※本稿は、松生恒夫『あなたの腸で長生きできますか?』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■長野県の健康寿命が長い4つの理由
日本の中でも「長寿県」といわれる地域の食生活を分析してみましょう。
厚生労働省がまとめた「令和2年都道府県別生命表の概況」によれば、全国の都道府県別平均寿命の男性1位は滋賀県で82.73年、2位は長野県の82.68年、3位は奈良県の82.40年(全国平均81.49年)です。
女性1位は岡山県で88.29年、2位は滋賀県で88.26年、3位は京都府で88.25年(全国平均87.60)です。
平均寿命は国勢調査などをもとに1965年から5年ごとに調査されていますが、令和2年の上位に入っている「滋賀県」「長野県」「岡山県」「京都府」などは近年の調査で常にトップクラスに入っている常連です(※1)。
私はこのうち長野県の食事に以前から注目してきました。
じつは長野県は公益社団法人国民健康保険中央会が要介護度をもとに算出した「健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)」(令和4年値)でも、男女ともに全国1位。もっというと、女性の健康寿命は「7年連続で1位」、男性は「2年連続で1位」となっています(※2)。
長野県の健康寿命が長い要因として、長野県は、次の四つを挙げています。
①高齢者の高い就業率
②野菜摂取量の多さ
③健康ボランティアによる自主的な健康づくりの取り組み
④専門職(医師、保健師、管理栄養士等)による活発な地域の保健医療活動
※1 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/tdfk20/index.html〈厚生労働省HP〉
※2 https://www.pref.nagano.lg.jp/koho/kensei/koho/chijikaiken/2024/documents/20240809kaikenshiryou3.pdf〈長野県HP〉
■レタスにカリフラワー…長野県でとれる多種類の野菜
私は長野県の健康寿命が長い要因の一つ、「野菜摂取量の多さ」という点に注目しました。
調べてみたところ、カゴメ株式会社が全国の20~69歳の男女7100人(事前調査9964人)を対象に行なった調査(2018年)で、長野県の人たちの1日あたりの平均野菜摂取量は140gで全国1位でした(※3)。
2位は山梨県で135.4g、3位は群馬県で134.7g、いずれの県も土地の標高差が大きく、変化に富んだ地形から多種多様な野菜が生産されている農業県であることがわかりました。
ちなみに長野県はレタス・セロリの収穫量が全国1位、白菜は2位、きのこ類ではえのきたけ・ぶなしめじの生産量が全国1位となっています。
また、キャベツやブロッコリー、カリフラワーやチンゲンサイなど、大腸がんに予防的に働くといわれているアブラナ科の野菜もたくさん生産されていました。
こうした環境から、そこに住んでいる人々も野菜をとりやすいのだと考えられます(※4)。
■りんごと干し柿に豊富な体にいい成分
長野県といえば果物の収穫量が多いことでも知られています。
たとえば、有名なりんごは全国2位、ぶどうも全国2位です。ブルーベリーの収穫量も全国2位。
いずれの果物もがんや生活習慣病、老化の引き金となる活性酸素から体を守る抗酸化物質、ポリフェノールが豊富に含まれている果物です。
なかでも私が注目したのはりんごです。
りんごは食物繊維が100gあたり1.4gと豊富です。また、りんごの食物繊維に多く含まれる「アップルペクチン」には大腸がんの発生を抑える働きがあることが動物実験で確認されているのです(※5)。
また、長野県は「干し柿」の産地としても有名です。
干し柿は食物繊維の含有量が100gあたり14.0gで、果実やドライフルーツの中でトップクラスです。
「食物繊維の豊富なドライフルーツ」というと、「干しプルーン」をイメージするかもしれませんが、干しプルーンに含まれる食物繊維は100gあたり7.1gですから、断然、干し柿に軍配が上がるのです。
※3 https://www.kagome.co.jp/statement/health/yasaiwotorou/research/research06/〈カゴメ株式会社HP〉
※4 https://www.pref.nagano.lg.jp/koho/kids/menu02/nougyo.html〈長野県HP〉
※5 https://npo-jsct.sakura.ne.jp/wwaves/WWAVES_Vol.24_p12-16_opinion1.pdf〈日本癌病態治療研究会 日本癌病態治療研究会誌 外科医としての反省 食物繊維の研究からたどり着いた門脈血浄化論と癌の肝転移再発を考える 田澤賢次 富山医科薬科大学名誉教授(現・富山大学)〉
※6 https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003408759〈e-Stat 政府統計の総合窓口HP〉
■“腸寿地域”の人の便は善玉菌でいっぱい
腸の持つ免疫機構の一つに「腸内細菌」があります。
長寿地域の人たちの腸内細菌はそうでない地域の人たちとどう違うのか、そこに着目して研究を行なったのは腸内細菌研究の世界的権威である故・光岡(みつおか)知足(ともたり)東京大学名誉教授です。
光岡名誉教授(当時は農学部教授)のグループは1979年当時、日本の長寿地域として知られていた山梨県の上野原市(旧北都留郡上野原町)棡原(ゆずりはら)地区をおとずれ、この地の高齢者の便を採取して、腸内細菌を調査しました。高齢者15人(平均年齢84歳)が対象です。
これを都市の高齢者15人(平均年齢68歳)と比較したところ、棡原地区の高齢者はビフィズス菌など、善玉菌の割合が高いことがわかりました。なお、当時の棡原地区の高齢者の1日あたりの食物繊維摂取量は平均28.8gだったということです(※7)。
腸内細菌はまず母親から譲り受け、その後、食習慣や環境から影響を受けることがわかっています。
じつはこの地域の伝統食には、あわ、ひえ、きび、ソバなど精製されていない雑穀とたくさんのいもや季節の野菜、豆に大麦、小麦、麹(こうじ)や味噌などを取り入れたものがあります。
「ほうとう」はその代表。
食物繊維が豊富なだけでなく、味噌で味つけするので麹菌や植物性乳酸菌がたくさん摂取できます。
また、春につくるこんにゃくの刺身、甘酒、甘酒の麹でつくる酒まんじゅう、しめじの油炒めなども日常的に食べる料理として知られています。
これらのうち、甘酒は、夏にも飲まれていました。酒まんじゅうは4月~10月、甘酒の発酵しやすい時期にまとめてつくられていました。まさに長寿地域=腸寿地域。腸内環境を良好にする生活のお手本だったのです。
■単に昔の和食に戻せばいいわけではない
では腸を健康にするためには、こうした昔の日本の伝統食に戻せばいいのでしょうか?
必ずしもそうとはいえません。なぜなら戦後、日本人の平均寿命が飛躍的に延びたことにもまた、食生活の変化が深く関わっているからです。
明治時代(1900年頃)の日本人の平均寿命は、男女ともにほぼ35歳でした。これが男女ともに50歳を超えたのは、戦後の昭和22年(1947年)です。その後の平均寿命の延び方は著しく、世界に類のない長寿国となりました。
これは肉や、乳製品、卵などの動物性たんぱく質と脂肪の摂取量が増えたからです。たんぱく質をきちんととることにより、私たちの体は、骨格をつくったり、生体機能を調節したり、感染症を予防したりすることができます。
また、脂肪はエネルギー源だけではなく、細胞膜や生体機能調節物質の原料になっています。これらの栄養素を十分にとることで、健康維持ができるわけです(※8)。
結果、感染症にも強く、血管も丈夫になり、脳出血で亡くなる人も大きく減りました。
問題は飽食の時代にあって、どうしても動物性食品や脂肪を多くとりがちな食事になってしまうこと。そのために、食物繊維や発酵食品といった体の重要な免疫機構である腸を健康にする食材が不足してしまうことです。
つまり、「現代食のよいところはそのままに、いかに不足する食材を補うか」が“腸寿食”のポイントとなるのです。
※7 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/25/2/25_2_113/_pdf〈J-STAGE HP 腸内細菌雑誌 腸内菌叢研究の歩み 光岡知足 東京大学名誉教授〉
※8 https://www.nvlu.ac.jp/food/blog/blog-046.html/〈日本獣医生命科学大学HP 食のいま 西村敏英(食品機能化学教室、教授)〉
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松生 恒夫(まついけ・つねお)
松生クリニック院長
1955年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業後、同大学第三病院、松島病院大腸肛門病センターなどを経て開業。医学博士。便秘外来を設け、5万件以上の大腸内視鏡検査をおこなってきた第一人者。
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(松生クリニック院長 松生 恒夫)