なぜ「おっさんレンタル」サービスは13年も続いているのか。創業者の西本貴信さんは「メンバー登録の面接で重視するのは、不潔でないこと、下心がないこと、話していて面白いことの3つ」という――。

前編からつづく)
■いくつになっても人は変われる
おっさんが足りません――。2013年の暮れ、そんなツイートが小さくバズった。
投稿者は「おっさんレンタル」の西本貴信さん。1年前にたった1人で“おっさんを貸し出す”サービスを始めた創業者だ。“貸し出す”のはむろん、自分自身。当時、46歳のおっさんだった。
立ち上げは2012年だ。きっかけは、電車で乗り合わせた女子高生たちの中高年男性への悪口を偶然耳にし、発奮。「中年上等。おれもおっさんだがまだまだ終わってない」と、胸の中で何かが着火した。これは、ややもすれば「ダサい」「ウザい」と厭(いと)われる中年男性の復権、社会的地位の向上への目覚めだとも言えるだろう。
だが、サービスインして間もないうちに、社会よりも先に自分の内面に変化が起きているのを自覚したと笑う。

「他人に対する“思いやりの心”が育まれたとでも言いますか」
初対面の人に会い、その要望に応え、感謝され、時には皮肉や嫌味を言われという体験を積み重ねたことが、西本さんのマインドを変化させたのだった。
「僕はそれまで仕事人間でね。家庭をおざなりにすることもあったし、本業のファッション業ではスタッフとモメることもあった。でも、このサービスを始めてから次第にそれがなくなりました」
人間は変われる。いくつになっても成長できる。それが「おっさんレンタル」で得られた直球の気づきだった、と西本さんは言う。
■おっさん募集への大きなリアクション
すると次第に、人生が面白くなってきた。
「こんな面白いことを僕一人で独占してちゃいけない、シェアしようと思って、おっさんの募集を始めたんですよ。おっさんのアタマ数が増えれば、いろんな需要にも応えやすくなりますしね」
それで冒頭のツイッター(現・X)募集となる。「当時はわりと人余りの時代でしたからね。『おっさんが足りない』ってどういうこと? と注目されまして」。
リアクションは想像以上だった。

「エントリーは50人以上にもなったかな……? そのうちの20人前後、東京に来られる人だけ集まってもらい面談して、メンバーになってもらいました。レンタルするお客さんは女性が多いから、万が一のことがあってはいけない。面接は絶対に必要だと」
西本さんの著書『「おっさんレンタル」日記』(大和書房・2014年)には、アイドル志望の女子中学生や、人生の意味を見失っている女子医大生に会う話が出てくる。シビアな悩みを抱える女性客に相対するおっさんに下心があってはいけない。そのためにも面接は必須だろう。
でも、どうやって見極める?
■おっさんの面接で何を見るか
「登録料ですよね、ひとつには。お金の縛りをつけた。当初は、年間12万円の加盟料をいただいてました。今も7万円を入会時にいただきます。それを払うだけの余裕があるなら、不心得者ではないだろうと判断しています」
いや、納得がいかない。経済的な余裕があることと、性欲をコントロールできることは別の話ではないか。実際、あり余るほどの資産を持ちながら性加害事件を起こした人気アイドルや有名お笑い芸人らがいた。
女性に会えるかもとなれば、年7万円のハードルなど“おっさん”はやすやすと飛び越えてくるのではないか。
「だから面接をするんです。重視するのは、まず不潔でないこと。これは大前提。それから下心がないこと。話していて面白いこと」
まだよくわからない。「不潔ではないこと」は見てわかる。「話していて面白いこと」は西本さんの判断である。だからそれらはいいとしても、「下心がないこと」は人の内面の問題である。心の領域に属することをいったいどうやって見極めるのか――。言葉を替えて何度も質問してみたが、ついに明確な答を西本さんから引き出すことはできなかった。
■プレーヤーでありマネジャーである西本さん
だが、はぐらかされているわけではなさそうだ。
確固たる判断基準は西本さんの内にあって、言語化できるものではないのだろう。あえて言えば直感だ。
先ごろ亡くなった長嶋茂雄の有名な逸話に、打撃のアドバイスを訊かれて「スーッと来た球をガーンと打つんだ」と返したというものがある。おそらくそれに近い領域に西本さんはいて、だから凡人の理解できるようなことは言えなかったのだ。
どんなサービスだって10年以上も続けていればそれなりに不祥事など発生するものだが、ウェブ上を検索するかぎり「おっさんレンタル」は、もちろん小さなクレームはあるとしても致命的なトラブルは見受けられない。この大インターネット時代にあって人の口に戸を立てるのは超困難だろうに、いったいなぜなのか。
いや「なぜなのか」は愚問かもしれない。おっさんらは律義に品行方正に、顧客の要望に応え、日々サービスしているのだ。プレーヤーであるのと同時にマネジャーでもある西本さんの選球眼たるや、まったく驚くべき確かさではないか。
■西本流「ゆるさの経営術」とは
西本さんがトラブルに無頓着ということはない。
「おっさんレンタル」が知名度を増すにつれて、もっと加盟料を上げようとか、フランチャイズ化しよう、アプリをつくって大々的に集客しようといったお誘いが頻繁に来るようになった。しかしいずれも肯(がえ)んじない。
もし応じれば、登録メンバーが増えすぎる。自分の目が行き届かなくなる。トラブルが起こって組織自体が終焉(しゅうえん)する。そう考えているからだ。
西本さんはおっさんに対して、ああしろ、こうしろと指示することも基本的にない。おっさんは加盟料さえ払っていれば、西本さんを介さずに顧客に営業をかけて仕事を取ってもいいとさえ言う。だがその場合でも「必ず最低1000円の時給は取れ」と念を押す。なぜなら“有料”でないと、顧客もおっさんも「仕事」という感覚になれず、両者の距離が近くなりすぎてしまう。それはトラブルの種になる、という判断だ。
また、1年に3回クレームを発生させたおっさんは契約解除だ。ただし、今のところそんなおっさんはいない。と、ここでもやはり西本さんの選球眼の確かさが光ってくる。
本人は「1時間1000円ぽっちでしょう。だからお客さんも期待に届かないサービスだったとしても『まあいいや』で見逃してくれる、それでクレームが少ないんじゃないですかね。ゆるさです、ゆるさ」と謙遜するのだが。
■あっという間に垢抜けるおっさん
とはいえ「おっさんレンタル」を、ポップな印象を持たれる軽いサービスには絶対したくないと言う。ポップにすれば顧客は増えても、切実におっさんを必要としている人が利用しにくくなるからだ。そんな結論に至ったのは、西本さんが闘病中の人の話し相手をしたり、果てはその死に立ち会ったという「重い」経験をいくつもしていることと無縁ではないだろう。
赤の他人だからこそ話せることがあるのだ。たとえば子育てに疲れ果てた30代女性。昼間の喫茶店で、思いの丈を2時間しゃべり続けた。「ママ友に話せばその後に影響してしまう。親にはもちろん言えない」というのが、おっさんをレンタルした理由だ。おっさんはひたすら話を聴くだけだが、「こんなに自分の話を聞いてもらえたのは久しぶり」と最後に彼女は涙ぐんだという。
そればかりではない。実際に西本さんは、メンバーのおっさんが変化する過程に何度も遭遇した。生きながらペーソスに葬られたかのようなおっさんが、あっという間に垢抜け、人生のモチベーションを取り戻していくさまをいくつも目の当たりにした。人との新しい出会いが日常のありきたりを払拭し、拭いたついでにおっさんの人間性まで磨いてくれるということなのだろう。
■「欠点を教えてくれ」と頭を下げられるか
いみじくも西本さんは語る。
「僕はね、『おっさんレンタル』を通じて、新しい人種をつくっているような気がちょっとしてるんです」
一方で、変わることのできないおっさんもいる。端的に言えば、なかなかお客さんがつかない人ということになるのだが、彼らには共通点があるという。いわく、人の話を聞かない。お客さんからクレームが来たことを伝えても謝らない。なにかしら便宜を図っても感謝しない。本業のほうでの成功体験に慢心し、謙虚に学ぼうとしない……。つまり、世にいうベタな“おっさん”像そのものだ。
「僕はおっさんに対しては基本的に放任主義。でも、アドバイスを求められたら真剣に対応しますよ。『プロフィールにこんな内容を盛り込もう』とか『ニックネームをこうしたらどうですか』とか」
結局、「自分の欠点を教えてくれ」と人に頭を下げられるおっさんが伸びていくんだと思います――。これは、西本さんが世のおっさんに贈るエールだ。
最後に、「好きな言葉はなんですか?」と質問した。即答だった。「前向き、ですかね」。きっとそれは、「おっさんレンタル」を13年にわたり続けたからこそ至ることのできた境地なのだろう。

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襟川 瑳汀(えりかわ・さてい)

フリーランスライター

新聞記者・週刊誌記者を経て、現在フリーランス。「漂えど沈まず」をモットーに、ちまちまと売文稼業に精を出している。酒と楽器と伴侶を愛する。
Bluesky:
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(フリーランスライター 襟川 瑳汀)
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