴言暴力はいけませんが、相手のことを思いやって叱る、励ますといった行為まで「ハラスメント」として除外していくようでは、なんのためにチームで仕事をしているのか分かりません。

若い頃には私も何度も危ない目に遭いましたが、ギリギリの線で折り合いをつけたり、意見を交わし合ったり互いの理解を深めながら、対人関係を学んだつもりでいます。
――「危ない目」とは、たとえばどんな?
今も昔も、セクハラは女性だけでなく男性側が被害者になるリスクはあるんです。20代の頃、40代くらいの女性の先輩に何度も誘われ、食事の後にちょっとあやしい場所に連れて行かれそうになることもありました。その先輩は噂によると“裏の人事権”を握っているとのことで、無下にもできない。だから、ほどほどの距離を保ち、コミュニケーションはとりながらも、遅い時間まで長居はしない、タイミングを見て「場所を変えましょう」とサッパリ伝えるといった方法でうまくかわしていましたね。摩擦熱と同じで、人はぶつかり合うことでパワーを与え合う。お互いに傷つくことを恐れて関わりを避けるようでは、ユニークな企画もなかなか生まれてこないでしょう。
上司だろうが部下だろうが、人は誰でも自分に対して“関心”を示してもらうとうれしいものです。おべっかを使う必要はなく、ただ素直に思ったことを伝えればいいと思いますよ。「先輩、髪型似合っていますね」と褒めるだけじゃない。「あれ、今日は顔色がイマイチですがお疲れですか?」とマイナスの感想も含めて、挨拶にプラスアルファで伝えるんです。笑顔で明るく、がポイントです。
■ただ一つ、絶対やってはいけないこと
――傷つくこと・傷つけることを恐れ過ぎてはいけないということですね。
そうです。「もしも野球選手になりたいなら、前向きな気持ちで打席に立とう」ということです。
デッドボールを恐れて打席に立っても、永遠にヒットは打てない。練習をし過ぎて怪我をすることだってある。審判のミスジャッジに泣く日もあるかもしれない。「それでも野球をやりますか?」と自分に問うといいと思います。
傷つけ合うことを恐れずに人と関わってみると、いろんな価値観や考え方を知るはずです。これが人生の幅を広げる栄養になるのです。ただ、このときに注意点が一つあります。決して他人と自分を比較しないことです。比較は不安や恐れを生むだけです。
■他人と自分を比較しなくてもすむ方法
――どうしても他人と自分を比べてネガティブに考えてしまう場合には、どうしたらいいでしょうか?
他人の言動や価値観に対する受け止め方を、極力「フラット」であろうと意識することが大事です。私がよく返すリアクションは「あ、そうなんだ」です。妙におだてたり、否定したりせずに、ただニュートラルに受け止める。優劣の比較ではなく、ただ「違い」を知るという感覚を保てたら、他人との関わりを純粋に面白がれるんです。
そして、できるだけ多様な属性の人を相手に、目を見て、会話をする機会をたくさんつくるのがいい。年上の人、年下の人、同性、異性、自分が知らない経験をしてきた他者からいろんな考えや視点を知るのは、人生を通じて飽きることのない最高のエンタメになり得ます。
人と関わる時間をいかにエネルギーに変えていくか。人間関係が希薄になりつつある今の時代にこそ、私たちは真剣に考えていくべきでしょう。

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中野 善壽(なかの・よしひさ)

東方文化支援財団代表理事

1944年生まれ。伊勢丹、鈴屋を経て、1991年より台湾に渡り、中国力覇集団、遠東集団などの財閥系企業で経営者を歴任。2011年に寺田倉庫CEOに就任し、文化芸術分野との連携によるエリアリバイバルを実現。2018年、モンブラン国際文化賞受賞、東方文化支援財団を設立。2021年からは熱海の老舗リゾート「ACAO SPA&RESORT」の創生に携わった。現在は若手経営者のための私塾「中野塾」を主宰し、次世代に知見を還元する活動も行う。著書に『ぜんぶ、すてれば』『お金と銭』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『孤独からはじめよう』(ダイヤモンド社)など。物質的な豊かさにとらわれず、精神的・文化的価値に重きを置いた経営哲学や生き方が共感を呼んでいる。

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宮本 恵理子(みやもと・えりこ)

ライター・エディター

1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業。2001年、日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。「日経WOMAN」、新雑誌開発、「日経ヘルス」編集部を経て、2009年末に編集者兼ライターとして独立。書籍、雑誌、ウェブメディアなどで、さまざまな分野で活躍する人の仕事論やライフストーリー、個人や家族を主体としたノンフィクション・インタビューを中心に活動する。ライターのネットワーク「プロシェア」、取材体験型ギフト「家族製本」主宰。

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(東方文化支援財団代表理事 中野 善壽、ライター・エディター 宮本 恵理子)
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