お悩み相談から外国人観光ガイドまで幅広い依頼に1時間1000円で応える「おっさんレンタル」が提供開始から13年を迎えた。創業者の西本貴信さんは「メンバーの“おっさん”にとっては金銭的なリターンよりも、『誰かの役に立てた』という達成感がモチベーションになっている」という――。

■ビデオでもなく、モップでもなく
「おっさんレンタル」とは読んで字のごとく、中高年男性を1時間1000円で貸し出すサービスだ。
怪しさと突っ込みどころしかないという人も多かろうが、開始からすでに13年が経過、世にそれなりの地歩を固めた存在である。運営する西本貴信(たかのぶ)さん(57歳)は全国約70名の“おっさん”を統括し、お悩み相談から外国人観光客のガイド、映画の死体役まで、幅広い依頼に応じている。金銭的なうまみよりも、「誰かの役に立てた」という達成感がおっさんたちのモチベーションになっているらしい。西本さんは明かす。
「インバウンド需要もあるんですよ。うち、アテンド業でもありますから。海外からの観光客のニーズは確実に増えてますね。外国語が話せるおっさんはオファーが多くて、ひと月でかなりの金額を稼ぐ人もいます。基本料は1時間1000円の価格設定だけど、それが5名の旅行グループなら1名あたり1000円ずついただくから『時給5000円』になるんで。外国人のお客さんはチップをくれることもよくあるし」
ビデオレンタルでも、モップレンタルでもない。西本さんはまさに“おっさん”を広く貸し出しているのだ。

「毎日30件くらいレンタルの注文がある」と西本さんは言う。顧客の8割は30代から40代の女性で、専業主婦よりは仕事を持った女性が多い。この傾向は、サービスインした十数年前から大きく変わっていない。
■アベちゃんに学べ
変わっていないといえば、「おっさんレンタル」のサイト(※)もそうだ。おっさんのニックネーム、得意分野、利用方法など、情報は必要にして十分に盛られているが、そのデザインはおよそスタイリッシュとはいえない。これも創設当初からのものである。
※【おっさんレンタルのサイト
阿部寛さんのホームページってあるでしょ。およそ著名人とは思えないほどシンプルでベタなデザインで有名な。あの野暮ったさがイイんです、僕にはグッとくる。だから『おっさんレンタル』のサイトもデザインにはこだわりません」
野暮ったさは、しばしば「誠実」「安心」の文脈で解釈される。だから「おっさんレンタル」でも、普通のおっさんがイケオジやハイスペおじさんよりも人気を博すことがあるらしい。
「以前、本当に風采の上がらないおっさんがメンバーになったんです。
『大丈夫かなあ』と僕も思っていたんですが、このおっさん、大変な聞き上手だった。『私の話を聞いてほしい』という需要は特に女性から多いので、あっという間にたくさんのリピーターを獲得しましたよ」
■1時間1000円交通費別途サービス
同じ1000円を払うのでも、男性と女性とでは重みが違う。女性のほうがはるかにコスト感覚が鋭い、というのが西本さんの観察である。
この国でおっさんといえば「ウザい」「ダサい」「説教がましい」といったネガティブなイメージで固着していると思うが、どっこい、おっさんには需要があるのだ。にわかには信じがたいことだが、そうでなければ「おっさんレンタル」が10年以上にわたり大きなトラブルもなくサービスが続いていることの説明がつかない。
顧客からの依頼内容は多岐にわたる。冒頭で西本さんが述べたように外国人観光客のガイドをする場合もあるし、酒につきあう場合もある。ただ黙って愚痴や悩みを聞くこともある。そのほか論文の添削や法律相談、医療相談。映画でのエキストラ(死体役)や、漫才の相方を臨時で務めるなんていう変化球もある。意外にいろいろなことをしてくれるおっさんである。しかも1時間1000円交通費別途、で。

■その体験には金銭を超える価値がある
そう聞くと、多くの人が人材派遣会社を連想するだろう。つまり、1時間1000円の売り上げのいくばくかを“胴元”がはねるビジネスモデルだ。しかし、西本さんはそれをしない。顧客の払ったレンタル料は100パーセントおっさんのものとなる。
だが、儲かる仕事ではない。
「おっさんたちには、ボランティアとは言いませんが『トントンになればいいや』くらいのゆるい気持ちでいてください、と伝えています」
なにしろ時給は1000円でしかないし、必ずレンタル注文があるわけでもないし、登録にあたっては加盟料が必要になるからだ。
「今でも、“無料で登録できる”と勘違いしたおっさんからの問い合わせがたくさん来ます。だから『加盟は有料です』『必ず注文があるとは限りません』と説明すると、水が引いたようにサーッといなくなる(笑)」。吝嗇(けち)とか、なんでも自分に都合よく解釈するといった“おっさんあるある”は、残念ながらまだ健在ということか。
ではなぜ、おっさんたちはサービスを続けているのだろう。小遣い稼ぎ程度にしかならないにもかかわらず。
■見知らぬ他人とゼロから関係をつくること
じつは答えは単純だ。
「おっさんレンタル」は、金銭を超える価値をおっさん自身にもたらしているからだ。ベタに言えば、承認欲求が満たされ、人間的な成長を実感できるのだ。
「おっさんてね、毎日が家と会社の往復だけ。そんな人生に辟易(へきえき)してるんですよ。だから、刺激がほしい。誰かと出会いたい。自分が役に立っている実感がほしい。『ありがとう』の言葉が聞きたい。実際、僕自身がそうですから」
年齢を重ねるにつれて、新しい人間関係を築く機会は減る。SNSでつながっていてもそれは「知人の延長」でしかなく、名も知らぬ誰かとゼロから関係をつくる体験などもう何年もしていない。そんな日常を「レンタルされる」非日常が、壊してくれる。まったく知らない人と待ち合わせをして、その人の依頼に応える。
そんな、映画やTVドラマのような出来事がわが身にふりかかる。しかも、そこには1時間1000円の出演料……、いや対価まで発生するのだ。
■「必要とされる」ことで甦るおっさん
「僕をメンバーに加えてくれてありがとうございました」。西本さんの手許にはおっさんからの感謝メールがよく届く。
「自分は誰にも必要とされていなかったから、レンタルされて幸せだ、と。いや、こんなメールもらって僕自身が幸せとしか言いようがない」
レンタルされて初めて、自分にも価値があったことに気づく人がいる。それもまたおっさんの一側面であろう。「ウザい」「ダサい」ばかりがおっさんではないのだ。
「レンタルされる」とは、文字面の上では受け身の行為である。けれど実際にそれは、自分の人生を見知らぬ他者と共有する能動的な営みだ。「役に立てた」という実感、「必要とされた」という自己肯定感、それは時給1000円をはるかに超える満足であろうことは想像に難くない。それが「おっさんレンタル」で働くことの本懐である。

そしてその価値の創出は、じつは西本さんが10年も前からもくろんでいたことでもあるのだ。
後編に続く)

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襟川 瑳汀(えりかわ・さてい)

フリーランスライター

新聞記者・週刊誌記者を経て、現在フリーランス。「漂えど沈まず」をモットーに、ちまちまと売文稼業に精を出している。酒と楽器と伴侶を愛する。
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(フリーランスライター 襟川 瑳汀)
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