■「ニンテンドースイッチ2」の転売対策に世界が注目
高額転売で荒稼ぎする「転売ヤー」が横行している。人気かつ品薄の商品とあらば、たとえ私たちの生活に必要な主食・コメであろうと、躊躇せず餌食にする。高額転売を生業とする転売ヤーたちの姿勢からは、モラルの欠如が垣間見える。
コメに加え、このところ転売をからめて話題となっているのが、携帯型・据え置き型家庭用ゲーム機の「ニンテンドースイッチ2(以下「スイッチ2」)」だ。製造・販売する任天堂は、6月5日に発売されたニンテンドースイッチ2で転売対策を実施。公式通販サイトでの抽選販売にあたり、前期型でこれまで一定時間以上プレイしていることなど応募条件を設定した。
高額で売り抜ける目的で仕入る転売ヤーを排除し、実際にプレイするであろうユーザーに行き渡らせるための施策だ。任天堂の対策は海外でも注目を集め、米有力ゲームメディアのIGNなど各種媒体で取りあげられている。
■コメからゲーム機まで…あらゆる商品に群がる転売ヤー
スイッチ2をめぐって大手家電量販店も、過去の購入金額など独自の応募条件を付けて転売対策を強化している。また、ネットオークションのYahoo!オークション(ヤフオク)は発売日からすべてのスイッチ2本体の出品を禁止し、違反者に出品削除やアカウント停止の措置を行っている。
8年前の初代スイッチ発売当時と比較すれば、確かに転売対策は確実に広がりを見せており、その点では隔世の感がある。
コメをめぐっては政府レベルで規制の動きがあるが、スニーカー、コンサートチケット、トレーディングカードに、コロナ禍においてはマスクや消毒液など、娯楽から生活必需品までが転売のターゲットになっている。
このように生活必需品をねらう転売ヤーの存在は、日本に留まらない。アメリカ、韓国、台湾などであらゆる品々がねらわれており、アメリカでは大統領が動くレベルの懸念事項となっている。海外の事例と対応策をみるに、日本でも厳罰化に動く余地はありそうだ。
■アメリカでは運転免許の予約枠が標的に
アメリカのフロリダ州では、行政による無料の市民サービスがターゲットになった。運転免許センターの予約枠を大量に押さえ、有償で譲渡していた。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、フロリダ州マイアミ・デイド郡の税務署は「無料の予約を買い占め、利益を得るために転売する予約転売ヤーのネットワークを発見した」と発表した。調査の結果、少なくとも200件の運転免許関連の予約が転売ヤーによって押さえられていたことが判明した。
ボットと偽アカウントを使用して無料の予約枠を占有し、25ドル(約3600円)から250ドル(約3万6000円)で転売していた。ニューヨーク・タイムズ紙によると、地元の自動車教習所も一部の予約枠確保に関与していたことが調査で明らかになっている。
転売により予約枠が逼迫したため、住民は最長で数カ月前、短くても数週間前のネット予約を余儀なくされていた。
■条例で「7万2000円の罰金」とする動きも
運転免許は、多くの人にとって仕事や日常生活に欠かせないものだ。その取得機会さえも転売の対象となり、列に並ぶことができない場合は、本来無料であるはずの予約に数万円を支払わざるを得ない状況となっていた。
郡税務署のダリエル・フェルナンデス氏は声明で「我々は彼らが誰で、どのように活動しているかを把握している」と述べ、「システムの悪用によって得られた予約をすべてキャンセルするよう試みている」としている。予約を無効化することで、こうした転売業者から購入した人々にも責任を求める方針だ。ただし、実際の照合作業は困難である可能性もあるという。
現行法では予約枠の転売行為そのものに対して違法性を問うことはできず、転売ヤーへの処罰は行われていない。同郡のケビン・カブレラ委員は、運転免許などの公共サービスの予約販売を「違反1件につき500ドル(約7万2000円)の罰金が科される民事上の違反(a civil offense)」とする条例を提案している。公共サービスへのアクセスが金次第となる社会を容認せず、毅然と対応する姿勢だ。
2023年にはフロリダ州タンパでも、運転免許の予約枠をめぐり類似の転売行為が確認されている。行政はセキュリティ向上のため、ソフトウェアの変更を迫られた。
■「週3日だけ働いてベンツに乗っている」19歳転売ヤーの告白
転売で莫大な利益を得る者たちは、どのような人物なのか。
デジタルメディアのヴァイスは、イギリス在住の19歳転売ヤー、コナー氏へのインタビューを掲載している。彼は「メルセデス・ベンツを運転し、ガールフレンドに高価なものを買い、週に3日しか働かない」と豪語する。この言葉だけを聞けば成功した起業家のようにも聞こえるが、その収入源は転売行為であり、決して褒められたものではない。
14歳のとき、ネット取引サイトのイーベイ(eBay)でTシャツを転売したことがきっかけになったという。現在は限定スニーカーの転売を主な収入源としている。「独占的で希少なスニーカーだよ。ダンク、ジョーダン、オフホワイトとかね」と彼は説明する。
短時間で最も儲かったという日には、朝起きてすぐナイキ公式のアプリで、オフホワイトとナイキのコラボレーション「ザ・50」を購入し、1時間以内に倍額で売り抜けた。「1日で1カ月分の収入を稼いだよ。王様になった気分だったね」と当時を振り返る。
彼は自身の行為を、こう正当化する。「今の世の中、1つの仕事だけでは生活できないんだ」「母親が病気で車椅子生活を送っている。だから家を買ってあげたい」。
だが、同情を寄せる向きは少数派だ。ヴァイスは彼のような転売ヤーを「純粋に物事を楽しみたいという私たちの切実な願いを食い物にし、そこから生計を立てる詐欺師」だと糾弾している。
■韓国では大学祭のチケットが元値の5倍以上に
学生時代の思い出作りの場であるはずの大学祭。その入場券さえ、転売ヤーによって売買されている。
韓国中央日報によると、韓国・高麗大学校の学生専用野外イベント「イプセレンティ」のチケットが異常な高値で取引されている。定価1万8500ウォン(約1960円)のチケットが、学内コミュニティサイト「エブリタイム」では7万から10万ウォン(約7400円から1万1000円)で転売されているのだ。元値の最大5倍以上という法外な価格だ。
これとは別に、延世大学校の「アカラカ」フェスティバルでは、1万7000ウォン(約1800円)のチケットが最大30万ウォン(約3万2000円)で出品されているという。昨年は高麗大学校にニュージーンズやジャンナビが、延世大学校にはイリット、エスパ、テヤンといった人気アーティストが出演し、チケットの非正規取引の価値は瞬く間に高騰した。
転売の手口は巧妙化している。入場には学生証が求められるが、チケット本体だけでなく、学生証の貸し出しビジネスまで横行しているのだ。大学祭前の金曜日になると、エブリタイムには約5万ウォン(約5300円)で学生証を貸し出すという投稿が相次いだ。NCTが出演した崇実大学校では、3万から7万ウォン(約3200円から7400円)で学生証を貸し出す投稿が目立った。
大学祭は本来、学生たちが一体となって楽しむ場だ。しかし今や、オンラインで簡単にチケットを出品できてしまう。一部の学生たちは自ら転売行為に手を染め、大切な母校のイベントを続々と金銭に換えている。
全北大学校の社会学教授ソル・ドンフン氏は、韓国中央日報の取材に対し、「こうしたフェスティバルへの需要が急増したのは、格安で一流アーティストを見る貴重な機会と見なされているからです」と分析。「結果として、より多くの学生が、転売によって利益を得ようとする誘惑に駆られているのです」と指摘する。
■トランプ大統領が転売ボットの取り締まりを強化
転売問題の深刻化を受けて、各国政府は法的な対応を急いでいる。
アメリカは大統領レベルで転売規制に動き出した。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、アメリカのドナルド・トランプ大統領は3月31日、チケット価格のつり上げや、仲介業者による搾取的な価格つり上げを取り締まる大統領令に署名した。
連邦取引委員会(FTC)に対し、転売業者が人気チケットの買い付けに利用しているボットの使用を規制するべく、既存の法律をより厳格に執行するほか、罰金を科すことも含めた措置を取るよう指示している。FTCは財務省、司法省とともに180日以内に、ライブイベントビジネスにおける不公正な慣行への対処状況をまとめ、消費者保護のための規制や法律を提言する報告書を提出するよう求めている。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、アメリカのライブコンサート・エンターテインメント産業は90万人以上の雇用を支え、1326億ドル(約19兆1200億円)の経済効果がある。コロナ後の需要増により、コンサートチケットの価格は近年急騰しており、転売対策は喫緊の課題となっている。アメリカの動きは、消費者保護はもとより、巨大産業の健全な発展を促す効果が期待される。
ただし、予想外に反発しているのが消費者団体だ。米NBC系列のWWLPはボストン発のニュースで、これまでチケットを安く買える場や、急に都合がつかなくなった際に譲渡する場として機能していた側面があったと指摘している。我が物顔で利益をむさぼる転売ヤーを排除するため、こうした場が閉鎖される流れに。結果的に転売行為を原因として、消費者が不便を強いられる構図となった。
■台湾は罰金額を引き上げ厳罰化
一方、アジアでは台湾が厳罰化に乗り出した。台湾のタイペイ・タイムズ紙によると、台湾の立法院は5月27日、社会秩序維持法の改正案を可決した。利益目的で交通機関やエンタメイベントのチケットを購入する行為に対し、最高罰金が1万8000台湾ドル(約8万8000円)から3万台湾ドル(約14万6000円)に引き上げられた。
また、立法院は医療サービス、食品、宿泊施設のチケットやクーポンを所管する各当局に対し、それぞれの分野での転売を抑制すべく、規制改正を2カ月以内に検討するよう求める決議を可決した。内務省に相当する台湾内政部は、芸術やスポーツイベントのチケットはすでに他の法律で転売防止規制の対象となっているとしつつ、チケット管理当局に対して転売行為の横行を抑制する規制改正の検討を求めている。
■日本は「転売ヤー天国」のままでいいのか
世界各国で転売対策が進む中、日本の対応は依然としておおむね民間任せだ。コメの転売規制が6月13日になってようやく閣議決定されたのを除き、人気・品薄な商品の転売はほぼ野放しになっている。
チケットに関しては現在でも不正転売禁止法が存在し、販売価格を上回る額での興行主の意志に反する譲渡を禁止している。だが、実態としては必ずしも有効に機能しておらず、ネット取引サイトでは定価以上での取引が目立つ。転売防止策が一定程度機能しているケースもあるが、任天堂がネットオークション各社と連携するなど、目立つのは民間レベルの対策ばかりだ。
転売問題は、単なる価格の問題ではない。マイアミで起きた運転免許予約の転売は、市民の権利であるはずだった行政サービスが転売ヤーにねらわれた。転売行為により、本来は無料または適正価格で正規品やサービスを入手できたはずの人々が、余分な費用の支払いを迫られている。
販売する企業としても昨今、人気商品を転売対策なしに発売したとすれば、批判は免れない。転売防止の対策コストは、長い目で見ればいずれ、めぐりめぐって商品価格に転嫁される。転売ヤーの活動費用を、消費者が負担している構図となろう。
民間企業の自主対応だけでは、もはや限界があることは明らかだ。コメ問題を契機に、少なくともボットを使った大量買い占めや、定価の何倍もの価格での組織的転売については、法による規制と罰則の厳格な適用を真剣に検討すべき時期に来ている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)